事情聴取に現れた男性は 替え玉か?

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 21:54

 

 

事情聴取に現れた飯塚幸三は、耳の形の違いにより、まず間違いなく、替え玉 〜

 

池袋暴走事故は、安倍案件ではなく皇室案件か?!

 

 

 

 さすがに、事情聴取にあたって、帽子とサングラス、マスクのままということはないでしょうから、

 

これが替え玉だとすると、警察はそのことを知っているはずです。

 

そうであれば、事情聴取自体が茶番だということになります。

 

https://twitter.com/olive__777/status/1130003369358110722/photo/1

 

 

 

 

 

池袋の事故現場の凄惨さに比べると一目瞭然ですね

 

衝突の不自然さ、#天皇 絡み、

 

#生長の家 の芸人らのコメントからも完全にヤラセだと思います

 

https://twitter.com/B1U3rgXOvpqqhB3/status/1127304310117715968 …

 

#飯塚幸三 実はアクセル全開にして逃げようとしていたらしい

事件風化狙いか

 

https://twitter.com/Clavis19898160/status/1127731245318672384?

 

 

 

https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=199530

 

 

 

 

ガーター騎士団は錦の御旗  異民族支配が続く日本

  • 2019.05.17 Friday
  • 22:17

 

 

昭和天皇が東京裁判で訴追を免れたことは、言い替えると

 

「天皇に対して連合国は裁判管轄権を有していなかった」

 


連合国が裁判管轄権を有していない人ってどんだけ偉いんか?と勘違いする人がいるかもしれませんが、

 

 

天皇が英国領日本の総督だったら、英国王の代理だから連合国の裁判権は及ばない。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1129001732174835712

 

 

 

 

☆ 現天皇家が 朝鮮の血 というのは

 

大室寅之助説 からくると思いますが ・・・

 

使っているものは 今は 朝鮮 李氏朝鮮ですね。

 

 

また 渡来してきたものたちが すべて そのような悪だけだったのか

 

それも 分かりません。

 

すべて 明らかになってほしいものです。

 

 

けれど 明治からの 権力は

 

まるで 李氏朝鮮の奴隷制度を 取り入れているかのような 狂ったものですね。

 

 

 

◎ 天皇制とは? 〜異民族支配が続く日本、その象徴が天皇〜

 

古代大陸・半島での戦乱、そこでから逃げのびた王族が、日本で国家を樹立。
(※日本という国名自体も彼らが朝鮮からもたらしたらしい。)

 

 

朝鮮半島にあった、伽耶、百済・高句麗・新羅の4国、それらの国々が滅亡するたびにその支配部族が生き残りをかけて日本へ。

 

先に国家を形成していた彼らは、その支配体制や神話を日本にもたらした。


古代朝鮮からの侵略部族が、一貫して日本を支配してきた

 

 

 

大化改新(藤原氏・日本書紀)以降の日本は百済勢力と、武家勢力(主要には高句麗+在地勢力)のせめぎあい。

 


非常に大きく捉えると日本の政権は以下のように見れる。

 

奈良・平安時代:百済政権
鎌倉・室町時代:武家政権
南北朝時代:百済政権
室町時代:武家政権
江戸時代:武家政権
明治維新以降:百済政権

(参照)

 

 

★以上を俯瞰すると、南朝政権=百済政権=天皇制が強化された時代
現在はその延長上にある。

 


また、武家政権時代でさえも、天皇制は影を潜めながらも残っていた。

 


彼らは日本に戦乱を持ち込み、争いごとを好まない原日本人(縄文・弥生人)は、その抑止を期待して権威を天皇制に付与してきた。

 


「権力」と「権威」は何が違うのか〜「権力」の上に「権威」を置くことで争いを抑止してきた日本〜

 

 

しかし、事実は逆に、「権威」を使って、私腹を肥やしてきたのが百済政権と天皇家だし、


天皇財閥
天皇の蓄財

 


かつ、明治以降の戦争の多さ、死亡者数は歴史上かってないものになり、

 

平成以降の活力衰弱・人口減もヤバイ。

 

 

彼らは日本人の民族性を抹殺しようと移民政策を協力に推進しようとしている。

 

 

ここは強烈な危機感を覚える。
※蓄財した金で、議員や学者マスコミを動かし、日本を支配している構造。


・・・・・・

 


大化改心後、百済王が創作・捏造した日本書紀。

 

それが学者 →教科書やマスコミを通じて現代の日本人の頭まで呪縛している。

 


改元という、お上の演出イベントを機にあらためて、歴史的な事実を明らかにすること、次に本当に国民を守る民族的政権につなげていきたい。

 

by Hiroshi

 

 

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2019/04/8785.html

 

 

 

明治王朝の正体は知っていたし今も知っている  ニツポンの密約と黒塗り

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 22:14

 

 

日露戦争の前年 

 

ロシアの新聞 Но́вое вре́мя 1903年11月14日付け 風刺画

 

「人力車用のイギリスの鞭」 

 

ロシアの新聞 Но́вое вре́мя 1903年11月14日付け

 

風刺画「人力車用のイギリスの鞭」

人力車に乗るジョン・ブル(英国)が、日本の国家元首の鼻づらに釣り餌をたれると、

相乗りしたアンクル・サム(米国)が嬉しがる図。

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1127691256086220800

 

 

 

 

日露戦争

 

アンクル・サム(米国)とジョン・ブル(英国)の手下として、

しゃがみ込んで日本海軍を操る大日本帝国国家元首の図。

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1127668669817876480

 

 

 

 

明治22年、

 

『頓智協会雑誌』は、

 

大日本帝国憲法発布をパロって、

 

風刺画とコピー「第一條、大頓知協会ハ讃岐平民ノ外骨之ヲ統括ス」を印刷して刊行したのに、実刑3年。

 

 

実は本当に明治天皇は大日本帝国憲法が制定された時、すでに崩御していたから、

漢風諡号で天皇と呼ばれたのではないだろうか。

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1127660554405830656

 

☆ 「天皇」とは 死者に贈られる 号 ?

