最初の人体実験  日米の警報  朝鮮戦争

  • 2018.01.20 Saturday
  • 01:56

 

 

日本の人体実験は731部隊が最初じゃない

 

1902年八甲田雪中行軍生還実験:青森第5連隊210名と弘前第31連隊37名を競わせ第5連隊199名凍死

1945年広島ウラン爆発・長崎プルトニウム爆発軍事応用殺傷実験

1954年ビキニ環礁日米合同水爆殺傷実験

2011年、、、

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953849031616208896

 

 

 

 

香港から見ていると、先の日米の核ミサイル警報は、日米が、南北統一旗を掲げて喜ぶ韓国に反発して、

 

「北と仲良くしたら、北朝鮮が核攻撃したことにして核爆発するぞ!そしたら開戦だ!」と、脅迫しているように見えます。

 

100MeV以上もの環境中性子を完全に遮蔽できない現在、核兵器は空を渡れないので

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953949610078191616

 

 

 

 

 

◎ 米日は朝鮮戦争の愚を繰り返すのか

 

 

韓国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の会談で、平昌五輪への合同参加が合意されたその時に、

 

アメリカは朝鮮への「圧力強化」を確認するための「20カ国外相会合」をバンクーバーで開催しました。

 


さらに、アメリカ、日本、韓国は別に3カ国の会合をもち、「結束」を確認したといいます。

 


ティラーソン米国務長官は、「軍事オプションの引き金を引く」ことも辞さないと、あらためて朝鮮を威嚇しました。

 

 

 朝鮮半島とバンクーバーで同時進行したこの事態は、いったい何を意味しているでしょうか。

 

 

 同じ民族同士の韓国と朝鮮が対話を重ね、五輪を通して交流・関係改善を強めようといているのに対し、

 

部外者であるアメリカとその呼びかけに応えて集まった国々が、「北朝鮮への圧力継続」(「議長総括」)を再確認し、韓国をアメリカ中心の「結束」に繋ぎ止めようとする。

 

 

これは南北会談の進展、緊張緩和に水を差すことであり、朝鮮に対する「挑発」にほかなりません。同じ民族同士が話し合いで問題を解決する「民族自決」に対するあからさまな干渉ではありませんか。

 

 

朝鮮半島情勢をめぐって「挑発」を繰り返しているのはいったいどちらなのか、緊張を高めているのはどの国(国々)なのか、今回の「外相会合」はそれをはっきり示したのではないでしょうか。

 

 

 

 今回アメリカが外相会合を呼びかけたのが、朝鮮戦争(1950年〜現在休戦中)に参加・支援した国々だったことは極めて象徴的です。

 


なぜなら、73年前、帝国日本の敗戦後、朝鮮半島で始まろうとしていた朝鮮民族の自主的独立を妨害し、南北に分断し、朝鮮戦争へのレールを敷いたのが、まさにアメリカだったからです。

 

 

 

 「一九四五年八月十五日、日本が敗北するとすぐさま朝鮮建国準備委員会(委員長・呂運亨)が結成され、八月末まで朝鮮全国各地に一四五もの人民委員会がつくられる勢いでした。

 

 

九月六日には、朝鮮人民共和国の樹立が宣言されました。首席にアメリカで活動していた李承晩、副首相に呂運亨という布陣で、幅ひろい組織をめざしました。

 


しかし、アメリカは南朝鮮に軍政を施行し、朝鮮人民共和国を認めず、きびしく弾圧しました。…朝鮮人自身による独立政府樹立の運動がつづく中…アメリカは、一九四七年、創設まもない国連に朝鮮問題を持ち込み、国連監視下の南北朝鮮の総選挙を可決、翌年には南朝鮮だけの単独選挙実施方針を示しました」(中塚明奈良女子大名誉教授『日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研)

 

 

 

「そもそも朝鮮の分断は、アメリカの一方的決定によるものであった。…

 

終戦直後の一九四五年九月、朝鮮に上陸し、朝鮮南部に軍事的支配を樹立したアメリカは、すでにその行政区域内に育っていた朝鮮人自身の萌芽的共和国(呂運亨主導下の朝鮮人民共和国)とその草の根の組織である人民委員会の承認を拒否した。…

 

日本の植民地体制と植民地統治が崩壊し、代わりにアメリカ支配が始まってから、莫大な富と権力がアメリカ人の手に渡った」(ガバン・マコーマック・オーストラリア国立大教授『侵略の舞台裏 朝鮮戦争の真実』影書房)

 

 

 

アメリカの対朝鮮半島政策はこの時から本質的には何も変わっていないのです。

 

 

一方、朝鮮戦争当時から大きく変わった国があります。日本です。

 

 

朝鮮戦争で日本はアメリカ軍の出撃基地・物資補給基地という間接的な形で米軍を支援しました。

 

しかし今はそれだけではありません。

 

安倍政権が強行した戦争法(安保法制)による集団的自衛権行使で、米軍と自衛隊の共同行動が公然と繰り返され、事実上米日韓の3国軍事同盟の一翼を担うようになっています。

 

万一、アメリカが武力行使すれば、日本は直接それに加担することになるのです。

 

 

「外相会合」はアメリカの意に反し、「議長総括」に「南北対話と北朝鮮の平昌五輪参加を歓迎」との文言が含まれるなど、

アメリカが「軍事的圧力を高めることを狙った」会合の「成果はかすんだ」(18日付共同配信)といわれます。

 

 

 

あくまでも「軍事オプション」に固執し、米日韓の軍事同盟を強化しようとするアメリカとそれに追随する日本の戦略が、思い通りにはいかないことを示したと言えるでしょう。

 

 

しかし私たちは一連の事態を他人事として傍観することは許されません。


日本政府(安倍政権)が日米軍事同盟(日米安保条約=朝鮮戦争勃発の翌年アメリカが制定)でアメリカに従属し、朝鮮民族の自主的平和的統一を妨害していることをやめさせるのは、主権者である私たち「日本人」の責任です。

 

 

 

http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/551d4d1d340bbd64a4f80bc1e7a95ac6

 

 

 

 

 

特許

  • 2018.01.18 Thursday
  • 00:03

 

 

◎ 日本の手口を振り返ると、日本は核爆発現象を新兵器として米国に特許化してもらうために、

 

殺傷能力を実証する人体実験を広島長崎で実施したが、核兵器の発明から殺傷実験に至る資料を未だに隠している。

 

真実は特許出願に添付する実験データにあるのですが。

2011年再び、大発明の特許出願があった

 

https://pbs.twimg.com/media/DTozmgGVwAAM-Ng.jpg

 

(日本実験場)

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953131725307002881

 

 

 

 

◎ 癌完治新薬の特許は特許化されても、その新薬を癌細胞に到達させる別の技術とのジョイントが可能かどうか、

 

また全ての癌に効くかどうか、臨床試験が必要。

 

日本の場合は臨床試験から国の承認を経て発売に至るまで約10年、米国は2年以上を要する。

 

即ちこの新薬の臨床試験には3.11後の日本列島が最適

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953127601836404737

 

