村上春樹の小説   騎士団長殺し  

  • 2017.05.20 Saturday
  • 09:05

 

 

村上春樹『騎士団長殺し』は 安倍晋三らの歴史修正主義と対決する小説だった!

 

南京虐殺の生々しい描写!
 

第二次世界大戦の大虐殺!

 

 

奇妙なことがある。これだけ売れているにもかかわらず、マスコミでは『騎士団長殺し』の内容や主題についての言及がほとんどないのだ。

 


いつもなら、村上春樹の長編が発表されれば、謎解き合戦が繰り広げられる。今回も発売前にタイトルが発表されただけの段階で、「『騎士団長殺し』というタイトルだから、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』が関係しているのではないか」というようなハルキストの推測を放送していたテレビもあった。


それなのに『騎士団長殺し』が発売されたとたん、新聞やテレビはこの小説のことを大きく扱わなくなった。

 

それどころか、この小説の核心部分に触れた論評はいまのところ、文芸誌の批評なども含めてほとんど皆無に近い。

いったいなぜか。それはおそらく、その核心部分が、歴史修正主義との対決にあるからだろう。


実は、『騎士団長殺し』はすでに、ネトウヨたちから「南京大虐殺を認める記述がある」と攻撃を受けていた。たとえば、発売直後に百田尚樹はこんなツイートをしていた。


〈村上春樹氏の新刊『騎士団長殺し』の中に、「日本軍は南京で大虐殺をした」という文章があるらしい。これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかもしれない。〉


また、ヘイト団体・在特会の元会長でレイシストの桜井誠も同じくツイッターでこう書いていた。


〈村上春樹が「日本軍は捕虜管理能力がなかったから、降伏した敵兵や市民を虐殺した」と最新刊『騎士団長殺し』で記述しています。フィクションではありますが、このような事実と違う表現を文章に書けば村上信者がどう受け止めるか誰にでも分かります。本当にこの輩は日本人なのか疑ってしまいます。〉
 

 


これらのツイートを読んだ当初、筆者は「また頭の悪いネトウヨたちが本もまともに読まず、一部の記述を抜き出して脊髄反射的なヒステリーを起こしている」と思っていた。
 

実際、両者のツイートが指摘している箇所は、登場人物の一人が南京事件を解説しているだけのほんの十行たらずの箇所にすぎず、しかも、その解説は「正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが」ときちんと注釈のついた至極まっとうなものだった。
 

 

逆に、百田や桜井の村上批判は、保守派の学者さえ相手にしない「南京虐殺まぼろし論」であり、一顧だに値しない。
 

 

しかし、連中の主張のトンデモぶりはともかく、その警戒感は正しかった。


『騎士団長殺し』をきちんと読んでみると、先の戦争における加害責任を指摘しているのはこのシーンだけではなかった。それどころか、作品全体に、戦争という負の歴史に向き合い、安倍政権的な歴史修正主義と対決する姿勢が貫かれていたのだ。


もちろん村上春樹の小説だから物語は多層的であり、それこそ百田尚樹の『カエルの楽園』のような、自分の言いたいことをカエルたちにしゃべらせるだけのプロパガンダ小説とはまったくちがう。

この小説から受け取ることのできるメッセージや問題提起は多岐にわたっている。それでもあえて言うが、歴史修正主義批判はこの小説の最も重要なテーマとなっている。

 

そのことを検証するために、まず簡単にストーリーを紹介しよう。



妻から離婚を切り出され家を出た肖像画家の主人公〈私〉は、美大時代の友人である雨田政彦からの提案で、彼の父であり著名な日本画家の雨田具彦が使っていたアトリエに、仮住まいすることに。
 

 

そのアトリエの屋根裏部屋で主人公は、一枚の絵を発見する。

『騎士団長殺し』と題されたその絵は、傑作といってもいい力をもった作品だが、公にはその存在を知られない未発表作品だった。絵の発見を契機に、主人公に不思議な出来事がいくつも起きる......。


まさに、この『騎士団長殺し』という絵こそが物語を導く重要な核となっているのだが、注目しなければならないのはその絵が何を描いていたか、だ。

 



『騎士団長殺し』は人殺しの場面を描いており、絵のなかの5人の人物は飛鳥時代の服を着ていて、若い男が年老いた男の胸に剣を突き立てている。さらに、それを見て悲鳴をあげる若い女性、片手に帳面をもった若い男性、地面から顔をのぞかせる顔のながい男が描かれていた。
 

 


〈それは息を呑むばかりに暴力的な絵だった〉。しかし、〈私〉の知るかぎり、雨田具彦が描く絵はノスタルジアをかきたてるような、穏やかで平和的なものであることが多く、こんな暴力的な絵画を描いたことはなかった。


そして、主人公である〈私〉はこの『騎士団長殺し』には〈何か特別のものがある〉と思い、この絵に隠された謎を追いかけていく。雨田具彦は、なぜ『騎士団長殺し』を描き、なぜ誰の目にも触れさせることなくその存在を隠し続けてきたのか。
 

 

すると、そこに第二次世界大戦における2つの戦争体験が大きく影響していることがわかってくる。



ひとつめはナチス抵抗運動への参加と挫折だ。

戦後、日本画家として大成した雨田具彦だが、戦前は将来を嘱望された洋画家で、ウィーンに留学していた。

 

しかし、そのさなかに、オーストリアはナチス・ドイツに併合され、ヒトラーの暴力支配がどんどん激しくなっていったことから、雨田は学生たちが組織した反ナチ地下抵抗運動に参加。

仲間とともにナチス高官暗殺を計画する。しかし、計画は未遂に終わり、関わったものは次々とゲシュタポに逮捕され、処刑されてしまう。雨田のオーストリア人の恋人も強制収容所に送られてしまう。


しかし、雨田だけはただひとり生き残った。日本に強制送還されたのだ。その後、雨田は郷里の熊本で隠遁生活を送り、戦後、日本画家として再デビューを果たすのだが、その頃に描いたと思われるのが『騎士団長殺し』の絵だった。
 

 


このことを知った主人公〈私〉は、『騎士団長殺し』がナチス高官暗殺未遂事件を、日本の飛鳥時代に設定を移し替えて描いたのだと推察する。

 

 