 

 

 

◎ 5・13   密約が定着、法務省内規を削除 60年に法相指揮を外す

 

駐留米兵らへの裁判権を日本が放棄した密約

 

検察内に浸透させるため米軍関係者起訴時の法相指揮を定めた1954年の法務省内規の項目が、

 

60年に削除されていたことが12日、分かった。

 

 

密約の運用が検察内部で定着したのが理由で、

 

日本側は実際、削除後の3年間で関連事件の9割の裁判権放棄に応じていた。

 

 

公文書開示請求で入手した内規や専門家が見つけた文書で判明した。

 

 

日米地位協定は、米軍関係者の公務中の事件は裁判権が米側にあると定める一方、

 

公務外は日本の裁判権を認めている。

 

だが、53年に日本政府が重要事件を除き裁判権を行使しないと伝達し、密約が成立した。

 

 

 

なりすまし ニツポン vs 本国朝鮮 と中国

  • 2019.05.12 Sunday
  • 22:10

 

 

令和になって、

 

北朝鮮を天皇は完全にリスペクトするようになり、それは中国の冊封支配体制下に入ったことを意味しています。

 

平成天皇が急きょ、日光東照宮の訪問を高麗神社(実際は高句麗=北朝鮮)に参拝した時から薄々、感じてました。

 

その高麗神社を調査したら案の定!

 

 

 

 

 

https://youtu.be/SVO6F1K4H_4?t=85 …

 

 

https://twitter.com/JunjiHattori/status/1127026496873197568

 

 

 

奇妙な「天皇必要論」   説得力もなくなっている

  • 2019.05.08 Wednesday
  • 22:16

 

 

「皇位継承」をめぐって安倍政権の大々的な「元号・天皇制」キャンペーンが展開されている中、

 

木村草太氏(首都大東京教授、憲法学)が「天皇制必要」論を展開しています(3日付沖縄タイムス「視標」)。

 

木村氏には一定の「民主的学者」のイメージがある(と思われる)だけに、見過ごすことはできません。

 

 

 木村氏の論旨はこうです(以下、同論考から抜粋)

 

 

 < 現行憲法の天皇制は、国体護持を願う勢力への配慮としての性質を持つものだった。

 

しかし、現在では、国体概念の意義は希薄になった。

 

現在における天皇制の意義はどこにあるのだろうか。

 

まず、積極的意義について。

 

近代的民主国家では、主権者として誰もが政治闘争に参加させられる。

 

他方、天皇は、前近代の身分制の飛び地にあるがゆえに、どの政治勢力からも距離をとれる。

 

これにより、天皇は、政治の場に品格や公共性を示すことができる。

 

例えば、日ごろ、口汚く対立政党を批判する政治家も、天皇陛下の前では、ののしり合いをちゅうちょするだろう。

 

 

次に、消極的意義について。

 

仮に、憲法から天皇に関する規定を抹消したとしよう。

 

…天皇の名において、選挙で特定政党への支持を呼び掛けるような事態も生じうる。…

 

内閣を通じて民主的に統制した方がよい。

 

天皇を憲法上の制度とすることには、天皇家の影響力が悪用されることを防ぐ意義もある。

 

 

天皇制がうまく機能するために…

 

現行制度は、天皇の地位にある人の自制や良識に多くを依存している。国民は…その地位にある人の人権への意識を強く持つ責任がある。>

 

 

 

これを要約すれば、主権者の政治闘争の埒外に天皇を置くことによって、政党間の対立、政治闘争を抑えることができる、

 

それが「政治の品格」だ(「積極的意義」)。

 

また、天皇(家)の影響力の悪用を防ぐために、天皇(家)の政治的自由、表現の自由など人権を制限することは必要だ(消極的意義))、ということです。

 

 

「憲法学者」の言葉とも思えない暴論です。

 

 

氏は「主権者」の政治闘争について、「参加させられる」と表現しているように、否定的にとらえ、

 

政党間の闘争も含め、それを抑えることを志向し、そこに天皇制の「積極的意義」を見いだしています。

 

 

しかし、そもそも国家権力の横暴・支配を規制するため、すなわち主権者の政治闘争の武器としてあるのが憲法ではないのでしょうか。

 

 

「憲法学者」がその政治闘争を否定するとは…。

 

また、そのために天皇制が必要だというのは、これこそまさに「天皇(制)の政治利用」でなくて何でしょう。

 

 

さらに、「影響力の悪用を防ぐ」ことを理由に、天皇(家)の自由・人権を抑圧・規制することが必要だと主張するに至っては、「憲法学者」の言葉とも思えません。

 

それは「その地位(天皇―引用者)にある人の人権への意識を強く持つ責任がある」とする自身の言葉とも矛盾するのではないでしょうか。

 

 

木村氏はかつて、奥平康弘氏(憲法学者)との対談で、奥平氏に「天皇制が、いったいなぜそんなにも強く日本人を惹きつけるのでしょう?」と問いかけ、

 

奥平氏が「『天皇制はなんとなく日本の伝統に即している気がするし…』という、

 

まさに『なんとなく』の天皇制肯定論が当然の前提になってしまっている」と「慣性としての天皇制」という考え方を示したのに対し、こう述べていました。

 

 

「なぜ多くの日本人が天皇制に強い魅力を感じるのか?

 

…一つの合理的解釈として、人々が巨大な『惰性』『慣性』の中にいるのではないか…

 

先生がおっしゃる『天皇制に対するなんとなくの肯定』を支えているのは、案外そうした『惰性』『慣性』かもしれません」(『未完の憲法』潮出版社、2014年)

 

 

木村氏は奥平氏から教示され同調していた「慣性としての天皇制」という考えから、

 

なぜ「天皇制の意義(積極的・消極的)」を主張するように変わった(変節した)のでしょうか。

 

その理由は分かりませんが、それが天皇制の温存・利用を図る勢力から歓迎されることは確かでしょう。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/bea37319c298bfd5a495ee735240bcbf

 

 

 

☆ 櫻井ジャーナルさんに

 

米国の嘘は 劣化しているとありました。

 

木村氏の 言っていることは

 

なにがなんだが 分かりませんね  笑

 

 

あ〜ぁ 苦労している

 

ニセモノと言わないで 天皇制を 必要だと 思わせるために

 

エネルギーを 使うなんて。

 

 

きっと 嘘の劣化は

 

これからも 世界で 顕著になると思います。

 

 

 

 

 

 

 

5月3日  皇居で熱中症

  • 2019.05.05 Sunday
  • 22:09

 

 

皇居で121人も熱中症と報じられていますが、

2019年5月3日の東京の最高気温は26℃です。

 

https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/daily_s1.php?prec_no=40&block_no=47646&year=2019&month=5&day=3&view= …

 

何か、有毒な気体に汚染された可能性はないかしら?