 

 

 

◎ 癌人口が増えると儲かる日本の癌完治新薬特許に2017年10月17日、米国の許可が出た発明した三浦氏は、皆に読まれる科学誌掲載の論文を画像の改竄や捏造したのがバレて2017年9月30日に退職

 

https://patents.justia.com/inventor/norimasa-miura

 

 

   

 

 

   

 

 

 

2011年に彼が米国に特許出願した実験データは審査を経て特許化

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953124981004632064

 

 

 

 

 

◎ 日本は昔も大発明の論文は重要な点を隠す。

 

1940年にネプツニウム237を生成した実験にもかかわらず、米国フィジカルレビュー掲載の論文には、核分裂連鎖反応も核爆発も書いてない。

 

今や237Npは核実験の降下物として有名で、原子力資料情報室にも237Npは核兵器の爆発によって生成すると掲載されている。

 

   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953122414119944193

 

 

 

 

 

◎ ネイチャーにも新発明を隠したのか


癌完治新薬の発明者・鳥取大三浦典正准教授は、

 

ネイチャーのサイエンスレポート掲載他3論文に画像改竄が見つかり、2017年9月30日付けで退職。

 

https://pbs.twimg.com/media/DTkgAisVoAAVpVV.jpg

 

 

   

 

 

なのに米国はその発明を2017年10月17日付けで特許化した


2011年3月福一原発事故で全島民癌化開始
2011年6月特許出願

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/952833442873360387

 

 

 

日米英 戦争志向   現韓国・平和志向 

  • 2018.01.17 Wednesday
  • 04:41

 

 

1.15  米、対北朝鮮の軍事行動に備えた演習を開始


米軍は、北朝鮮に対する軍事行動に備えた演習をはじめた。米紙ニューヨーク・タイムズ画報じた。

ノース・カロライナ州にある基地「フォート・ブラッグ」で12月、軍用輸送ヘリ50機ほどが参加した演習が行われた。

演習では砲撃のなかで兵士や兵器を投入する訓練が行われた。


ネバダ州では後に、外国の侵入をシミュレーションした演習で、空挺兵120人ほどが軍用大型長距離輸送機「C-17」から深夜に降下した。

演習はさらに2月にも予定されている。

1000人強の予備役部隊が国外に部隊を迅速に投入するためのいわゆる動員センターの展開を訓練する。

 


また、2月初めには朝鮮半島に特殊部隊が派遣される方針だ。人数は挙げられていない。




1.15  自国に配備される米MDシステムを日本が独力で操作するか、ロシアは疑問=ラブロフ外相
 

 

ロシアのラブロフ外相はモスクワで記者会見を開き、昨年1年間を概括した。

共同通信の記者が、日本における米国のミサイル防衛(MD)システムの配備について質問。

ラブロフ外相によると、ミサイル防衛の問題は露日関係に影を落としている。

日本は北朝鮮の弾道ミサイルから自国領土と国民を防衛するため地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を導入する方針だ。
候補地として秋田県と山口県が挙げられている。


ラブロフ外相は「日本自身がこのシステムを操り、米国はこれに関係しないという話を聞いた。

そうなるかについて、私たちは深刻な疑念を抱いている
」と強調した。

ラブロフ外相は、「ロシア安全保障会議と日本の安全保障局の局長・書記間の安全保障に関する対話の枠組みで、私たちは何らかのより説得力ある情報を受け取りたい」と指摘する。




1.15  英外相、すべての国に北朝鮮の核開発に対する団結を呼びかける

ジョンソン外相は、カナダで開かれる北朝鮮をめぐる情勢について協議されるサミットを前に声明を表し

「核兵器製造に関する北朝鮮の違法なプログラムは、地域及び国際的安定の脅威である。

国際社会はそのアプローチにおいて一致していなければならない」と述べた。


同氏はまた対北朝鮮制裁について「すでに刺激を与えているが、外交圧力を維持する必要がある」と付け加えた。



 

 

1.16   韓国、カナダ外相と会談 南北関係改善へ理解を 北朝鮮会合

 

韓国の康京和外相は15日、カナダ西部バンクーバーで16日に開かれる朝鮮民主主義人民共和国問題に関する外相会合に合わせて同国のフリーランド外相と会談した。

 

北朝鮮との関係改善と核問題の平和的解決を進めようとする韓国の立場について理解を求めたとみられる。共同通信が伝えた。

 

 

フリーランド氏は康氏との会談内容を踏まえた上で、北朝鮮に対する制裁履行の徹底や外交的な解決に向けた議論を主導する。

 

カナダは米国と共に外相会合を共催する。米国からはティラーソン国務長官に加えマティス国防長官も出席。

 

 

731

  • 2018.01.01 Monday
  • 00:18

 

 

◎ 中国で生体解剖を何度もやったことを懺悔し、

 

「私のような愚かな人間を作らないように」と言い残した元陸軍軍医の湯浅謙氏(山本撮影)。

 

「僕を軍国主義教育したのは教育勅語と母親」と断言。

 

幼児から天皇崇拝と忠君愛国を叩き込まれた湯浅氏の大正世代。

 

教育勅語復活は侵略戦争無反省の洗脳教育。

 

 

 

https://twitter.com/asama888/status/834296812030734337

 

 

 

 

 

◎ 731部隊を支えたのは四国4県出身の兵士だった。

 

731部隊で様々な生体実験に関わった(故)尾原竹善の証言。

 

 

林口に「162部隊」(香川県出身)、孫呉に「673部隊」(徳島県出身)、海林に「643部隊」(愛媛県出身)などの各支部があった。

 

https://twitter.com/hyodo_masatoshi/status/897358024624357377

 

 

 

 

◎ 《佐々木は住民を殺害したり、女性を強姦したり、食料を強奪し、近くで水が飲めた唯一の井戸を独占しているという話も住民から聞いた。

 

飯田さん自身も佐々木の蛮行を目撃する。もう限界だと思った。井戸で住民に嫌がらせをしていた佐々木に近づき、後頭部に銃を突きつけ、引き金を引いたのだ》  

 

https://twitter.com/gaitifuji/status/897320321052581888

 

 

 

 

 

◎ 731部隊集合写真(1936年)の中央の人物が、昭和天皇の弟の三笠宮崇仁親王だということをご存知でしたか?  

