超右翼からの変身   三浦綾子・光世 ご夫妻

  • 2019.05.01 Wednesday
  • 22:14

 

 

学生のころも 結構読んでいた 三浦作品ですが

 

綾子さんが 日本の終戦にショックを受けたと書いていたことを 覚えていました。

 

つまり 日本は負けない と 信じていたということでしょう。

 

 

また 今回 読んで改めて 分かったことは

 

「天皇に喜ばれる子供を育てる」という思いで 命がけに真面目に 小学校の子供たちを教えていたということです。

 

 

敗戦の時は 天皇さまに申し訳ないと 本気で思った。

 

 

ここまででも 

 

日本のなかに これほど 明治からの天皇制に浸食されていた人々がいたんだ と 恐ろしくなります。

 

 

これは 私の家系とは 違いすぎます  w

 

私の親族でも 天皇がやってくるとき 地面に頭をつけて 顔をあげてはいけないという時代に生きていた人はいますが

 

「チラッと、見てみようと」 見たそうです 笑。

 

 

そして

 

アメリカとの戦争には 勝つはずはないと 心底 思っていたそうです。

 

冷静になれば 神風で勝つ とは 到底 思えなかったのですね。

 

 

だから

 

綾子さんが言うように あの時代の人達は みな 綾子さんのようだったとは どうしてもおもえないのです。

 

 

彼女が もし

 

維新の天皇すり替えを知っていたなら

 

ヒロヒトが 英国陸軍で 連合国として 戦争ごっこをして 大金持ちになったことを 知ったなら

 

ショックでしょうか?

 

 

 

天皇が人間宣言をした

 

子供たちには 生神さまとしての教育をしていた のに

 

そして

 

米国により 彼女や子供たちの教科書に 墨を塗る作業をさせられた。

 

 

けれど 使っていた ニツポンの教科書だって 都合のよい嘘 だったのではないでしょうか?

 

 

綾子さんは 子供たちへの罪悪感が消えず 自殺を試みた。

 

 

私はまず

 

今の日本の人々も含めて

 

嘘を 教科書で 宗教で マスコミで 火病の拡散で

 

教え込まれる ということの 根の深さを 思い知った。

 

 

そして 本の最後のほうに

 

「三浦も私も 右翼だったんですよ。 そして そうでは なくなったのです」

 

 

 

どこまで 例えば 英米の介在と 戦争の嘘など 知っているのかどうか 分かりませんが。

 

 

そして 結局 魂の進む道は

 

人間の よくないものたちの 思う通りにはならない のだとも 感じました。

 

 

 

彼女は 自身 クリスチャンと言いますね

 

もう 一人のあやこさんも みな クリスチャンと言います

 

でも そうでしょうか?

 

クリスチャンが 「死に時は 自分で決めるべき」 つまり それほど 稼ぎもないままに長生きしていいのですか

 

などと 言うでしょうか?

 

 

こちらのあやこさんには 私は 「血」を感じてなりません。

 

笹川良一の子供とのうわさもあります。

 

DNAでなければ解明できないでしょうが

 

彼女の本には 子供の頃 両親の仲が悪く 父親は 常に一緒にはいなかった と 書かれていたと記憶しています。

 

 

子供が 親を 選んで生まれてくるとも言われます。

 

 

血を言うと 差別のようですが

 

実際 血を重んじるのは 「あちら側」のものたちです。

 

 

そして 日本を支配しているものたちが 血筋で固まっていることを見るとき

 

「血」というのは 文字通り 「水よりも濃い」

 

つまり その血の 悪魔的な要素をなくしていくのは 至難の業 と 思っています。

 

生まれ変わりが 要求される。

 

 

 

おもいがけず

 

久しぶりの 三浦綾子さんの本は

 

私のなかに 渇きを満たしてくれるようなものになりました。

 

 

ご夫妻が望んだのではない 「記念館」が

 

旭川の自然のなかにありますね。

 

 

光世さんも登場する 記念館での インタビューの動画を見ました。

 

 

https://vimeo.com/29474918

 

 

 

歴史の本当のことを 知ること

 

そして つきまとう 火病との バトル 

 

悪がいつも勝つ という やりきれない気持ち ・・・

 

 

そんななかで

 

プレゼントのような 空気を吸いました

 

 

☆ 宗教としてではなく

 

人としての 心地よさ ということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「独裁者」に 国外追放させられた チャップリン  515事件

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 23:25

 

 






