731隊員らの実名開示   毎日新聞

  • 2018.04.18 Wednesday
  • 00:01

 

 

公文書館:「731部隊」隊員らの実名開示 3607人分 - 毎日新聞

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/985750548451287040

 

 

 

   

 

 

 戦時中に中国人捕虜らへの人体実験を重ね、細菌兵器や毒ガスを開発した旧日本軍の秘密機関「731部隊」の隊員ら3607人の実名が記載された名簿が国立公文書館から開示されたと、

 

西山勝夫滋賀医科大名誉教授が15日までに明らかにした。

 

 

西山氏は

 

「731部隊の隊員ほぼ全員の実名が公文書で示されたのは初めて。関係者のこれまでの証言を裏付ける貴重な証拠で、隠されてきた真実をひもとく大きな一歩になる」としている。

 

 

 開示されたのは731部隊を中心とする「関東軍防疫給水部」の「留守名簿」(1945年1月1日付)で、西山氏が解析したところ、軍医52人、技師49人、看護婦38人、衛生兵1117人などの実名や階級、連絡先が記載されていた。

 

 

 

 西山氏の請求でいったん2016年に開示されたが、「個人の特定につながる」などとして連絡先が黒塗りだったため、さらに開示を求め、ほぼ全てが今年1月31日付で開示されたという。

 

 

 西山氏は有志と名簿を解析中で、今後ホームページで公開し、研究者らによる実態解明や広報に役立ててもらうという。

 

 西山氏らは部隊の軍医の学位論文は人体実験に基づいていた可能性があるとして、学位を授与した京都大(当時は京都帝国大学)に検証を求める署名活動も進めている。【菅沼舞】

 

 

https://mainichi.jp/articles/20180416/k00/00m/040/041000c

 

 

☆ 天皇の了解がなければ進まなかったはずです。 さらに 生物兵器特許の所有者が 開示されなければなりませんね。

 

個人名が開示されることにより 皇族 天皇が 関係ないものとするためなのか などと 皮肉な見方にも 私はなりますが 国として 認める方向 (あまりにも当たり前ですが)になってきたことは まずは 良いことと思います。

 

 

 

 

〇 「731部隊」隊員らの実名公開、中国ネットの「怒りの矛先」は意外な方向にも

 

 

     

 

 

 

中国のネットユーザーからはやはり、731部隊や旧日本軍の行為に対する痛烈な批判が数多く寄せられた。

 

また

 

「今ごろ公開して何の意味があるのか。大部分の関係者は教授になったり引退したりして、すでに安閑とした晩年を過ごしたというのに」

 

「日本は教科書の内容を少しずつ、国民が本当の歴史を理解できないように変えていっている」

 

 

「日中友好はやはり幻想だと思う」といったような意見もあった。 

 

 

一方で「良心のある日本人もやっぱり存在するんだな」など、資料の公開に向けて努力した日本人を評価する声も見られたほか、

 

「歴史を認めることが、東アジアの経済一体化の第一歩だ」など、今後の日本の歴史認識に変化が生じることを期待するようなコメントも見受けられる。 

 

 

さらに「米軍は731部隊のデータを受け取りながら、その懲罰をうやむやにした」

 

「実際に他国に対して化学兵器を使ったのは米国だ」など、米国に対する批判も少なくない。

 

そして「1960−70年代の名簿は発表しないのか」「日本の公文書館はすでに多くの資料を発表しているが、中国ではいつ出すのか」

 

「実際、日本よりも中国のほうがもっと派手に事実を改ざんしている」など、怒りの矛先の一部は、文化大革命期の詳細な被害や資料を公表しない中国政府にも向けられていた。(翻訳・編集/川尻)

 

 

http://www.recordchina.co.jp/b592308-s0-c10-p0.html

 

 

 

 

 

真実を語るには覚悟が必要  キング牧師とベトナム戦争

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 23:34

 

 

​​​ベトナム戦争にマーチン・ルーサー・キング牧師は明確に反対していたが、こうした発言に困惑する人もいた。

 


人種差別に反対する公民権運動の指導者という位置づけからの離脱を受け入れられなかったのだ。

リバーサイド教会でも彼の周囲のそうした雰囲気を口にしている。平和と公民権は両立しないという人もいたという。


ロン・ポール元下院議員によると、

 

当時、​キング牧師の顧問たちは牧師に対してベトナム戦争に焦点を当てないよう懇願していた​という。
 


そうした発言はジョンソン大統領との関係を悪化させると判断したからだが、牧師はそうしたアドバイスを無視したのである。


大統領の意思には関係なく、戦争に反対し、平和を望む人々をアメリカの支配システムは危険視している


例えば、FBIが1950年代にスタートさせた国民監視プロジェクトのCOINTELPRO、CIAが1967年8月に始めたMHケイアスもターゲットはそうした人々だった。

MHケイアスによる監視が開始された1967年はキング牧師がリバーサイド教会でベトナム戦争に反対すると宣言、

 

またマクナマラ国防長官の指示で「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」が作成された年でもある。

 

この報告書の要旨、つまり好戦派にとって都合の悪い部分を削除したものをニューヨーク・タイムズ紙は1971年6月に公表した。いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」である。

 


この報告書を有力メディアへ渡した人物はダニエル・エルズバーグだが、エルズバーグはその後、宣誓供述書の中でキング牧師を暗殺したのは非番、あるいは引退したFBI捜査官で編成されたJ・エドガー・フーバー長官直属のグループだと聞いたことを明らかにしている。

その話をエルズバーグにしたのはブラディ・タイソンなる人物。

アンドリュー・ヤング国連大使の側近で、エルズバーグは国連の軍縮特別総会で親しくなったという。

タイソンは下院暗殺特別委員会に所属していたウォルター・ファウントロイ下院議員から説明を受けたとしているが、ファウントロイ議員はその話を否定している。(William F. Pepper, “The Plot to Kill King,” Skyhorse, 2016)