 

2017年8月13日NHKスペシャル 『731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜』 

https://www.youtube.com/watch?v=Qfy5TMbueSM …

 

 

   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898269405569626112

 

 

 

 

 

◎ この集合写真は関東軍防疫給水部731部隊の写真ですが、防疫と安全な浄水を給水することが表向きの任務です

 

影の部隊ではないのです。   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898459202653257728

 

 

 

 

 

◎ そもそも昭和天皇は、25歳で自分の研究施設を持ってヒドロ虫を研究し、猛毒が生体にどのように働いて死に至らしめるのかを熟知していた生物学者。

 

天皇即位後は、学術研究会議を管理した文部大臣の上の地位。

 

英国訪問以降武器開発に魅せられた昭和天皇ですから、人体実験を主導したのも天皇ですよ。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898471814745038849

 

 

 

 

 

◎ もっと簡単に言うとね、731部隊や広島長崎の原爆の統帥者は天皇裕仁だったわけで、

 

彼が生物・化学・核兵器特許の代表者。

 

 

その親族は、その特許を相続してるわけで、米国との関係が破綻したら、天皇家も存続できない。

 

日本滅亡です。

 

まあ、新しい日本を興せばいいだけの話しですがね。   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/910176034112233472

 

真珠湾攻撃の原因が米の制裁で 朝鮮への制裁には賛成という 日本

  • 2017.12.11 Monday
  • 02:51

 

76年前の日本軍による真珠湾攻撃の原因をアメリカの制裁に求めるなら 朝鮮に対する制裁にも反対すべき

 

 

今から76年前、1941年12月7日の午前7時48分(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃した。

 

ここは海岸が遠浅で攻撃が技術的に難しく、守りの堅い軍港。

 

非常識とまでは言えないだろうが、攻撃のリスクは高い。それを厳しい訓練でクリアしたということだ。

 

 

アメリカ政府の対日制裁でやむなく攻撃した、あるいはアメリカ側は事前に攻撃を知っていたと主張する人がいるが、日本軍は実際に攻撃している。

 

つまりアメリカによる偽旗作戦ではない。

 

 

日本に対する制裁には歴史的な背景がある。

 

 

1872年の琉球併合から74年の台湾派兵、75年にはソウルへ至る水路の要衝である江華(カンファ)島へ軍艦(雲揚)を送り込んで挑発、日清戦争、日露戦争を経て東アジア侵略を本格化、米英の利権と衝突して対日制裁になるわけだ。

 

 

こうした制裁が軍事行動を誘発すると考えている人は、例えば朝鮮に対する制裁にも反対しているのだろう。

 

そうでなければ矛盾だ。あるいは朝鮮に圧力を加え、戦争を誘発したいと考えているのだろうか?

 

 

 

明治維新から1932年までの日本はイギリスとアメリカというアングロ・サクソン系の国に従属、その手先として動いた側面がある。

 

明治維新はイギリスの思惑と違って内戦が早い段階で終結、徳川時代の人脈が生きていたので完全な属国にはならなかったが、大きな影響下に置かれたことは間違いない。

 

 

ここでいうアメリカとはウォール街を意味する。

 

1923年9月1日に相模湾を震源とする巨大地震、つまり関東大震災が発生、復興に必要な資金を調達するために日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガンだ。

 

 

この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモント。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

 

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。

 

1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。

 

ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

 

 

この政権が進めた政策はレッセ-フェール、つまり新自由主義的なもので、その責任者で「適者生存」を信じるある井上は失業対策に消極的。

 

 

その結果、貧富の差を拡大させて街には失業者が溢れて労働争議を激化させ、農村では娘が売られると行った事態になった。

 

一般民衆に耐え難い痛みをもたらすことになったわけだ。

 

 

 

当然のことながら、アメリカでもJPモルガンを中心とするウォール街の住人は強い影響力を持ち、1929年に大統領となったハーバート・フーバーもそのひとり。

 

フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物で、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 

 

 

ところが、1932年の大統領選挙でフーバーは負けてしまう。

 

当選したのは巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトだ。

 

 

大きな力を持っていたとはいえ、今に比べるとアメリカ支配層の力はまだ小さく、選挙で主導権を奪われることもありえた。

 

 

このフーバーはホワイトハウスを去る少し前、1932年にJPモルガンと関係の深いジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んだ。なお、この年に井上準之助は血盟団のメンバーに暗殺されている。

 

グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻で、グルーが結婚していたアリス・ペリーは少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通っている。

 

そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后だという。

 

 

グルーの皇室人脈はそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。

 

(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

 

 

こうした人脈を持つグルーが日本軍の動向に関する機密情報を入手していても不思議ではないが、このグルーとルーズベルト大統領との関係が良好だったとは言えない。

 

情報がきちんと伝えられていたかどうか疑問があるが、JPモルガンへは詳しく伝達されていただろう。

 

 

グルーが大使として日本へ来る前年、1931年に日本軍の奉天独立守備隊に所属する河本末守中尉らが南満州鉄道の線路を爆破、いわゆる「満州事変」を引き起こした。

 

この偽旗作戦を指揮していたのは石原莞爾や板垣征四郎だ。

 

1932年には「満州国」の樹立を宣言するのだが、この年にアメリカでは風向きが変わっていた。

 

 

本来なら日本はその変化に対応する必要があったのだが、そのまま進む。

 

 

そして1937年7月の盧溝橋事件を利用して日本は中国に対する本格的な戦争を開始、同年12月に南京で虐殺事件を引き起こしたのだ。

 

そして1939年5月にはソ連へ侵略しようと試みてノモンハン事件を起こし、惨敗した。

 

 

本ブログで何度か指摘したように、このソ連侵攻作戦はアングロ・サクソンの長期戦略に合致している。

 

その作戦が失敗したことから南へ向かい、米英の利権と衝突するわけだ。

 

 

ドイツ軍がソ連に対する大規模な軍事侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦を開始したのはその2年後、1941年6月のことだ。

 

 

この作戦でドイツは軍の主力を投入したが、ドイツ軍の首脳は西部戦線防衛のために大軍を配備するべきだと主張、反対している。

 

 

日本が真珠湾を攻撃する前で、アメリカは参戦していないが、それでもイギリスがその気になれば、西側からドイツを容易に攻略することができるからだ。

 

この反対意見を退けたのはアドルフ・ヒトラー。この非常識な「判断」との関連で注目されているのがヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスの動きだということも本ブログでも指摘した。

 

1941年5月10日にヘスは単身飛行機でスコットランドへ飛んでいるのだ。

 

 

ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫り、42年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まった。

 

ここまではドイツ軍が圧倒的に優勢だったが、1942年11月にソ連軍が猛反撃を開始、ドイツ軍25万人を完全に包囲して43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。

 

主力を失ったドイツ軍の敗北はこの時点で決定的だ。

 

 

その4カ月後、1943年5月に米英両国はワシントンDCで会談して善後策を協議、7月にアメリカ軍はイギリス軍と共にシチリア島に上陸した。ハスキー計画だ。

 

このとき、アメリカ軍はマフィアと手を組んでいる。

 

9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏した。

 

ハリウッド映画で有名になったオーバーロード(ノルマンディー上陸)作戦は1944年6月になってからのことである。

 

ノルマンディー上陸作戦の結果、ドイツ軍が負けたと思い込んでいる人も少なくないようだが、これはハリウッドによる洗脳の効果を証明している。

 

 

その一方、スターリングラードでドイツ軍が壊滅した後にアレン・ダレスなどアメリカ支配層はフランクリン・ルーズベルト大統領には無断でナチスの幹部たちと接触を始めている。

 

例えば、1942年の冬にナチ親衛隊はアメリカとの単独講和への道を探るために密使をOSSのダレスの下へ派遣、ドイツ降伏が目前に迫った45年初頭にダレスたちはハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊の高官、カール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。