 

テロがあったのでは?

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1124704789466533890

 

 

 

そういうテロがあっても報じないとしたら、それは、天皇崇拝者に対する脅迫でしょうね。


そういうテロで得する者はいないと思いますよ。何の効果もないというか、、、

 

今、天皇崇拝者に対してテロがあったとしても、日本は報道しない姿勢だということを露呈したことにはなるのかな?

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1124706373143388160

 

 


ニュースで、皇居 上空にドローンの様な物が多数確認されたと報じてた。

 

https://twitter.com/miyadai42/status/1124713938631839744

 

 

 

動員された創価員の準備不足?
水分補給ドリンク


長時間の行列想定外(中高年が多々)
でれでれ草ブログ他より


追記・聖教新聞は 元号令和 歓迎ムード ლ(´ڡ`ლ)

 

https://twitter.com/tenbinza16maya/status/1124831319735685120

 

 

 

被曝すると熱中症にかかりやすい?


https://twitter.com/mizuiroh/status/1124710470147960832

 

 

 

 

急に金持ちになり 戦争が好きになった 明治王朝  大英帝国の犯罪

  • 2019.05.03 Friday
  • 22:12

 

 

日本のマスコミは天皇が退位する、即位すると騒いでいる。

 

彼らにとって天皇とは「至高の存在」なのだろう。

 

 

日本は第2次世界大戦で降伏する前と同じように天皇制官僚国家であり、その元首は天皇だということである。

 

 

 

しかし、徳川時代の天皇は忘れ去られた存在だった。

 

当時の天皇は生活に困窮し、短歌を売っていたという話を聞いたこともある。

 

徳川の拠点である江戸に住む人びとが「公方様」として意識していたのは徳川家だ。

 

 

その忘れられた天皇を発掘し、徳川に代わる体制の象徴にしようとした人びとがいた。

その人びとによって現在の天皇制、明治王朝が誕生した。

その後ろ盾がイギリスの支配層だ。

 

 

徳川から明治へ移行する時期、つまり明治維新の頃、イギリスはビクトリア女王が君臨していた。

心霊術にのめり込んでいた人物として知られている。

 

 

女王は夫のアルバート(ドイツのザクセン・コーブルク・ゴータ公の次男で、夫妻はいとこの関係)からアドバイスを受けていたとされているが、

 

それ以上に影響力を持っていたと思われるのがネイサン・ロスチャイルド、セシル・ローズ、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)など。

 

 

 

言うまでもなくロスチャイルドは強大な金融資本の支配者でローズのスポンサー。

 

ステッドはジャーナリストで、ブレッドはビクトリア女王の相談相手だ。

 

後にブレッドはエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めることになる。

 

 

 

当時のイギリスはいわゆる産業革命で生産力が上がったものの、商品が思うように売れない。

 

国内では貧富の差が拡大、民の貧困化が深刻になる。そこで始めたのが麻薬取引と侵略戦争。

 

 

中国(清)の富を奪うためにアヘン戦争を始めたのが1840年。その年にビクトリア女王とアルバートが結婚している。

 

イギリスが「世界経済の覇者」と呼ばれるようになるのはそれ以降だ。

大英帝国とは侵略と略奪で成り立っていた。

 

 

 

中国より前にイギリスが植民地化していたインドでは1857年に傭兵(セポイ)が武装蜂起、

一般のインド人を巻き込んで大反乱になった。

 

鎮圧されたのは1859年。

 

その年にアヘンと武器の取り引きで大儲けしていたジャーディン・マセソンは日本へふたりのエージェントを送り込む。

 

 

ひとりは歴史小説で有名なトーマス・グラバーで、赴任地は長崎。もうひとりはジャーディン・マセソンの創設者一族に属すウィリアム・ケズウィックで、赴任地は横浜。

 

 

明治政府は1872年の琉球併合から台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争というように東アジア侵略を開始、その背後にはイギリスが存在していた。

 

日本人はイギリスの支配者に操られていたと言える。

 

 

そのイギリスは1899年からボーア戦争(南アフリカ戦争)を開始、金やダイヤモンドを産出する南アフリカを制圧する。

 

その直前に南アフリカではダイヤモンドが発見され、その利権に目をつけたイギリスの支配者たちが引き起こした戦争だった。

 

 

後に首相となるウィンストン・チャーチルもこの戦争で頭角を現している。

 

この戦争で世界の金をイギリスが支配するようになり、金本位制を採用する国々の通貨も支配できるようになった。

 

 

ちなみにチャーチルは貴族階級の家に生まれたが、父親のランドルフ・チャーチルは甘やかされて育ったプレーボーイで、46歳のときに梅毒が原因で死亡している。

 

 

生前、ランドルフはネイサン・ロスチャイルドから多額の借金をしていたことでも知られ、その額は現在の価値に換算すると数百万ポンド、つまり数億円。いくらでも借りられたという。ランドルフがロスチャイルドを裏切らない限り、借金は返済する必要がなかったようだ。

 

 

ネイサン・ロスチャイルドと親しい関係にあったジョージ・ピーボディーは銀行を経営していたが、そのパートナーがジュニアス・モルガン。

 

その息子がジョン・ピアポント・モルガンだ。

 

ネイサンはこの若者をアメリカにおけるビジネスの責任者にしている。

 

そして巨大銀行のJPモルガンが生まれる。関東大震災以降の日本に大きな影響力を及ぼすことになるのはこのJPモルガン。

 

 

この銀行が中心になり、アメリカでは1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト政権を倒し、ファシズム体制を樹立させようというクーデターが計画されている。

 

 

そのJPモルガンが駐日大使として日本へ送り込んできたのがジョセフ・グルー

 

 

本ブログでは繰り返し書いてきたが、グルーと親しかった日本人には秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介、松岡洋右などが含まれる。

 

中でも親しかったのは松岡。戦争が始まり、離日する直前にグルーがゴルフした相手は岸だ。

 

 

要するにイギリスとアメリカの金融資本はつながっているのだが、その金融資本を中心とする支配層がベネズエラの石油を狙っている。

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905020000/

 