キング牧師暗殺から2カ月後、次の大統領選挙で最有力候補だったロバート・ケネディ上院議員はカリフォルニア州ロサンゼルスのホテルで殺された。

上院議員を暗殺したのは60センチ以上前を歩いていたサーハン・サーハンだとされているが、検死をしたトーマス・ノグチによると、議員の右耳後方2・5センチ以内の距離から発射された3発の銃弾で殺されたのだという。この結果は現場にいた目撃者の証言とも合致する。

 


サーハン・サーハンが犯人だとするならば、議員の前にいた人物の発射した銃弾が議員の後ろから命中したことになる。
 

 


1991年12月にソ連が消滅した直後からアメリカの有力メディアはユーゴスラビアでの組織的な住民虐殺を宣伝、1999年3月にはNATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃した。この宣伝は嘘だったことが判明している。

 


2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、詳しい調査が行われる前にジョージ・W・ブッシュ政権は

「アル・カイダ」の犯行だと断定、アル・カイダ系武装集団を弾圧していたイラクのサダム・フセインを倒すために同国を先制攻撃している。この時に口実として大量破壊兵器が使われたが、これも嘘だった


2011年にはリビアやシリアで戦争が始まる。

西側は「独裁者」による「民主化運動の弾圧」を阻止すると主張していたが、これも嘘だということが明確になっている。
 

 

アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟とイギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、そしてオスマン帝国の復活を妄想するトルコと天然ガスのパイプラインの建設をシリアに拒否されたカタールなどが侵略の黒幕だった。

 


その間、本格的な軍事侵攻を正当化するためにさまざまな嘘が宣伝されてきたことは本ブログでも繰り返し書いている。

この間、西側で反戦運動は盛り上がっていない。沈黙しているのだ

沈黙を正当化するために侵略勢力が提供した作り話を受け入れている。


事実を見れば西側の政府や有力メディアが主張していることが嘘だということは容易にわかるのだが、

 

嘘だと認めたなら、破壊と殺戮を容認するか、
あるいはそうしたことを行っている支配層を批判しなければならなくなる。


リベラル、あるいは革新勢力を名乗る人々は立場上、破壊と殺戮を認められない。支配層の作り話を受け入れざるをえないのだ。


日本が敗戦した直後、映画監督の伊丹万作はこんなことを書いている:
 

 

戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。


「このことは、戦争中の末端行政の現れ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオの馬鹿々々しさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心に且つ自発的に騙す側に協力していたかを思い出してみれば直ぐに判ることである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月)


より正確に表現するなら、「騙されたふりをしていた」のだろう。


そうしたことをしているうちに、その嘘が事実だと錯覚しはじめたかもしれないが、始まりは「騙されたふり」だったのではないだろうか。

事実を語るには、それなりの覚悟が必要だ。

 

(了)

​​​
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201804060000/



 

 

オウム事件◆VXガスを追跡した島津洋一氏   再掲

  • 2018.04.04 Wednesday
  • 02:35

 

 

 

 

安倍晋三らオウム地下鉄サリン事件の黒幕

 

https://rakusen.exblog.jp/25602575/

 

 

(金正男暗殺?事件で)

最もありえそうな事は、

 

VXと放射性同位体の入手元は、日本の秘密工作部隊(※日本財団、創価学会?)で、

それはオウム地下鉄サリン事件前に行われ、

日本人犠牲者3人を出したオウム真理教によるVX実験(※松本サリン事件は犠牲者は7人。よって土谷正実らによるVX殺人?ただ被害者は3人だが死亡者は1人)で使ったものであろう。

 

 

 

それは、日本がソビエト時代の生産プロセスを利用し、安倍晋三(※当時は父、安倍晋太郎の秘書官)の大量破壊兵器取引と関連したオウム真理教の密輸作戦で得たものです。

 

安倍晋三とその一味は、1980年代後半から1996年3月20日までの東京オウム地下鉄サリン事件の前日まで、ボルヴォグラード(スターリングラード)からの神経ガスの大量の秘密輸送に携わっていた。

 

そこにいて、やった

(※安倍晋三一味はその現場にいて、オウム地下鉄サリン事件をやった?)

 

 

 

私(※著者の島津洋一)は東京で起きたオウム地下鉄サリン事件の調査執行責任者として、横浜化学品製造の倉庫から長野県の松本に向かう曲がりくねった道を、神経ガス生産のための前駆物質を運ぶトラックを追跡した。

 

 

彼らは夜はそれらの樽を別のトラックに移して、スパイ衛星から検知されないようにしていた。

 

中央アルプスには日本政府が資金を提供し、大手企業が運営する秘密の化学プラントがあり、表向きは農薬工場や精製所だが、実は神経ガスを生産していたのだ。

 

 

 なお、その時点で、日本政府は宝島30誌(※宝島30「ぼくらのオウム戦争」)の閉鎖を命じ、編集長も首にして、ジャパンタイムズウィークリーの編集長をオウム真理教の創業者である創価学会のスタッフに移管するよう命じた。

 

 

 

言うまでもなく、クアラルンプールでやっているように、米国のニュースメディアとCIAと韓国の情報機関は、東京のオウム地下鉄サリン事件の真相の隠蔽も図った。

 

 

 

現在、東京オウム地下鉄サリン事件発生の26周年を迎える直前に、有機リン酸神経ガスを使った事件がクアラルンプールで再び起きた。

偶然にも、日本大使館は、福島の放射能放出の健康影響に関連する情報の抑制を含む、マレーシアの首都の諜報活動において積極的な役割を果たしてきた。

 

 

クアラルンプールは、真理、司法、民主主義の擁護者である日本、米国、韓国の新ファシストスパイの三国間協力の拠点の一つです。

 

マレーシア航空機MH370に何が起こったかを思い出してください.MH370は、同じ魔法使いのキャストから消える行為です。

 

 

 

 

 

 

〇 皇軍が中国人・ロシア人・日本人を実験動物に使用した生物兵器・化学兵器・原爆の殺傷実験データを米国が秘密特許化し、

 