暗殺を成し遂げられずヒトラーの蛮行を止められなかった悔恨と、自分だけ生き残ってしまった罪悪感が、この絵を描かせた、と。



しかし、さらに『騎士団長殺し』の謎を追いかけていく過程で、〈私〉はもうひとつの戦争体験にぶちあたる。


それは、雨田具彦がナチス暗殺未遂事件を起こすわずか数カ月前、具彦の弟・継彦が体験した南京大虐殺だった。


ピアニストを目指していた継彦だが、徴兵され南京攻略戦に参加し、殺戮を強制された壮絶な体験がトラウマとなり帰還後、自殺したのだった。そして、この弟の自殺が雨田を反ナチの運動に駆り立てたのではないか、という推理も作中で紹介される。


百田たちが村上をディスっていた記述は、継彦が自殺していたことを教えてくれた人物がその理由を語る前に、〈南京大虐殺〉について説明する部分だ。以下に改めて引用しよう。

 

 

 

〈「いわゆる南京大虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占拠し、そこで大量の殺人がおこなわれました。

戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市内の大方を殺害してしまいました。

正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。


中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」〉


前述したように、この説明はしごく真っ当だが、しかし、百田のようなバカなネトウヨを逆上させるに十分な歴史修正主義批判になっている。


しかし、実を言うと、村上はこの作品でもっと生々しく南京での虐殺を描いている。それは、継彦の甥である雨田政彦が語る継彦の捕虜惨殺のシーンだ。



〈叔父(=継彦)は上官の将校に軍刀を渡され、捕虜の首を切らされた。


(略)帝国陸軍にあっては、上官の命令は即ち天皇陛下の命令だからな。


叔父は震える手でなんとか刀を振るったが、力がある方じゃないし、おまけに大量生産の安物の軍刀だ。人間の首がそんな簡単にすっぱり切り落とせるわけがない。

 


うまくとどめは刺せないし、あたりは血だらけになるし、捕虜は苦痛のためにのたうちまわるし、実に悲惨な光景が展開されることになった。〉

 

 

〈叔父(=継彦)はそのあとで吐いた。吐くものが胃の中になくなって胃液を吐いて、胃液もなくなると空気を吐いた。(略)上官に軍靴で腹を思い切り蹴飛ばされた。(略)結局彼は全部で三度も捕虜の首を切らされたんだ。練習のために、馴れるまでそれをやらされた。〉

 



しかも、ここで描かれているのは、加害者になることの悲劇だ。


雨田具彦も弟・継彦も戦争に深く傷つけられ大きく人生を変えられた。しかし作中、具彦のことも、継彦のことも、戦争の「被害者」という立場だけにとどめることはしない。 


それは、継彦の手による殺戮について、継彦の甥である友人・雨田政彦が〈「(叔父は)ショパンとドビュッシーを美しく弾くために生まれてきた男だ。人の首を刎ねるために生まれてきた人間じゃない」〉

 


〈いったん軍隊みたいな暴力的なシステムの中に放り込まれ、上官から命令を与えられたら、どんなに筋の通らない命令であれ、非人間的な命令であれ、それに対してはっきりノーと言えるほどおれは強くないかもしれない〉と同情的な姿勢を示したときの反応によく表れている。
 

 

 

〈私〉は、〈「人の首を刎ねるために生まれてきた人間が、どこかにいるのか?」〉と反論し、〈私は自分自身について考えてみた。もし同じような状況に置かれたら、私はどのように行動するだろう?〉と自らに問いかけるのだ。
 

 


雨田具彦についても同様だ。ナチスに抵抗しようとした勇敢な日本人がいた、というような書き方はしない。恋人もふくむ同志たちは全員殺害されたが、雨田具彦だけは日本とナチス・ドイツの同盟関係のおかげで生き残った。日本に強制送還されたことは、実質は「救出」だと繰り返し指摘する。
 

 



それ以外にも、この作品では、日本とナチス・ドイツの同盟関係が繰り返し指摘されている。


〈その一年半ほど前に日独防共協定が結ばれたばかりで、日本とナチス・ドイツとの結びつきは日を追って強くなっていきました〉


〈一九三六年十一月には日独防共協定が成立し、その結果日本とドイツは歴然とした同盟関係に入っていきます〉


〈ミュンヘン会談でとりあえず戦争は避けられたが、ベルリンと東京の枢軸は強化され、世界はますます危険な方向に向かっていった〉
 

 

 

 

ネオナチは論外として、「従軍慰安婦問題や南京虐殺問題と、ナチスのやったホロコーストはちがう」「日本はナチスほど悪いことをしたわけではない」などと思い込んでいる人も少なくない。

若い世代になると日本とナチスが同盟を結んでいたことすら知らない人も多い。


しかし春樹は、戦争責任について国内でいつも議論の対象となるのはアジアへの侵略だけでなく、もっと俯瞰してナチスへの日本の加担もふくめて、その責任を問うているのだ。


しかも、それは結果的にそういった要素が盛り込まれたわけではない。この戦争での加害に対する責任こそが、『騎士団長殺し』という作品の大きな執筆動機のひとつだった。


この作品のちょうど真ん中、第一部の最後の章にそのカギがある。


この32章は、章まるごと全部がある作品の引用だけで成り立っている。

サムエル・ヴィレンベルクの『トレブリンカの反乱』という70万人以上のユダヤ人が殺害されたトレブリンカ収容所の数少ない生き残りが記したホロコーストについてのノンフィクションからの引用だ。
 

 

引用ではワルシャワ出身の画家がこんなことを語る。

 


「わたしはドイツ兵のために色彩画を描いている。肖像画なんかを。連中は親戚やら奥さんやら、母親やら子どもたちやらの写真を持ってくる。誰もが肉親を描いた絵を欲しがるんだ。

親衛隊員たちは、自分たちの家族のことを感情豊かに、愛情を込めてわたしに説明する。その目の色や髪の色なんかを。そしてわたしはぼやけた白黒の素人写真をもとに、彼らの家族の肖像画を描くのさ。

 


でもな、誰がなんと言おうと、わたしが描きたいのはドイツ人たちの家族なんかじゃない。

 

わたしは〈隔離病棟〉に積み上げられた子供たちを、白黒の絵にしたいんだ。やつらが殺戮した人々の肖像画を描き、それを自宅にもって帰らせ、壁に飾らせたいんだよ。ちくしょうどもめ!