 

 

 

 

「天皇と英王室」の画像検索結果

 

 

 

 

 

憲法など無縁なものの憲法違反  退位 即位儀式

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 22:04

 

 

4月30日に明仁天皇の退位儀式、翌5月1日に徳仁新天皇の即位儀式が行われます。

 

メディアはテレビも新聞も特集を組み、天皇賛美一色に染まります。

 

明日の「退位礼正殿の儀」(午後5時〜5時10分)、明後日の「剣璽等承継の儀」(午前10時30分〜40分)、「即位後朝見の儀」(同午前11時10分〜20分)―

 

いずれも「国事行為」―は明白な憲法違反です。

 

どこがどうして違憲なのか、改めて整理します。

 

 

    そもそも「生前退位」は憲法の想定外です。

 

皇位継承について憲法第2は、

 

「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めています。

 

その皇室典範は第4条で、

 

「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」としています。

 

明仁天皇が自ら意思表示し、安倍首相が実現した「生前退位」自体が憲法・皇室典範違反です。

 

 

    「退位礼正殿の儀」の主な目的・内容は、明仁天皇が保有している「三種の神器」(「剣」と「璽(勾玉)」。

 

「鏡」は動かさない)を返還することであり、翌日の「剣璽等承継の儀」はそれを徳仁新天皇に渡す儀式です。


これは明らかな宗教(皇室神道)儀式であり、それを国事行為として行うことは、

憲法第20条の政教分離違反です。

 

 

    「退位礼正殿の儀」は、

 

「内閣総理大臣が御前に参進し、国民代表の辞を述べ」、

 

続いて「天皇のおことば」(政府発表の「細目」)という手順です。

 

「国民代表」が天皇を奉祝し、天皇が「国民代表」に言葉を下すという形式で、

 

憲法前文、第1条の「国民主権」違反です。

 

 

    「即位後朝見の儀」もまさに、

 

首相が「国民代表」として祝辞を述べ、天皇が「おことば」を下すためのもので、この儀式自体が憲法前文・第1条違反です。

 

 

そもそも「朝見」という言葉は、「臣民」が天皇を拝謁するという意味で、

天皇主権の大日本帝国憲法の思想をそのまま残すものです。

 


前回(明仁即位)は首相(海部首相)が天皇より低い位置から天皇を見上げる(天皇が見下す)形で行われ、のちに批判が出ました。

 

今回の徳仁天皇と安倍首相の位置関係が注目されます。

 

 

    いずれの儀式にも、首相、衆参議長、最高裁長官の「三権の長」、閣僚、地方自治体の代表らが参列します(参列させます)。

 

これは「国会は、国権の最高機関」と規定している憲法第41条に違反し、天皇を「国家」の頂点に置くものです。

 

 

    「退位礼正殿の儀」「剣璽等承継の儀」による「三種の神器」の受け渡し(移動)は、

 

「三種の神器」が天皇の証明だとする「践祚」(皇位継承)の思想に基づくものです。

 

これは政教分離の原則に反するだけでなく、「この(天皇の)地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とする憲法第1条の「象徴天皇制」の原則に違反しています。

 

 

    「剣璽等承継の儀」に女性皇族は参列できません(女性皇族排除)。これは明らかな女性差別であり、多くの批判がありましたが、安倍政権・宮内庁は押し切りました。

 


それは皇位継承を「男系の男子」(皇室典範第1条)に限定し女性を皇位継承から排除していることに根源があります。

 

憲法第11条の「基本的人権の尊重」、第14条の「法の下の平等」の明白な蹂躙です。 

 

 

 

こうした明々白々な違憲の儀式が、天皇を先頭に、「三権の長」、地方自治体の長を巻き込んで、

 

国費(市民の税金)を使って「国の行事」として公然と行われ、オールメディアがそれを賛美し、「市民」が同調する。まさに異様・異常な光景と言わねばなりません。


これが天皇制国家・日本の姿です。

 

私たちは「主権者」として、また人権の尊重を希求する人間として、絶対に容認することはできません。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/c6bd4fe117fb6cf3f0152ed481eb5427

 

 

 

☆ ニセ天皇と 自称日本人 なりすまし李氏朝鮮国家が

 

統一と創価という組織が 日本を支配するという 明確な形となって完結です。

 

 

明治維新の 天皇のあからさまな すり替えは

 

だれも 気が付かなかったわけはありません。

 

 

それでも 田布施の伊藤博文が 「不可侵」という憲法をつくり 異論を封じこめた。

 

今で言うなら 「秘密保護法」でしょうか。

 

 

嘘の歴史で育つ ということの 根深さを 思います。

 

 

天皇のすり替え NWO 英米の支配 など

 

一切 知らされていない ということの 絶望を思い

 

それは あちら側の 完璧な勝利となりました。

 

 

今 ある本を読んでいて

 

「神の絶望」という言葉があります。

 

 

悪と嘘が 目の前で 完全に勝利した という瞬間は

 

そうと知りながら 見つめていた人々がいた という思いです。

 

 

 

偽天皇と告白する勇気がなく 国中の歴史を嘘で固める

  • 2019.04.29 Monday
  • 22:12

 

 

(過去記事)

 

 

「宮内庁によると、陛下は4月末の退位について

 

『この春には譲位しますが、これは光格天皇以来の約200年ぶりのことです』と説明した」(6日付中国新聞=共同配信)

 

 

この発言には2つの重要な問題が含まれています。

 

 

 第1に、「退位」といわず「譲位」と言っていることです。

 

 

昨年の「誕生日会見」の時も指摘しましたが(12月24日のブログ参照)、「退位」と「譲位」では意味がまったく異なります。

 

 

「退位」はたんに天皇の地位から退くことですが、「譲位」とは天皇の地位を皇嗣に譲る、引き継ぐということで、

 

皇位継承が天皇の自主的意思によるものだという意味になります。

 

 

天皇制主義者はこの違いに敏感です。

 

例えば、櫻井よしこ氏は、「広く使われている『生前退位』という言葉には違和感がある。…譲位という言葉を使うべきではないか」(2016年8月9日付産経新聞)と主張しています。

 

 

「生前退位」という言葉にとりわけ強い拒否反応を示したのが、美智子皇后です。

 


皇后は2016年の「誕生日(10月20日)にあたっての文書」でこう述べています。

 