未だ日本は、その特許を更新するために様々な事件や事故を装い、人体実験を繰り返している可能性について調べています。

 

もし興味がおありでしたら私のツイートをご参考下さい。  

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/979941315541581825

 

 

オウム事件  .◆璽船礇蝓爾噺討个譴浸

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 00:02

 

 

「アーチャリー」と呼ばれたわたしが、今伝えたいこと 

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54997 … #現代ビジネス

 

https://twitter.com/asaharasanjo/status/979833482909138944

 

 

 

松本 麗華

 

1995年、日本を震撼させた地下鉄サリン事件。

 

オウム真理教という宗教団体が起こした一連の事件に関して、起訴されていた教団幹部らの裁判は、すべて結審した。

 

だがこの間、私たちには何が分かり、どんな事実を知り得たのだろうか。

 

 

当時、教団内で「アーチャリー」と呼ばれていた、教祖・麻原彰晃の三女・松本麗華さんが、いま感じていることを語ってくれた。

 

 

 

真相はどこに?

 

2018年1月18日、高橋克也さんの無期懲役が確定しました。地下鉄サリン事件からおよそ23年。

 

高橋さんの裁判が終わったことで、いわゆるオウム事件の裁判は終結したと言われています。

 

 

地下鉄サリン事件当時、11歳だったわたしも、今はもうだいぶ年を重ねています。確かに長い時が経ちました。

 

でも果たして、オウム事件は解明されたといえるでしょうか。

 

わたしは、ほとんど解明はされなかったと感じています。

 

「オウム裁判」は、重要なパズルのピースが欠けたまま行われ、裁判が終結した今も、肝心のパズルは完成していません。

 

 

地下鉄サリン事件を含め、いわゆるオウム事件の首謀者とされた人がいます。それはオウム真理教の創始者である、麻原彰晃こと松本智津夫。わたしの父です。

 

 

わたし自身は父を愛し、大切に思っています。その大切な父が、13もの事件で逮捕され、裁判にかけられてしまったという事実は、とてもつらいものでした。

 

わたしは事情があって裁判の傍聴に行けず、父には接見禁止がつけられていたため、9年以上接見することができませんでした。

 

一審の裁判が終わり、二審の手続が始まった後、父と接見ができたとき、父はすでに壊れきっていました。精神が崩壊していたのです。

 

 

みなさんにお伝えしておきたいのは、わたしはこの場で、父の無罪を主張したり、釈放を求めたりしたいのではない、ということです。

 

ただ、父にはまだ、自分の知る事実を語る必要があるのではないかと思います。

 

 

オウム真理教という「宗教団体」が起こした数々の事件。父はその教団の教祖であり、「事件の首謀者」とされました。つまり、父はオウム事件の「主役」として責任を追及されたはずでした。

 

その「主役」が、病気で何も語れないという異常な現実。

 

 

しかも、いわゆるオウム事件のキーパーソンといわれている、村井秀夫氏は裁判が始まった時点ですでに亡くなっています。

 

村井氏から「父の指示」を聞いたと証言する人はいますが、それが本当に父の「指示」であったのか、知っているのは父のみです。

 

 

 

    

 

 

 

詐病とされ、未治療のまま放置されている父

 

さて、「主役」であるはずの父の、いわゆる「麻原裁判」では、どのような問題が指摘されてきたのでしょうか。

 

父の一審の弁護団長を務めてくださった渡辺脩先生は、ご著書『麻原を死刑にして、それで済むのか?』

(三五館 2004年3月)の中で、以下のように記されています。

 

 

<一連の「オウム事件」について、麻原被告にオウム真理教教団の『教祖としての責任』があることは弁護団も認めているのである。それは教祖としての地位と宗教活動から生まれる当然の責任である。

 

 

しかし麻原被告は一連の「オウム事件」の実行を指示したという「刑法上の『共謀』の責任(評議責任)」を問われて、逮捕・勾留され、起訴されている。その謀議責任の成立には、

 

いつ、どこで、誰に対して、どうしたか、という具体的な証拠が必要であり、

 

そういう証拠があるかないかを調べるのが公判の審理になる。そしてその証明に疑問が残れば、無罪にしなければならないのが刑事裁判である。

 

 

この「刑法上の謀議責任」は教祖の地位にあったというだけでは成り立たない。それなのに、麻原被告が教祖であったというだけで「刑法上の謀議責任」も当然あったように混同しているのが世間一般の風潮ではないのだろうか。

 

麻原弁護団は、そういう社会的風潮は間違っている、ということを言い続けてきた。

 

 

父は実際に事件に関わったのか、関わったとしたらどの程度まで関わったのか。本当に事件の「首謀者」だったのか。父が何を知り、何を知らなかったのか。当然に、父にしか知らない事実があり、父にしか語れないことがあります。

 

 

しかし、肝心の父は病気になってしまい、裁判で語ることはできませんでした。

 

 

逮捕されて半年ほど経ったころから、父が拘禁症状を呈しているという報道が出始めました。拘禁症状とは、うつ状態、幻覚や幻聴、外から与えられる刺激に反応ができなくなる「昏迷」状態など、自由を奪われた人に起こる、様々な症状です。

 

 

しかし、父の病気は「詐病」とされ、治療が試みられることもなく、その身体だけが形式的に裁判所の被告人席に置かれ、裁判が続けられました。

 

 

父の初公判が開かれたのは、1996年4月24日のことでした。

 

それからおよそ6カ月後の10月18日、父は「頭蓋が破裂する危機感」を弁護人に訴え、井上嘉浩証人に対しては「精神病だと思われるかもしれないので、飛んで見せてくれ」などと発言したため、この日の裁判は早めに切り上げられました。

 

 

 

東京拘置所の記録によると、父にはこの頃から大声を発するなどの状態が見られ、「保護房」に入れられることが多くなりました。保護房では、革手錠をつけたまま食事や排泄をさせられ、寝るときもそのままだといいます。

 

 

この革手錠については、2001年、名古屋の刑務所で、受刑者の方が亡くなる事件が発生し、大きく報道されましたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