末尾には、「隔離病棟」とは、トレブリンカ強制収容所の処刑施設の別称であるとの注が付されている。


家族を愛するドイツ兵が、一方でユダヤ人の子どもたちを殺戮する。そのドイツ兵たちに自分が殺した人々の絵を描いて見せてやりたい。この収容所の肖像画家は、肖像画家の〈私〉であり、雨田具彦であり、そして村上春樹自身だ。
 

 

 

肖像画家である主人公の〈私〉の制作プロセスは、春樹自身の創作論、春樹論の表明でもあるというのは、「歴史修正主義との対決」という核心には触れない評論家たちも共通して指摘している。


だとしたら、雨田具彦はなぜ『騎士団長殺し』を描いたのか。そして村上春樹はなぜ『騎士団長殺し』という小説を書いたのか。

 

 

自分の犯した加害を忘れるな。自分の犯した加害から目をそらすな。これがその答えだろう。
 

 

 

さらに言えば、今回、春樹作品としてはじめて主人公が子どもをもつことが話題になっているが、これはその加害の責任を、社会の子どもとして、雨田具彦ら前世代から引き継ぎ次世代へと渡していくということも示唆しているのではないか。


断っておくが、これはけっして恣意的な解釈でも妄想でもない。


春樹はこの数年、ずっと歴史修正主義の問題と向き合い、度々戦争責任について言及してきた。そして、『騎士団長殺し』発売後のインタビューでも、「小説家として」歴史修正主義と闘っていくことを宣言していた。後編では、その内容を紹介し、そのことに言及しないマスコミや文芸批評の問題を指摘したい。

 



http://news.livedoor.com/article/detail/13060074/

 

 

 

☆ 天皇を神とした ということは 教祖とした、教祖の悪口は一切ありえない という カルト宗教の方法が、日本支配の形となって、今も 心理的に そのようであり続けている。

 

 

虐殺の指示者は 朝香宮 と知られている。

 

教祖は日本人だから歴史の事実にも 目をつむる という 最高に幼稚な善悪の基準をもつようにされた。 そして 日本人は 忠実に そのように育成された。

 

 

これほど 支配しやすい心理状態は ありません。

 

 

また ネトウヨとは 籍は 朝鮮系であることは明らかです、カモフラージュするために 「お前は日本人ではない」とわめいている。 (普通の朝鮮の人々とは全く違う 特異な存在)

 

 

ネトウヨは 世界でも 最高に汚い もの です。

 

 

天皇は 日本人という圧力を はずすべきです、そして、これほどの蛮行をして金儲けをした 「ただのサイコパス」と認識すべきです。

 

実際 DNAは 特殊な存在であるはずです。

 

 

 















 

 

ユネスコ 南京虐殺   映画 ジョンラーベ

  • 2016.10.21 Friday
  • 09:27

 

南京大虐殺と極右内閣<本澤二郎の「日本の風景」(2143)

<ユネスコ登録で大醜態>

 

 

あきれてものも言えないとは、このことを指すのであろう。国連の教育機関・ユネスコの「世界記憶遺産」に、中国の申請した南京大虐殺の資料が登録されたことに対する、日本政府の狼狽ぶりである。

 

 

侵略戦争を「聖戦」という認識をしている極右の内閣だからだろう。今どき大将が靖国参拝、ついで伊勢神宮に世界の指導者を集めて参拝させるサミットを策略する悪しき政権にとって、天皇の軍隊の蛮行を隠匿したい、そのための狂った反発である。世界の物笑いもいいところだろう。

 

 

 

<自業自得・自らまいた種>

 

南京大虐殺は、戦争法が明白な憲法違反であると同様に、世界の常識となっている。これの資料は山のようにある。

 

それを「幻」とわめく石原慎太郎ら極右の政治屋と極右・天皇カルト教が、真実に蓋をする動きが、ここ数年の間、議会内でも表面化した。

 

 

韓国政府が取り上げた従軍慰安婦問題に対して、真摯に向き合おうとしなかった安倍・自公内閣である。こうした背景の中で、ユネスコの記憶遺産申請が浮上したものだろう。

 

 

極右のまいた種だ。自業自得といっていい。それでいて関係国やユネスコに対して、大醜態をみせる安倍内閣である。余りにもみっともワルすぎよう。

 

 

 

<金削れ、で二階の親中派の正体判明>

 

一時、自民党総務会長の二階を親中派とする見方が、中国の学者の間にもあった。3000人の観光業界を中国に呼んだことも、そうした認識を深めさせたようだ。

 

 

だが、正体はすぐに判明した。中国敵視の安倍を、真っ先に総裁延命に手を貸した。そして、今回のユネスコの公正な判断に対して「日本のユネスコ資金を削れ」とわめきだしている。

 改めて正体みたりである。

 

 

 

<金で真実や道理に蓋をすることは不可能>

 

問題は、歴史の真実・正義を金で買えるという考えを、極右の政治屋が持っていることだ。恥ずかしいでは済まない。

 

 

傲慢な政治屋は、しかし平然とメディアの前で発言する。狂っているのは、安倍や菅だけではない。日本会議の暴走なのであろうが、これは一般国民の認識とは明らかに異なる。

 

 

 米軍の戦争に「金」で処理してきた日本は、ここへきて公然と日本人の若者の血を提供する戦争法を強行したばかりである。だが、依然として正義や道理を金で買収する安倍内閣である。南京大虐殺の世界記憶遺産登録が、そのことを露呈させたものだ。情けない極右政権であろうか。

 

 

 

<従軍慰安婦は韓国と共同申請へ>

 

従軍慰安婦問題も、国際的に知られている人権侵害事件の最たるものである。これを、韓国政府がユネスコに申請する準備を進めている。

 

 

 中国政府も韓国と歩調を合わせることになりそうだ。

先に、身近な友人の証言で、慰安婦のことを知って驚かされたばかりである。もっとも、この小ぎれいな被害者は、朝鮮人であった。帰国することもできずに、北京でひっそりとお手伝いをして命を永らえていた。

 

 

韓国政府の必死の捜索で見つかって、今はソウルで生活しているというが、彼女には幸せという言葉はない。性奴隷から一生逃げられない、これほど恐ろしい人権侵害もない。

 

 

 

<やくざの性奴隷問題に目を向けよ>

 

日本にも、やくざの性奴隷にされた女性が、現在も悲劇の人生を送っている。これに政府も警察も沈黙している。

 