「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。

 

それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません

(宮内庁HP)

 


皇后は翌2017年の「誕生日にあたっての文書」では、「陛下の御譲位については…」と明確に「譲位」と言っています。

 

 

天皇に皇位を自主的に譲る権能などありません。それは明確な憲法(第1条、第4条)違反です。

 

だから政府も「退位」といい、特例法でも「退位」となっています。「譲位」と言っているのは天皇、皇后など皇族、天皇主義者、そして新聞では産経新聞くらいです。

 

 

第2の問題は、明仁天皇が「退位」(「譲位」)を「約200年ぶり」と述べていることです。

 

 

これは「天皇制」を一貫したものと捉え、光格天皇の「譲位」(1817年)と自分の「退位」を同列に置いていることを意味しています。

 


しかし、「天皇制」はこの130年間で大きく2度変質しています。

 

「大日本帝国憲法」(1889年)による絶対主義天皇制の確立と、主権在民の「日本国憲法」(1946年)による象徴天皇制の成立です。

 

同じ「天皇制」といっても、その前後では天皇の政治的権能は大きく変わりました。それに伴って「退位」(「譲位」)の意味も質的に異なっています。

 


それを同列に置いて「光格天皇以来200年ぶり」と言うのは、象徴天皇制に対する無理解か意図的な曲解と言わねばなりません。

 

 

明仁天皇に限らず、日本のメディアはすべて「光格天皇以来200年ぶり」という表現を使っており、同様の誤りを犯していると言わざるをえません。

 

 

以上の2つの問題は、いずれも憲法の「象徴天皇制」の意味を歪めるもので、天皇が外国の首相にそうした「説明」をしたことは、国際的なミスリードであり、

 

自ら日本の元首として振る舞ったとも言えるものできわめて重大です。

 

 

さらにもう1つ。上記の2点ほど明確ではないので推測として述べます。

 

それは、明仁天皇の「退位」は光格天皇を意識した(踏襲した)ものではないか、ということです。

 

 

光格天皇(1771〜1840年)とはどのような「天皇」だったでしょうか。

 

 

「1780年に践祚し、39年間在位して1817年譲位。強烈な皇統意識と君主意識をもち、朝廷の数々の朝儀および内裏の再興と復古を実現させて天皇・朝廷の権威の強化に努め、

 

 

尊号事件(皇族の傍流だった実父に天皇の称号をあたえた―引用者)などで幕府との軋轢も生んだ」「文書への署名をみると…

 

神武天皇から120代目を強調し…日本国の君主意識、統治者意識が認められる」(原武史・吉田裕編『天皇・皇室辞典』岩波書店)

 

 

明仁天皇が光格天皇を手本にしたかどうかは分かりませんが、憲法を無視した「生前退位」表明、「譲位」意識には、光格天皇の「皇統意識・君主意識」の影がうかかえるのは確かでしょう。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/8505fe104ee9d0dd424e26d1395a2e02

 

 

 

☆ 慰霊の旅という 実際には 一切 侵略戦争という文字さえ使わない

 

「見事な芝居」を アキヒト夫婦は やってきた。

 

 

それは 見事な芝居でした。

 

「食べて応援」という 被爆を奨励する役割も 演じました。

 

日本に残っている 人間としての日本の人々は

 

この 悪魔に気がつかなければなりません。

 

 

正田美智子という役割も見事です。

 

みごとに 「情に訴える」きれいな言葉を使っています。

 

この人物こそ アキヒトの芝居にとって なくてはならないものだったと思います。

 

 

皇室の女性を 「クリスチャン」と言う人もいますが

 

学校の看板だけで そう言うのは 大きな間違いです。

 

 

エリザベスは キリスト教の どの一派かと 言う人もいますが

 

それは 愚かです。

 

 

アキヒトは 汚さを もろにだしてきましたね。

 

 

自分は すり替わったもの というのではなく 歴史上の続いている 天皇だと 言っているのです。

 

 

李氏朝鮮のなりすまし 政治やの 歴史の嘘は アキヒトの命令でしょう。

 

 

歴史の嘘とは すり替わり偽天皇を隠蔽するものです。

 

 

  

 

 

 

 

アキヒト ヒロヒトの戦争責任を打ち消し政治に介入 ジョウジ5世の伝授

  • 2019.04.28 Sunday
  • 22:16

 

 

 

 

 

 

明仁と裕仁は、ただ親子というだけでなく、「天皇の活動の在り方」において、きわめて深い関係にあります。

 

明仁は裕仁の「天皇像」を今日的に引き継いできたのです。

 

 

明仁天皇は65歳の誕生日会見(1998年12月18日)で、こう述べていました。

 

 

「天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、時代とともに変わっていく部分もあることは事実です。

 

私は、昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ、国と社会の要請、国民の期待にこたえ、国民と心を共にするよう努めつつ、天皇の務めを果たしていきたいと考えています。…

 

 

昭和天皇のことは、いつも深く念頭に置き、私も、このような時には『昭和天皇はどう考えていらっしゃるだろうか』というようなことを考えながら、天皇の務めを果たしております」(宮内庁HPより)

 

 

その点で、以前「明仁天皇が影響を受けた4人の人物」として、

 

バイニング夫人(家庭教師)、小泉信三(宮内庁教育掛)、チャーチル(元英国首相)、裕仁天皇を挙げましたが、

 

これにもう1人加える必要があるでしょう。

 

この人物は先に挙げた4人とも密接な関係にあります。

 

それは、元英国王「ジョージ五世」(1865〜1936、1910〜1936在位)です。

 

 

 

 

裕仁は皇太子時代(1921年3月)、半年間欧州を訪問しました。

 

その中で最も長く滞在したのがイギリスで、最も影響を受けたのがジョージ五世でした。

 

 

「時あたかもヨーロッパでは、第一次世界大戦の終結と革命(1917年ロシア革命―引用者)に伴い、

 

長い歴史と伝統を誇っていた君主政治が次々に崩壊していた

 

 

皇太子のヨーロッパ訪問は、大衆社会との適合を図ることで、

 

大戦後になお生き残ろうとするイギリスの君主政治のあり方を実施に学ぶ機会となるはずであった。

 

 

つまりこの訪欧は、危機に瀕した近代天皇制を立て直すという、隠された、しかし最も重要な意図が込められていたのである」(原武史著『昭和天皇』岩波新書2008年)