この保護房の中で、父は壁に寄りかかりぶつぶつと独り言を言ったり、耳に金属片が入っていると訴えたりしていたとされています。拘置所の記録からみても「正常」とはいえません。

 

 

当時の父に必要だったのは、本当に「保護房に入れること」だったのか。わたしは、適切な精神科的治療を施すことではなかったのかと思っています。

 

 

 

審理する前から期限を切った裁判所

 

では、実際に裁判所は、父にどう対処したのでしょうか。

 

父は法廷で、日本語として意味が通らない発言をしていましたが、やがて何も語れなくなっていきました。

 

排泄をコントロールする力を失い、オムツをつけられ法廷に連れて来られるようになりました。

 

 

端から見ても、明らかに病状は悪化していったようです。裁判官が気づかなかったわけはありません。

 

 

父の裁判で、初公判から2002年まで裁判長を担当したのは、阿部文洋氏です。父の主任弁護人を務められた安田好弘先生は、ご著書『生きるという権利』の中で、国選弁護人がそろう前の段階で、阿部氏が、

 

「この事件は世界に注目されている事件である。できるだけ速やかに裁判を終えたい。裁判所としては、5年以内に判決を出したいと考えているので協力をお願いしたい」と言ったことを指摘されています。

 

 

また、まだすべての事件が起訴されておらず、取調中の事件もあった段階で、2ヵ月以内に第1回公判を開くことを要求したりするなど、刻限を切って訴訟を進めようとする阿部氏の様子について記されています。

 

 

本来、裁判所は公平・中立な機関であり、弁護人が闘う相手は検察であるにもかかわらず、

父の弁護人は検察だけではなく裁判所との闘いも強いられたのです。

 

 

阿部文洋氏は、「裁判官が見抜いた正気」(『文藝春秋』2015年1月号)という記事の中で、父の裁判について語っています。1997年4月、父は英語で不規則発言をしました。そのことについて阿部氏は、

 

 

<翌日の新聞では、事件のご遺族の方から英語で喋らせたことを批判されました。ただ、私は、検察官も弁護人も、そして全国民も、彼がどんな手段を使うにせよ、何を話すか聞きたいはずだと思ったのです>

 

と説明しています。裁判から17年9ヵ月経ってなお、こうした説明をしないといけないほどに、社会からの批判を意識していたのでしょう。

 

 

 

しかし、今から考えると、このときすでに、父は適切にしゃべる能力を失っていました。

 

英語で話をしたのは、決してふざけていた訳ではなく、拘禁症状だったのだとわかります。

 

その後父の症状は重くなっていき、裁判所は、父が指示に従わないとして幾度も退廷を命じ、被告人不在のままでも裁判が続行されました。

 

 

 

 

オウム裁判に「公正さ」は不要?

 

阿部氏はまた、

 

<こうした奇異な言動から、『麻原には訴訟能力がない』と巷間言われましたが、私にはそうは思えませんでした。法廷で彼に向き合う中、そうした言動のなかに、訴訟能力を垣間みさせることがあったからです。

 

たとえば、弁護人が反対尋問にもかかわらず論点をずらした尋問をすると、彼は『わしには時間がないのだ』と、ポイントをついた尋問を行えという趣旨の発言をするのです>

 

とも語っています。

 

 

当時、父は、死刑を逃れるために病を装う卑劣な人間として報道されていました。

 

 

意味不明の発言を行う父に退廷を命じる裁判官の行為も、父が本当の病気ではなく、「詐病」であるという前提に立っています。

 

 

そうであるなら、なぜ裁判官は、「わしには時間がないのだ」という言葉から、「ポイントをついた尋問を行え」という趣旨を読み取ったのでしょうか。

 

 

そのような発言をした人物が、忙しい社会人ならわかります。

 

しかし、前提は父が「病を装ってまで、死刑を逃れようとしている」ということだったのではないでしょうか。

 

詐病ならば「時間がない」どころか、裁判にできるだけ時間をかけてくれることを、望んでいるのが道理です。

 

しかし、こうした矛盾には、この時代の世間の「空気」の中で、焦点があてられることはありませんでした。

 

 

いわゆるオウム関連の報道は過熱し続け、わたし自身も、名前も顔も知らなかった女優の安達祐実さんを「気に入らないから殺せ」と指示したと報道されたり(フジテレビ1995年6月13日)、

 

わたしが人を水死させるよう指示したという内容の「疑った女性も変死 オウム『アーチャリー』と謎の水死事件」(『週刊現代』2000年5月27日号)といった記事を書かれたりしました。事実とは関係がない世界になっていたのです。

 

 

とにかく、オウム関係者の「悪事を暴いた」とバッシングすれば視聴率が取れ、雑誌が売れるという時代だったのだと思います。報道と同じく、社会もまた、過熱していました。

 

 

 

    

 

 

 

そのバッシングは、弁護士にも向けられました。

 

 

一審における父の弁護人は国選でした。

 

国から選任された弁護人であったにもかかわらず、弁護人の先生方は社会から批判され、「家族に危害を加える」といった脅迫を受け、嫌がらせをされることもあったといいます。

 

 

いまから考えてみれば、裁判官の阿部氏もまた、適正な手続きにのっとり、父への医学的な治療を検討したり、公平・公正の原則を厳格に守って裁判を行おうとしていたら、社会からバッシングされ、嫌がらせや脅迫を受けたのかもしれません。

 

阿部氏は、いえ、当時の司法全体が、マスコミや社会の批判を恐れていたのではないかと、わたしは思っています。

 

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54997

 

 

 

特許を更新するための 偽事故 事件

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 00:01

 

 

(松本麗華さんへ)

 

 

皇軍が中国人・ロシア人・日本人を実験動物に使用した生物兵器・化学兵器・原爆の殺傷実験データを米国が秘密特許化し、

 

未だ日本は、その特許を更新するために様々な事件や事故を装い、人体実験を繰り返している可能性について調べています。


もし興味がおありでしたら私のツイートをご参考下さい。 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/979941315541581825

 

 

森友問題の本質は

  • 2018.03.28 Wednesday
  • 00:14

 

 

◎ どひゃー、籠池さんも隠す森友問題の本質は天皇の犯罪隠しだった!