 

(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

 

 

イタリアとスイスとの国境近くでウルフがパルチザンに拘束された際にはダレスが部下を派遣して救出している。(Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

 

 

ドイツは1945年5月に降伏しているが、その前の月にルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権をウォール街が奪還した。

 

 

副大統領から昇格したハリー・トルーマンはルーズベルトとの関係が希薄。

 

トルーマンのスポンサーだったアブラハム・フェインバーグはシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供し、後にイスラエルの核兵器開発を資金面から支えた富豪のひとりとして知られている。

 

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201712090000/

 

 

 

☆ 山本五十六がCIAのスパイとか あるいは ヒロヒトが 真珠湾攻撃を知って喜んだともいわれています。

 

つまり 「戦争をすることができる」。

 

コメントを下さった方へ

  • 2017.12.09 Saturday
  • 00:26

 

この国の 今の 原発の放射能放置とか見ても

 

結局 731の犯罪が 米モルモンによって擁護され だれも 犯罪人とされず

 

出世して 今も力をもっている。

 

原因としては 維新に イルミに加入したこと そして 原爆の実験で 特許ビジネスの利権は始動。

 

生物兵器特許もある。

 

 

きりなくありますが、結局 国のトップが イルミ NWOに所属したという維新に突き当たります。

 

 

悪いことをすると儲かるのが イルミ。 そして それが トップを頂点とする財閥利権。

 

 

プーチンロシアとは真逆ですね。

 

 

でも 日本人は 生き延びましたね 笑  

 

 

事実を知らせない力が大きい国で それでも その中から 国の闇を知っていく人が増えていくことを願っています。

 

 

 

 

 

歴史  第一次世界大戦  教科書通りか?

  • 2017.12.09 Saturday
  • 00:23

 

 

世界を操るグローバリズム-12〜第一次世界大戦はオーストリア皇太子暗殺が原因なのか〜

 

 

■■ 第3章 第一次世界大戦とロシア革命の真実

■第一次世界大戦はオーストリア皇太子暗殺が原因なのか

 

 

第一次大戦がなぜ起こったのかを理解できる人は少ないと思います。

 

教科書では「オーストリアの皇太子がセルビア人の青年に暗殺されたことがきっかけで始まった戦争」ということになっていますが、それが戦死も含め2000万人も死者が出るほどの戦争に至ったのは理解しがたいことです。

 

 

確かに、当事国にとっては重大なことだったと思いますが、ヨーロッパの国々を巻き込み、アメリカ、ロシアを巻き込み、日本も巻き込まれました。それほどの世界的な大戦争をする必然はどこにもありませんでした。

 

 

しかし、大戦争をすると利益を得る集団が世の中には存在しています。

 

 

戦争で利益を得る軍産複合体のような勢力は軍拡競争を煽り、戦争を煽ります。

 

第一次世界大戦についても、既存の歴史観に縛られないで、煽られた戦争であった可能性を考えて見る必要があります。

 

 

戦争については、原因からではなく結果から考えてみると見えてくるものがたくさんあります。

 

 

第一次世界大戦の結果、何が起こったのか。

 

一番大きな動きは、国際連盟が設立されたことです。

国際連盟設立で得をしたのは誰かを考えていくと、大規模な戦争が勃発した理由が推測できます。

 

 

国際連盟というのは国際主義を推進するための機関であり、言い方を換えると各国の主権を制限するものです。これは(偽)ユダヤ思想そのものなのです。

 

 

 

世界の国の主権を廃止して、世界から国境をなくし、世界統一政府を作ろうとする。今の言葉で言えばグローバリズムです。

 

国家の主権を超えて、各国の上に国際連盟というものを置く。これは世界統一政府に向けての第一歩です。

 

 

国際連盟はアメリカのウィルソン大統領が提唱したものですが、各国で設立受け入れの気運が高まったのは、2000万人もの戦死者を出してしまったからです。

 

 

この荒廃ぶりを見て、文明国がこのような悲惨な戦争を二度としてはいけない、世界平和のために「新しい秩序」をつくろうということになり、国際連盟が設立されました。

 

 

今までになかった新しい秩序をつくるには、既存秩序の崩壊が前提になります。安定した世界の中では新秩序の機運は生まれません。

 

世界を著しく荒廃させれば、人類は必ず新秩序を求め始めます。それが目的で第一次世界大戦を引き起そうとした人がいたのでは、と考えると、歴史は一変して見えてきます。

 

 

 

第一次世界大戦のもう一つの側面は、ロシア革命との関連です。

 

日露戦争の際に革命の萌芽がつくられ、革命的な反皇帝の雰囲気がロシア国内に醸成されました。その動きさらに徹底させるには、更なる混乱が必要でした。

 

歴史の中では戦争と革命は表裏一体です。戦争で物資を破壊し、人心を荒廃させる。そうすると新しい秩序を求める気運が高まり、革命がやりやすくなります。

 

 

こういった視点で歴史を眺めて見ることも重要です。

 

 

 

■主権の制限が中途半端に終わった国際連盟

 

 

第一次世界大戦だけでは国際主義者が期待したような世界秩序は生まれません。

 

国際連盟によって各国の主権をある程度制限することには成功しましたが、世界統一政府を目指す人たちにとっては不十分でした。

 

 

また、国際連盟の提唱者であるアメリカが議会の反対で批准をしませんでした。

 

アメリカが国際連盟に入らなかったのは、アメリカ議会の三分の一以上の議員が反対したからです。議員の過半数の票は超えていましたが、批准に必要な三分の二には達しませんでした。

 

 

国際連盟は、第一次世界大戦を望んだ人たちの意に添わない結果に終わりました。もう一度大きな混乱が必要だと考えた人たちが第二次世界大戦への流れをつくっていきました。

 

 

第二次世界大戦後には、今度は国際連合というものができました。

 

国際連盟よりもさらに国家の主権を制限する体制です。

 

 

このように結果から見ていくと、起こるはずのない大規模な戦争が起こった経緯が見えてきます。

 

既存の歴史書は一連の流れを説明してくれませんが、論理的に詰めていけば、大きな流れが浮かび上がってきます。

 

 

軍拡競争を煽って戦争を仕掛ける人がいなければ、あれほどの犠牲を払った無益な戦争が起こる必然性はなかったと思います。

 

 

第一次世界大戦には停戦のチャンスはいくらでもありました。ところが、どういうわけか、その都度停戦の機会はつぶされて、4年間もの間、流血が続きました。

 

第二次世界大戦はさらに長く続きました。1939年から数えると6年間にも及ぶ戦争でした。第二次世界大戦も停戦のチャンスは何度もありましたが、停戦には至りませんでした。

 

戦争というものは、突発的に起こることはまずありません。

 

http://www.kanekashi.com/blog/2017/12/5567.html

 

 

 

 

ウクライナを利用して黒海での威嚇  先制攻撃の準備

  • 2017.12.04 Monday
  • 02:04

 

 

