サンカ   えッたッ

  • 2019.04.09 Tuesday
  • 22:25

 

 

悲しい事は、

 

平安時代にユダヤ教祭司族の貴族たちから

 

穢れや鬼として酷い弾圧を受け残虐な殺され方をした人々を先祖にもつサンカや燕丹(えッたッ)が、

 

明治以降、ユダヤ教祭司族に成りすまして、

 

日本人の遺伝子を破壊し続けていることです。

 

悲しい因果応報を繰り返すのはもう止めにしなきゃ。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1115185248029958145

 

 

 


徳川家康は牛馬を食べないので燕丹(えッたッ)の子孫ではないようですね。


蘭学者は山家の出身者が多く、山や渓谷があるような美しいところに住んでいたようです。

 

https://twitter.com/honest_kuroki?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 

 

 


死牛馬を食べてきたサンカは、イスラエルの会衆ではありません。

 

サンカ出身の蘭学者・蘭医は死牛馬を食べずに、割礼してユダヤ教に改宗したので、ユダヤ教徒の仲間入りをしています。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1115182778717368321

 

 

 

☆ ユダヤ教って

 

今の 悪ユダヤの影響で そのように 見られているような気がして ならないのですが。

 

 

少し 本を読んでも

 

たんに 旧約を信じている つまり モーセの十戒を 信じている としか 読み取れません。

 

 

それなら

 

嘘をつかない とか 盗まない とか 他人の妻を むさぼらないとか

 

人間としての 倫理にしか 感じません。

 

 

なので ニセユダヤが この戒めを 重んじているとは ありえないです。

 

 

私のかってな解釈ですが ・・・

 

悪魔的な 存在が 入り込んでいたように感じています。

 

 

神ではなく 偶像を拝むように ・・・

 

 

そのように 人々を誘導していく 存在が 紛れ込んでいたようにしか 感じないのですが。

 

 

日本の天皇を ユダヤの神とするという ロスチャイルドのアジェンダですが

 

それ自体 おかしいですよね。

 

生き神 という概念は 偶像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新自由主義  聖書書き換え

  • 2019.04.05 Friday
  • 22:18

 

 

「令」が安倍晋三を象徴する漢字だとは言える。


安倍政権は嘘をつき、議論を避け、強引に新自由主義的な政策を推進してきた。

話し合いではなく命令で物事を決めてきたと言える。

庶民を主権者だと考えているとは思えない。



なぜ安倍政権はそうした強引な政権運営ができるのか。、総理大臣という地位がそうした力を生み出しているわけではない。

安倍自身にそうした力があるようには思えず、彼の背後に強大な権力が存在していると考えるのが自然だ。



本ブログでは繰り返し書いてきたが、

 

安倍の祖父に当たる岸信介は第2次世界大戦で日本が敗北する前からウォール街の大物と昵懇にしていた。


その祖父を尊敬しているという安倍が岸と同じ道を歩こうとしても不思議ではない。



安倍政権は戦争の準備を着々と進めているが、その一方で日本経済を破壊した。

数字を見る限り、日本はアメリカに次ぐ貧富の差の激しい国になっている。



その一方、日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込んできた。

そうした政策の推進を宣言するような​講演を彼は2013年9月にハドソン研究所で行っている​。


このときに彼は日本を「積極的平和主義の国」にすると語っているが、これは「令和」に通じるだろう。


ハドソン研究所はネオコン系シンクタンクとして有名。


2013年の講演はハーマン・カーン賞の受賞を記念してのものだが、演壇に登る前に記念品を渡したのはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの教え子であるI・ルイス・リビー。


この研究所の上級副所長だ。安倍がハドソン研究所で講演したのはこのときだけではない。


1992年2月、ウォルフォウィッツがジョージ・H・W・ブッシュ政権で国防次官を務めていたとき、DPG草案という形で世界制覇プランを作成した。

いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだが、その作成にリビーも協力している。


安倍はこの支配システムの末端にいるのだが、そのことで強大な権力を持っているように見える。

が、実際の権力は海の彼方に存在する。


その権力者は世界を支配し、富を独占しようとしている。



マクス・ウェーバーによると、宗教改革の際に魂の救済は神が予め定めているとする教えが広がった。

善行は無駄だということでもある。


キリスト教世界で最も影響力を持っている文書はヨハネの黙示録だと言われている。

しかも原著者でなく、後に加筆した人物の記述。


田川健三によると、その加筆した人物は狂信的なユダヤ民族主義者で、ユダヤ民族以外はすべて殺しつくさるべしと繰り返し、


世界中の異邦人が滅ぼしつくされ、殺しつくされ、ユダヤ人、あるいはユダヤ主義キリスト信者のみ救われることを願っている。(田川健三訳著『新約聖書 訳と註 第七巻』作品社、2017年)


実際、キリスト教の影響下にある欧米諸国は侵略、破壊、殺戮、略奪を繰り返してきた。
 

 


新自由主義の根底にはそうした価値観があり、それは世界に広がった。


日本も例外ではなく、社会に浸透している。


2月18日に警視庁が逮捕(東京地検は不起訴)した大林組に務める男性社員は就職活動をしていた女子大学生に猥褻な行為をしたという。


3月26日に逮捕された住友商事の「元」社員は女子大生の宿泊先であるホテルにおいて猥褻な行為をしたのだという。


いずれも​就職活動をしているという弱みにつけ込んでの行為​で、ある種の「特権」を社員は持っていた。


弱い立場の人間には何をしてもかまわない、「役得」だと考えていたのかもしれないが、それは新自由主義の基本原理だ。



昨年(2018年)12月8日にAKS傘下の「アイドルグループ」NGT48でメンバーがオートロックのマンション内にある自室へ入ろうとした時に男性ふたりに襲われ、顔をつかまれ、押し倒されそうになったという事件があった。

AKSは一貫してこの事件をもみ消そうとしている。


その背景にはメンバーの弱みにつけ込み、あるいは弱みを握り、自分たちの様々な欲望を満たそうとしていた疑いがあるのだが、

就職活動の際に不適切な行為を迫られる学生とメンバーは似た状況におかれていると言えるだろう。


NGT48のケースは被害者がインターネットで告発したことで発覚した。


人によっては「波風を起こした」と被害者を批判する。


勿論、事件があった以上「正常な状態」ではないのだが、表面的に静かなら「正常」だと考える人がいることも確か。


波風が立ったら早く「収束」させろとも言う。こうした指示を「もみ消せ」と解釈する人がいても不思議ではない。



これが逆の立場だったら、つまり権力を握っている人びとにとって都合の悪い人物が相手なら、
やってもいない事件をでっち上げて抹殺するだろう。実際、そうしたことはある。



「令和」という「元号」はそうした現在の日本社会を反映しているように見える。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904040000/

 

 

 

☆ 今 顕著に 人間 天使 そして

 

NWOという 地球の悪魔の戦いになっているように思います。

 

 

キリスト教 と ユダヤ教にかんしては また 書きたいと思います。

 

 




 

ホンモノ ニセモノ インチキ オドカシ宗教  ひろさちや流

  • 2019.03.30 Saturday
  • 22:44

 

 

国家神道はニセモノ宗教

 

別名を 御利益宗教といいます。

 

ニセモノ宗教の典型は 明治維新後 政府が神道国教化によってつくった国家神道です。

 

 

これは 明治政府が 国民を国家の都合に合わせて操縦するためにあわてて作った「宗教」です。

 

 

まず 明治元年(1868)「神仏判然令」を出して 神社から 仏教的色彩を払い落とし、全国の神社を直接国家の支配下に置き、

中央集権的に再編成する方針を打ち出しました。

 

 

明治3年には 「大教宣布」の詔が出され、天皇をトップにいただく国家神道が「大教」の名前で全国民に布教、強制されます。

 

これにより 全国の神社は伊勢神宮を本宋とするピラミッド型に組織されたのです。

 

 

これが 国家神道です。

 

 

しかし 国家神道は 政府みずからが 宗教ではないと言っているのです。

 

「大日本帝国憲法」においても 信教の自由は 保障されていました。

 

宗教ではないとの理由で 全国民に押し付けたのです。

 

 

天皇を現人神とします。 生ける神です。 キリスト教のゴッドをモデルにつくられたもので、完全無欠な存在です。

 

 

日本の神道にも カミはいますが、神道のカミは 間違いをしでかし、欠点の多い存在です。

 

国家神道とは 日本の伝統的な神道とは 全く違ったものであって、伝統的な神道を本物とすれば、国家神道はニセモノです。

 

 

1946年 1月1日には 昭和天皇は みずからの神格を否定しています。

 

 

(ひろさちや:

 

おもしろいほどよく分かる 世界の宗教)

 

 

 

☆ この 強引な ピラミッドの形成と

 

伊勢神宮ですら 皇室ご用達とされたのは 明治からの ストーリーのようでもあります。

 

 

どうしても そこに

 

李氏朝鮮の「奴隷制度」を たっぷり感じます。

 

 

朝鮮から 消えた 李氏朝鮮の 奴隷制度が 日本に渡来して 今 

 

自称日本として 異様な姿としてある そんな気がします。

 

 

 

 

 

 

ユダヤ教徒のキッパト (帽子?)