4.16  チャーリー・チャップリン 

「道化師であることはどの政治家よりも私を高く飛ぶ飛行機に乗せてくれる」


130年前、ロンドンのミュージックホールの俳優一家に男の子が誕生した。

今や「喜劇王」と呼ばれるチャールズ・スペンサー・チャップリン、その人だ。


観客たちは、チャップリンが創作した「小さな放浪者=The Little Tramp」の姿を笑ったが、

名優が演じるのがほぼ等身大の彼自身なのではないかと疑う人は少なかった。


チャールズ・チャップリンの幼少期は幸せだった。だがそれは長く は続かなかった。

父親の早すぎる死の後、母親が稼ぎ手となり、 ミュージックホールで歌を歌い始めた。


ところがある公演の最中に 母親が突然声を失う。


母親が片時も離さなかった当時5歳のチャー リー少年が舞台に上がり、母親に代って歌を披露した。


観客たちは 少年に小額のコインや紙幣を投げ与えた。

チャーリー少年は観客たちの笑い声の中、投げ銭を拾い集めるとま た歌を歌いだし、ホールを感動で満たした。


チャーリー・チャップリンの創造に満ちた伝記はこうして始まった。


チャーリー少年が7歳になったとき、母親は精神病院に入れられ、 チャーリー少年は孤児院に預けられることになった。 


たえず腹を空かせた宿無しのチャーリー少年は、

 

新聞の売り子や病院での看護師の手伝い、印刷工場など、自分をを 雇ってくれるところであれば生きるためにどこでも働いた。

 

 

1908年、19歳のチャーリー・ チャップリンは英国のパントマイム劇場に雇われ、 その劇団と共に米国へ公演旅行に出かける。

ここで青年の夢が実現することになった。


チャーリーは俳優としてだけでなく、無声映画でも名声を勝ち取り、

有名な監督となって映画スタジオを所有するまでになった。


「小さな放浪者」の舞台イメージを考案したのはチャーリー青年本 人だった。


幅広の裾のズボンと窮屈な上着、山高帽にぶかぶかのブ ーツ、ちょび髭、ステッキ。


少年期の虐げられた経験を忘れていな かったチャーリー青年は、自身の経験に基づいて映画を製作した。 


チャップリンの作品は、時に笑い、時に涙を誘うが、

決して変わらないのは人間の尊厳を守るということ。

そして それが 永遠のテーマだった。



だからこそ彼の映画は永遠不滅のものとなっ たのだ。
 

 


チャップリンは語る。

「人生は、近くで見れば悲劇であるが、遠めで見れば喜劇である。」

 

そしてこうも言った。


「私の苦痛が、誰かが笑うきっかけになるかもしれない。しかし、私の笑いが、 誰かの苦痛のきっかけになることだけは絶対にあってはならない。 」


1950年代のはじめ、チャップリンは自身が40年以上を暮らし 、そして働いてきた米国から事実上の追放を受ける。

 


米国内で正真 正銘の「魔女狩り」を実施した米連邦捜査局(FBI)の初代長官 、エドガー・フーヴァーは、

チャップリンに共産主義への賛同者という嫌疑をかけ、米国への入国を禁止した。


このように権力は、米国映画の名声を高めたチャーリー・チャップリンに、こんなとんでもない形で「感謝の意」を表した。


チャップリンはこの仕打ちれに対し、
 

 

私は道化師であり続ける。 そして道化師であることはどの政治家よりも私を高く飛ぶ飛行機に乗せてくれる」と返した。


チャップリンはスイスに移住し、人生の最後の時期を家族とともに幸せに暮らした。


チャーリー・ チャップリンは、どんなに困難な目にあっても、決して絶望などせず、


「このよこしま(邪悪)な世界に永久なものなんてない。苦しみでさえ永久ではないんだ」という強い信念を持ち続けた。










 

セラピー ウマさん

  • 2019.03.31 Sunday
  • 22:13

 

 

フランスの14歳の馬、Peyo君は、月に2回、病院やケアホームを訪問。

 

 

だれからも強制されることなく、自分でどの病室/ 部屋に入るか決める。。。

 

 

そしてなぜかPeyo君はPeyo君を一番必要としている患者さんを知っている。

 

 

 

 

 

 

 

花柳幻船さんの生  家元制度と天皇制に抵抗

  • 2019.03.30 Saturday
  • 22:33

 

 

 

花柳幻舟さんといえば、人々は往々にしてすぐ人目を引いた何か突飛な事件だけを思い浮かべてしまう。

 

確かにそこには彼女の信念の所産の行為ではある。

 

 

だが幻舟さんの真実は社会の卑劣な差別、偏見に対する純粋無比な怒り以外の何物でもない。

 

 

 

でも幻舟さんはすごい人だ。

 

花柳の宗家家元の寿輔を襲ったシーンの記述は感歎である。

 

 

 

「私の前を寿楽が通り過ぎた。その時私は、寿楽の後に続く家元にスーっと近寄った。

 

花束を持った私を見て、ファンと思ったのか、家元は少し足を停めた。

 

私は花束とともに、自分の上半身を家元にぴったりくっつける格好になり、その瞬間、

 

花束で隠していた包丁を、寿輔の右首筋にすくい上げるように、斬った

 

 

「その時、私は予定していなかった言葉が、静かな声となって出た。

 

『思い知りなさい!』・・・・・この言葉こそが、私の三十数年の、半生の全ての思いを込めた、生命の言葉だったのです」

 