 

ヒ素などの生物化学兵器廃棄埋設場所!

 

豊洲市場移転問題と同じ!

 

森永の社長が絶対売らないと言う森永ヒ素ミルク事件の工場跡地も?

 

 

    

 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/977350600026288128 …

財務省資料の改ざん問題でなく、天皇命令の旧日本軍 #毒ガス弾 不法廃棄問題

 

https://twitter.com/JunjiHattori/status/978370280367128577

 

 

 

 

 

◎ 森友学園 の土地から ヒ素 化合物が検出されていますが、旧日本軍の 毒ガス弾 もヒ素化合物だって知ってた

 


茨城県の井戸水からヒ素が検出されて調べたら、ヒ素化合物のジフェニルアルシン酸という旧日本軍の毒ガス弾

 

しかも大阪では大量のジフェニルアルシン酸が行方不明

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/977350600026288128

 

 

 

 

 

◎ 【最大のタブー?】

 

森友学園「ヒ素と鉛で汚染された土地の上に小学校」

「安価で国有地を売却しなければならない何かしらの事情」

 

 

    

 


http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/27351

 

 

 

 

☆ もし 天皇に無関係であるなら

 

ヒ素のことは マスコミで取り上げたでしょうね。

 

 

電通の上には もちろん 明治からの 天皇家

 

そして 天皇家が なりたたなくなったなら 繋がる すべての 「同和利権」は なりたたない、

 

そういった 関係ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

森友疑惑の本当の犯人   ヒ素  天皇

  • 2018.03.26 Monday
  • 00:10

 

 

◎ 籠池泰典 と籠池諄子 を釈放したら、

 

豊中市野田町1501(森友学園)に旧日本軍製の毒ガス弾のヒ素化合物200Lドラム缶12本と原料159本をコンクリート詰めにして埋めさせたのが誰なのか、バレちゃうのかな

 

第1次  安倍 内閣の時かな?

 

旧日本軍の陸海軍統帥者は天皇なのよね。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/977037187622432768

 

 

 

 

 

 

◎ スクープ☠️森友学園のゴミでは

 

大阪府内倉庫の旧日本軍製毒ガス弾のヒ素化合物200Lドラム缶12本と原料159本が行方不明

 

平成7年姫路市にそれを兵庫に運搬してコンクリート詰めしたいという企業の記録があるが環境省毒ガス弾リストに記載なし

 

   

 

https://pbs.twimg.com/media/DY8eSMlVMAAR5jh.jpg

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/977037187622432768

 

 

 

 

 

 

◎ 森友学園 財務省資料の改ざん問題ではなく、天皇命令の、旧日本軍毒ガス弾 不法廃棄問題かも

 

 

大阪府内で発見された大量の毒ガス弾をコンクリート詰めにする予定があったにもかかわらず、行方不明なのだから、

 

大阪府内の国有地(森友学園)に埋まってたコンクリート塊とヒ素化合物を疑うのが自然

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/977360780961005568

 

 

 

東京の下町で庶民が10万人焼き殺されて73年

  • 2018.03.23 Friday
  • 23:31

 

 

今から73年前の3月9日から10日にかけて東京の下町、深川、城東、浅草などがアメリカ軍の投下した焼夷弾で火の海になり、7万5000人から20万人の非戦闘員が殺された。

 

焼夷弾とは一種のクラスター爆弾で、中には38個の小爆弾が収納されていた。

 

上空約610メートルで子爆弾はバラバラに飛び散り、建造物や地面に到達すると数秒後、焼夷剤のゲル化ガソリンが燃え上がる仕組み。

 

 

 日本の軍や警察による政策が被害を拡大させた要因のひとつではあるだろうが、アメリカ側の作戦や戦略を徹底的に検証することも重要だ。たとえ、それが不都合な真実であったとしても。

 

 

 この時の爆撃は典型的だが、ターゲットは軍事工場でなく一般市民。

 

 

先住民を殲滅したように、日本の市民を皆殺しにしようとした作戦であり、都市部の爆撃は「無差別」でなく「計画的」だったとする人もいる。

 

 

 この作戦を指揮したアメリカ空軍のカーチス・ルメイは広島と長崎に対する原爆投下、あるいは朝鮮戦争における空爆の責任者でもある。

 

 

1950年6月に勃発した朝鮮戦争でルメイは朝鮮半島北部の78都市と数千の村を破壊、多くの市民を殺している。

 

 

ルメイ自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。勿論、カーチス・ルメイが独断で行った大量殺戮ではないだろう。彼の周辺には仲間がいる。

 

 

 ルメイは1948年からSAC(戦略空軍総司令部)の司令官に就任、

朝鮮戦争が休戦になった翌年の54年にはソ連を核攻撃する作戦を立てている。

 

 

それによると、600から750発の核爆弾をソ連へ投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すことになっていた。

 

 

 ​SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書​によると、ソ連、中国、東ヨーロッパの最重要目標には水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下するとされている。

 

軍事目標を核兵器で攻撃しても周辺に住む多くの人びとが犠牲になるわけだが、市民の大量虐殺自体も目的だ。この当時もSAC官はルメイ。

 

 

 この計画で攻撃目標とされた都市はモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市だけでなく、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、中国の北京が含まれていた。

 

 

 日本列島が中国に対する攻撃の拠点として想定されていたことは確かだろう。

 

 

1953年4月に沖縄では布令109号「土地収用令」が公布/施行され、基地化が強引に進められた。

 

土地の強制接収は暴力的なもので、「銃剣とブルドーザー」で行われたと表現されている。

 

 

 沖縄の基地化が進められていた1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーは後に統合参謀本部議長に就任、ルメイと同じようにキューバへの軍事侵攻、ソ連への核攻撃を目論んでいる。