黒海で米軍の哨戒機が露国の国境へ近ずき 露軍の戦闘機が緊急発進したが 背後に 核戦争の危機


11月25日にアメリカ軍は哨戒機P-8A ポセイドンを黒海からロシアの国境に向かって高速で飛行させ、ロシア軍のSu-30が緊急発進するという出来事があった。

公海上ではあったようだが、国境までの距離が10キロメートルを切っている。


ロシア側の防衛体制や電子戦に関する情報を得ようとしたのだろう。

万一、P-8Aが領空を侵犯した場合、その地域の重要性を考えると撃墜という事態もありえただろう。その前に対処できたのは好運だった。


言うまでもなく、黒海はロシアにとって防衛上、重要な場所。

そこでアメリカ軍は2014年、ウクライナでクーデターを成功させた後にも艦船を使い、ロシア軍を威嚇しようとしていた。


例えば、4月10日にイージス艦のドナルド・クックをロシアの国境近くまで航行させている。いつでも攻撃できるというメッセージでもあった可能性がある。

その際、ドナルド・クックの近くをロシア軍のSu-24が飛行、その直後にドナルド・クックはルーマニアへ緊急寄港、それ以降はロシアの領海にアメリカ軍は近づかなくなった。


ジャミングで米艦のイージス・システムを機能不全にしたと言われている。
 

 


船の場合、電子機器が機能しなくなっても浮かんでいるが、航空機の場合は墜落する可能性があるのでロシア軍は電子戦を仕掛けられないと考えたのかもしれない。

すでにアメリカ軍はロシアの国境線近くにミサイルを配備し、先制攻撃の準備を進めている。

ロシア側としては、それを脅しだけだと高をくくるわけにはいかないだろう。


先制核攻撃の準備を進めることになる。ウラジミル・プーチン露大統領が自国の大規模製造業者に対して​戦時体制への切り替え​ができるよう、11月22日に指示したのもそのためだろう。


アメリカ/NATO軍は1991年12月にソ連が消滅して以来、部隊を東へ移動させてきた。

当然、ロシアの国境が近づいてくるわけだが、それを西側ではロシアの好戦的な姿勢を示すと説明している。


来春からアメリカ軍は40名から50名の将校をジョージアへ派遣、3年にわたって将兵を訓練するとしている。

 



最近、イタリアのメディアが2014年の​ウクライナにおけるクーデターに関するドキュメンタリーを伝えていた。

アメリカのネオコンを後ろ盾とするシオニストの富豪が資金を出し、ネオ・ナチが最前線に立ってビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除したのだが、そのクーデターの大きな節目になった広場での狙撃に関する証言が紹介されているのだ。


このクーデターは2013年11月にはキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)へ約2000名の反ヤヌコビッチ派が集まるところから始まった。

当初は平和的だったが、2月になってから西側の軍事訓練を受けたネオ・ナチが前面に出始め、2月18日頃になるとチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始めた。

そして22日に狙撃で市民側にも警察側にも多くの死者が出ている。これを西側は政府側の仕業だと宣伝していた。


しかし、事実は違った。

2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日にキャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話、反政府側が実行したと強く示唆している:


「​全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。

同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。


スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。​」


当時から外国のスナイパーが関与しているいう話が流れていたが、イタリアのドキュメンタリーに登場したジョージア人は自分たちが狙撃したと認め、任務として行ったと弁明している。

ウクライナのクーデターは、ミヘイル・サーカシビリがジョージアで実権を握った2003年11月の「バラ革命」と同じシナリオだったとも語っている。

https://youtu.be/wR1NFI6TBH0

https://youtu.be/V0rR2Fh1zWI


サーカシビリが大統領だった2008年、ジョージアは南オセチアを奇襲攻撃している。

北京オリンピックにタイミングを合わせた作戦だった。


7月10日にアメリカのコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問、それから1カ月足らずの8月7日にサーカシビリ大統領は南オセチアの分離独立派に対して対話を訴え、その約8時間後に深夜に奇襲攻撃を開始したのだ。


この軍事作戦にはアメリカ以上にイスラエルが深く関係している。

2001年からイスラエルの会社がロシアとの戦争に備えてグルジアに武器、無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを提供、同時に軍事訓練を行っていた。


ジョージアとイスラエルとの関係を象徴する人物がジョージア政府内にいた。

イスラエルに住んでいたことのある閣僚がふたりいたのだ。

ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言える国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。ふたりは流暢なヘブライ語を話すことがでる。


その当時、南オセチアに駐留していた平和維持部隊の軍事的能力は低く、アメリカやイスラエルの軍事訓練を受けているジョージア軍の前になす術がなかった。

そこでロシア軍は戦闘車両150両を送り込むなど即座に反撃、空爆も始めてジョージア軍を粉砕してしまったのである。


ロシア軍が出てくればこうなる。


正規軍ではロシア軍に太刀打ちできないことが明確になった。軍事侵攻に失敗した後、8月15日にライス国務長官は再びジョージアを訪問、サーカシビリと会談している。
 

 

 

本ブログでは何度か指摘したが、アングロ・シオニストは遅くとも20世紀初頭からロシアを侵略する戦略を始動させている。日本もその手先として使われた可能性が高い。


第2次世界大戦後、ドイツとの死闘で疲弊したソ連を破壊するため、アメリカの好戦派は1957年にドロップショット作戦を作成、300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊しようとしていた。


テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、ルメイを含む好戦派は​1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定​にしていた。

その頃になれば、先制核攻撃に必要なICBMを準備できると見通していた。これが「核の傘」である。


この計画に強く反対し、好戦派と激しく対立したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。


ソ連消滅後、ロシアはボリス・エリツィン大統領の時代に国の資産は略奪され、軍事力も大幅に低下した。

アメリカ支配層の内部でもそうした感覚は21世紀に入っても残っていたようで、キール・リーバーとダリル・プレスはフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)の2006年3/4月号で、​ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張​している。


ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派は今でもロシアや中国を核戦争で脅している。

米ロ、米中間で相互に核兵器発射はしない体制を構築しているということはない。

正常な感覚の持ち主なら、この状況を知れば恐怖するだろう。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201712010000/



☆ 上記記事に 「カーチスルメイ」という名前があります。


日本の原爆 そして 東京大震災に 深く関与しているとされる人物であり


日本から 勲章を 送られています。


これで とても 簡単で 重大で 日本全体が隠していることが 分かりませんか ?