 

「私は寿輔のさながら大名行列のような、舞台から帰ってくる姿を見た時,

 

 

『こんな人間に、この十数年間、爪の灯をともすように、家元制度の悪を訴えて来たのか』

 

こんな権力者が、人間どもが私たちのような下層芸人を踏みつけて、差別を作って来たのか、−いくら頼んでも何も通じない。

痛い思いを自分の体でしなければ、人の痛みなど分からないのだ』」

 

 

「私の『思い知りなさい』の声に家元は驚いたのか、後退りを一、二歩した。

 

寿楽の背後に横に寿輔は一歩ゆっくり歩いた時、血が顎から首筋にかけてスーっと流れた」

 

 

「血を見て『な、なにすんのさ!』家元はあられもなく言った。−私は驚いた。

 

大流派の宗家家元たる人間が、いくら突然の出来事でも,『な、なにスンのさ!』はちょっとヒドかった

 

 

「人間、本当にいざとなると本性がみえるものらしい」

 

 

「いかに突然の出来事とはいえ、寿輔を誰一人、自分の身をもって助けようとしなかったことを見て。権力の座に座る人間を哀れにさえ思ったものです」

 

 

 

幻舟さんは「天皇制があるから家元制度がある」、・・・

 

これは幼い頃から旅役者の子として一般世間の徹底した蔑みと差別を受けてきたことの怒りの帰結である。

 

 

幻舟さんがいう天皇制も結局、明治からの国家神道専制国家、教団国家における祭政軍一致の国家における天皇制である。

 

 

 

3世紀の日本を記述したとされる三国志の中の魏志倭人伝。・・・

 

「天皇制に邪馬台国はタブー」というのはある意味何が本質か、核心をついている。

 

 

江戸自体から前の民衆は天皇が誰か、知らなかったし関心すらなかったのである。

 

 

 

卑弥呼は天皇を知っていたのでしょうか?邪馬台国がタブーの所以であろう。

 

 

天皇「制」などという言葉自体が明治以降のもでしかなく、

 

江戸時代(も含めてそれ以前)の日本人は天皇制などという概念は全くなく、

 

ましてナショナリズムもない時代、庶民は京都にいる天皇の名前など知ることもなく、心になかった。

 

 

 

 

ま、こんな考えは幻舟さんの思想をはぐらかす程度のものでしかないが、でも彼女ほどの女性もいない。男性も含めていないだろう。

 

口では言えてもまず実行などできないからである。

 

彼女ほど真の意味で過激な人は他にいない。

 

 

しかし、幻舟さんの父親は関西歌舞伎界の大部屋俳優であった!

決して、大衆演劇の旅回りで通した人ではない!

 

 

父親は世襲性が幅を利かす梨園に絶望し、戦後、旅役者となったのである。

 

 

お母さんも歌舞伎俳優の妻となった人だから美人だったのも当然である。

 

 

 

幻舟さんに見られる見識の高さは理由がある。

 

1962年日舞花柳流に入門し、1966年に名取りになった、・・・が家元制度に束縛された日舞に疑問を抱き、

 

1968年4月、大阪中座「花柳幻舟リサイタル」で渋沢竜彦原作の「赤道幻滅」を舞踊家として前衛劇に挑戦し、

 

日本舞踊界の反逆児として注目を一身に集めた、・・・・・。並の方ではないのである。

 

 

ただしこの前衛舞踊家の道で花柳流の名取の籍は抹消された。

 

 

だがこの後、

 

大島渚監督や歴史学者、哲学者の羽仁五郎氏の支持を得て家元制度批判、天皇制批判へと向かったのは周知のとおり。

 

 

 

映画出演もこの頃続いた。

 

 

世襲制の梨園に泣かされた父親の怨念が彼女に伝わり、家元制度、ゆくゆくは天皇制への「世襲特権」に疑問を抱いたのである。

 

 

 

✱ただ一つ気づくこと、・・・・

 

幻舟さん一家が旅回り役者という苦難に陥った理由は歌舞伎界、−梨園の世襲制、排他性である。

 

それこそ親の仇のはずだが、・・・・彼女はもっぱら家元制度、−花柳流攻撃は行っても、さらには天皇制にまで進んでも、・・・決して歌舞伎の世界、−

梨園への攻撃はしない、・・・・

 

 

ここにある種の幻舟さんの心の中の超えられない、わだかまりのようなものが、・・・・あるのだろうか、と思ったりする

のであるが。

 

 

 

私の場合はあくまで親の非人間性、虐待、いやな家庭に悩まされ続けた。

 

幻舟さんはまだ親、周囲の慈愛があった。

 

 

幻舟さんは旅回りの役者の子供、ご自身も一員で舞台に上がっていた。

 

苦難を極めても親の慈愛、配慮、一座ならばこその人の情を受けて育った。

 

 

 