 

 

ジョージ五世とは、

 

「内閣に対する『良き助言者』という立場を貫き、近代史上希にみる、成功せる立憲君主としての名声を不動のものとした」(『英国王室史事典』大修館書店)とされている人物です。

 

つまり政府に直言し積極的に政治に介入した「君主」です。

 

 

「裕仁皇太子は、ジョージ五世と会ったことで、『お濠の内側』で行われていた従来の宮中祭祀とは別に、『お濠の外側』で行われるべき『大規模な儀式』に対する関心を膨らませていったのではないだろうか」(原武史、前掲書)

 

 

バイニング夫人が「イギリス王室」を理想とし、小泉信三が福沢諭吉の「帝室論」とともに『ジョージ五世伝』を明仁教育のテキストに使って精読したのは有名な話です。

 

 

明仁天皇の退位を前に、筒井清忠・帝京大教授は明仁と裕仁、そしてジョージ五世の関係に改めて注目しています。

 

 

「君主は象徴であると同時に、政治に介入する『警告する権利』もあるという立憲君主論…

 

それを学んで実際に介入した国王ジョージ5世、

 

そして皇太子としての訪欧中、5世を通して、それを学んだ昭和天皇…

 

昭和天皇はこの『警告する権利』を度々発動した。…

 

 

陛下(明仁―引用者)は皇太子時代…小泉信三氏からアドバイスを受け、5世の伝記などをテキストに君主制について学んだので、やはり『警告する権利』ということを習得されている」(4月16日付中国新聞=共同インタビュー)

 

 

さらに、次の指摘は注目されます。

 


「昭和天皇には戦争責任の問題が最後までつきまとった。

 

そこで、陛下はその問題にどう対処するかを考え、新たな『警告する権利』をあからさまにならない形で発動することにより、

 

昭和天皇の『警告する権利』の発動により残された課題をリスク覚悟で克服されようとしたのではないか」(同)

 

 

これを分かりやすく言えば、

 

明仁は「あからさまでない形」で政治に介入することによって、父・裕仁の戦争責任の打ち消しを図ってきた、ということではないでしょうか。

 

 

「あからさま」であろうとなかろうと、天皇が政治に介入することは現行憲法上絶対に許されることではありません。

 


しかも、2回の「ビデオメッセージ」(2011年3月、2016年8月)に典型的に示されたように、

 

相当に「あからさま」な形で政治的発言を行い、政治に介入してきたのが、

 

(特に晩年の)明仁天皇(および美智子皇后)の特徴ではなかったでしょうか。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/255f4ee9687036515df93758155e4ac5

 

 

 

☆ 普通の人間であれば

 

戦争責任の重荷で 苦しみ 退位します。

 

 

私は ニセモノというのは (英王室も 乗っ取り 海賊です)

 

なんとも 本当の悪魔 魂のないものと 驚きをもって 眺めます。

 

そして それを可能としている 一端が

 

なりすまし 火病の 自称日本なのです。

 

 

結論としては

 

これらを 排除するのが 地球の聖戦です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖火リレー 被災地  自衛隊  天皇

  • 2019.04.26 Friday
  • 22:25

 

 

 安倍首相は14日福島県を訪れ、来年3月に福島で行われる東京五輪聖火リレーについて、

 

「福島の皆さんと共に復興五輪の開幕と、復興が進む福島の姿を世界に発信したい」(15日付共同配信)と述べ、」

聖火リレー出発に立ち会う意向を示しました。

 

 

進まない(進ませていない)震災復興を聖火リレーで隠ぺいし、

 

逆に「東京五輪」と「被災地」を結び付けて国家と政権をアピールしようというものですが、

 

この聖火リレーにはさらに重大な真相があります。

 

 

それは、聖火リレーの事実上の出発点が、航空自衛隊松島基地(宮城県東松島市)になることです。

 

 

ギリシャで採火された聖火が空路日本に到着するのが自衛隊松島基地です。

 

 

松島基地に到着した「聖火」は宮城、岩手、福島の順で東北被災3県を回り、3月26日に福島で改めて「出発式」が行われます。

 

 

「聖火」が日本に到着するのがなぜ自衛隊松島基地なのか。なぜ民間の仙台空港ではないのか。

 

 

それを決めた東京オリ・パラ組織委員会の森喜朗会長(元首相)はこう述べています。

 


「(自衛隊松島基地は)相当津波にやられたが、不屈の精神を示す象徴的な場所。

 

救援物資の輸送など国際的にも有効に使われ、一番理想的」(2018年7月31日付産経新聞) 

 

 

自衛隊の軍隊としての本質を隠ぺいし、「市民権」を得るために「災害出動」が利用されているのは周知の事実ですが、

 

聖火リレーの事実上のスタートを自衛隊基地にすることによって、「東京五輪」「災害(東日本大震災)」そして「自衛隊」を結び付けようという思惑です。

 

 

それだけではありません。自衛隊松島基地にはもう1つ、特別な意味があります。

 


明仁天皇・美智子皇后が「3・11」以後、東北被災地訪問で最初に自衛隊機を使い、降り立ったのが松島基地なのです(2011年4月27日)。

 

 

 

天皇の自衛隊基地利用はこれが史上初めてでした。

 

 

当時の模様を朝日新聞はこう報じています。

 


「航空自衛隊松島基地司令の杉山政樹が両陛下の宮城県訪問を聞いたのは、訪問の1週間ぐらい前だった。

 

基地訪問は初めて。どうお迎えしたものか。…基地来訪を記念する何かを残したかった。…

 

考えついたのが箸(昼食で使う−引用者)だ。

 

前年にブルーインパルス50年記念で作った若狭塗の箸を用意した。…

 

ブルーインパルスについての説明を聞くと、両陛下は『それはいいですね』と、箸を大切に持ち帰ってしまった」(2014年4月26日付朝日新聞「プロメテウスの罠」)
 

 

以後、天皇は被災地訪問に頻繁に自衛隊機を使うようになりました。

 

 

安倍政権が東京五輪を徳仁新天皇の国際的なお披露目の舞台にしようとしていることも言うまでもありません。

 

 

もともと「聖火リレー」は、1936年の第11回ベルリン大会でナチスドイツのヒトラーが政治的宣伝のために始めたものです。

 