  • 2018.08.30 Thursday
  • 23:32

 

 

☆ 黒酒さんのツィッターですが この写真は インパクトが強いです。

 

ただ ユダヤ とか ユダヤ教というとき 今では すっかり 偽ユダヤのことを そう言っているように感じたので

 

キッパトというものを 偽ではない ユダヤの人々も 使っているのか 調べようとしましたが わかりませんでした。

 

また ユダヤ教とか カソリックとかですが 

 

ユダヤ教と キリスト教 と 調べようとしましたが 単純に旧約とユダヤ教との違いは分かりませんでした。

 

いずれにしても 地球の歴史が

 

結局 すべてが 悪魔にのっとれていく 歴史だと思います。

 

 

バチカンでは 悪魔教を排しようとした法王が すくなくとも 2名 暗殺されている。

 

なので 今の バチカンと  偽ユダヤの偽ユダヤ教との違いが 分かりません。

 

バチカンは 聖書を用いているのでしょうね でも 聖書自体は ニツポンの すべての文書と同じように 都合よく 改ざんされてはいないのか 分かりません。

 

 

ハザール系であれば タルムードあるなら ・・・

 

それは どのように 教え込んでいくのか?

 

 

それは イルミナティのような組織での ことなのか?

 

 

キリスト教という名の イエズス会も 結局 NWO推進組織は すべて同じように 選民とゴイムという理屈をつけて 宗教のタグなど関係なく みな 同じように見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ローマ法王に会う時は、エリザベス女王も、カミラ侯爵夫人も、ミシェル・オバマさんも、黒のベールに黒服。

 

 

日本の皇后だけが、ローマ法王に会う時も、ユダヤ教徒の女性の礼装のキッパトをかぶっている。

 

皇后はカトリック教徒の家の生まれだが、ユダヤ教に改宗したもよう。 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/797477741641633792

 

 

 

 

これも明治からの嘘  捏造   伊勢神宮

  • 2018.01.09 Tuesday
  • 00:16

 

 

☆ 郷土史研究家の方の記事です。

 

 

 

皇大神宮(伊勢神宮内宮)が現在のようなイメージになったのは明治維新後であった。

 

以前は天皇の参詣も無く、むしろ豊受大神宮(伊勢神宮外宮)が大衆に広く信仰されていた。

 

明治維新後の国家祭祀についても出雲大社との綱引きがあり、辛うじて勝利した経緯があった。

 

すなわち、裏伊勢を自認する宗像大社の隆盛も明治維新後からであろう!

 

 

由緒があると宣伝された神社はピカピカで、古刹と言われる寺院は侘び寂びのイメージがあるのは、明治維新後の廃仏毀釈の為であった。

 

 

参考

 

伊勢神宮の意味は明治維新で激変した(参考)

 

天皇家との関わりなど、出雲以上に厳格厳粛なイメージのある伊勢神宮(実際、伊勢神宮は結婚式事業には参入していない)。

 

しかし、江戸時代に庶民の人気を博した滑稽本『東海道中膝栗毛』などで描かれる"お伊勢さん"のイメージは、それとは少々異なっているようにも思える。

 

戦国の世が終わり社会が安定化してくるなか、「御師(おんし)」と呼ばれる中下級の宗教者たちが全国各地に飛び、庶民に対して伊勢参宮を勧奨して回ったという江戸時代。

 

 

当時は、皇祖神である天照大御神を祀った内宮よりも、五穀豊穣の神である豊受大御神を祀った外宮のほうが、むしろ庶民の間では人気が高かったようだ。

 

 

さらに、伊勢神宮の周辺には御師の営む宿坊が立ち並び、内宮と外宮の中間にあたる古市地区には男性客を当て込んだ遊郭が建てられ、国内でも有数の色街に発展していたという。

 

 

建築史や建築評論を専門としつつ、社会文化論などにも詳しい五十嵐太郎・東北大学大学院教授は、こうした点について次のように解説する。

 

 

「伊勢神宮は、少なくとも江戸時代には大衆的なツーリズムの場所であって、伊勢神宮の周辺にはいろんな土産物屋があったり遊ぶ場所があったりする、一大歓楽街だったわけです。

 

 

それが変わったのが明治時代。そうしたものをすべて取り払って、今日我々が一般的に持っているような伊勢神宮のイメージ――清らかで美しい場所であるというイメージに作り変えていった。

 

それまで、神仏習合の状態で受け入れられていたのを、そういった『非常にピュアなもの』であるというふうに変えたのが、近代におけるいちばん大きな変化といえるでしょう」(五十嵐氏)

 

 

 

-1 江戸時代までは歴代天皇は伊勢神宮に参詣しなかった(参考) by 歴史作家の恵美嘉樹

 

意外かもしれませんが、実は江戸時代までの歴代の天皇で伊勢神宮を参った天皇はいませんでした。。。

 

なんと、初めて参拝したのは明治天皇だったのです!

 

 

廃仏毀釈をはじめとする明治時代の「国家神道」というものが、いかに日本本来の歴史と伝統からかけ離れた「作られた伝統っぽい文化」だったことの証拠のひとつです。

 

 

伊勢神宮が、アマテラス大神をまつる国家第一の神社として存在したことが、歴史上間違いなく言える、ぶっちゃけ言うと、「日本NO1の伊勢神宮を創設した」のは、飛鳥時代末の天武天皇と考えられています。

 

 

『日本書紀によれば、雄略大王の時代から王女が「伊勢大神」の祠に侍する慣行のあったことが知られるが、しかし、歴代の倭王ないし王族のなかで、「天照大神」を拝したのは大海人皇子=天武天皇が最初であった。

 

「伊勢大神」は「伊勢の神」であるのに対し、「天照大神」は「高天原の神」であった。

 

 

「天照大神」の出現は、「伊勢大神」からの移行ではなく、新しい神の創出である。

 

「日神」と「天照る大神」との類似性はあるが、

 

しかし「日神」の自然神としての性格は、捨象され、人格神としての装いをもった「天照大神」の出現であった』

 

と、九州大名誉教授の田村圓澄さんは『伊勢神宮の成立』(115p、吉川弘文館、1996、2009年再刊)の中でずばり指摘しています。

 

 

 

-2 天皇は誰も伊勢神宮を訪れなかった(参考)

 

六九二年、女帝持統天皇(四一代)は三月三日に伊勢に行幸すると詔を発したが、これに対して三輪氏の高市麿が強硬に反対した。

 

三輪高市麿とは出雲神大国主の子孫、三輪氏の氏上で壬申の乱(六七二)に軍功を立て、臣下の最高位である朝臣五二氏の筆頭の重臣であった。大国主命を祀る大和一の宮大神神社の社家でもある。

 

 

このために持統天皇は三日の出立は諦めたが、それでも反対を押し切り、三日遅れて六日に伊勢に向かった。

 

持統天皇(四一代)も聖武天皇(四四代)も、まるで伊勢探椶鯣鬚韻討い燭のようである。

 

 

伊勢探楞老(日本書紀)から一六〇〇年も後に、ようやく天皇が初めて伊勢探椶鯔れた。明治二年(一八六九)三月のことであった。

 

昭和天皇が皇太子時代も含めて二〇回近くも訪れているので、天皇は伊勢探椶某毒劼垢襪發里箸い思い込みが誰にでもあるが、明治時代前には誰一人として一度も訪れていないのである。

 

 

天照大神が「傍から離してはならない」と命じた鏡を遠国の伊勢に祀り、

しかも天皇は一六〇〇年もの間、誰も伊勢探椶鯔れていない。ここに日本の建国史の鍵が隠されている。

 

 

 天皇が誰一人も伊勢探椶鯔れなかった事実を指摘すると、「宮中で祀られているから構わない」という反論が返ってくることがある。

 

しかし、一〇代崇神天皇は「神の勢いを畏れて、共に住みたまふに安からず。(日本書紀)」と言って、天照大神の祭祀を宮中から外に出したのである。

 

 

 

しかも『延喜式(九二七)』に載る宮中三六神の中に、出雲神の事代主の名前はあっても、天照大神の名は無い。

 

宮中の賢所に祀られたのは後世のことである。

 

明らかに天照大神の祭祀は、大和朝廷によって蔑ろにされていた。

 

 

それは『古語拾遺(八〇七)』の次の一文からも知ることができる。

 

「天照大神は祖・宗であって、尊きこと並びなく、他の諸神は子・臣にして、いずれも比較することはできない。それなのに今、神祇官が天照大神を祀るのが後回しにされている。」すでに、九世紀の初め(六〇代醍醐天皇の御代)には、天照大神の祭祀が諸神の後回しにされていた、と書かれている。

 

 

 

伊勢探椶忙鼎┐觜捗を斎王と言い、「天皇が位に就けば、伊勢の大神宮の斎王を定めよ。」と『延喜式』に記されている。

 

 

しかし、同様に「賀茂大神の斎王を定めよ。」ともある。

 

 

賀茂大神とは山城一の宮の賀茂大社をいう。その賀茂大社の社家には二説があるが、ひとつは大国主命の子孫の賀茂氏(三輪氏の同族)である。そして、賀茂の斎王は伊勢の斎王よりも上位の者がその任に就いた。ここでも皇祖神よりも出雲神が重要視されている。

 

皇祖天照大神は宮中に祀られず、祭祀が諸神の後回しにされ、斎王も賀茂神のよりも格下であった。これが紛れもない事実である。

 

 

 

天照大神が最高神に決まったのは明治時代(参考)

 

 

ほとんどの日本人が、古代から天照大神の祭祀こそが、国家最大の祭事であったかのように思い違いをしている。

それは古代の大和朝廷ではなく、近代の明治政府が決定したことに過ぎなかった。

 