でも即位の儀パレードでの幻舟さんの行動後、支援するとしていた人たちがほとんど怖がって宿泊もさせてくれなくなり、

 

彼女が京都の支援者に居留守をつかわれたのに絶望し、大阪をめざし、京都から深夜山越えを決行したなどという話を聞くと、これ以上の人はいないとさえ感じる。

 

 

でも幼い頃から、しがない旅役者の子でどこに行っても河原乞食と徹底差別、迫害、いじめを受けた。

 

彼女は器量もいいので子供の頃から一座に欠かせない存在だった。

 

他の子供は離れて預けられていたようだ。

 

 

 

「冬の花火」の中から

 

「学齢に達したので、学校に行かせるため父は私をファンのお家に預けました。小学校に入学しました。宝塚市にある小浜小学校という所です。

 

 

小学校に行き始めても家の人は誰も私に近寄らず,『あの子、旅役者の子やで』と聞えよがしに言って、汚いものでも見るように私を見るのです。

 

 

置いていただいたいえから遠い道のりでしたが,お友達のいないのは、−いつも私一人。

 

 

『やあい、旅役者の子!河原乞食!』

と学校の行き返りにはいつもからかわれました。

 

 

皆、新しくきれいなランドセルを背負っているというのに私は学用品を風呂敷に包んで小脇にかかえ、ゴムゾウリ、−みすぼらし私の姿はいじめっ子には格好の対象でした。

 

 

『こら、お前、捨て子やろ!』

 

『まねし漫才、役者の子!』

 

 

はやし立てられて、石を投げられ、細い農道を泣きながら、何度、逃げ回ったことか、・・・・・。今思い返しても悔しさと悲しみで胸が痛みます」

 

 

 

「冬の花火」は確かに過激だが、涙なしで読めない内容でもある。

 

 

でも彼女の本を読んで感じるのは家族愛、というか特に父親の愛に恵まれていたこと、本質的に親に誇りをもてていたこと・・・・・

 

 

母親はたいへん美人でそれは幻舟さんの自慢でもあったとのこと,-そのお母さんに似ていらっしゃるのか、幻舟さんも、とても美人である

 

 

「私は芸のことし考えない父親が、なぜか、大好きでした。」

 

 

「父と母が旅芸人として暮らす中で、私にたいへんいいことを教えてくれたと思えるものがあります 『人間は生まれて死ぬまでたった一人だ。一人で寂しいからこそ、ふれ合った人との人間関係を大切にしなければならない。

みんな寂しいのだから人を傷つけてはいけない』という人生哲学です。

 

この人生哲学は今、一人で生きている私にどれほど役立っているか」

 

 

心に残るいい文章である。

 

幻舟さんの本を読ませていただいて、なぜ彼女が差別への闘いに挑むのか、よく分かる心打たれる文章が多い

 

 

 

「どこかの興行地でのこと、芝居小屋の前で私が石けりで遊んでいたら、私の前を同年齢くらいの女の子を連れた母親が通りかかった。女の子が駄々をこねていた。そうしたらその母親は

 

『そんなことばかり言ってたらこの芝居小屋に売るで』

 

 

その言葉を聞いた時、私は発作的に芝居小屋に逃げ込んで大声で泣いた。

 

『売られたんとちゃうわい! お父ちゃんは役者なんや、うちも生まれた時から役者なんや!売られたんとちゃうわ!』

 

 

あの悲しさと、恥ずかしさは昨日のように鮮明である。

 

 

 

確かに私の服装は貧しかった。でもちゃんと洗濯をしていた。汚れてはいなかった。

 

学校にもほとんど行けなかったから勉強は出来なかった。

 

でもどこにでもいる子供と変わらない。当たり前です、私は人間の子ですから。

 

人間扱いをされなかったけれど、私は人間の子です。本人が言うのですから間違いはありません。

 

 

 

私は学校に行けなくて本当によかったと、つくづく思える人間になれた。

 

学校に行かなかったからこそ差別を偏見を教える薄汚い教育を受けずに済んだ。

 

 

旅回りの子だから、人の情について、優しさについて骨の髄まで知ることができた。

小学校中退も旅役者であることも誇りにさえ思っている。

 

 

それと幼い頃、出演している劇場での話。

 

役者専用のトイレもなかった。

 

そこで芝居の合間、幻舟さんと母親がトイレに行った、

 

誰か入っている。母と娘はトイレの前で待っていた、・・

 

フとトイレの前をみるとキューピ―の人形が置いてあった。幻舟さんはその人形をじっと見つめていた。

 

娘がそれを欲しがっていると思った母親はそれを鷲づかみにして楽屋に逃げ込んでいった。

 

 

それまで貧しさで娘におもちゃ一つ買ってやれなかった母だった。

 

娘のために盗みをしたのである。

 

そしてその人形を幻舟さんに持たせてくれた。・・・・でも彼女の記憶ではその後、父親が母親の頭を叩いてその人形を他の女の子に渡している光景であった。

 