鉄格子のない牢獄で、自由を奪われて生きる女性に手を差し伸べる日本にならないと、この国際問題となっている人権侵害事件も解決できないだろう。

 

 

日本の女性も安全ではない。「ぶっ殺す」「ばらすぞッ」という、やくざのドーカツに泣いている現代の性奴隷被害者が救済される日が来るだろうか。やくざを絶滅するしか方法はない。

 

 

戦争法廃止連合政府についで、やくざ絶滅内閣の誕生も忘れてはならない。

2015年10月13日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

http://asagorojiro.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-1ad9.html

 

 

 

 

ジョンラーベ

 

2009年製作だから、もう6年も前の作品。独仏中の合作だけど、かなり中国からお金が出ているようだ。

 

1937年、ジョン・ラーベという南京のドイツ企業の工場長がたくさんの中国人を日本軍から助けたという実話を映画化。

 

日本の同盟国ドイツの国籍を活かし、南京にセーフゾーンを作り、そこに多数の中国人を避難させ命を救う。南京のシンドラーといわれているらしい。

 

 

南京の街を日本軍機が無差別爆撃!!

 

     

 

     

 

 

 

日本軍が中国人捕虜を虐殺!!

皇族の司令官「捕虜は捕るな!支那兵は皆殺しだ!」

 

 

ARATA少佐「ですが、閣下。それは違法では?」

皇族の司令官「馬鹿者!命令だ!!」

 

 

仕方なく虐殺する善い日本人のARATA

「はい、ちょっと並んでください」捕虜を並ばせ、トラックに機関銃を載せて、

 

 

 

避難民が乗った大型船を日本軍機が攻撃!

 

       

 

 

 

病院に日本兵が乱入し、医者と患者を射殺!

 

       

 

 

 

大記録!支那人100人斬り!

 

湿った裏路地。変な声がするので、ラーベさんが戸板の穴から覗くと…、

トリャー!!トリャー!!と首切りの最中だった。

ちゃんと並べて記念撮影。これは毎日新聞の記者さんかな?

 

 

 

日本兵が一般家庭に乱入しレイプ!

停電中なので真っ暗の中、家族が食事中。

「女や!女や!女がおったで〜」(どうも野蛮な関西人のようだ。尼崎出身か?)

父親を射殺。

 

 

 

こういうアメリカ軍がベトナム(韓国軍も。ベトナムの戦争博物館で猛虎部隊の蛮行をたっぷり見ることができる)やイラクでしたようなことをしたらイカン! 日本兵のこういう行為に悩んだ関東軍上層部がレイプ行為を防ぐために慰安婦を調達したのは有名な話。

 

 

 

日本軍が死体を使って道路工事!

道路に穴が開いたので、死体を使って穴を塞いでいる日本兵。

日本兵が女子校の寮に乱入!強制身体検査!

日本兵「服を脱げ!!身体検査だ!!」

 

 

 

安全区も安全じゃない!

 

皇族の司令官「安全区を総攻撃せよ!」

 

ラーベさんの気迫!

 

ビビる司令官…。

 

 

 

その後、結局ラーベさんは追放され、悪いドイツ人(勿論筋金入りのナチ党員。ラーベの嫌な上司としても描かれる)と悪い日本人(軍人)がガッツリ握手。

 

ドイツ人(オーストリア人も)はナチスだけに罪を被せ過ぎ。

 

国民全体がナチ党を選んだのだから国民全体の罪だろ。日本も戦争は国民全体(近所のオバサンとかお節介な親戚とかそういうレベルで)で支持してたんだから。

 

 

「ラーベは20万人の中国人を救ったが、30万人が日本軍に虐殺された」

「日本政府は現在もこの事実を認めていない」

 

http://eiganokai.blog.fc2.com/blog-entry-154.html

 

 

 

■日本軍が20万-30万人を虐殺した【南京大虐殺】の直接責任者は、『捕虜は取るな』『捕虜は全員殺せ』と命令した昭和天皇の甥朝香宮鳩彦親王上海派遣軍司令官・陸軍中将だ!

 

 

         

 

 

 

http://twitcasting.tv/chateaux1000/movie/231009427

 

 

杉並からの情報発信です の 山崎氏 の 上記を 説明した 動画 です。

 

宗教観  進化論  なども 語っていますが  それは それぞれが違うし、私は この 論に同調していません。

 

南京虐殺 ジョンラーベ の ことが よく分かります。

 

どこの国  では もはやなく  悪魔を知り 憎むこと が 第一歩と感じています。

 

また 知らなかった  騙された  ではなく 自分の国の罪を わびる 人間性を とりもどしたいと願っています。

 

なぜなら、これほどの 罪の 血の土台の上に 今も 天皇家は その地位を 保とうとしており、田布施族全員が そうなのです。

 

かれらとは 完全に分かれたい。

 

 

田布施 と 悪魔天皇家を 潰せなかった罪を ただ ただ お詫びする これからの 生でありたい。

 

 

 

 

 

 

南京大虐殺再検証 / 米国の内側

  • 2016.10.20 Thursday
  • 08:48

 

 

[本澤二郎氏]中国吉林省公文書館資料シンポ、安倍自公内閣に痛撃〜日本軍自身の手で書かれた南京大虐殺の証拠
 

       

 


関東軍が証拠隠滅のために焼却するはずだった膨大な資料が、ソ連軍の南下によって残り、その一部が出版されたとのこと。

 

そこには憲兵隊司令部自身の記録で、南京人口100万人が、大虐殺の後30万人に減少したと書かれているとのこと。南京大虐殺が現実にあった事が、日本軍自身の手で書かれた証拠資料で明らかになったようです。今後世界中の学者がこの資料を研究することになり、真相が明らかになることでしょう。
 

 

 

南京大虐殺、従軍慰安婦問題に様々な意見があるということは理解しています。しかし大切なのは事実なのであって、まずそれを明らかにすることが大事だと思うのです。この時に過去を正当化したり、特定の民族に対する排他的感情が優先してはいけないのは明らかです。
 

 

 

悪人の考えというのは、嘘も100回言えば真実になるというものですが、こんなことはあり得ません。一筋の光が当たれば、嘘は直ちに暴かれてしまいます。私たちは現在ウクライナで起こっている出来事に関して、アメリカ・ウクライナの嘘が暴かれているのを見ているところです。日本もクズのような連中の嘘がこれから暴かれていくことを望みます。