 

 

長い間判読できなくなっていた『古事記』を解読したのは、江戸時代の国学者本居宣長(一八〇一没)であった。

 

その宣長の死後、養子の本居太平に弟子入りした平田篤胤(一八四三没)が興した平田神学は、幕末の勤王の志士たちに大きな影響を与えたが、篤胤が重視した神は、天照大神ではなく出雲神の大国主命であった。

 

これは『古事記』を忠実に読めば、誰でもその結論に至らざるを得ない。

 

 

ところが、明治新政府は神道の最高神を決定するにあたり、二大派閥の薩摩が造化三神(天御中主神・高魂神・神魂神)を推し、

長州は天照大神を推していた。

 

 

一時、長州派が神祇官を独占し平田神学派を一掃したが、その後に、薩摩派が長州派を追い出し主導権を握った。しかし、薩摩派は西郷隆盛の失脚(一八七三)とともに、その力を失ってしまった。

 

 

こうして長州派(伊勢派)は力を盛り返したが、今度は出雲大社を中心とした出雲派が台頭してきた。出雲派の中心人物である出雲国造家の千家尊福は、著書の『神道要章』に次のように述べている。

 

 

「国土に生ずる万物は、大国主大神のお造りになった国土に生じるものであって、例え、太陽(天照大神)の光を受けても、土地を離れては生じることはできない。

 

(中略)天神(天照大神)を崇敬するにしても、まず(大国主大神のお造りになった)大地の恩に感謝すべきである。」

 

 

『記紀』と全国の神社のほとんどが出雲神を重視している以上、論争になれば、伊勢派がだんだんと窮地に追い込まれてしまうのは当然の結果であった。

 

しかし、伊勢派はより権力に近いところに居た。

 

長州の山田顕義(松下村塾出身 初代司法大臣)に働きかけ、明治一四年(一八八一年)に、「宮中に祭られる神は天照大神」という明治天皇の勅裁を得ることに成功した。

 

これによって最高神争いは決着し、出雲派の敗北が決定した。

 

このように神道の最高神が天照大神に決まったのは、政治の力であった。

 

 

 

西郷隆盛が失脚していなければ、あるいは勅裁が下りなければ、代わりに造化三神、あるいは大国主命がその地位を占めていた。

 

天照大神はまったく偶然の産物であった。

 

『記紀』は皇祖神を讃えず、出雲神を讃え、全国の大社・古社は皇祖神ではなく、出雲神を祀っている。

 

そのような状況下で、天照大神が最高神になったことは奇跡に近いことでもあった。

 

 

 

伝統行事と歴史の作り方(参考)

 

https://ameblo.jp/shimonose9m/entry-12106995436.html

 

 

 

☆ 天皇という言葉がありますが 日本を治めていたのは 渡来人の王 だったと思います。

 

天皇という言葉でさえ 明治からの作り物ではないでしょうか。

 

(天皇とは 本来 死者への言葉だったということです)

 

また 様々な 天皇の名がありますが みな 新羅 百済 高句麗の王ではないかと思います。

 

 

そう、なんだかかってに 明治から

 

日本の天皇というものが 出現したのだと思います。

 

 

ということは

 

アマテラスというのは 悪魔なのでしょうか?

 

とにかく 明治からの 不思議なNWOの権力が崇拝しているのですから。

 

 

 

 

 

 

カルト宗教の視点   ロシアと日本  

  • 2017.11.26 Sunday
  • 01:22

 

 

 

111.24   ロシアで禁止、日本で観察処分 宗教団体は脅威か?

 

日本の各報道社は20日、公安調査庁がオウム真理教への観察処分の更新を公安審査委員会に請求したと報じた。

 

 

 

対象には、現在も観察処分が適用中の、オウム真理教の後継団体とされる「アレフ」と07年に分派した「ひかりの輪」に、アレフから分派した「山田らの集団」が加えられる。

 

 

オウム真理教は27人が死亡、負傷者が6000人を超えた地下鉄サリン事件により世界中に知られるようになった。

 

軍用ヘリコプターを使い東京上空からサリンを散布するテロも企てていたと見られる。

 

ヘリはロシアで調達された。

 

 

ある幹部が1992年から1995年にかけてロシアを21度訪れた。

 

しかし飛行許可が降りず、実際に飛行することはなかった。

 

 

ヘリ調達にロシアが選ばれたのは偶然ではない。

 

ソ連崩壊後の90年代、ロシアはオウム真理教の根城の1つとなった。

 

 

ロシア人信者はおよそ5万人いて、日本での信者数より多かった。

 

そのため、オウム真理教は90年代からロシアの特殊部隊にマークされており、2016年には動きの活発化が確認され、ダーイシュ(イスラム国、IS)との繋がりが疑われ、ロシア国内での活動が禁止された。

 

オウム真理教との繋がりが疑われた別のロシアの組織にも厳しい措置が取られた。

 

 

ロシアで厳しい措置が取られるのはテロリズムや過激派との関係が疑われる団体だけでないことは特筆すべきだ。

 

はるかに無害な評判とともに世界的に有名な宗教団体「エホバの証人」も2017年、過激派と認定されロシアでの活動が禁止された。

 

とはいえ、宗教団体の活動禁止はこれで終わらないだろう。

 

 

ロシアでは近年、宗教団体への措置が厳しくなる傾向がある。

 

 

ロシア司法省は2017年、過激派的活動が許されないという警告を数十の団体に通知した。同省は、違反が改善されない場合、解散とロシア国内での活動禁止措置が取られると発表した。

 

 

一方、日本では団体規制法に基づいた観察処分に留まっている。

 

しかし、日本がカルト教団に対して柔らかなアプローチでとどめているとは言えない。公安調査庁や警視庁にマークされた団体は、法の枠外に出た瞬間に逮捕される。

 

 

露日どちらのアプローチが効果的かは時が示すだろう。

 

 

エホバの証人の活動禁止をはじめとする一部のロシアの措置は国際社会に非常に冷たく受け止められた。

 

EUは決定を和らげるよう求めたが、ロシア国内では大半の市民が禁止措置を支持した。

 

 

 

 

☆ 統一教会 (北朝鮮宗教)を 日本に取り入れたのが 岸信介であり ・・

 

現創価も ソンテジャク (朝鮮)の宗教であり 公明党と無関係と まぁ 嘘を言っていくのでしょうが ・・

政教一致であり おまけに 国家神道とは 明治からの歴史のねつ造を受け持っている。

 

 

こんな めちゃくちゃな国はありませんね (笑)。

 

 

けれど 世界の戦争やは やはり 黒魔術とか オカルト カルト なのですね。

 

 

 

オウムの主犯の実行犯は 現政治やのトップです。 旧ソ連からVXガスを密輸して 長野県に保管するまでを ジャパンタイムズの元編集長が 追跡 記事にしています。

 

http://rakusen.exblog.jp/25602575/

 

 

世界で 読んでいる人は多いと思います。

 

 

オウムは国家犯罪です。目的は サリン VXガスの 人体実験と想像される。

これは 731からの 日本の国の 習性のようで 実験 データ そして 特許からの収入。

 

オウムは 国家犯罪であり 人体実験は 福島 そして 加計と繋がっていく。

 

 

カルト宗教を 権力者自身が 推薦しているのです。

 

また 創価 統一 日本会議を 統合し 治めることができる 実行部隊は 日本財閥 笹川財閥であり 優秀な ヤクザ マフィアであり これらは 北で麻薬に関与しているようです。 

 

つまり カルト宗教は 明治以後の 傭兵。

すごい 国です。

 

 

中国との関係を悪化させる口火をきったのは前原  

  • 2017.09.30 Saturday
  • 00:48

 

 

民進党が希望の党へ吸収されるようだ。

 

民進党の代表を務める前原誠司は野田佳彦幹事長を同じ松下政経塾の出身。

 

経済問題は新自由主義(ニューリベラル)、国際問題は新保守(ネオコンサーバティブ/ネオコン)。希望の党は東京都知事の小池百合子で、日本会議国会議員懇談会の副会長を務めていた人物。

 

この懇談会と一心同体の関係にある日本会議は安倍晋三首相を支える柱だ。タグの付け替えで演出しているようだが、実態は似たようなものだ。

 

 

前原が菅直人政権の国土交通大臣だった2010年9月、同省の外局である海上保安庁は日中漁業協定を無視して尖閣諸島付近で操業中の中国漁船を取り締まり、船長を逮捕して中国との関係を悪化させている。

 

 

1970年代に田中角栄と周恩来とが棚上げで合意していた尖閣諸島の領有権問題に火をつけたのである。

 

本来なら外務省が関係の修復を図るものだが、2010年9月に前原が外務大臣に就任するという茶番劇があった。

 

 

 

その後、2011年3月11日に東北の太平洋側で起こった巨大地震、東京電力福島第一原発の炉心溶融事故で日本と中国の対立は緩和されそうになるが、そうした雰囲気を石原親子が消し去ってしまった。

 

 

 

つまり、2011年12月に石原伸晃が「ハドソン研究所で講演、尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言したのである。

 

この背後にはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの弟子にあたるI・ルイス・リビーがいたと言われている。リビーはハドソン研究所の上級副所長だった。

 

 

さらに、2012年4月に石原伸晃の父親、石原慎太郎知事(当時)が「ヘリテージ財団」主催のシンポジウムで尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向を示して中国との関係は決定的に悪くなる。安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビーだ。