母親と同じくらいのきれいな着物を着飾った女の人がじっと母親を見つめていた。

 

 

 

「母はきっと、私のためにそのキューピーを盗もうとしたのでしょう。

 

かわいい娘におもちゃ一つ買い与えられなかった母は辛かったと思います。

 

 

当時の母の思いがどんなであったか、私は胸が張り裂ける思いでその辛さが伝わってくるのです。

 

 

 

花柳幻舟さんの文章は、ー端的に言って愛というものの神髄が描かれていると感じます。

 

 

ただ惜しまれることは、−社会の幻舟さんへの歪んだ偏見が彼女の崇高な精神の叫びを読み取ろうとしないことです。

 

 

 

私は頭の中が混乱し、16歳の秋頃でしたか、もう生きることに疲れてたのでしょうか、阪急の十三駅のホームで飛び込み自殺を試みました。でも駅員さんに助けられて、・・・。

 

 

自殺を失敗して数日後でしょうか、淀川の土手に立って、河川工事をしているオッチャンたちを見るでもなく、ボーっと見ていました。何時間も見ていました。オッチャン達は昼休みでしょうか、三々五々座り込んで弁当を食べ始めました。

 

 

するとオッチャンが『おーい、姉ちゃん何してんねん』

 

 

『姉ちゃん、朝からずーとおったやろ、何してるんか皆で心配してたんや。

気にかかって仕事にならんがな、お腹へってるやろ、ねえちゃん、どこの子や』

 

 

私はそのおっちゃんの言葉にだんだん切なくなってベソをかき、すわり込んで大声で泣き始めました。

 

 

『腹へってるやろ、これ食べてみい』、・・私は本当に久しぶりに人の心の暖かさにふれる思いでした。

 

 

私はおっちゃん達の口利きで護岸工事の労働者として翌日から雇ってもらいました、・・・・」

 

 

 

でも幻舟さんは「学歴さえあれば」と書かれているが私が痛感したことは、

学歴などあまり意味はない、・・・・家庭の方が遙かに重要だ、・・

 

 

 

小学校中退の彼女が高卒と偽って建設省にバイト、美人のなのですぐプロポーズされて結婚、でもそこで知った家庭での女性への束縛。

 

結婚しても女性への不当な差別的扱いに耐えられない、・・・・・。

 

 

「考えた末、私は夫から自立するために、子供の頃からやっている踊りの世界に入りました。

 

これこそが夫を頼らず生きていける道、一人で生活できる道だと考えたからです」

 

 

 

芸能の世界なら、学歴、血筋など全く関係ないだろうと思って入ったのですが、実は全然反対で、家元制度という日本しかない制度にぶつかったのです」

 

 

「もともと家元は技芸、武芸を実践する人として存在していたのです。

 

そして権力者の庇護のもとで生存をはかっていったのです。

 

現在のように金を取って人に教えることで家元としての権威を持ちつ家元制度となったのは士農工商の身分制度が確立された江戸時代からです」

 

 

「現在存在の家元は実力でなく家元制度の守られた、世襲制の中で胡坐をかいている木偶であり、

何の才能も実力もない人間が家元なのです」

 

 

 

「私は家元制度を学ぶうちに天皇制にぶつかりました」

 

 

「会ったこともない人を敬い、その人に従う天皇制の思想の下につくられたのが家元制度です」

 

 

 

私見だが誰も天皇を意識しなかった江戸時代にできたのが家元制度なら、世襲という共通点だけで、しいて天皇制と家元制度は関係あるとは言えないのではないか。心に巣食うものではないのか?

 

 

 

「家元制度の不合理を発見したとき、それ自身で家元制度は解決できる、と思いました」

 

「でも家元制度の根底には天皇制があり、絶対に改革は不可能だと知りました」

 

「私は一人で生きて行こうと決意し、舞踊の世界を選び、因襲の家元制度を知り、自立のために家元制度を改革しようと思ったとき、私にとっての本当の敵、天皇の『血』というイデオロギーにぶつかったのです」

 

 

 

「私にとって天皇制の悪は半生を懸けて許すことが出来ないものとなっていきました。

 

なぜなら天皇制の血のイデオロギーこそが差別を育て、差別を温存させるものだからです」

 

 

「わが半生を顧みて差別され続けてきた私には天皇制の血のイデオロギーこそが悪の元凶と知った今、決して許せるものではありません」

 

 

 

国立劇場で幻舟さんが見た花柳寿輔の舞踊は宗家家元のかけらもない、ひどいもので「これで家元なんて」と怒りをふつふつと湧いてこられたそうだ。

 

 

でも下手でも芸術の最高位の褒章を受けられる日本である。

 

 

 

私は天皇制、−と皆、−幻舟さんも含め、思っているのはごく最近の人為的な国家的フィクションであると考える。

 

 

長い歴史で民衆が天皇で頭が一杯だった、・・・ことは明治になってからの話である。・・・

 