本澤二郎の「歴史の真実」(中国吉林省公文書館資料シンポ)社会科学院が主催 安倍自公内閣に痛撃(1)

転載元より抜粋)
「ジャーナリスト同盟」通信 14/9/6


<極右政権の歴史の美化・嘘は通用しない> 

 

戦後69年、2014年9月1日の北京は珍しく雨模様だったが、東西を走る長安街の一角にそそり立つ社会科学院のビルは、国際学術討論会で熱く燃えていた。

 

新華社通信やCCTV・光明日報など北京を代表する報道陣が殺到した。「吉林省公文書館秘蔵の日本中国侵略資料国際学術討論会」が同日、朝から夕刻まで熱心に繰り広げられたからである。

吉林省公文書館の関東軍資料でまとめた「鉄証如山」というタイトルの分厚い本を手にした。証拠資料のごく一部を本の中に載せてあるだけで、手に取った人を圧倒する歴史の重みを感じることが出来る。

正に歴史の真実そのものである。隠しようがない。歪曲・ねつ造は不可能である。石原慎太郎のような極右が、どんなに「南京大虐殺は幻」と繰り返し大嘘をついても、過去を封じることは出来ない、無駄なことである。

 

 

<関東軍保管の書類> 

 

敗戦時の日本の天皇制国家主義の勢力は、天皇制の存続と免責に狂奔、敗戦処理に失敗した。
 

広島・長崎に次いでソ連軍が、関東軍に襲いかかった。この時点で、大本営は侵略戦争関連の膨大な証拠隠滅を指令したが、ソ連軍の急襲が其れを阻んでしまった。焼却処分されたはずの証拠が、関東軍の本拠地で見つかっていたのである。

その一部が出版されたのである。日本の歴史研究者は「鉄証如山」(吉林省出版)を取り寄せて、ぜひとも改めて中国侵略の暴走に焦点を当てて見てほしい。

南京大虐殺や生体実験の悪魔の医師団・731部隊、そこへと投げ込まれる中国人捕虜など、加害の事実が証明されている。


本澤二郎の「歴史の真実」(中国吉林省公文書館資料シンポ)社会科学院主催 安倍・自公政権に痛撃(2)
転載元より抜粋)
「ジャーナリスト同盟」通信 14/9/7

 

 

 

<関東軍の公式見解> 

 

吉林省公文書館秘蔵の資料公開によって、日本の右翼の学者・新聞テレビ関係者らは、もはや史実をねつ造・歪曲することは出来ない。南京大虐殺や731部隊の生体実験、慰安婦・性奴隷に蓋をかけることは不可能である。ことほど吉林省の資料公開は、関東軍憲兵隊司令部が作成した決定的な証拠である。

 

関東軍保管資料は、まさに超1級、しかもそれを出版したことで、世界の学者が目を通すことが出来る。皮肉にも安倍・自公極右政権の誕生が、歴史の真実を暴いたことになる。

 

 

<南京人口100万人> 

 

中国政府は南京の大虐殺人口について、30万人と公表している。これに対して、日本の右翼は「当時の南京に30万人はいない」と反論、あまつさえ「証拠を見せろ」と反撃、歴史教科書から事実上、抹殺させてしまった。 いまの中学・高校の歴史教科書には、南京大虐殺という名称さえ使わせない。確か南京事件と小さく載せているにすぎない。

実際は、憲兵隊司令官の報告書の中に「南京人口100万人」が繰り返し記述されている。
 

 


<大虐殺の後に30万人> 

 

憲兵隊司令部の記録によると、大虐殺が強行された後の南京市の人口が30万人である。細かいことに目が向く日本人である。日本侵略軍は現地に自治委員会を設置して、市民活動を掌握した。そのことも憲兵隊の主要任務だった。

多くが殺害され、一部が逃亡したが、大虐殺で100万人の南京市が30万人に減少した。現地憲兵隊司令官の報告書は、そのことを後世に伝えている。

安倍後の政府は困惑するだろう。言えることは、金で歴史の真実を手にすることは出来ない。


以上、転載終了。
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証拠を見せろ!とうるさいハエども!

証拠がないなら事実もないとはならんだろうが!

証拠が見つかったら見つかったで、わざわざ証拠を記録するなんて腑に落ちない、といってくる。


今回の記録は、虐殺の詳細を記録したものではなく、「南京人口100万人が、大虐殺の後30万人に減少した。」という記述である。大虐殺を行ったという記述はあるが、その内容はオブラートに包んでいる。

http://ameblo.jp/s080226/entry-11926554388.html

 

 

 

☆ その後 日本人の運転手による 実際に見つめた 虐殺の詳細が 公表されている。

 

同じ人間として 捉えると とても 受け止めることはできない。

 

爬虫類脳 は 確かに存在する。

 

それが イルミナリティ。

 

天皇の犯罪を 狂気のように なかった という やからたちは トカゲ人間でしょう。

 

日本という国から なされたことです、直視して 痛み わびる 魂だけは 失わないように望むだけです。

 

 

 

 

米国の内側  田中宇 氏の視点

 

アサンジとヒラりー


☆ ウィキリークスの背後には ロスチャイルドの影 とも言われています。
ウィキリークスが 完全に正義 と 捉えている人は多いですが、 なぜ、ヒラリーバッシングを これだけ 堂々とできるのか、もしかして、米内部との連携があるのではないか、そんな 感じがしていましたが ・・・
 

 


▼ロックフェラーがこっそりトランプを支援??