 

 

 

現在、ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派はロシアや中国との対立を深め、シリアではアメリカの特殊部隊がロシア軍を直接攻撃しはじめた可能性が高い。

 

アメリカが傭兵として使ってきたアル・カイダ系武装勢力やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)をロシア軍が打ち破ってしまったことが直接攻撃の一因になっている。

 

デリゾールの近くではロシア軍のバレリー・アサポフ中将とふたりの大佐がダーイッシュの砲撃で死亡した。詳しい情報がアメリカ側からダーイッシュ側へ伝えられたと見られている。

 

 

2015年9月から統合参謀本部議長を務めている​ジョセフ・ダンフォード大将は中国脅威論を主張​しているが、これは1991年12月にソ連が消滅して以来、ネオコンが宣伝してきたこと。

 

 

2001年1月から大統領を務めたジョージ・W・ブッシュも当初、中国脅威論を主張していた。

 

 

 

好戦派として知られているダンフォードの前任者はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする武装集団、つまりアル・カイダ系グループやダーイッシュを危険だと考え、シリア政府とも協力していたマーティン・デンプシー大将。

 

シリアで政府軍と戦っている中心はサラフィ主義者だと指摘、その危険性を警告していたマイケル・フリンDIA局長は2014年8月に追い出され、戦争には消極的だったチャック・ヘイゲル国防長官は15年2月に解任されている。

 

 

 

アメリカ政府が好戦的な方向へ舵を切った直後、2015年9月30日にロシア軍はシリア政府の要請を受けて軍事介入、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュを壊滅寸前まで追い込んでいる。

 

 

そこでイスラエル政府はパニック状態で、アメリカのネオコンは軍事的な緊張を高めてロシアや中国を脅そうとしている。

 

つまり、核戦争が勃発する可能性が高まった。アメリカの好戦派に支配されている日本の支配層が臨戦態勢に入るのは必然だ。

 

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201709290000/

 

 

 

 

☆ 当たり前ですが 同和一族ばかりです。

 

日本ほど 天皇すり替え 英国支配 NWOという根本を 言わない国はありません。

 

日本人と連呼するのは 支配層も 奴隷も 同じ民族なのですよと ミスリードしているに過ぎない。

 

 

おまけに そのすり替わった偽物を 元首にしようとしているわけです。

 

 

朝鮮も韓国も中国も ロシアも あるいは もっと言うなら 米も 敵ではありません。

 

敵はいつも すり変わった 自称日本人です。

 

 

これは 滑稽です これほど 騙されて びくびくしているなんで どうして 自ら 奴隷になるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

神道と国家神道の違い  中国嫌悪はなぜ ? 

  • 2017.06.15 Thursday
  • 02:06

 

先日から「日本会議 戦前回帰への情念」 山崎雅弘 著 集英社新書 という本をもとに文を書いていますが今日も書きます。
 
今日はこの「日本会議」やそれに準ずるくらいに自民党に影響力を及ぼしている「神道政治連盟」が目指すところの「天皇中心主義」の背景にある「神道」という宗教について書きます。

 

 
この「神道」とは、本著によれば、「国家神道」とに分けられる、ということです。

 

そのことが書いてあるこれから引用する文は、我々が思っている、「神社にお参りをする」とか会社の社長室などに神棚があり、「毎朝それを拝む」といっただけの「神道」とはかなり違う「国家神道」について非常に上手くまとめていて参考になると思います。

 


(引用開始)
 
タイトル:信仰としての「神道」と宗教的政治システムとしての「国家神道」

 

 

「神道」は、日本における伝統文化としての「信仰」を意味し、わかりやすく言うなら「神様に手を合わせて拝む」行為全般を指します。拝む対象の神様は、伝統的あるいは名の知れた神様である場合もあれば、木や山などの自然である場合もあります。
 

 

 

一方、「国家神道」の方は、明治時代に国の制度として導入されたシステムです。

 

 

「神社神道」と「皇室神道」を中心に、天皇を国家体制の基礎と位置付け、社会構造のピラミッドの頂点に君臨する天皇とその先祖を、神的な存在として尊ぶというのが、「国家神道」の中核でした。

 

 

例えば、「神道」の場合は、本人が望まなければ、特定の神様を拝むことを誰にも強制されませんが、「国家神道」の教義については、少なくとも昭和に入ったころには、すべての日本国民が絶対的に従うことを、事実上強制されていました。

 

 

規則のような意味での「強制」ではなく、すべては「国民が自ら望んで、喜んでそれを受け入れた」形式とされましたが、「私は従いません」という選択肢は許されておらず、思想信条上の理由から敢えてそれを選んだ人は「非国民(日本国民ではない裏切り者)」や「不敬(天皇への敬意がない)」として、厳しい社会的制裁の対象となりました。

 

 

 

実際、「国家神道な」で重要役割を担った、伊勢神宮などの重要な神社で神職に携わる人間は、内務省外局の神祇院で公務員のように働き、政府の政治的意向に完全に合致するかたちで、さまざまな祭祀を行いました。

 

 

 

また、一般に「神道」は神様に願い事をしたり、神様の前で自分の欠点を反省するなどの「謙虚さ」を伴いますが、「国家神道」の場合は、神道のしきたり等を援用するかたちで国民に国家への献身や犠牲を強いたり、日本という国や日本人が他国よりも優れていると思い込んで優越感に浸るなどの「傲慢さ」が、思考や態度に現れることがありました。

 

 

このように、「神道」と「国家神道」は言葉は似ていますが、実質は大きく異なっており、構図としては「後者が前者を政治的に利用する」という関係にありました。
 
(引用終わり)

 

 
では、実際に戦前・戦中のその「国家神道」を強要された日本人の生活はどのようなものだったか。それについてその一端が分かる文が「ヒロシマの嘘」 福島菊次郎著 現代人文社 刊 という本に書いてありました。
 

 

 

この本の著者である福島氏は青年時代に、「国家神道」という政治システムによって「天皇中心主義」の教育を受けさせられ、戦争に行かされ、戦後、昭和天皇・裕仁の戦争責任とその戦争の悲惨さを今まで人生をかけて訴えてきた方です。

 

 

(引用開始)
 
章のタイトル:軍国主義教育・・・狂気の青年時代
 
項のタイトル:「天皇陛下バンザイ」
 

 

ヒロシマの嘘1僕と天皇裕仁の出会いは小学校に入学した1927年、七歳のときから始まった。
 
登下校するたびに校門の奥にある教育勅語を入れた「奉安殿」の前で最敬礼し、祝祭日には君が代を歌わされ、鼻たれ小僧はじっとしておれないので、意味不明の教育勅語の朗読の長さに閉口した。

 

1932年、満州事変が始まると、毎日深夜に下松駅を通過して満州に出征する兵隊さんを見送りに行き、日の丸小旗を振って夢中になって「天皇陛下バンザイ」を叫んだ。
 

 

小学校に入学した頃、日本は「世界五大強国」の一つだと教えられた。
 
満州事変が拡大すると、国際連盟からリットンという外国人が満州を視察に来て、日本に撤退勧告をしたという新聞記事を読んで、いらぬ世話をする奴らだと友だちと憤慨したが、日本は勧告を拒否して1933年、国際連盟を脱退した。

 

 

「国際連盟を脱退したから、これからは飛行機でも、軍艦でも、兵隊でも欲しいだけ持てるから日本はすぐ世界一等国になれる」と喜んだ。

 

門の前に整列すると先生が、「お前らも天皇陛下に背いたら死刑だぞ」といきなり大声で怒鳴ったのでみんな縮み上がり、その日から天皇陛下が恐ろしくなった。

 

 

 

国民に尊敬されている天皇が撃たれる事件が起きては困るので、警察は難波大介を狂人に仕立て事態を収拾しようとしたが、彼はあくまで殺意を主張し死刑を執行された。共産党の宮本顕治も光市出身で、岸伸介、佐藤栄作元両総理は隣町の出身なのも因縁めいて面白い。

 

 

小学校時代は、早く兵隊になって天皇陛下に忠義をして死ぬのが最高の名誉だと聞かされた。
 

 

国民は天皇陛下の赤子(せきし)で、天皇陛下からもらった命は天皇陛下にお返しすべきである」

 

「神州不滅だから日本は必ず戦争に勝ち、国難には神風が吹く」「支那事変は正義の戦いで、邪魔をする鬼畜米英は断固撃滅する」「日本兵は死を恐れないが支那兵は日本軍が突撃すると泣いて逃げる弱虫だ」など、先生の話に釣られて中国人を人種差別した。
 

 

 

「戦争に行ってどうせ死ぬなら、チャンコロ五十人くらい殺して名誉の戦死をして、靖国神社に祭られよう」と決めていた。

 

 
(引用終わり)

 

 
日本会議は安倍政権が教育基本法を変えるのに大きな影響力を及ぼした。

 

その日本会議は「教育勅語」を教育上、重要視している。今話題の森友学園の籠池泰典は日本会議大阪の運営委員だが、塚本幼稚園ではその「教育勅語」を園児に朗読させている事実はすでに公然となった。


 
福島氏が書いているように、当時は恐ろしいまでに「国民主権」は尊重されず、学校などで、「国民は天皇の為に戦争で中国人を殺せ」などと徹底的に教え込まれた。
 


そんな日本の社会を作りあげた政治システム、それが日本会議が復活させようとしている「国家神道」だということです。
 


また、日本会議は「憲法9条」を無くすもしくは改悪し、第一条の「天皇を象徴とする」から「元首とする」に変えた自民党憲法改正案を成立させようとしているわけです。もう、これは、「天皇を頂点とした戦争するための国づくり」と言わずして何というのでしょうか?
 