 

 

つまりルメイとレムニッツァーは仲間。

 

第2次世界大戦の終盤、アレン・ダレスはフランクリン・ルーズベルト大統領の意向を無視してナチスの高官を保護する「サンライズ作戦」を実行したが、レムニッツァーもその作戦に参加していた。

 

 

 レムニッツァーとダレスを引き合わせたのはイギリスの軍人。

 

 

連合軍大本営最高司令官だったイギリス人のハロルド・アレグザンダー伯爵だ。

 

レムニッツァーはイギリスの貴族に憧れを持っていた人物で、シチリア島上陸作戦の際に知り合い、アレグザンダーから目をかけられることになった。

 

 

 この人脈が影響したのか、1960年10月にレムニッツァーは統合参謀本部議長へ就任、CIA長官になっていたアレン・ダレスとキューバへの軍事侵攻を目論む。

 

その背後にはソ連や中国に対する先制核攻撃計画があった。この攻撃計画にはダレス、レムニッツァー、ルメイも参加している。

 

 

 レムニッツァーとルメイはジョン・F・ケネディ大統領と激しく対立した。

ケネディ大統領がソ連に対する先制核攻撃に反対、戦争の準備だったキューバ侵攻作戦ではアメリカ軍の直接的な介入を阻止する。

 

 

 キューバ軍を装って「テロ」を繰り返し、キューバに軍事侵攻するという「ノースウッズ作戦」をレムニッツァーは1962年3月に国防長官のオフィスで説明するが、ロバート・マクナマラ長官は拒否する。(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002)

 

ケネディ大統領はその年の10月、レムニッツァー議長の再任を拒否した。そのレムニッツァーへ欧州連合軍最高司令官にならないかと声をかけてきたのがハロルド・アレグザンダーだ。

 

 

 再任拒否の直前、1962年8月にアメリカの偵察機U2がキューバで対空ミサイルの発射施設を発見、10月にはアメリカ軍がキューバを海上封鎖する自体になっていた。いわゆるキューバ危機だが、これを外交的に解決したケネディ大統領に好戦派は反発、ダニエル・エルズバーグによると、その後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015)

 

 

 

 本ブログでは何度も書いてきたが、レムニッツァーやルメイのような好戦派は1963年の後半がソ連を核攻撃するチャンスだと考えていた。先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始められると考えていたのだ。

 

 

 ところが、1963年6月にケネディ大統領はアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える。

 

ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月のことだ。

 

その翌年、日本政府はルメイに対し、「勲一等旭日大綬章」を授与した。

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803230000/

 

 

 

☆ 櫻井ジャーナルさんを読んでいて 単純な答えになりました。

 

とても単純で 基本的なこと、それは、NWOというのが 人間の人口削減をしているということ。

 

そして、ルメイの仲間が日本にいるのなら、共同で それを なしただろう。

 

 

イルミと言われる NWO組織では そうしなければならない。

 

だからこそ 天皇家が NWOになったという明治維新を知れば すべては 簡単に分かる。

 

まぁ この歴史は 圧力で 消されるでしょうが。

 

 

 

 

◎ 昭和天皇は英国の陸軍元帥だったと官報の記事。日本国民を焼き殺したのは昭和天皇ですか? 

 

http://www.asyura2.com/13/warb12/msg/506.html

 

 

しかしなぜ米軍は、UN軍の敵国の国家元首の居城「皇居」を標的にしなかったのか?

戦争は、国家元首の居城を攻め落として元首を確保すれば、終わるのだ。

 

☆ すべての惨事は 米対日 ではなく NWO仲間 対 一般庶民 ということですね。

 

あたかも 国 対 国と見せながら。

 

 

 

 

 

 

 

森友とヒ素

  • 2018.03.23 Friday
  • 01:25

 

◎ 見てよこれ

森友学園は国交省大阪航空局の国有地なのにヒ素検出

 

https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/kankyoseisaku/hozen_kougai/kankyouhozen/a.files/H26_kankyouhozen_5.pdf

 

土壌汚染

表5−1 平成25年度の要措置区域等の指定一覧

豊中市

 

 

旧日本軍の毒ガス化学兵器のヒ素化合物ジフェニルアルシン酸が埋まっていた可能性大

 

旧日本軍の毒ガス化学兵器のヒ素化合物ジフェニルアルシン酸が埋まっていた可能性大

 

http://www.env.go.jp/chemi/gas_inform/

 

国内における旧軍毒ガス弾等に関する取組について

 

 国内における旧軍毒ガス弾等に関する取組については、「茨城県神栖町における有機ヒ素化合物汚染等への緊急対応策について」(平成15年6月6日閣議了解) [PDF 19KB]、「国内における毒ガス弾等に関する今後の対応方針について」(平成15年12月16日閣議決定) [PDF 20KB]に基づき、内閣官房の指示の下、政府全体が一体となって、関係地方公共団体や国民の協力を得ながら、被害の未然防止のための施策を実施しているところです。

 

 環境省では、上記の閣議了解に基づき、昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」フォローアップ調査を行い、その結果を平成15年11月28日に公表しました。

また、上記の閣議決定に基づき、関係省庁との一定の役割分担の下、旧軍毒ガス弾等による被害の未然防止のための所要の環境調査等を実施するとともに、毒ガス情報センターを設置して継続的な情報の受付・分析や広報等を実施しているところです。

 

 

なのに毒ガス弾埋蔵リストに届け出無し

http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-02/4-5_kobetsu.html

 

4.5 個別事案(各地域ごとの毒ガス弾等に関する状況)

 

 

天皇命令の隠蔽工作のようね

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/976682530504978432

 

 

東京大空襲と朝鮮人連行

  • 2018.03.22 Thursday
  • 00:37

 

 

◎ 東京大空襲と朝鮮人連行

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/ff2095d2611d156effb9326530fbcd05

 

 

 「3・11」と「3・10」が1日違いというのは、あまりに悲しい歴史の偶然です。

 