 トランプが意外と健闘しているのは、彼自身の個性もあるだろうが、それ以上に私が注目するのは、第二次大戦後、軍産に席巻されて軍産に鞍替えしたかに見せつつも、好戦策の大失敗を誘発して軍産の力を削ぎ、覇権構造をもともと希求していた多極型に引き戻そうと裏で画策し続けているロックフェラーやCFRなど「隠れ多極主義」の勢力が、こっそりトランプを支援し続けているのでないかということだ。



隠れ多極主義者


「隠れ多極主義者などいない」と思いたい人もいるだろうが、それは間違いだ。

たとえばオバマは、隠れ多極主義者である可能性がかなり高い。


オバマは13年に、軍産が用意した「カダフィ打倒後、リビアの化学兵器サリンをシリアのアルカイダ(ヌスラ)に渡して市民を殺傷させ、それをアサド政権のしわざと言って濡れ衣をかけ、アサドの軍を空爆して政権転覆する」というシナリオにいったん乗り、

米軍機を派遣してアサド軍を空爆する直前まで行きながら、土壇場で空爆を白紙撤回し、シリア内戦の解決を全部ロシアやイランに任せる策に転換し、露イランの台頭を誘発している。

 
好戦策をわざと劇的に失敗させ、結果的に多極化を推進するのが、ニクソン以来の米国の隠れ多極的な戦略の典型であり、オバマのシリアでの「失敗」も、このパターンに見事にはまっている。


イラクの大量破壊兵器の不存在が事前に明白だったのに(意図的に)ちんけなウソ証拠(ニジェールウラン問題など)しか用意せず、大量兵器があることにして03年のイラク侵攻をやり、あとで見事にウソがばれるようにしたブッシュ政権(チェイニー副大統領)も隠れ多極主義の可能性が高い。このように、潜れ多極主義の伝統は、米国の上層部で脈々と受け継がれている。



☆ オバマ、ケリーに対しては、無能である という一つの姿勢で、結局、露中イランに、中東を引き渡す策、ということかもしれないと感じたことがあります。
スプートニクから 短い記事で ケリーも 敵に囲まれている と書かれていて、オバマの暗殺を心配するような文もありました。

けれど、ブッシュに関しては、もう ここまでくれば、たんに 悪魔の頭領にしか 感じませんが ・・・」




米国の上層部は全員が軍産であるかのようだ。しかしそこには、熱烈な軍産支持者のように見せながら、実は軍産の策を過激にやって失敗させ、いずれ軍産を潰そうとする「隠れ多極主義者」が、かなり混じっている。

 

戦後の歴代大統領のほとんどは、面と向かって軍産と対立することを避けてきた。最初に軍産と正面切って対立したケネディが惨殺されたからだろう。



☆ 田中宇氏も 櫻井ジャーナルも マスコミに載らない海外記事も 「トランプ 正」ですが、わずかに、本当にわずかに、そうとは捉えていない記事もあります。


素人の私は、トランプが 善 正 とは なぜか 感じない。

話は飛びすぎますが、オバマは 最後の 「アメリカ株式会社」の 大統領では ないのかなぁ ・・・ と。 
つまり アメリカ合衆国の大統領は、これからも 続くのか ・・・


州が 独立していって、大アメリカは もう なくなっていっても よいのではないか。

先住民を大虐殺したカルマは ある形 をもって 清算するとき ・・・

そうは いかないでしょうか (笑)

つまり 田布施の支配も そうであってほしい という 願いです。

ヒラリーバッシングは もし アメリカはすべて その背後にいるのなら ありえないことと 感じます。

 

 

 

 

中露印 /悪魔の軍隊

  • 2016.04.22 Friday
  • 07:19

中露印

○ 4.21  中国人 クリミアに老人ホームを建設する意向

中国の投資家たちは、クリミアに老人ホームを建設する計画。クリミアへの外国企業誘致に取り組んでいる黒海国際協力協会のヤン・エプシテイン副会長が明らかにした。
副会長によると、老人ホームには中国人とロシア人が入居できる。
「現在、中国国内には70歳以上の高齢者が2億人以上いる。多くの人が別の場所へ行くことを望んでいる。我々にとってのメリットは、彼らが資金を拠出し、これらの老人ホームに高齢のロシア人も住めるということだ。」

なお投資額はまだ明らかにされていない。副会長は、「まだ金額を明らかにする用意はないが、全てが上手くいった場合、投資は大きなものとなる」と語った。


☆ キエフに資金援助をする日本との、差ですね。 クリミヤに中国の存在があれば、戦争や、NATOの抑止になります。
すべらしい連携 ・・・



○ 4.20  インド 第三国へのロ印共同開発ミサイル売却に期待

ロシアとインドが共同開発した巡航ミサイル「BrahMos」供給に関する最初の輸出契約が、今年末までに結ばれそうだ。20日、水曜日「BrahMos」社のスポークスマン、プラヴィン・パトハク氏が伝えた。
パトハク氏は、次のように発表した―

「具体的に話すのはまだ早い。今のところ交渉が続いている段階だからだ。しかし我々は、今年末までに、一つのしっかりとした契約をものにするだろうと期待している。まずそれは、アジア太平洋地域の友好国の一つとの間のものだ。インドにもロシアにも、何の意見の相違もない。
最終的決定は、モスクワとニューデリー双方から許可が出次第、下されるだろう。インドとロシアは、今後のミサイル輸出は有望だと見ている。」

なお三月末「BrahMos Aerospace」社のクマル・ミシラ常務は「ミサイル売却に関する交渉は、4つの国との間で行われている」と伝えた。



○ 4.18  中国、死刑になる最小賄賂額を設定

中国当局は死刑を求刑できる公的資金の横領や賄賂の最小額を300万元(約46万ドル)と設定した。新華社が報じた。
また、死刑が宣告されるのは「甚大な悪影響を」もつ「最悪のケース」のみだとされる。酌量すべき事情があれば死刑求刑は任意となる。新華社によれば、実際には、捜査に協力した者に対してはしばしば量刑の軽減が行なわれている。
死刑という厳罰には及ばないと判断された場合には仮釈放や減刑なしの無期懲役の判決が下る可能性もあるという。


☆ 日本は法治国家ではなく、北朝鮮です、つまり、お上のお気にめすまま。 支配者と関わりのある者は、処罰されない。
このような、きちんとした設定をすることは、できない。



○ 4.17  「ロスネフチ」イランでの石油ガス・プロジェクトの展望を検討

ロシアのアレクサンドル・ノヴァク・エネルギー相は、記者団に対し「ロシア最大の国営石油会社『ロスネフチ』は、イランにおける石油そしてガス、両方のプロジェクトの展望に関心を抱いている」と述べた。
その一方でエネルギー相は「イランが、そうしたプロジェクトに参加する条件を明らかにしないうちは、何もはっきりした事は言えない」と指摘した。
伝えられたところでは、イランは、2月にロンドンで、石油ガス分野での、自分達の投資契約を大々的に発表する計画だったが、イラン代表団のメンバーのビザが取得できず、実現しなかった。