こういった日本会議に対しての私の見解に対して、「お前、考えすぎだよ」などと言うのであれば、私はその人に対して、「平和ボケ」と言わざるを得ない。

 

 

http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8845689.html

 

 

 

 

 

◎ 天皇が米軍基地建設と称して沖縄の遺構や文化を破壊し、中国と仲良くさせない理由は、生きている天皇など日本の伝統に無いばかりか、漢風諡号を辿れば天皇は琉球の海人だったことがバレるからです@ihayoichi @GeorgeBowWow       

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/787548879193411584

 

 

 


◎ 仰天、「日本は歴史認識を改めよ」とは、こういうことだった。 

 

江戸時代の日本列島を統治したのは中国  

 

その宮内庁の有職故実家は、「大嘗は中国(ワガクニ)従来の儀式ではなく、唐の制度を模したもの。ただ大嘗に則っていない山藍摺りにおいては、華人の古を見ることができる。」と書き遺してた

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/800970730670211072

 

 

 

 

◎ただね、日本列島が、漢民族の文化をきちんと継承していたのは江戸時代まで。

明治以降は、全て、摩り替えられちゃった。

 

雅楽も道学や回教由来の調子の楽譜は焚書され、転調されて、演奏のテンポも三倍遅くなった。着物も私のアイコンのようには着なくなった。罪人の座り方を正座として摩り替えた、、

 

 

 

日本会議  田布施システムの実働部隊

  • 2017.03.03 Friday
  • 07:19

 

 

明治維新から1945年の敗戦までの間、日本は【天皇制軍事独裁体制】を確立し明治天皇と昭和天皇は政治家、軍人、官僚、大手マスコミ、財閥、右翼、学者らを使って海外侵略と国民弾圧を主導したがそれは【でっちあげ天皇制=田布施システム】があって初めて可能だったのだ!

 

 

【日本会議】の前身の『日本を守る会』は戦前の満州・中国侵略を主導したファシスト将校らの思想的バックボーンとなった戦前の宗教右派の流れであり、もう一つの母体である『日本を守る国民会議』は右翼・暴力団と直接結びついていると言われている。

 

 

 

【でっちあげ天皇制=田布施システム】は敗戦と戦後GHQの民主化政策で一時的にその機能は停止されたが、【中国共産党国家誕生】【朝鮮戦争勃発】【米ソ冷戦激化】などの情勢変化によって

 

 

米国支配層は当初の【日本を世界に冠たる民主国家にする】方針から【反共の砦】【米国の植民地化】へと方針を転換し昭和天皇の戦争犯罪を免責し戦争犯罪人の軍人や政治家や官僚および国民弾圧の首謀者特高官僚たちを免責して復活させたのだ!

 

 

 

このようにして【でっちあげ天皇制=田布施システム】は1950年代はじめから完全復活し自民党の長期独裁政治を可能にし安倍自公ファシスト政権を誕生させたのだ!

 

 

 

【日本会議】こそは、【日本国憲法】を廃止して戦前の【大日本帝国憲法】を復活させ、日本を【平和国家】から【戦争国家】に変身させ、【特定秘密法】で反対する国民を犯罪人に仕立て上げ逮捕・拘留・拷問・起訴・重罪判決で刑務所送りにする、明治維新から現在まで続く【でっちあげ天皇制=田布施システム】の実働部隊であり安倍晋三ファシスト&サイコパス首相とその一味の支持勢力なのだ!

 

 

安倍晋三ファシスト&サイコパス首相とその一味を実力で打倒する戦いは、ようやくその正体を暴露した【日本会議】に集まる政治家、官僚、裁判官、経済人、宗教団体、大手マスコミ、評論家、御用学者、右翼・暴力団などを打倒する戦いでもあるのだ!

 

 

 

【関連情報1】

 

▼日本最大の右派組織 日本会議を検証

 

2014年7月31日 東京新聞【こちら特報部】

 

女性蔑視やじ、ツイッター上で差別的表現…。最近世間を騒がせた地方議員には、日本最大の右派 組織といわれる「日本会議」の地方議員 連盟メンバー が少なくない。その影響力は地方のみならず、政権中枢にも及ぶ。

 

 

安倍晋三首相は、同会議に賛同する国会議員懇談会の特別顧問だ。憲法改正 や集団的自衛権の 行使、伝統的家族観の尊重などの主張は、首相の政治信条と重なる。知っているようで知られていない日本会議を徹底検証した。(篠ケ瀬祐 司、林啓太、佐藤 圭)

 

 

 

今年六月の東京都議会で女性都議に「早く結婚したほうがいいんじゃないか」とやじを飛ばした鈴木章浩都議=自民党会派を離脱=は、日本会議の地方議連メンバーである。

 

 

 

「(日本会議とは)いろいろな分野でおおむね方向が一緒だ」鈴木氏は「こちら特報部」の取材に淡々と語った。鈴木氏は二0一二年八月、地方議連メンバーらとともに、政府が立ち入り禁止にしていた尖閣諸島(沖縄県石垣市)に上陸した。

 

 

タカ派的な行動でも物議を醸した人物なのだ。

 

女性軽視やじほどには話題にならなかったが、北海道でも、地方議連メンバーが一騒動起こした。道議会の自民党会派に所属する小野寺秀(まさる)道議がツイッター上で、集団的自衛権の行使容認に反対する男性が東京・新宿で焼身自殺を図ったことについて「愚行」と発言、これを批判したコメントへの反論で差別的表現を使った。自民党は今月三日、道議に口頭で注意した。

 

 

ネット上では、小野寺氏を「ネトウヨ(ネット右翼)議員」と揶揄する向きもあるが、小野寺氏は「日本が好きで、次の世代にどう良い国を残すかという思いでやってる。ネット右翼と言われるのは不本意だ」と話す。

 

 

 

そもそも日本会議とは何か。

 

 

結成は一九九七年五月。保守系宗教団体などでつくる「日本を守る会」と、保守系文化人や旧軍関係者などを中心とする「日本を守る国民会議」が統合した。現会長は元最高裁判所長官の三好達氏だ。

 

 

「誇りある国づくり」を目指す運動方針では、皇室 を尊び、同胞感をかん養する?新憲法制定?祖国への誇りと愛情を持った青少年の育成?安全を保証する防衛力を整備し世界平和に貢献ーなどを掲げる。

 

 

その規模は、右派の民間組織としては国内最大級 だ。同会議の広報によれば、会員数は三万五千人にのぼる。四十七都道府県本部のほか、二百二十八支部を擁する。

 

 

中央政界とのパイプも太い。日本会議 の発足と同時に立ち上げた「日本会議国会議員懇談会」(会長・平沼赳夫衆議院議員)は五月現在で二百八十九人が加盟する。

 

 

 

役員には政界の 主要メンバーが並ぶ。安部主将と麻生太郎副総理兼財務相は特別顧問、幹事長は衛藤 晟一(えとう せいいち)首相補佐官だ。会員向けの月刊誌「日本の息吹」0九年九月号で紹介された加盟議員と照らし合わせると、安部内閣の閣僚十九人のうち十三人が懇談 会メンバー。「日本会議内閣」との声も漏れる。

 

冒頭で紹介した地方議連は、会議設立 十周年の0七年にスタートした。加盟議員は千六百人に達する。

 

【関連情報2】

 

▼日本会議とは?(Wikipediaより)

 

日本会議 前身 日本を守る国民会議 日本を守る会

設立年 1997年5月30日

種類 任意団体

本部 日本の旗 日本 東京都目黒区

位置 保守主義

会長 三好達

 

関連組織 日本青年協議会

      神社本庁

      頑張れ日本!全国行動委員会

 

ウェブサイト www.nipponkaigi.org

 

 

公式ホームページでは「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を行っている民間団体」と自称している。

 

1997年5月30日に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」とが統合して組織された。「守る会」は、神道・仏教系の保守的な政治観を持つ宗教団体によって結成され、政治課題に対して様々な政治運動を行っていた。

 

一方、「国民会議」は、元号法制化を目的に、やはり最高裁判所長官を務めた石田和外らの呼びかけによって1978年に結成された「元号法制化実現国民会議」をもとに、これを改組してつくられ、やはり政治運動を行っていた。

 

 

初代会長はワコール社長の塚本幸一。塚本の死後は、日本商工会議所会頭の稲葉興作が第2代会長に就任。現在の会長は最高裁判所長官を務めた三好達。

 

 

 

神社本庁、解脱会、国柱会、霊友会、崇教真光、モラロジー研究所、倫理研究所、キリストの幕屋、仏所護念会、念法真教、新生佛教教団、オイスカ・インターナショナル、三五教、生長の家等、宗教団体、宗教系財団法人等が多数参加している。

 

特に神社本庁とは、「建国記念の日奉祝式典」や皇室関連の問題への取り組み等、人的交流も盛んである。

 

日本会議と連携する国会議員の組織に日本会議国会議員懇談会、地方議員の組織として日本会議地方議員連盟があり、「国会議員懇談会」には保守系国会議員が約250名、超党派で参加している(1997年5月29日発足。2013年現在の会長は平沼赳夫)。

 

 