 

M資金  金の百合 

  • 2017.11.27 Monday
  • 00:21

 

 

☆ 「M資金って たんに 戦争ビジネスとしての 強盗でしょう?」というのが 私の認識です。

 

今頃 その犯罪は無視して 追求もせず あたかも 正義の資金のように 言われている。

 

そんな にがにがしい感想ですが、 これらのことに関しても 右と左では また 記事の内容も違ってくるのかと思います

戦争ビジネスの大きな魅力は このような 「強奪品」にあると言われており、そのごとく 強奪したものが イルミでの地位を確立していく。

 

明治以降の 天皇財閥とは まさに その典型のように 私には思えます。

 

 

以下 一つの記事の引用です。

 

繰り返しますが 右と左で 微妙に ニュアンスが違うと思うので、事実を言っていても、唯一絶対とは限らないということかとも思います。

 

 

 

 

 

 

第二次大戦中、日本軍は戦争計画(戦闘序列)を整えてアジア12カ国を侵略した。

 

 

そして、戦利品・軍需物資は最初、日本へ運んできたが、バシィー海峡、南シナ海、台湾海峡、対馬海峡の海上封鎖が強まると日本本土ではなく、フィリピンにしまいこんだ。

 

 

42年3月、コレヒドールから追い出されたマッカーサーがオーストラリアからカエル飛び作戦で、レイテ島へ再上陸が迫ると、日本軍は既に各地に掘っていたトンネルの側壁にさらに穴を堀り、アジアの略奪財宝を埋めた。

 

 

財宝の在り処を秘密とするため、それを指導した日本軍幹部・兵士たちや労働を提供した米比軍捕虜たちも含めて埋めてしまったのである。

 

戦後、しばらくして第14軍南方方面軍(ヤマシタ将軍)の運転士官(コジマ・カシイ)がセビリアーノ・ガルシア・サンタ・ロマーナという長い名前の米軍情報士官から拷問を受けた。

 

米OSSからフィリピンに派遣されたエドワード・ランズデール中佐の指揮の下で運転士官に財宝の隠し場所を白状させるためでそれは成功した。マニラ北西部、りサール州テレサという小さな町から大量の金塊が発見されたからである。

 

 

アメリカ政府首脳及び陸軍幹部によれば

「サンテイのお宝回収劇はその後のアメリカの冷戦体制に著しく貢献している」とほめられた。

 

 

 

トルーマン政権はこれらの財宝を特別目的に使用するため公会計計上を留保した。

 

すなわち、「ヤマシタ財宝」とヨーロッパのナチから取り返した「ブラック・イーグル・ファンド」を一緒にウラへまわして世界で展開される共産党との戦い(冷戦)のコストに充てることにしたのである。

 

 

ごく、大まかに言えばそのファンドは「右に行くか左に行くかふらふらしている国」の政治家へのワイロとその政党を買収するために使われた。

 

 

戦争の略奪物資を源とするそのファンドはアメリカ陸軍長官ヘンリィー・ステムソン とその頭脳集団(brain-trust)によって管理された。

 

 

ナチがヨーロッパで主にユダヤ人から奪った「黒い金塊」はヒトラーのライヒバンクのエンブレム、「カギ十字と黒鷲」から採った刻印が押されていた、ので「ブラック・イーグル・トラスト」と呼ばれる。

 

一方、フィリピンから没収した「死者たちの金」は、フィリピンの民衆からは「ヤマシタ・トレジャー」とうわさされ、米軍は日本の各地から没収した金塊、ダイヤモンドを含めて、「ショーワ・トラスト」と呼んだ。(日本では、「Mファンド」、「マッカーサー・ファンド」、「マッカート・ファンド」などと呼ばれている。)

 

 

アイゼンハワー政権の副大統領だったニクソンはエルモア・ボブスト( Elmer Bobst)から資金援助を受けていたが、1960年、第二次日米安保条約の締結を期し訪米したキシ首相に対し、350億ドルのショーワ・トラストを渡した 。キシはそれをGM党資金として受領した 。

 

 

「つまり、コレは何を意味するか?アメリカと日本のあるまじき不正の印?」略奪され犠牲になった数百万の民は今だ何の補償も受けていない。

 

 

 

マッカーサーに関していえば、記念図書館のホームページにはさまざまな書類、手記、日記、注解、たとえば「東京時代のマッカーサーの部下たちとフィリピンの市民のマッカーサー・ファンとのリンク集」とか、いろいろアクセスできる。

 

 

その中である事がささやかれていた。

 

「FDRの前の大統領、ハーバート・フーバー(Herbert Hoover)とマッカーサー将軍が日本から没収したものをある銀行に預けているとうわさが(フィリピンで)立っている。

 

彼らは戦争でいくらもうけたのか誰か知らないか?」と言うものだ。

 

 

 

その答えは、「フーバーが死んだ時、息子は父の信託財産から1億ドル相当の金塊を売却する許可を財務省から受けたはずだ。(未確認)だから最低約1億ドルは在ったはずだ」。

 

 

この情報に付け加えて、シーグレーブ夫妻によれば、

 

「マッカーサーの方がもっと多かったはずだ。彼のニューヨークにある銀行の口座には一体いくらあるかわからない」と言っている 。

 

 

 

「ヤマシタ・ゴールド(若しあれば)は、マニラで大日本帝国のイヤーマークを刻印した12.5キロのインゴッドに鋳なおされていたが、これでは日本がアジア各地から収奪した「死者たちの金」であることは一目瞭然である。

 

 

戦後、フィリピンで「ヤマシタ・トレジャー」を発見したOSS/CIAサイドから言えばこれを正式の持ち主に返す気がない、のでサンタ・ロマーナに命じて金塊を香港の精錬所へ運びHSBCの刻印に変えた。

 

(その後、アメリカ国内やスイスに持ち込んだ。)そして世界42カ国のCIA支部のある都市の(シティ)銀行に米ドルの口座(もちろん偽名だが、)を176口座開設した」とシーグレーブ夫妻によればやけに詳しい。(だが具体的なソースと支店名、金額は説明されない。)

 

 

 

大々的に展開した割にはこの取引を知っている者は少なかった。

 

だが、OSSの局長ウイリアム・ドノバン将軍(William Donovan)は、マッカーサーやフーバーの指示でランズデール=ロマーナ一味がこの宝物を掘り当てたのをもちろん知っていたはずだ。

 

それは後CIA長官になるアレン・ダレスや「冷戦の戦士たち」(cold war warriors、元CIA幹部)にも継承されていったはずだ。

 

この二つの流れのファンドはCIAのウラ帳簿によって運用され、「金証券 」となって世界の良く知られた人々の懐をかき回したこともある 。

 

 

 

CIA長官のコーケ(Cocke)は尋ねられた、「一体誰がこの莫大なファンドの持ち主なんだい?」と。

 

 

将軍はあっけらかんに答えた。自分で調査していたからだ。「シティバンクNYですよ、この銀行のニューヨーク支店とアテネ(ギリシャ)支店ですよ」

 

 

コーケは暴露した。「シティバンクが信託受託者となって、プログラムの推進者になったんですよ」

 

 

 

「プログラム?」

 

「対ソ、対共産党対策の事ですよ、シティバンクのリードは支払代理人になって世界各地のエージェントへカネを送金した。かわいい奴ですよ」

 

 

プロジェクト・ハマー(The OSS/CIA "Project Hammer"共産党をぶちのめす意味)を推進したシティの大物はジョン・リードだった。リードは副頭取だった。彼は一人で決定できていた。

 

リードはその期間に頭取と会長まで昇り詰めたが、2000年12月には「そんな取引があったなんて知らなかったし、第一エール・コーケ(Erle Cocke )なんて名はしらないし、会ったこともない」ととぼけた。