いまでは「3・10」を知る人の方が少ないかもしれませんが、どちらも決して忘れてはならない日です。

 

 

 1945年3月10日未明、米軍B29・130機によって無数の焼夷弾が投下され、東京(特に墨田区、江東区など)は火の海となりました。死者は推定10万人以上。東京大空襲です。

 

 

 その全容・被害実態は、73年たった今日でも不明な点が多い(というより日本政府が調査してこなかった)のですが、中でも見過ごされているのが、この空襲によって多くの朝鮮人が犠牲になったことです。

 

 東京大空襲で死亡した朝鮮人は「1万人余」といわれています。「10万人余」の実に10%です。

 

 

 当時の特高警察の資料(「内地在住朝鮮人戦災者」1945・9・25)によれば、東京在住朝鮮人9万7632人中、戦災者は4万1300人(42・3%)で、「死者はこのうちの多数、少なくとも1万人を軽く超えるとみられる」(李一満・東京朝鮮人強制連行真相調査団事務局長、「季刊・戦争責任研究」2006年秋季号)。

 

 

 東京大空襲についての記録・書物は少なくありませんが、実数でも割合でもこれほど甚大な朝鮮人犠牲者について記されたもの(日本人による記録)はほとんどありません。

 

そんな中で、早乙女勝元氏の『東京大空襲』(岩波新書1971年初版)には次のような記述があります。

 

 

 「この夜、日本人のみならず、多くの朝鮮人が下町庶民とともに貴重な生命を奪われた。…

 

当時の軍需産業には、相当数の朝鮮人が動員されており、豊洲の石川島造船所には数千をこえる朝鮮人徴用工が働いていた。

 

その上さらに、祖国から無理じいに引っぱってこられた十五歳前後の青少年二百数十名が、同造船所洲崎寮へたどりついたのが、三月九日夜七時のこと。

 

 

かれらが形ばかりの夕食をすませ、はじめて他国で眠りについた夜は、死の夜だった。

 

生き残った者はわずか四名にすぎなかったという。しかも、その四名とも、二目と見られぬ大火傷を顔に残した。なんと悲惨なことだろうか。

 

二百数十名の朝鮮青少年が、地理もわからぬ場所を逃げまどい、ほとんど全員があっけなく焼死」

 

 

 なぜ朝鮮人の犠牲者が多かったか。早乙女氏も指摘しているように、多くが軍需産業に動員されていたからです。

 

 

 「米軍は軍関連企業・軍需工場を集中的に狙った。…

 

連行された朝鮮人が主に軍需工場で働かされ、渡日した朝鮮人も下町で部落を形成していたことを考慮すれば、大空襲での朝鮮人被害は日本人より高率と見るのが妥当であろう」(李一満氏、前出)

 

 

 「東京大空襲で犠牲になった朝鮮人は、日本による植民地支配と強制連行の被害者たちである」(李氏、同)

 

 

 私たちはこの言葉を肝に銘じる必要があります。

 

日本が朝鮮を侵略・植民地支配しなければ、死なずにすんだ人たちです。

 

東京大空襲に限らず、各地の空襲、あるいは戦地で犠牲になった多くの朝鮮人は、戦争自体の犠牲者であるとともに、日本の侵略・植民地支配の被害者なのです。

 

 

 「半世紀が優に超え、名前と本籍地はもとより遺骨すらほとんど残っていない現状はまことに厳しい。

 

しかし遺族たちは今尚、肉親の行方・消息を捜しており、遺骨の欠片でも還して欲しいと願っている。

 

死者(遺骨)と遺族に思いを馳せるべきである。日本政府の、関係企業の責任は実に重い」(前出)。こう強調していた李一満さんは、今年1月亡くなられました。

 

 

 今月3日、「東京大空襲73周年朝鮮人犠牲者追悼会」が東京都墨田区の東京都慰霊堂で行われました。

 

 

 会では「強制連行被害者に対し徹底的に謝罪・賠償し、全ての遺骨を探し出し、遺族の意志にそった解決を図るための措置」を要求。

 

朝鮮総連中央会館への銃撃事件や強まるヘイトスピーチにも触れ、

 

「日本政府は差別や嫌悪を助長するような態度をやめ、植民地と戦争犠牲者に対する追悼と歴史教育に取り組んでいくべきだ」などの発言がありました(7日付朝鮮新報)。

 

 

 10歳で東京大空襲に遭った体験を語った李沂碩さん(千葉県在住)は、最後にこう述べました。

 

 

 「朝鮮人と、日本の人々と、悲しみも、怒りも、真の平和への決意も、共に分かち合いたい」

 

 私たち日本人はこの声に応えねばなりません。

 

 

☆ 東京大空襲自体が はたして 米からの攻撃でしょうか?

 

「カーチスルメイ」に 日本は 勲章を与えています。

 

 

〇 無差別大量虐殺だった東京大空襲を指揮した

カーチス・ルメイ少将に勲章を授与したのは天皇である!?

 

 

    

 

https://ameblo.jp/64152966/entry-12059401471.html

 

 

 

☆ 天皇の意思ではなく だれかがかってにやったことと されるでしょうが ・・・

 

でも これ 原爆に似ています  皇居は 無事だったこと。

 

そして 原爆は 米国の奇襲ではなかったことと なにか 連携します。

 

日本政府が この事件を 調べようとしなかった ・・・ 怪しいですね。

 

 

朝鮮人を苛め抜く日本 という構図に なじめないことがある それは 日本を不法支配しているのが 朝鮮人ということです。

 

部落にいた朝鮮人を 自称日本人の 部落の権力者が 虐待の限りをつくし それが 日本がやったこと ということになる。

 

 

ここのところが 公になり 日本人 朝鮮の人々 韓国の人々が 公然と知ることが なにより望まれます。

 

 

 

 

 

 

戦争への口実

  • 2018.03.22 Thursday
  • 00:35

 

 

化学兵器使用を口実にして熱戦に突入するのか、神経薬物による攻撃を口実にして冷戦に入るのか

 

 