組織は都道府県を9区域にまとめ、県毎に県本部を置き、さらにその下に支部が置かれている。各都道府県本部には、専従で勤務する活動家が配置されている。「日本の息吹」という機関誌を月刊で発行している。

 

大企業の役員が役員に数名就任しているが、総会で提出される決算報告書によれば、財界からの大きな財政的支援はなく、運営は主に会費を中心とした収入で賄われている[要出典]。

 

会費は年額1万円。女性については、会費が半額の5千円で男性と同じ権利と特典が得られる「女性会員」の割引制度がある。

 

 

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/47971da1092e0c6c1461b2166329a081

 

 

 

 

 

日本会議と青年協議会が目指すもの

  • 2017.03.02 Thursday
  • 09:24

 

 

【1】日本会議と安倍政権の繋がりについて

 

 

 安倍政権の閣僚のうちおよそ8割が日本会議に所属することを実際に閣僚名簿を元に、連載1回で確認した。

 

 

さらに「集団的自衛権を合憲とする憲法学者」として与党が国会招致した憲法学者3名が、百地章氏をはじめとしてみな日本会議関連団体に所属していることを連載第9回で確認した。これらの事実から、安倍政権および自由民主党と日本会議との間に密接な関係があると断言しても問題ないだろう。

 

 

 

【2】日本会議の主張について

 

 こうして安倍政権に強いつながりを持つ日本会議が実際にどのような主張をかかげているかについては、連載第2回でその概略を振り返った。

 

 

 

【3】日本会議の運動手法について

 

 男女共同参画へのバックラッシュ・改憲・教科書採択など日本会議の運動目標は多岐にわたる。しかしその運動手法は、「活発な地方活動」で共通することを、連載第2回で指摘した。さらにその地方における活動の実態を、地方議員へのインタビューを通じて連載番外編第2回でお伝えした。

 

 

 

【4】日本会議と宗教団体について

 

日本会議の特色は、その構成団体に多数の宗教団体を抱えている点にあることを、連載3回で、実際に日本会議の役員名簿を振り返る形で確認した。

 

 

 

【5】日本会議の歴史について

 

 日本会議は1997年に発足した。しかしその歴史は前身団体である「日本を守る会」および「日本を守る国民会議」まで遡ることができる。

 

さらにこの両団体の事務局をつとめ、現在も日本会議の事務局を担う日本青年協議会の歴史は、70年安保闘争の頃に出現した民族派学生運動に発端していることを、連載第5回で振り返った。

 

 

 

 日本会議の源流を作り、現在も日本会議の事務局を担う日本青年協議会の思想的背景については、前回の連載第12回で、彼らの内部資料に基づいてお伝えした。

 

 

その内部資料として挙げたのが「神国への構想」という小冊子。

 

この小冊子には「憲法改正ではなく、反憲法的解釈改憲」を基本戦略として運動を展開していくべきであるという「反憲テーゼ」が謳われている。

 

 

 この奇矯な「反憲テーゼ」の根拠となっているのが、生長の家の創始者・谷口雅春が提唱していた、従来の国粋主義や右翼思想とは毛色の違う、「宗教的愛国主義」ともいうべき独特の政治観だ。

 

 

 

 宗教法人としての生長の家教団は、1983年に「生長の家政治連合」(生政連)の活動を停止して以降、政治活動から撤退し、その後は完全に社会運動との関わりを絶っている。

 

 

しかし、日本会議の事務局を担う日本青年協議会のように、現在も谷口雅春が唱導した「宗教的愛国主義」を奉じ、路線変更前の「生長の家」の主義主張を原理主義的に堅持し続けている人々が存在する。

 

 

 

安倍政権の特徴は、日本会議・日本青年協議会のみならず、この「生長の家原理主義者たち」が政権の内外に多数存在する点にあると、筆者は見ている。

 

 

そして筆者がこれまで調査した結果からは、2000年代以降顕在化したチャンネル桜や在特会に代表される「行動する保守」の台頭にも、この「生長の家原理主義者たち」が極めて深く関与している。

 

 

 

日本会議・日本青年協議会をはじめとする「生長の家原理主義者たち」の動きをエビデンスに基づきながら解説し、安倍政権の誕生までの経緯や、「行動する保守」の濫觴について解説していく。

 

 

「生長の家原理主義者たち」が安倍政権周辺に構築したネットワークの一端が垣間見れることとなるであろう。

 

 

https://hbol.jp/55073

 

 

 

 

 

日本会議の成り立ち

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 08:23

 

 

宗教団体の集まりとしてスタートした「日本を守る会」

 

 

 元号法制定運動を推進した「日本を守る会」の発起人は鎌倉円覚寺貫主・朝比奈宗源。彼があるとき伊勢神宮に参拝し「世界の平和も大事だが今の日本のことをしっかりやらないといけない」と「天の啓示」を受けたのだという。

 

 このような宗教的な経験がきっかけであるため、「日本を守る会」はあくまでも宗教者と文化人の集まりとして政治家や経済人は入会させなかった 。

 

 実際、「日本を守る会」設立当時の役員名簿をみると、明治神宮、浅草寺、臨済宗、仏所護念会、生長の家等々と、宗教団体の名前ばかりである。 現在の日本会議の持つ「宗教団体の連合体」という側面が、「日本を守る会」から受け継がれてきたものだということがよくわかる。

 

 

一方で、今の日本会議の役員名簿からは消えている宗教団体がある。

 

 そう。「生長の家」だ。

 

現在の「生長の家」は「エコロジーリベラル」ともいうべき路線を採用しており、日本会議とは一切の人的交流はない。

 

 しかし、当時は違った。

 

 

 

「生長の家」の社会運動と民族派学生運動

 

 

「生長の家」の創始者・谷口雅春は、終戦直後から「明治憲法復活」「占領体制打破」をスローガンに積極的な言論活動を展開しており「愛国宗教家」との異名を持つほどであった。また、強烈な反共意識とおりから勃興する創価学会への警戒心に基づき、積極的な社会運動を60年安保の頃から展開してもいた。

 

 こういった谷口雅春と「生長の家」の保守運動は、当時盛んであった学生運動の分野にも及ぶ。

 

 「生長の家」信者の子弟からなる「生長の家学生会」が結成されたのは1966年。

 

 ちょうど、左翼側では「ブント」が再興されたり、三派全学連が羽田闘争を開始したりと、後年「70年安保」や「全共闘運動」などとよばれる左翼学生運動の下地が整いだしたころだ。

 

その後、左翼学生運動は拡大を続け、全共闘運動は全国各地に波及し、各地の大学でバリケードによる教室封鎖やセクトによる自治会占拠などが相次ぐようになる。右翼学生は各地の大学にいたものの、質・量ともに左翼学生運動に太刀打ちできない。

 

 

そんななか、社青同(日本社会主義青年同盟)が占拠し授業中断が続いていた長崎大学を「正常化」することに「生長の家学生会」に所属する学生達が成功する。

 

 

「長崎大学で、右翼学生が、左翼学生からキャンパスを解放した」というニュースは全国の大学で圧倒的劣勢に立つ右翼学生運動の希望の星となった。

 

長崎大学学園正常化を勝ち取った学生たちは、民族派学生のなかで一躍ヒーローとなり、彼らの運動手法は「九州学協方式」として全国の右翼学生達にとりいれられていく。そして長崎大学での成功と実績を元に「生長の家学生会」を中心とし「民族派の全学連」を結成すべく、「全国学協」が1969年に設立される。

 

 

 しかし、「全国学協」の結成は、いささか遅きに失した。

 

 ノンポリの学生をも惹きつけ全国各地に飛び火した全共闘運動を代表とする左翼学生運動は、すでに69年の安田講堂事件や日大闘争を境に下火になりつつあった。

 

 運動の主軸が「左翼学生運動への対抗」でしかない民族派学生運動としては、目標を失ってしまった格好だ。左翼学生運動という敵を失った彼らは御他聞に洩れず内ゲバに走るようになる。

 

 

 

 

村上正邦と「日本を守る会」

 

 「日本を守る会」が結成され元号法制定運動に取り組み出した1974年は、ちょうど、目標を失った民族派学生運動の迷走がピークを迎えたころに重なる。

 

 この頃「日本を守る会」の事務局を取り仕切っていたのが村上正邦だ。

 

 後年「参院の法王」とまでよばれるようになる彼だが、当時は「生長の家」の組織候補として自民党から1974年の参院選挙に初出馬するも落選した直後ということもあり、生長の家を代表して「日本を守る会」の事務局の中心メンバーとして活動していた。

 

 

「日本を守る会」のデビュー戦として村上正邦がプロデュースしたのが、「昭和天皇在位50年奉祝行列」だ。

 

この提灯行列は明治神宮の潤沢な資金や各種宗教団体の動員力をベースに成功裏に終わる。しかし村上正邦は、肝心の元号法制定運動の手応えを感じることができないままでいた。

 

 そこで、彼が目をつけたのが、「全国学協」のOB組織「日本青年協議会」だ。

 

 

前述のように、「全国学協」の前身は長崎大学で社青同のバリケードを解除し「学園正常化」を勝ち取った「生長の家」学生信者グループだ。その延長で結成された全国学協もOB 組織の日本青年協議会も、「生長の家」信者がその大半を占めている。生長の家の信者として「日本を守る会」の事務を取り仕切る村上正邦にとっては、同じ宗教の信者同士だ。

 

 