 

 

しかし、それはちょっとおかしい。コーケは米国信託銀行協会の会長もやったし、ジョージ・マーシャル国務長官のアドバイザーも勤めたし、ケネデイの時はIMFやIBRDの理事もやったからだ。そんな立派な人物を知らないとは情けない。

 

 

「彼ら(コーケ)は2000年12月12日に、政府の代理機関がわれわれ(シテイバンクトラスト)に預けている政府保有の金の”残高証明”を、シティバンクや他の大手銀行の80年代の信用余力(ソルベンシィ・マージン)を証明するために発行したことがあると言いますが、そんなことは一度もありません」

 

 

 

この否定発言はすごい。調査によれば、CIA(OSS)はシティバンクにCIAやOSSの名で信託したのではなく、セビリアーノ・ガルシア・サンタ・ロマーナ、例の長い名前の個人名義(その名義も17の名前に変造して)信託していたからだ。

 

 

サンタロマーナが死んだ1974年、この信託財産の金塊の一部は不正にマルコスのものとなっている。

 

 

マルコスがサンタロマーナの弁護士役をしていたというのだ。無論、マルコスは弁護士資格を持っていた、あるいは、その職業を誠実に履行した、といった問題ではない。

 

何しろ、フィリピンはその時厳戒令がしかれており、マルコスの独裁が始まったばかりだったのだから。

 

 

 

皇族たちの役目がゴールデン・リィリーの回収にある事は秘密にされていた。

 

いくつかの事情がある。たとえば、竹田宮に関していえば、彼の行動がアジアに筒抜けになる事を恐れた。彼は偽名を使っていた。関係者が彼に会うとき、いくつかの偽名を持っていたのである。「コレがわかるまで20年かっかった」とシーグレーブ夫妻が言う。

 

 

マッカーサーは日本と天皇の財産をわざと過小評価しながら、さらに天皇の戦争責任について、「トージョー・ヒデキ首相やその取り巻きが勝手に偽証した結果であるから天皇には責任がない」との見解を述べるにいたっている。

 

 

HIROHITOのみならず、皇族の誰一人として罪に問われるものはなかった。

「これはペテンじゃないのか?」

 

 

 

シーグレーブ夫妻が言うには、「マッカーサーと彼の取り巻きの右翼の連中、アメリカの軍部、政界、そしてビジネス界は戦前から日本に権益を持っており、“彼”を人質として確保しながら、戦前と同じようにうまくやっていくことを考えたのだと思う、アメリカの金融界からの融資は膨大だった。それにコミニストが極東に浸透するのを防ぐ意味もあったがね」と。

 

 

 

しかし、これまで歴史に登場しない捕虜の使い方もあった。

 

 

アジアから収奪した財産は、用意周到な収奪作戦の計画のもとにフィリピンに集めたのだが、その立役者は「黄金の百合」作戦を展開した天皇家の皇子たちだったというのだ。

 

 

そのゴールデン・リリィが連合国によって回収されると、その存在を公にせず、秘密にしておくことにした。

 

どの程度まで秘密とするかは、当時、アメリカは戦略品の管理には厳しく、財宝を盗んだものは懲役10年以上の積みに処せられ、数多くの犯罪者を軍法会議で出したものだ。

 

 

したがって、ゴールデン・リリィに源がある通称「ヤマシタ・トレジャー」も、当時のフィリピン幹部、マッカーサーの取り巻きに拠っても、彼ら自身の欲・徳のため、横領するなどということは考えられない、ので、本国のトルーマン大統領には報告されたと考えられる。

 

 

そして、ここにもシーグレーブ夫妻が登場する。

 

つまり、世に日本の天皇家が外国の富を積極的に収奪して“私腹”を肥やしていたとする過程なり、事実関係はシーグレーブ夫妻が最初に持ち出しているのである。

 

シーグレーブ夫妻も元の資料なり、伝聞、聴き取りなどはあるだろうが(そしてその一部はCDに収まって売りに出されているが)、「ゴールデン・リリィ」関係だけは、何も資料はない。

 

 

http://blog.goo.ne.jp/zeekkimura3/e/573ac78cbde71f68b5fbf94c55057a2d

 

 

 

 

☆ 戦争ビジネスの 天皇家の財産は スイス銀行での ヒトラーとの共同名義での預金 そして 日銀地下での 金塊 ・・ など、闇サイドの連携での 秘密でしょうね。

 

 

 

 

自称日本人に捨てられた兵士は タシケントで慰霊されている

  • 2017.11.27 Monday
  • 00:20

 

 

☆ あまりに タブーに生きる 日本人たちは 明治が 英国と そして 朝鮮ヤクザによって 成り立っていることを 見ようとしない。

かれらは NWOであるからこそ 異様に 「愛国日本」と言うのです。


彼らにとって 日本人は ゴイムです。

彼らは ソ連 ロシア 悪魔化の アジェンダを国民に植え付け 領土 「問題」 を 創作したのです。


事実を知り 目が覚めて 人間通しの 信頼と友情が回復することを 願っています。









11.17 タシケントの日本人墓地墓守に旭日単光章 【写真】


ウズベキスタンの首都タシケントにある日本人墓地を40年間にわたって管理してきたミラキル・ファジーロフ氏に対し、日本政府は「旭日単光章」を授与することを発表した。




ウズベキスタンの首都タシケントにある日本人墓地を40年間にわたって管理してきたミラキル・ファジーロフ氏



ファジーロフ氏は、タシケントのヤッカサライ地区にある日本人墓地「ファジーロフ・オタ」で清掃・管理を行ってきた。

 


ここには主に、第二次世界大戦終戦直後にタシケントに移送されてきた日本人捕虜が埋葬されている。


在ウズベキスタン日本大使館によると、75歳のファジーロフ氏は「ウズベキスタンにおける日本人抑留者の歴史保存及び日本人墓地の保全に寄与したこと」により旭日単光章を受章した。


ファジーロフ氏の父親も同じく日本人墓地の墓守として60年間勤務し、その功績を称えカリモフ・ウズベキスタン初代大統領の許可の下、墓地は父親にちなみ「ファジーロフ・オタ」と改名された。
 

 


ロシア国立公文書館に保管されているソ連内務省の文書によれば、1945年に約64万人の旧日本軍軍人がソ連軍の捕虜となった。

捕虜のうち約54万7千人は、1945年から56年までに解放された。


この文書によれば、捕虜となっている間に6万1千人を超える日本人が死亡した。



☆ 日本は明治に 「神の国」として 出発した。

これは ロスチャイルドの計画です。


偽天皇が据えられて 始まった。

これらの 本当の歴史を知らなければ 誤解は解けません。



☆ 外人捕虜の死亡率は ソ連を超えて 日本が 一番多かったのです。

明治になにがあったのか そして 今も続いている  を 書いていきます。


その先にあるのは 国境を越えた 信頼と友情と信じています。


まさに 敵は内にあるのです。



 

気象操作   ヤクートの雪嵐

  • 2017.11.26 Sunday
  • 01:24

 