 

 

✱美濃部達吉博士の言われた,・・天皇機関説、・・・である。

 

天皇は機関である。割り切って考えるべきである。

 

 

でも当時馬鹿な軍人が「天皇を機関車と同一視した」などとクレームをつけたのですから、・・・・。

 

 

 

はっきり言って幻舟さんの差別、偏見への闘いは「天皇制」などで矮小化されるべきでないと感じます。

 

 

 

、・・・・・されど幻舟さんほど熾烈に生きた人は知らない。驚きである。

 

 

この世の底で踏みにじられて生きてきた者でしか分からない魂である。

 

 

 

 

 

 

 

https://madonna-elegance.at.webry.info/201405/article_21.html

 

 

500年前の犯罪に謝罪を求める

  • 2019.03.27 Wednesday
  • 21:56

 

 

☆ 最近

 

「聖なる闘いとは」 決して 「謝罪をしない」という 種族との 戦いのような気がしてきました。

 

つまり 人間ではないものとの 戦いの歴史のような気がしてきました。

 

ウクライナでも 住民を 火で焼き殺す

 

ニツポンの 生体実験 そして 虐殺は

明治からの 「サンカ」が主導し

今 皇族として 笑いながら 生きています。

 

人食い つまり 悪魔崇拝をしている 多くの権力 そして ロイヤルは

 

悔いる という 魂は 全くない もの です。

 

人間は あるいは それ以上の魂は

 

赦さないでしょう。

 

 

私が ネトウヨ つまり 日本にいる 在日の一部の人々が 嫌でたまらないのは

 

そのような 人間の敵の 配下にいるからです。

 

 

 

 

 

 


3.26  メキシコ大統領、

スペイン国王とローマ法王に謝罪を要求 500年前の侵略の際の犯罪に対して

 

 

メキシコのロペスオブラドール大統領は、

 

スペイン国王フェリペ6世とローマ法王フランシスコ宛てに、

 

500年前のスペイン人による侵略の際や植民地時代の犯罪に対する謝罪を求める書簡を送った。

 

 

ロペスオブラドール大統領が、古代マヤのコマルカルコの遺跡で撮影した動画の中で明らかにした。

 

 

大統領は

 

「虐殺や抑圧があった。剣と十字架による侵略が行われた。

彼らは(先住民たちの)神殿の上に教会を築いた」と述べた。ガーディアン紙が報じた。

 

https://twitter.com/lopezobrador_/status/1110274329319743488

 

 


​ロペスオブラドール大統領は、

 

「今でいうところの人権侵害」に対する先住民への謝罪を求めた。

 

エル・パイス紙によると、

 

スペイン政府はロペスオブラドール大統領の書簡に関して「深い遺憾」を表明し、

 

500年前のスペイン人のメキシコ領土への到着を現代の基準で判断することはできない、と指摘した。

 

 

なお、ローマ法王がメキシコ大統領の要求にどのように反応したのかは今のところわかっていない。

 

 

 

 

 

 

 

マドリードで行われたカタルーニャ独立を支持する集会の参加者たち

 

 

 

 

ネコのディモクちゃん酸素吸入    性格悪そうな?犬

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 22:02

 

 

 


3.13  ロシア 火災から救助の意識不明ネコ、酸素吸入でお目めパチッ

 


スモレンスクの住宅で火災が発生し、4階の部屋から女性と雄ネコが救助隊によって助け出された。


女性は焦げた食物による中毒症状が認められたため、病院に入院させられている。


一方で雄ネコ、ディモク(「煙ちゃん」の意味)への救急処置は現場で行われた。

 

意識を失ったディモクは玄関脇のベンチに寝かされ、酸素マスクが装着された。

 

 

酸素吸入のおかげでディモクはしばらくして意識を回復している。

 

 

 

 

 

 

 

3.12  小さなフレンチ・ブルドッグが、自分より大きな弟分をからかう

 

ブルドックは、自分より小さな兄貴分のフレンチ・ブルドッグにいつもからかわれている。

 

フレンチ・ブルドッグは、自分より数倍大きな弟分のブルドックをからかうのが大好き。

 

 

弟をできる限り「怒らせる」にはどうしたらいいのか?それは彼の好物を奪い取ることだ!