なによりも、日本青年協議会を率いる人々は、長崎大学正常化運動を勝ち抜いた闘士であり、民族派学生運動のヒーロー。長年学生運動の現場で左翼学生運動と対峙し、左翼の運動手法も組織の動かし方も熟知している。これほどの適任者はいないだろう。

 

 

 

 

日本青年協議会と椛島有三の登場

 

 かくて、1977年、日本青年協議会は、「日本を守る会」の事務局に入る。

 

 実質的に事務を取り仕切ったのは、日本青年協議会書記長 椛島有三(かばしまゆうぞう)。

 

 彼こそが、長崎大学学園正常化運動のリーダーだった人物であり、民族派学生として日本ではじめて左翼学生運動に対する勝利を収めヒーローとなった人物だ。

 

 

椛島は「日本を守る会」に元号法制化運動の進め方について次のような提案をする。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 この法制化を実現するためには、どうしても国会や政府をゆり動かす大きな力が必要だ。それには全国津々浦々までこの元号法成果の必要を強く訴へていき、各地この元号問題を自分たちの問題として取り上げるグループを作りたひ。そして彼らを中心に県議会や町村議会などに法制化を求める議決をしてもらひ、この力をもって政府・国会に法制化実現をせまらう

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 その後、元号法制定運動は、「日本を守る会」に集まる各種宗教団体の動員力を利用して椛島の戦略どおりに全国的に展開され、わずか2年という短期間で元号法の制定を勝ち取ったのだ。

 

「国会や政府をゆり動かすために」「全国津々浦々各地に自分たちの問題として取り上げるグループを作り」「県議会や町村議会などに法制化を求める議決をしてもらう」

 

 

 

読者はもうお気づきであろう。

 

 1977年に椛島有三が元号法制定運動で提示したこの戦略の基本パターン。「日本会議の運動手法」そのものだ。

 

 日本会議は1977年の元号法運動の成功パターンをいまも繰り返しているのだ。

 

 

 

「椛島有三」という男

 

 長崎大学学園正常化闘争で民族派学生運動のヒーローとなり、長じて社会人になってからは元号法制定運動を短期間で成功に導いた椛島有三。

 

 彼は、この実績をベースに、保守陣営の中で頭角を顕すようになる。そして、2015年の現在も、我々の眼前にそびえる巨大組織・「日本会議」の事務総長として君臨している。

 

 次回も分析を進める。

 

 https://hbol.jp/33119

 

 

 

国家神道と戦争

  • 2017.02.06 Monday
  • 09:04

 

 

日本を戦争へ暴走させた原因は国家神道を抜きにしては考えられない。

 

 

天皇を現人神(あらひとがみ)として絶対化し、古事記・日本書紀を唯一の神典とした国家神道は、明治維新から昭和20年の敗戦に至るまで約80年間、国民全体を支配していた。

 

 

しかも他の宗教を超越した国教として、その教義に合致しない信仰を排除・禁圧し、国民の生活や意識のすべてにわたって深い影響を及ぼした。

 

 

 

それにしても、もともと神道とは何であったのか、参考文献をもとにさかのぼって考え直してみたい。

 

 

 

本来、古神道には文書として記録した教義はない。それは日本の風土に密着した生活習慣であったという。

 

 

つまり、豊かな自然ときれいな水に恵まれた島国である故に、山川草木に神が宿る自然崇拝が生まれ、ハライ、ミソギによって身心の穢れを浄めることが何より大切な伝統となった。

 

 

 

さらに1万年前までさかのぼる縄文時代の遺跡発掘やアイヌ文化によって推定されるところでは、火と水の神を中心として「独り占めしないオキテ」のもとに共同体を形成し、魂の生まれ替わりを信じて生活していた。

 

例えば青森県の三内丸山遺跡では、約2千年にわたって500人ほどの縄文人たちが同じ地域に生活していたことが推定されている。

 

 

 

やがて3世紀に入ると、強大な権力者の支配を示す古墳が造営されるようになり、海外から渡来した部族によって縄文人が追い払われ、8世紀には天皇の祖先を祀る天つ神を中心とする記紀神話がつくられる。

 

 

 

村上重良氏(宗教学者)によれば、神道は自然発生的な神社神道、仏教や儒教と混合した習合神道、天皇の祖先神を祀る皇室神道に分類される。

 

 

 

明治維新時の国際情勢は、欧米の帝国主義はアジアに触手を伸ばしていた。イギリスは中国とのアヘン戦争に勝って中国を侵略し、帝政ロシアは樺太から北海道を窺っていた。

 

 

ついにアメリカが浦賀に黒船を乗り入れて通商を強要するに至ったが、鎖国の夢を破られた幕府はまともに対応する能力を失って右往左往するだけであった。

 

 

 但し、欧米の制度や文明文化を輸入することはできても、その精神的なバックボーンとなっているキリスト教だけは取り入れるわけにはいかない。欧米諸国はキリスト教の伝道を使命として植民地拡大を正当化している。

 

 

そこでキリスト教の代わりに、国家神道を国教として徹底的に国民を教化し、帝国主義国家の体制を固めようとした。それは皇室神道の下に神社神道を再編成した政治的な作為による国教であった。

 

 

古くから権威を保っていた京都の吉田神道も廃止された。神仏分離を掲げて寺院を破壊する極端な行為も是認された。例えば奈良の興福寺五重塔は個人に250円で売られたが、壊す費用が高くつくので破壊を免れたという。

 

 

 

さらに明治政府は、イエス・キリストの代わりに天皇陛下を、聖書には古事記を当てはめて、一神教のごとく他の神々を異端として抑圧した。

 

 

 

天照大神を最高神とし、それ以外の信仰を禁圧した。思想や言論の自由も同様に抑圧し、国家神道に違反する者を投獄した。

 

 

小学校に天皇陛下の御真影(写真)や勅語を奉安殿に祀り、神として最敬礼すること、天皇のために命を捧げることが強制された。

 

 

伊勢神宮が聖地となり、皇室神道に儒教をプラスした教育勅語を教典として国粋主義の教育が行われた。

 

 

 

忠君愛国、滅私奉公、忠孝一致、一億一心、、神州不滅、武運長久等々、今ではすっかり忘れられた標語が全国民の耳目を覆いつくした。

 

 

事実、国内では極度の耐乏生活にもかかわらず泥棒その他の犯罪は殆どなかったが、その代わり戦地では戦死者が200万を超え、南方戦線の島々で戦死した兵士の6割ほどが、じつは餓死であったという悲惨な地獄絵図がくり広げられた。

 

 

 

国家神道は、まさに疑似キリスト教であった。これは個人の主観的な主張ではなく、小室直樹氏ほか専門の学者が指摘しているところでもある。

 

 

 

中世以来のキリスト教は、十字軍をはじめとして異教徒の処刑・殺害を見許していた。そのキリスト教を国教とする西欧諸国は、アジアをはじめ世界各地の植民地化に乗り出し、伝道者がその先兵となっていた。

 

 

 

アメリカの悲惨な奴隷制度は、すべて西欧のキリスト教国による人種差別の産物であった。「八紘一宇」(天皇の威光を世界の八方に拡げ一つの家にする)を旗印に掲げた超国家主義の軍部独裁による「聖戦」は、まさに欧米諸国の模倣であった。

 

 

 

しかも国内では、天皇の名の下に一切の自由を抑圧して無謀な戦争へ突入し、民衆を赤紙一枚で戦場へ駆り立てた。治安維持法、不敬罪、宗教団体法などの悪法が次々に制定施行された。国民の人権は全く認められず法律で禁圧された。

 

 

こうした社会を正当化する大日本帝国は、前述の通り疑似キリスト教というべき国家神道を根底にしていた。植民地獲得の戦争を聖戦と信じさせるために国家神道が果たした役割は大きい。

 

 

 

明治以来の大日本帝国は欧米の尻馬に乗って、欧米に遅れじと武力による植民地獲得と支配の野望を追求しようとした。

 

 

http://www.geocities.jp/shougen60/kokkasinto.html

 

 

 

 

☆ 今 この時代に戻そうとする 塚本幼稚園などは 恐ろしいですね。

 

引用させていただいた記事には、納得できないところ (例えば 今も天皇神格化は相変わらず続いていて、大日本帝国が人々の意識に入り込んでいると思うので)、ある部分はぬかしました。

 

 

人が戦争に行くという行為は、アヘンのように、刷り込まれた 宗教的な高揚感なくしてできないと思います。

 

そこに、天皇と言う存在を利用した。

 

 

おまけに、天皇財閥は戦争に行かず、あるいは、行ったとしても安全地帯で、ビジネスとして、大いに稼いだ。

 

 

キリスト教、欧米だけを悪魔化するのは、幼稚な日本なりすましのやり方です。

 

 

キリスト意識をはく奪した、悪魔教が、キリスト教と名乗っているだけです。

 

 

日本は、天皇教を、それとなく強要する勢力がいるのであれば、決して 多神教でもなんでもない。

 

ただの一神教、カルトです。

 

 

 

 

 

杉田かおると創価学会

  • 2016.12.05 Monday
  • 21:56

 

朝鮮人の野望〜創価学会告発本

 

杉田かおる著この文章から創価学会は日蓮正宗を基本にして始まったが1991年にはすでに破門されている事がわかる。

 

要するに創価学会は日蓮正宗とは何も関係ないはっきりとしたカルト宗教であり朝鮮の集金マシンである事がわかる。

 