不法  といっても、あちらサイドでは 当たり前だが

4.17   パリ裁判所 「ラシヤ・セヴェードニャ」代表部の銀行口座凍結は不法だと認める

15日金曜日、パリの第一審裁判所は、ロシア連邦に対する旧「ユコス」社の訴えの枠内で、国際情報通信社「ラシヤ・セヴォ―ドニャ」代表部のフランス国内の銀行口座にある資金凍結について『不法である』と認めた。
また裁判所は、Hulley Enterprises Limited社が出していた損害賠償請求を退け、同社に対し訴訟費用の支払いを命じた。
なおHulley社の代表らは、この判決を不服として控訴した。



○ 4.20  トルコ当局 スプートニク・トルコのケリモフ編集長の入国を禁止

「入国管理の職員が、私のパスポートを取り上げ、私を到着した乗客を検査する場所へ連れて行った。そこで私は、何の説明もなく、およそ1時間留め置かれた。その後、紙が渡され、そこには、私がトルコへの入国が禁止されている人物だと書かれていた。その紙には、何の説明もない。またプレスカードや滞在許可証を没収された。そうした後、最初の便でロシアに戻るよう勧告がなされた。」
このように伝えたケリモフ編集長は「この出来事は、イスタンブールのアタチュルク国際空港で起った」と付け加えた。



○ 4.20  クレムリン:テロ組織はシリアの一部を支配下に置こうとしている

ロシアのペスコフ大統領報道官は、シリアに関するジュネーブ協議が決裂した場合ロシアはどうするか?との質問に対し、シリアで支配地を増やそうとしているテロ組織との戦いをやめてはならないと答えた。

「我々は協議の状況が極めて複雑であることを自覚しており、シリアの一連の居住地区の状況も複雑であることを確認している。そこでは、テロ組織が複数の地域を支配下に置こうとしている」と述べた。



悪魔の軍隊  選民思想というカルト

日本人は特別で優れた民族だという妄想を持っている人たちには、日本軍は皇軍で、神の軍隊だったというような誇大妄想癖があるようですが、事実はまったく違うようです。

軍の中枢はナチスと同様の思想を持っていたのではないかと思います。そこにあるのは優性思想であり、人種差別意識です。こういう連中が権力を持つことはもちろん、早々に居なくなって欲しいものだと思っています。



2014年12月24日、北京はこの日も小春日和の好天に恵まれた。僕はたまたま友人の誕生会に呼ばれた。そこで恐ろしい、この世の地獄の目撃者の証言を聞いて震え上がってしまった。敗戦時の日本軍の蛮行である。戦争とはいえ皇軍・天皇の軍隊の恐怖を知って、打ちのめされてしまった。
 

<3歳児以下の乳幼児を貨物車に押し込んでガソリンで焼き殺した関東軍>
 
敗戦時の満蒙開拓団の悲劇である。
 
ソ連参戦がわかると、当時、満州に駐屯していた関東軍は浮き足立った。東京の大本営の命令で、悪魔の生体実験場のハルビン・731部隊は、あわてて証拠隠滅のための膨大な文書の焼却を始めた。同時に逃亡計画を具体化してゆく。

 
本当の悲劇は、何も知らされない満蒙開拓団の農民とその婦女子である。まともな軍隊であれば真っ先に彼らを逃亡させて、関東軍は一番遅く撤退する。これが当たり前の軍隊である。


  不幸にして日本軍は、国民を守る軍隊ではなかった。天皇の軍隊だった。恐ろしい悲劇は、そこから始まった。なんと足手まといの3歳児以下の乳幼児を貨物車に集めて、そこに押し込んだ。その中にガソリンを流し込んで点火した。
 

2日かけて燃やした。乳幼児の血肉が燃え、焼け焦げると、一面に異臭が立ち込めた。この関東軍最後の蛮行場面を、抗日運動の衛生部勤務の看護師が目撃していた。その彼女の目撃談である。僕が動転して当然だった。


<この世の地獄・逃亡関東軍最後の蛮行を自国民に>
 

僕は歴史を知らない日本人だった。小泉純一郎と同年である。歴史を知らない彼が、靖国参拝した背後には神社本庁(日本会議)という極右のカルト教の存在を感じる。

 
殺された命をどう償うのか。せめて為政者は、日本国民に対しても、深く反省と謝罪をしなければならない。被害者の多くが長野県民である。南京大虐殺を世に問うた本田勝一が、長野県出身というのも理解できる。彼こそ本物のジャーナリストである。


  関東軍は真っ先に現地から逃亡した。そのさいに無数の幼児の命を奪った。現地逃亡を拒絶した農民を、銃殺するという事件も伝えられている。

 
問題は、誰の命令で関東軍が自国民を殺害したのか。現地の指揮官ではないだろう。開拓団の男子は関東軍に編入されている。その親族を謀殺することなど出来ないだろう。
 

関東軍か東京の大本営であろう。常識的には大本営の指令であろう。大本営は、真っ先に731部隊の施設の破壊と証拠品の焼却を指示している。
 

天皇の軍隊は、実のところ、悪魔の軍隊だった。その悪魔の後裔が、今の国家主義政権なのである。軍国主義復活をもくろむ、国家神道の復活を求める、ナチスまがいの政権なのであろうことが見えてくる。

  この輪の中に戦争屋のワシントン・産軍複合体を巻き込もうとして集団的自衛権行使の法体系を、強行しようというのであろう。単なる出まかせ的な憶測ではない。日本国民は、これを決して許さないだろう。
 

たとえ、創価学会と神社神道・統一教会・財閥が連合して強行しようとしても、無駄なことである。その前に国際的包囲網が確立する。2015年は戦勝70年の戦後体制再構築の年だからでもある。

https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=81998


☆ 記事のサイトは、全てを裏天皇のせいにして、表天皇にはふれないと思うので、このような記事を転用しているのは意外でした。 それでもきっと、ナチスの子孫が、現皇室ということは言わないでしょう。
日本にきた魂たちは、こっけいなほど、タブーと恐怖に生きています。
だからこそ、歴史の嘘を、抹殺することができなかった、大罪です。

日ユ同祖論とは、選民思想のために造られたのではないか? ユダヤの痕跡は、神社にも確かに見られます。 けれど、旧訳のユダヤであるなら、それは、悪魔です。



dearputin.com
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犯人 朝香宮鳩彦 

  • 2016.01.08 Friday
  • 19:10


犯人  朝香宮鳩彦親王


■日本軍が20万-30万人を虐殺した【南京大虐殺】の直接責任者は、『捕虜は取るな』『捕虜は全員殺せ』と命令した昭和天皇の甥朝香宮鳩彦親王上海派遣軍司令官・陸軍中将だ!