 

 

 

 

 

この異常な気象は気象操作によるものか?〜

JAXAが関与している可能性は大
 

 

この異常な気象が気象操作によるものではないかということで、興味深い動画を紹介しています。

 

動画の3分40秒辺りに出てくる、操作された風の動きの画像は印象的です。

 

記事によると、現在の日本の風の様子が動画の中に出てくるものとよく似ているのです。

 

 

雲の形がおかしいんだけど、何かやっていない?
転載元) Walk in the Spirit 17/11/18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気象操作とは天候と生物兵器による戦争である、


気象操作は、大気中への異物拡散(ケムトレイル)だけではない、電波塔による強力且つ(健康に)有害なマイクロ波照射により天候が操作されている、

 

 

明らかにおかしい、

おかしい基(?)にあるのが、なぜかJAXAの基地、

 

*増田宇宙通信所にあるレーダー施設、

 

 

 

(衛星の追跡・管制に使用しています)

 

 

 

 

 

11.23  目も開けられない ヤクートのこどもらが下校時に雪嵐に遭遇(でも、これ普通)【動画】

 

 

 

アルゼンチン潜水艦行方不明・爆発音  戦艦大和・きのこ雲

  • 2017.11.25 Saturday
  • 00:14

 

 

 

    

 

 

 

11.24  アルゼンチン海軍、潜水艦不明の海域での爆発を明らかに

 

 

11月15日、アルゼンチン海軍の潜水艦「サンフアン」との交信が途絶えた。

アルゼンチン海軍は、同国の潜水艦「サンフアン」が消息を絶ったことに関係している可能性がある爆発を明らかにした。

 

 

「非核性の異常な、一回性の短く強力な、爆発に一致する現象が起きたという情報が得られた。」

 

 

「サンフアン」は、ウシュアイアからマルデルプラタに向かっていた。艦内には44人が乗っていた。残っている酸素は6日分だった。

 

 

捜索活動には、米軍や英軍も参加している。最後の通信では、故障が報告さ れていた。

 

潜水艦はドイツで建造されたもので、アルゼンチン海軍には1985年に導入された。潜水艦の全長は66メートルで最高速度は25ノット(時速で約46キロ)。

 

 

 

 

 

◎ なんじゃこりゃ!?

 

戦艦大和の最期の写真、爆発の上昇気流が空の雲を貫いてるしかもその上にマッシュルームの傘。

 

     

 

 

http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/06/senkan-yamato-71years_n_9621978.html

 

https://pbs.twimg.com/media/DFu_Ki1VoAEvqRA.jpg

 

 

こんな爆発、火山噴火以外に原爆しかないよね。

 

小出裕章氏の言う通り、今の天皇も権力犯罪・原子力の頂点を継承したのね。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/890516261301440512

 

 

 

この規模の爆発とキノコ雲は原爆以外ありえない。

 

ヤマトが自分で積んでいたということは、原爆は日本製。

 

広島も長崎も「投下」ではなく、地上爆破。

 

裕仁が英国軍人だったのも沖縄を売り渡したのも事実。原爆もでは?

 

https://twitter.com/GeorgeBowWow/status/890529553910595584

 

日本人の御霊は ロシア人によって慰霊される

  • 2017.11.19 Sunday
  • 01:35

 

 

☆ くどいようだが 日本政府は 遺骨収集の懇願も無視した

そして スターリンに 兵士と領土を差し出したのは 日本である。 密使は瀬島隆三。

 

あえて 「神軍」と 国民に教え込んでいった これが 実態である。

 

今も 福島で実験をしている。

いったい なにものが どういう意向で 日本を支配しているかを しるべきだ。

なぜなら 「神軍」と教え込んで 他国を悪魔化することは 国策なのだから。

 

 

 

 

 

 

11.15 「最後の兵士が埋葬されるまで戦争は続く」

 

サハリンとクリルでは日本兵の遺骨捜索活動が続けられている

 

 

サハリン及びクリル諸島のシュムシュ島(占守島)でロシアの捜索隊が発見した日本兵18人の遺骨が、日本の厚生労働省の代表者らに引き渡された。

 

遺骨引渡式は11月15日にサハリン中部スミルヌィフ町で行われた。

 

社会団体「ロシア捜索運動」サハリン支部の責任者アルチョーム・バンドゥーラ氏が、通信社スプートニクのインタビューでその詳細について語った−

 

 

 

「日本兵3人の遺骨は、日本代表団が到着したサハリンのスミルヌィホフスキー地区で今年夏に見つかった。

 

私たちの捜索グループは2016年と2017年に同じく私たちがシュムシュで発見した日本兵15人の遺骨も引き渡す。

 

昨年シュムシュでの活動中に私たちは日本兵12人の遺骨を見つけた。そのほとんどは戦車兵だったと思われる。

 

彼らは破壊された日本の戦車の近くで発見され、戦車兵の軍装品も見つかった。

 

1人の遺骨の近くでは記章と、『フクダ』という名前の判子が見つかった。これは珍しいことで、これをもとに身元を特定し、親族を見つけられるかもしれないため非常に重要な品だ。

 

 

私たちは今年さらに別の判子1本と記章2個、硬貨の入った財布も見つけた。

 

重要な小さな品物や故人の私物を見逃さないために、土の塊すべてが手でふるいにかけられる。これは楽な活動ではないが、日本側への遺骨引渡はこれまでにも行われている。

 

私たちはクリルとサハリンで2014年から捜索活動を行っている。私たち全ロシア捜索運動サハリン支部のメンバーは30人で、年齢も職業も様々だ。

 

全員が同時に捜索活動に出発できるわけではないため、通常は休暇中や休日に小グループで出かける。だが出発する前にアーカイブ資料を綿密に調べ、捜索エリアを狭めるためにどこで軍事行動があったのかを明らかにする。」

 

 

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シュムシュ島には第二次世界大戦が始まるまでに日本の強力な要塞地区がつくられ、その周辺で短期間ではあったものの激しい戦闘が繰り広げられた。

 

このシュムシュ島で1945年8月、第二次世界大戦に終止符が打たれた。バンドゥーラ氏はスプートニクのインタビューで、捜索隊の主な目的について次のように語った−

 

 

 

「文書では、サハリン及びクリルで戦士したすべてのソ連兵は埋葬されたとされている。しかし実際はそうではない。

 

最後の兵士が埋葬されるまで戦争は続く。

 

我々の時代だけでもシュムシュ島でソ連兵110人と日本兵35人の遺体が見つかった。ソ連兵の遺骨はセヴェロ・クリリスクにある軍事記念墓地に埋葬され、日本兵の遺骨は日本領事館に引き渡されている。」

 

 

 

11月18日、遺骨はスミルヌィホフスキー地区のオルロフカ川の岸辺で火葬され、代表団が埋葬のため遺骨を持って21日に日本へ出発する。

 

 

兵士の遺骨を日本側へ引き渡す活動は、政府間協定に基づいて1991年から行われている。これまでに大日本帝国軍の兵士470人以上の遺骨が見つかった。

 

 

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