そしていまでも芸能界では別の創価学会タレントが活躍し、新たな勧誘を画策している。皆さん 「絶対にはいってはなりません!」

nipponngannbare.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-6f8d.html

 

 

 

皆さんは女優の杉田かおるをご存知でしょうか?杉田かおるは7歳(1972年)の時に日本テレビドラマ『パパと呼ばないで』に出演し、天才子役といわれました。

 

 

それ以降いろいろなドラマやバラエティに出演し活躍してきました。

 

その彼女が以前、創価学会に入会していた過去は(今は脱会している)だれも知らないと思います。
その辺の事情は彼女の告発本「杉田」に記載されていますので抜粋します。

 

 

この本は杉田の父、八造(70歳、不動産業、神奈川県小田原市在住)に対する恨みと、杉田が入信した、創価学会での活動を反省する書、である。 
 

 

杉田の両親は、杉田が6歳のときに離婚していたが、父・八造は離婚前から何人もの愛人がおり、離婚後も杉田家に出入りし、母にお金を渡していた。創価学会員でもある八造は、人妻を騙して土地を巻き上げるという、詐欺行為を繰り返していた。 
 

 

杉田が16、17歳ぐらいの頃。神奈川県・厚木にある寺の土地を狙っていた八造。

 

八造の車に同乗していた杉田、八造が自分がいかに人のためを思って仕事をしているか、などと「詐欺師の妄言」を語る姿に逆上。

 

八造が持っていた、土地買収用の「見せ金」30万円を車内から外に投げ捨てた杉田。すると八造が豹変、走行中の車から杉田を突き落とそうとするが未遂に終わる。 

 

 

しかしその後も八造は、度々杉田家を訪れ、馬鹿な母を騙して杉田の実印を持ち出し杉田名義の借金を増やし続けた。

 

杉田が26歳の頃、悪徳弁護士とグルになって、杉田に1億円もの負債を肩代わりさせた八造。実の親がこんなひどいことをするのか、と疑いを持った杉田。

 

母に、八造は本当の父なのか、と問いただすと母は「あのお父さんは本当のお父さんじゃないのよ。本当のお父さんは、全然別の人」と。 
 

 

杉田が生まれたとき、父と母は結婚していたものの、杉田は、母が不倫相手の男との間に生まれた子だった。 八造は子供が作れない体で、愛人は子持ちの人妻ばかりだが、子供はひとりも産ませていない。 
(※八造は「女性自身」の取材に「杉田かおるは私の実の娘」と反論している) 
 

 

著書中盤からは、創価学会への入会から脱会までが、詳細に綴られている。 

 

 

1980年11月、杉田16歳。映画「青春の門」出演が決まった頃。父が愛人と住んでいた、神奈川県・大井松田の家で学会の「座談会」が開かれ、杉田は入会をはっきり決めた。

 

芸能人が「広告塔」として活動する「芸術部」に所属し、当時住んでいた東京・品川地区の「高等部女子部」にも所属。同じ年代の仲間に囲まれ、心を許す場所になっていった。 
 
芸術部の重要な行事は、年1回の総会。

 

杉田が初めて参加したのは、1982年、横浜にある学会の会館で開催された総会。

 

総会後の会食は、横浜港に入港していたクイーンエリザベス2世号を見ながら。司会は歌手のK。会食の席で、学会の最高実力者・池田大作と初対面し感激する杉田に、池田が会食中突然、杉田に「『月の砂漠』を歌いなさい」と指名。

 

フォーク歌手のTがピアノの伴奏をするが、緊張して声が上ずる杉田。「へたくそだねぇ」と何度も歌いなおしを命ずる池田。しかし、池田に傾倒していた杉田は「息苦しいまでに幸せだった」と。 
 
「転教(てんきょう)」という、全国で学会の布教活動にいそしむグループに入った杉田。全国各地での講演が生活の中心に。

 

16歳のときに買わされた土地が、バブル景気で高騰し、24歳の時には「長者番付」に載るほどまでに。

 

「悲惨な生い立ちだったが信仰で成功者に」という、学会本部が作った台本に違和感を覚えながらも、全国の学会員が待っていてくれる、と思い布教活動に深入りする杉田。女優としての仕事は激減したが、忙しい毎日だった。 
 

 

地方への交通費や宿泊代は、学会が出してくれたが、日当などはなく、すべて自分の持ち出しだった。

 

芸術部所属ということで、一般の会員より丁重に扱われていたが、本部の上層部の人間は違った。

 

広報機関紙の記者が取材にかこつけて「今から会いませんか」と誘ってきたり、酒席でセクハラまがいのことを強要されたり。酒席でハメを外している、最高幹部に疑問や不信感をいだいた。 
 

 

1984年1月、成人式を迎え芸術部幹部から「いよいよ戦えるね」と言われた杉田。

 

選挙権を持ち、選挙で戦う、という意味。杉田が生まれた年、1964年に旗揚げした「公明党」の選挙活動。

 

翌年6月に行われた東京都議会議員選挙では、女優のKとともに、応援演説で都内を走り回った。立派な学会の「広告塔」になり普段でも勧誘に励むようになった。劇場やテレビ局の楽屋に芸能人を訪ね、粘り強く勧誘した。 
 

 

 

1985年。教団機関紙(聖教新聞)発行元を、アメリカ大使館の一行が親善訪問するというイベントに駆り出された杉田。

 

最高指導者・池田大作を囲む食事会の席で、デザートにメロンが出た。「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」という池田。ひとさじすくって口に入れたあと「みんなにも食べさせてあげたい」と言い、食べかけのメロンを隣の席の人に。同じスプーンですくって食べ、また隣の人に。気持ち悪さが襲ったが、ついにメロンが杉田の前へ。ほとんど食べ尽くされていたが、覚悟を決めてメロンを飲み込んだ。「お下げ渡し」と称した最高指導者の行為に、不信感をいだいた。 
 

 

学会には、年に一度の「献金の日」というのがあるが、年金生活者や生活保護を受けている人からも集金する、という行為に疑問を持った。杉田自身は、集金活動には参加せず済んだ。 
 

 

杉田が生まれる前から学会信者の父は、教団を利用して、信者から金や土地を騙し取っていた。そんな父を見て、信仰を見直したい、と思った杉田は、学会から物理的に距離を置くべきだと思い、24歳の時、思い出のしみついた品川を離れ東京・多摩市の聖蹟桜ヶ丘に転居。その後30歳になった時、東京・八王子に移った。 
 
1991年に起こった、創価学会の宗門(日蓮正宗大石寺)に対する誹謗中傷事件。」

 

宗門は11月、学会に対し「破門」を申し付けた。学会ではなく日蓮正宗の思想に共感していた杉田は、学会を脱会することにした。 
 
ある女優からは「あんたが熱心に家までやってきて誘ったから、私は入ったのよ。なのに自分はやめちゃって。 どうしてくれるのよ、この裏切り者」と言われ、芸術部員の女優Kや、歌手のYが自宅に押しかけてきた。

 

母に「御本尊を見せてください」と迫り、来客中だったので母が断ると、それまでのにこやかな態度が一変して、力づくで玄関のドアを開けて中に入ろうとする女性たち。鍵を閉めても、彼女らはなかなか帰ろうとしなかった。 
 

 

 

彼女らが見せてほしいと言った「本尊」とは、「日蓮大聖人の御本尊」だが、日蓮正宗から破門されて使えなくなった。苦肉の策として学会は、約280年ほど前の26世日寛上人が書写した御本尊を印刷して配布。どちらの御本尊を祀っているか、チェックしに来たのだ。 
 

 

杉田より少し前に学会を脱会していた、杉田と年齢が近い女優のK・Uも、日本から離れてアメリカ・ロサンゼルスに滞在していたら、学会の海外支部の人たちに軟禁状態にされ「なんで教団をやめたんだ」「戻ってこい」と説得され、とても怖かったと教えてくれた、とのこと。 
 

杉田は結果として、すんなり学会から離れることができたのは、学会の「黒幕」と懇意にしていたから、という記述も。 
 

 

「黒幕」とは、以前から家族ぐるみのつきあい。 

 

1989年、横浜で起こった「金庫事件」(横浜の廃棄物処理場で、2億円近いカネが入った古金庫が廃棄されていたが、所有者は教団幹部だった)のシナリオを書いたともいわれる人物。その「黒幕」が、「杉田の家族を守るように」という通達を出してくれていたから、だそうだ。 
 

 

その後「黒幕」とも訣別し、テレビの仕事を増やす。テレビに姿を晒す、ということは人目につく、ということ。 
人目につくのは、身を守る最上の方法だと思う、と。 
 

 

締めは、2004年8月に杉田が挑戦した日本テレビ「24時間マラソン」の裏話と、結婚生活について。

 

「幸せに包まれて、この魂の記録を書きついだ」と。「宗教に限らず、さまざまな思想や教えにマインドコントロールされて、本 来の自分を取り戻すために苦しんでいる人たちに、なんらかの参考にしていただければと思っている。」と結ぶ。

 

 

この文章から創価学会は日蓮正宗を基本にして始まったが1991年にはすでに破門されている事がわかる。

 

要するに創価学会は日蓮正宗とは何も関係ないはっきりとしたカルト宗教であり朝鮮の集金マシンである事がわかる。

 

 

そしていまでも芸能界では別の創価学会タレントが活躍し、新たな勧誘を画策している。
皆さん 「絶対にはいってはなりません!」
2011年2月26日 (土) 朝鮮関連 | 固定リンク
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