それが84年後の2020年、安倍政権によって、

 

「東京五輪」「被災地」「自衛隊」にさらに「天皇」の4者を結び付ける国家戦略の象徴的な舞台になろうとしていることに留意する必要があります。

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/c6c1e35b6c5d814e3718016f86f30e27

 

 

 

 

〇 1954年 自衛隊創設 


李氏朝鮮関係者が支配する軍隊である自衛隊創設。 

 


後に李一族に合流する抗日活動家の半島系宗教団体が自衛隊の権限強化を推進するのは、

 

自衛隊が李氏朝鮮関係者によって支配された軍隊であるからです。 


 世界思想 半島系宗教団体による救国活動 自衛隊権限強化歓迎 
1941年に抗日活動で逮捕された半島系抗日活動家の宗教が、 なぜ自衛隊権限強化を歓迎するのか。 

 

 

https://rakusen.exblog.jp/

 

 

☆ あくまでも 自称日本人の 日本にいる なりすましのことです。

 

日本支配のために 天皇をつくり その 兵隊は なりすまし 李氏朝鮮。

 

これまでは 

 

普通に見せる という配慮がありましたが 今は 狂ったように なりふり構わずですね。

 

明治からの 皇室は 部落が多く 朝鮮系ではありますが

 

新天皇の妃は あまりにも はっきりと 創価学会ですね。

 

 

北朝鮮で 原爆の製造をしていたのは チッソです。

 

そのために 原爆特許というものは 製造者 にも 及ぶそうなので

 

つまり チッソの子孫は 天皇家に必要 ということではないのでしょうか。

 

 

また 国際司法に 顔がきく (小和田恒)なら

 

戦争犯罪の司法にも 有利なのではないでしょうか。

 

 

李氏朝鮮の(つまり 統一とか 創価とか)の思惑が 天皇存続と重なり

 

これぞ あの有名な 背乗り というものの 実態を 見せている そんな気がします。

 

 

 

 

 

ニセ天皇国家という国体が 続く

  • 2019.04.25 Thursday
  • 22:05

 

 

 インドネシアのバンカ島で日本軍の兵士は1942年2月、22名のオーストラリア人看護師を銃殺したという。

 

海の中を行進させ、機関銃で射撃、ひとりを除いて殺害したのだが、

 

その前に看護師は兵士から性的暴行を受けていたことを示す証拠の存在が明らかにされた。(​英語​、​日本語​)

 

証拠を隠滅し、なかったことにするという手法は今でも使われている。

 

NGT48のケースもその一例だが、隠しきれないこともある。

 

 

日本のアジア侵略は1872年の琉球併合から始まるが、アメリカとの戦争は1941年12月7日の真珠湾攻撃から。

 

1942年6月のミッドウェー海戦で日本の艦隊が敗北するまで日本側は勝ち戦だと考えていたようだ。

 

そうした中、バンカ島での虐殺は引き起こされたことになる。

 

 

外国へ攻め込んだ軍隊の兵士が女性を性的に暴行するという話はしばしば聞く。日本軍に限った話ではない。

 

日本軍の特徴はブレーキがきかなくなることにあると言えるだろう。

性的暴行への対策として日本軍が作り上げたのが慰安婦の仕組みだ。

 

 

戦争経験者は次のような文章を残している。

 

 

日本軍は前線に淫売婦を必ず連れて行った。朝鮮の女は身体が強いと言って、朝鮮の淫売婦が多かった。ほとんどだまして連れ出したようである。

 

日本の女もだまして南方へ連れて行った。

 

酒保の事務員だとだまして、船に乗せ、現地へ行くと『慰安所』の女になれと脅迫する。おどろいて自殺した者もあったと聞く。

自殺できない者は泣く泣く淫売婦になったのである。戦争の名の下にかかる残虐が行われていた。」(高見順著『敗戦日記』)

 

 

「あえて言いますが、ほとんどの男は、とても自分の家族、自分の女房や子供たちに話せないようなことを、戦場でやっているんですよ。

 

中国戦線では兵士に女性を●姦することも許し、南京では虐殺もした。

 

そのにがい経験に懲りて、日本軍は太平洋戦争が始まると、そうしたことはやるな、と逆に戒めた。」

(むのたけじ著『戦争絶滅へ、人間復活へ』岩波新書、2008年)

 

 

「そこで、出てきたのが『慰安婦』というものです。その主体は朝鮮から来た女性たちでした。日本の女性も来ましたが、これは将校専用です。』(前掲書)

 

 

「女性たちにここへ来た事情を聞くと、だまされた、おどされた、拉致された、というように、それは人によってさまざまだった。」(前掲書)

 

 

何人もの女性たちを船に乗せてインドネシアまで連れてくるためには、軍の了解が絶対に必要です。・・・やはり、慰安婦は軍部が一つの作戦としてやったことで、まったく軍の責任だった。」(前掲書)

 

 

敗戦後、日本の将兵が戦場で行ったことを批判的に語るおとなもいたが、多くの「元兵士」にとって身に覚えのある話であり、口にすることはできなかっただろう。

 

勿論、事実を否定することもできない。

 

 

1945年に20歳代だった人は1975年でも50歳代だ。日本社会には戦場の記憶が鮮明に残っていた。荒唐無稽な話はできない。

 

 

戦争経験者が少なくなるに連れ、妄想を平然と口にする人が増えてくる。メディアもそうした妄想の拡散に協力した。

 

 

それでも慰安婦の存在を否定できないため、商売として行っているのだから問題がないと言う人もいるが、その考え方は日本人の堕落、退廃を示している。

 

 

 

第2次世界大戦の前、JPモルガンの強い影響下にあった日本では新自由主義的な経済政策が採用され、庶民の生活水準は悪化し、東北地方では娘の身売りが増えた。

 

欠食児童、争議なども社会問題になっている。こうした貧富の差を拡大させる政策を推進したのが浜口雄幸内閣だ。

 

 

そうした政策に反発する人も少なくなかった。

 

その結果、浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡、32年2月には大蔵大臣だった井上準之助が本郷追分の駒本小学校で射殺され、その翌月には三井財閥の大番頭だった団琢磨も殺された。

 

井上は当時、日本で最もJPモルガンに近いとされていた人物。団もウォール街と緊密な関係にあった。

 