 【画像】:

朝香宮鳩彦親王(あさかのみややすひこしんのう)上海派遣軍司令官・陸軍中将

20160107朝香宮鳩彦王


 日本非公開の映画『南京のシンドラー ジョン・ラーベ』の冒頭で、香川照之が演ずる朝香宮鳩彦親王(あさかのみややすひこしんのう)上海派遣軍司 令官・陸軍中将が、数千人の捕虜をとらえた若き司令官小瀬少佐に対して、『誰が捕虜を 取れと言った!』『捕虜は取るな!捕虜は全員殺せ!と言った だろう!』『明朝までに自己責任でかたをつけろ!』と命令する場面が出てくる。

20160106朝香宮

 日本軍による無抵抗の捕虜や南京市民を虐殺した【南京大虐殺】はこの皇族の命令で行われたのだ。


この場面があるからこそ、この映画『南京のシンドラー ジョン・ラーベ』は配給会社が見つからず長い間日本で公開されずにいたが、ようやく市民に よる自主上映会で各地で開催されようやく見ることができるようになったのだ。

 皇族朝香宮鳩彦親王上海派遣軍司令官・陸軍中将は、1937年10月10日の南京総攻撃開始、10月13日陥落、その後の南京大虐殺を直接指揮・ 命令したA級戦犯であり、本来であれば、昭和天皇と共にGHQに逮捕・起訴され、極東軍事裁判で死刑判決を受けて処刑されるべき人物であったの だ。


しかし米国支配層は、戦後の日本を『象徴天皇制』という別名の偽装天皇制で日本を植民地支配するために、昭和天皇と皇族、A級戦犯の軍人、政治 家、特高・ 内務官僚、財界人、大手マスコミ、宗教指導導者、学者、右翼・暴力団などの戦争犯罪を免責・免罪して1950年代に岸信介の復権と共に 自民党に再結集させて権力中枢に復帰させたのだ。

 昭和天皇と同じく、戦後GHQによって皇族であることで戦争犯罪を全面的に免責・免罪された朝香宮鳩彦親王は皇籍を離脱後『ゴルフの宮様』として 93歳まで生長きしたのだ。



 昭和天皇の戦争犯罪が日本の最高のタブーとなっている以上に、天皇の威光を笠に着て侵略戦争と国民弾圧を強行した皇族たちの戦争責任は一切勝たれ れることが無い。

 我々タブーなき【市民革命派】は、昭和天皇と共に隠されてきた皇族たちの戦争犯罪を徹底的に暴いて追及する必要があるのだ!


▼朝香宮鳩彦親王とは? (Wikipedia抜粋)

鳩彦王は他の皇族たる陸軍軍人(賀陽宮恒憲王・閑院宮春仁王・朝香宮孚彦王・ 北白川宮永久王・竹田宮恒徳王等)がそうであったように、軍服は大正 末・昭和期当時の陸軍青年将校の間で大流行していた、瀟洒なものを仕立て着用していた。中でも鳩彦王は、昭和初期に大流行する以前の大正初期には既に派手な軍装品を誂えていた。

1914年(大正3年)11月には陸軍大学校(26期)を卒業し歩兵第61連隊中隊長となる。その後、1922 年(大正11年)にフランスに留学するが、翌年、義兄の北白川宮成久王の運転する自動車が交通事故を起こし、この事故で成久王は薨去。 同乗していた鳩彦王 は重傷を負う。怪我の療養のためフランス滞在が長引いたことで、フランス文化により長く触れることになった。特に、看病のため渡仏した宮妃ととも 1925 年(大正14年)のパリ万国博覧会(アール・デコ博)を観覧し、同様式に対して強い関心と理解を示した。後の1933 年(昭和8年)に完成した朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は日本の代表的なアール・デコ建築とされている。



その後、陸軍少将・陸軍中将と昇級し歩兵第1旅団長、近衛師団長、軍事参議官を歴任する。1937 年(昭和12年)12月2日、上海派遣軍司令官を拝命し、直後の南京攻略戦に参加、1939 年(昭和14年)8月には陸軍大将に昇った。後の太平洋戦争(大東亜戦争)終盤においては、主戦論者として本土決戦に備えた陸海軍統合(統帥一元化)を主 張・力説していた。また、小磯内閣当時には杉山元陸軍大臣の更迭を求めて運動したこともあった。

戦後、上海派遣軍司令官として南京事件で「虜の殺害命令」に関与した疑いでGHQから戦犯に指名される可能性があったが、皇族として戦犯指定は受 けなかった。

1947年(昭和22年)、GHQの命令により同年10月14日に皇籍離脱、後は、東京都港区芝白金台町(現在の港区白金台)にあった朝香宮邸を 外務省に貸し出し(これは外務大臣公邸 として一時期事実上の総理大臣公邸の役割を担っており、「目黒公邸」とも呼称されていた)、自身は熱海の別荘に隠棲してゴルフ三昧の日々を送った。



 
数多くのゴルフクラブの会長・名誉会長を務めたが、その中で1930 年(昭和5年)に鳩彦王が名誉会長を務める「東京ゴルフ倶楽部」が埼玉県に移転した際、 移転先の膝折村が朝香宮にちなんで1932 年(昭和7年)5月1日に朝霞町(現朝霞市、宮号をそのまま使うのは畏れ多いとして一字を替えた)と改称されている。



 経歴(抜粋)

1933年(昭和8年)8月1日 陸軍中将・近衛師団長
1935年(昭和10年)12月2日 軍事参議官
1937年(昭和12年)12月2日 上海派遣軍司令官
1938年(昭和13年)3月14日 軍事参議官
1939年(昭和14年)8月1日 陸軍大将
1942年(昭和17年)4月4日 功一級金鵄勲章
1945年(昭和20年)8月15日 終戦
1945年(昭和20年)11月30日 予備役
1947年(昭和22年)10月14日 皇籍を離脱する

(杉並からの情報発信です より)



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  南京虐殺の真相か
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  兵士達の遺言
 

 

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