 

 

 

 

 

2歳のフレンチ・ブルドッグは、羊の耳を乾燥させた犬用のおやつを口にくわえて自分より大きな弟分のブルドックのところへやってきた。

 

 

おやつを分けてあげるのかと思いきや、ブルドックが一度口に入れたおやつを奪い取ってしまった。

 

そして小さなフレンチ・ドッグは何度もブルドックのもとにやってきてはおやつを見せびらかしてからかっている。

 

フレンチ・ドッグの目から判断すると、自分がしていることをちゃんと理解しているようだ。

 



 

プーチンと柔道   シリアの魂

  • 2019.02.19 Tuesday
  • 22:14

 







2.17 プーチン大統領、柔道と「バラ色の眼鏡」の関係について語る


ロシアのプーチン大統領は、ソチで柔道家らと練習した後、

柔道は気分を改善し、世界を「バラ色の眼鏡」を通さずに見ることを助けると語った。


プーチン大統領は、運動をするとアドレナリンのレベルが高まり、気分が改善され、

人生の見方が変わると説明した。


またプーチン大統領は、柔道の練習は頭をすっきりさせるのに役立つと指摘した。


先にプーチン大統領は、子どもの頃から柔道をたしなみ、柔道のおかげで他のスポーツにも興味を持つようになったと語っている。


プーチン大統領によると、柔道の基本は相手を敬うことであり、

これはすべての分野の人間関係においてポジティブなエネルギーを与える。


 

 

 

〇 元ISIS戦闘員の社会復帰にシリア政府は積極的な姿勢をとり、

 

既に降伏した者には住居と職の斡旋をしている。

 

精神を病んだ者には療養させるとか人道的施策を実施。

 

本来ならISを育成した米英がすべきこと。

 

https://twitter.com/yoshimichi0409/status/1097503193410428929

 

 

 

☆ 地球をみてみると

 

つまり その分離は

 

魂の分離と見えてきます。

 

 

あえて 宗教的な言葉を使うなら 「キリスト意識」を なによりも 嫌って

 

悪魔化するものが ロシア敵視 そして 大嘘つきの 戦争や そんなふうに見えます。

 

 

イエズス会は キリスト意識の真逆ですよ

 

キリスト教布教という 大嘘。

 

 

 

 


 

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野良猫のシェルター 中国   沖縄のサンゴ

  • 2019.02.14 Thursday
  • 22:12

 

 

☆ 政治やは 森羅万象の頂点だそうです  !

 

ニセユダヤに支配されると すべての命は 金儲けの代償になります。

 

そのような環境で 生きていると 

 

魂は そのごとく変容していきます。

 

ほとんどの国が ニセユダヤ支配を 経験しています。

 

今 まさに ニツポンが 世界でも 目立つ そのような国になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

2.14  AI搭載の野良猫シェルター、中国で開発【動画】


中国のネット検索最大手「百度(バイドゥ)」が、人工知能(AI)に基づいて作動する革新的な携帯用猫シェルターを開発した。

 

 

シェルターのシステムは、動物がシェルターに近づいてくると、その顔に基づいて猫かどうかを識別する。

 

シェルターの内部には、猫のために暖房や新鮮な餌、水、さらに娯楽も一部の種類が用意されている。

 


シェルターのAIは現在、174種の猫を識別できる。

 

動物の同定は、暗視装置も備えたカメラを用いて行われる。

 

 

「スマート」システムには顔の同定のほか、

 

口内炎や皮膚病を含む、非常に広まっている猫の炎症や病気にかかっているかどうか検査できる性能もある。

 

 

それだけでなく、耳につける特殊なタグの有無に基づいて、避妊・去勢手術を既に受けているかどうかを判断することもできる。

 

 

 

 

 

 

近づいてきた猫が病気にかかっている、あるいは避妊・去勢手術を受けていないと判断した場合、

システムは自動的にモバイルアプリケーションを通して、

ホームレスの動物の世話をしているボランティアグループのうち、最も近い場所にいるグループと連絡を取る。

 

 

 

猫がシェルターの中に入り込むとすぐ、その扉が自動で閉まり、たとえ猫と同じ程の大きさであった場合でも、シェルター内に他の動物が侵入するのを防ぐ。

 

北京では、冬に気温が氷点下9度にまで低下する。

 

ある統計によると、地元の野良猫のうち40%しか、屋外で生き残ることができないという。

 

 

 

 

 

サンゴ

 

 

 

 

 

☆ 国が 悪魔でも

 

一人 一人は 黄色いベストになり

 

できることって あると思うんです。

 

ある意味 国から卒業できるかもしれません。

 

 

 

 

大きなワンちゃん  飼い主と一緒のフライト

  • 2019.02.02 Saturday
  • 22:21

 

 

1.28 中国南方航空が、とある巨大な犬に対し、フライトの際に「エモーショナル・サポート・アニマル(ESA)」として、


精神的障害を抱える飼い主に同伴することを許可した。デイリー・メール紙が伝えている。








 

ワンちゃんの救命措置   とっても個性的なロシアの猫

  • 2018.12.28 Friday
  • 22:59

 

12.28  スキュー・ダックスフンドの動画も視聴者の心を掴んだ。

 

こんな救急措置なら誰でも受けてみたいはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グルジアの歌のような声を出す、サンクトペテルブルクの猫

 

 

 

 

 

 

 

シベリアネコの「ミル坊」 体重8キロ

  • 2018.12.15 Saturday
  • 22:59

 

 

 

 

 

 