 

その年の5月には五・一五事件が引き起こされ、1936年2月には二・二六事件だ。

 

血盟団にしろ、二・二六事件の将校にしろ、娘を身売りしなければならないような状況を作った支配層への怒りが行動の背景にはある。

 

 

井上が殺された1932年に駐日アメリカ大使として日本へやってきたジョセフ・グルーはJPモルガンと極めて緊密な関係にある。

 

このことは本ブログで繰り返し書いてきた。

 

グルーのいとこがジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥と結婚していたのである。

 

しかもグルーの妻の曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーである。

 

 

 

グルーは秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介などと昵懇にしていたが、中でも親しかったのは松岡洋右。

 

戦争が始まり、離日する直前にグルーが岸とゴルフしたことも有名な逸話だ。安倍晋三の祖父は大戦前からアメリカの支配層と親しかったのである。

 

 

戦前の天皇制官僚システムはウォール街の影響下にあったわけだが、

1933年から45年4月にかけての期間はウォール街と敵対関係にあったニューディール派がホワイトハウスで主導権を握った。

 

ニューディール派の中心的な存在がフランクリン・ルーズベルト大統領だ。

 

 

ルーズベルトが急死するとウォール街がホワイトハウスを奪還、ドイツのナチは救出され、日本の天皇制官僚システムは存続することになる。

 

戦争責任も曖昧なまま幕引きになった。

 

 

 

しかし、連合国の内部には天皇制官僚システムを破壊するべきだと考える人も少なくなかった。

 

 

日本軍と直接戦ったイギリスやオーストラリア、そしてソ連。

 

日本が降伏した直後はアメリカが日本をコントロールできる状態だったが、時間を経ればそうした国々の軍人や官僚が日本へやってきて民主化を要求、天皇制の廃止も主張する可能性が高い。それに留まらず、天皇の戦争責任は必ず問われる

 

 

大戦後、日本占領の中枢だったGHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)の中にも天皇を中心とする侵略戦争の象徴である靖国神社の焼却を主張した将校が多かったのだが、

 

焼かれなかったのは、ローマ教皇庁が送り込んでいたブルーノ・ビッターが強く反対したからだという。

 

ビッターは闇ドルにも手を出していた人物で、CIAのエージェントだったと見られている。

 

靖国神社とCIAには何らかの関係があるのだろう。(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)

 

 

 

ウォール街は日本を支配するシステムとして大戦前から天皇制官僚システムを使っていた。

 

それを戦後も存続させるため、戦争責任の追及と民主化の推進という儀式を早く終わらせる必要があった。

 

 

そこで1946年1月に戦争犯罪を裁くとして極東国際軍事裁判(東京裁判)を設立、48年11月に判決が言い渡されている。

 

その年の12月23日に東条英機、広田弘毅、松井石根、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、武藤章が処刑されているが、

これは「民主化」を演出するセレモニーにすぎない。

本来なら処罰されて当然であるにもかかわらず、被告席にいない人がいた。

 

 

そして新たな憲法が制定される。

その憲法は第1条から第8条で天皇制の存続を定めている。「象徴」という修飾語をつけてはいるが、天皇制の存続を謳っている。

「戦争の放棄」を定めた条項はその後、第9条だ。

 

 

戦後日本の進む方向を決めたジャパンロビーの中心にはウォール街の代理人とも言えるジョセフ・グルーがいた。

 

内務官僚、思想検察、特別高等警察といった戦前日本の治安体制の中枢は戦後も要職に就いている。「国体」は護持されたのだ。

 

 

バンカ島での出来事をオーストラリア政府が封印したのは日本の「国体護持」を望むウォール街の意向に沿った行動だと言えるだろう。

 

その国体に関わる儀式が近く行われる。

 

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904240000/

 

 

 

☆ 日本をわがものとするために

 

「偽天皇」を作り出し 「教祖」のように 絶対服従する 「国体」を 作り出した。

 

 

その地位に 居座る 明治からの 皇族というものも

 

人間とは言えない 特殊なものだろう。

 

 

神 天皇 にたてつくものを すべて 威嚇している

 

「火病」の なりすましの 在日特権 同和特権の世襲を 私は 忘れない。

 

奪われたものは

 

人間の 善悪 という 基本的な倫理だ。

 

 

日本のなかに 人間であり続ける魂が 一人でも残っているなら

 

その声は 消えることはないだろう、たとえ 人口削減の対象であろうとも。

 

 

 

 

 


 

 

 

英米→李氏朝鮮─ ヽ川賞 石原慎太郎 日テレ 文春 田中角栄 

  • 2019.04.25 Thursday
  • 21:59

 

 

保守を偽装した李氏朝鮮出版社である文芸春秋が芥川賞でキャンペーン活動を行い、

 

神戸出身の なりすまし半島系の石原慎太郎を思想教宣用工作員としました。 

 

 

他方で、公営住宅等の支援を必要とする層のために仏教系宗教団体が用意されます。 


パチンコ育成・プロレス等のテレビ娯楽育成・原発導入を経て、

半島系宗教団体が工作に加わります。 

 


自民党では李氏朝鮮・宗教団体関係者が自民党系国会議員等の主要政治家の秘書になります。

 

この秘書は政治家の弱みを握りあるいはスキャンダルを捏造して 政治家を支配する立場となります。

 

 

何も知らない政治家が逆らうと、

 

李氏朝鮮半島系宗教団体である日テレが育てた橋下徹の週刊文春(文芸春秋の週刊誌版)による コスプレ変態報道や、

 

山崎拓「せんせい」の週刊文春による愛人報道のように、 文芸春秋によってスキャンダルが公表されるので、

 

政治家は秘書の指示通りに動くことになります。 

 

 

 

自民党は当初はなりすまし半島系政治家と日本人の混成でした。 

 


しかし、海軍系政治家であるニクソンが、 当初の想定通りに動かない中国との関係改善を始めたのに応じて、

 

田中角栄が中国との関係改善に動いたため、

 

日本人政治家勢力を弱めるため、

 

ロッキード社代理人の児玉誉士夫が、 半島系宗教団体が占める検察上層部と組んで田中角栄にロッキード事件が仕掛けられました。 ニクソンにはウォーターゲート事件が仕掛けられました。 

 

https://rakusen.exblog.jp/

 

 

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