12.14  プーチン大統領が贈ったシベリア猫、日本語を理解し、体重は8キロに


ロシアのプーチン大統領が2013年に秋田県の佐竹敬久知事に贈ったシベリア猫の「ミール」は、体重が8キロになり、日本語を理解する。


佐竹知事が明らかにした。

 

 

佐竹知事は2012年、東日本大震災後の支援に対するロシア国民への感謝の印として、プーチン大統領に秋田犬を贈った。

 

その返礼としてプーチン大統領は「ミール」を贈呈した。

 

佐竹知事は「ミール」の健康状態になどについて語った。

 

知事によると、「ミール」は大きな猫に育ち、知事が飼っている他の6匹の猫と仲良く暮らしている。

 

「ミール」は子どもたちから「ミル坊」と呼ばれており、名前を呼ばれると反応する。

 

お腹が空いたときには、近づいてきて手で肩を触り、鳴き始めるという。

 

 

佐竹知事は、秋田県とロシアの関係についても語り、ロシアの複数の都市を何度も訪れたが、特にシベリアが印象的だったと話した。

 

 

 

「シベリア猫ミール」の画像検索結果

 

 

 

ピカチュウみたいなポッサム  マサル・CM出演   クマさん 雪遊び

  • 2018.12.07 Friday
  • 22:56

 






12.6  君はピカチュウ? オーストラリアでポケモンそっくりの突然変異種が発見【写真】


オーストラリアでとても珍しい突然変異のポッサムが発見された。

身体のメラニン欠如から、このポッサムの毛皮は珍しい鮮やかな黄色をしており、まるでピカチュウのよう。


メルボルン市に連れて来られたポッサムは、怯えてはいたものの健康であり、今後の飼育は獣医の手に委ねられる。


ピカチュー・ポッサムを見た専門家らによれば、このような突然変異はとても稀。

また、この種のポッサム(米国産ポッサムとは別種)は夜行性であるため、明るい色の毛皮では肉食動物から隠れることが出来ず野生で生きるのは危険と指摘されている。


https://twitter.com/AlltimeGamingtv/status/1069532882853597184/photo/1


 

 

 

12.4  ザギトワの愛犬マサル ペット用マットレスのCM撮影ですっかりスター【動画】


平昌五輪女子フィギュアの金メダリスト、アリーナ・ザギトワ選手(16)と秋田犬マサルが、日本のマットレス・メーカー「エアウィーヴ」のコマーシャルに出た。

マサルが張り切って宣伝に努めるのは「エアウィーブ」社のペット専用のマットレス。


コマーシャル用に用意された明るい色調の部屋でマサルはザギトワと遊び、マットレスに気持ちよく寝そべりながら、大好きな飼い主にたくさん撫でてもらって、最後は同社の掛布団と一緒にご満悦の表情で座っている。


同社はきっと撮影の出来に満足に違いない。

撮影場所は発表されていないが、一瞬映る寒そうな外の景色と、ザギトワがグランプリシリーズ(GP)ファイナルへ猛特訓中であることから考えると、モスクワの一室ではないかと推測できる。







事の始まりはエアウィーブ社の高岡社長からのマサル用マットレスを贈呈。

10月にジャパン・オープンの出場で来日していたザギトワは贈呈式に出席した。


ザギトワは飼い猫のイリースカ用にもマットレスをもらい、ニコニコ顔だった。

その場ではコマーシャルの話は公にされていなかったが、11月に撮影の契約は結ばれたところを見ると、とんとん拍子で話が進んだようだ。


同社の発表によれば、契約書面にマサルは肉球で判を押したらしい。


マサルは生後3か月で日本からモスクワに連れてこられた。外国生活も早半年。

 


すっかり大きく成長したマサルは毛並みもよく、ザギトワの愛情を受けて、ザギトワ不在の際は彼女のおばあちゃんにお世話されてモスクワの生活に満足していることがよくわかる。




12.6  「もう少したくさん雪を投げて!」 飼いならされた熊がもう1頭、ネット驚嘆

 

もう1頭の飼いならされたクマが雪で遊ぶ様子が、ロシアで動画に撮影された。

 

飼い主がクマに向かってシャベルで雪を放り投げ、一方、毛むくじゃらのクマは嬉しがって、自分に向かって飛んでくる雪の白い塊を捕まえようとしている。

 

 

 

 

クマにはどうやら、このような気晴らしが非常に気に入ったようで、動画の終わりには、クマが興奮のあまり跳び上がってさえいる。

 

 

寄せられた複数のコメントでは、動画の制作者に対して、次はクマにシャベルを渡すよう提案されている。

 

クマが自分で、飼い主に劣らずやってのけるのは明らかだろうというのだ。

 

 

 

 

フィギュアスケート

  • 2018.11.16 Friday
  • 22:58

 

 

 

 

 

11.15  羽生選手の練習に2千人訪れる モスクワ

 

 

 

 

 

11.15  日本からの脅威 紀平梨花の登場で氷上の戦いはロシア勢の独壇場ではなくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

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