生物化学兵器の使用がアメリカ軍の直接的な軍事介入のレッドラインだとバラク・オバマが大統領として発言したのは2012年8月のことだった。​

 

 

シリア政府軍と戦っている戦闘集団の中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラ)だとDIAがホワイトハウスへ報告​したのと同じ月だ。

 


2001年9月11日以来、アメリカ政府は「アル・カイダ」をテロリストの象徴として描き、そのテロリストを殲滅するという口実で他国を侵略している。

 

ところがシリアでは、そのテロリストを守るためにアメリカはシリアへ軍事介入するというわけだ。

 

 

シリアより1カ月早い2011年2月に侵略戦争が始まったリビアでは、その年の10月にNATOとアル・カイダ系武装集団のLIFGの連合軍がムアンマル・アル・カダフィの体制を破壊、カダフィ自身を惨殺している。

 

 

その直後から戦闘員と武器/兵器を侵略勢力はシリアへ集中させ、リビアと同じようにバシャール・アル・アサド政権をオバマ政権は倒そうとしたわけだ。その口実が生物化学兵器

 


2012年5月にホムスで住民が虐殺されると西側はシリア政府に責任があると宣伝するが、すぐに嘘だと発覚する。

 

 

例えば、現地を調査した東方カトリックの修道院長は反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、

 

 

「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」と語っている。

 


政府軍による住民虐殺という筋書きで軍事介入を正当化しようとしてアメリカは失敗、化学兵器の話に切り替えたわけだ。

 

イラクを先制攻撃する前の大量破壊兵器話と同じだ。

 


2012年12月になるとヒラリー・クリントン国務長官はアサド大統領が化学兵器を使う可能性があると発言、

 

13年1月29日付けのデイリー・メール紙は、

 

シリアで化学兵器を使ってアサド政権に責任をなすりつけて軍事行動へ向かうという作戦をオバマ大統領は許可したと伝えている。(すぐに記事はサイトから削除された。)

 


実際、2013年3月19日にアレッポの近くで化学兵器が使われるが、その5日後にイスラエルのハーレツ紙は化学兵器を使ったのは政府軍ではなく反政府軍だった可能性が高いと報道、

 

5月になると攻撃を調べていた国連の独立調査委員会のメンバー、カーラ・デル・ポンテも政府軍でなく反政府軍が使用した可能性が高いと発言する。

 


8月21日にはダマスカスに近いグータで再び化学兵器が使用され、アメリカをはじめとする西側の政府や有力メディアはシリア政府に責任をなすりつける宣伝を展開、

 

23日にアメリカのネットワーク局CBSのチャーリー・ケイは、アメリカ海軍の司令官はシリアを巡航ミサイルで攻撃するため、艦船に対してシリアへ近づくように命じたとツイッターに書き込んだ。

 

 


8月29日にはサウジアラビアが化学兵器を反政府軍に提供したと報道されているのだが、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射されるが、途中、海中へ墜落してしまった。

 

その直後にイスラエル国防省はアメリカと合同でミサイル発射実験を実施したと発表したが、事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告はなく、シリアに向かって発射された可能性が高い。何らかの電子戦用兵器が使われたと推測する人もいる。

 


早い段階からロシアは侵略軍が化学兵器を使ったと主張していたが、

 

​調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの記事​、あるいは​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授の分析​でもシリア政府軍が化学兵器を使ったという主張は否定されている

 

 

そのほかにも同じ趣旨の報告が相次いだ。

 

こうした展開をアメリカ側は予想、そうした反論が出てくる前に攻撃したのだろうが、失敗したということだろう。

 


アメリカは別のストーリーを考える余裕がないのか、その後も同じシナリオで直接的な軍事介入を目論んできた。

 

そして今年3月1日、ウラジミル・プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言する。

 

 

地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。

 


イスラエルやサウジアラビアとの関係もあり、アメリカが侵略を中止する可能性は小さい。

 

 

ロシアとの直接的な軍事衝突を覚悟の上でシリアやイランを攻撃するのか、冷戦の再現を目指すのだろう。

 

 

ウクライナでドンバスに対する本格的な軍事攻撃を開始する可能性もあるが、そのケースでもロシアとの直接的な軍事衝突だ。

 


かつての冷戦はソ連に対する先制核攻撃が困難になったことから生じた現象だった。

 

今回もロシアに圧勝できないことを理解すれば、冷戦に持ち込もうとする勢力が出てくるかもしれない。

 


プーチン演説の3日後、イギリスで神経薬物の騒動が引き起こされた。

 

元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見され、神経薬物(サリン、またはVXだとされている)が原因だとされている。

 

 

テレサ・メイ英首相はロシア政府が実行したかのように発言しているが、証拠は示されていない。

 

 

イギリス政府がロシアとの関係を悪化させようとしていることは明白であり、EUを巻き込もうともしている。

 

イギリスの化学戦部隊はロシアがそうした薬物を使った証拠を見つけていない。​

 

 

イギリス政府は担当者に圧力​をかけて証拠を捏造させるか、何も示さずに「我々を信じろ」と言い続けるしかない。

 

 

ロシア側は証拠を示すか、謝罪しろと要求している。

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803210000/

 

 

オウム事件は明治政府による人体実験か?  口封じで死刑執行?

  • 2018.03.16 Friday
  • 04:01

 

(再掲したものの一部)

 

 

安〇〇三らオウム地下鉄サリン事件の黒幕が金正男暗殺?

 

北朝鮮悪魔化キャンペーン:CIA-KCIAエージェントの安〇〇三ら日本財団、創価学会の犯行?

 

 

 

どひゃー、またまた、元ジャパンタイムズ編集長の島津洋一氏が驚愕の記事を第4メディアに掲載していた!

 

   

 

 

 

最もありえそうな事は、VXと放射性同位体の入手元は、日本の秘密工作部隊(※日本財団、創価学会?)で、

それはオウム地下鉄サリン事件前に行われ、

日本人犠牲者3人を出したオウム真理教によるVX実験(※松本サリン事件は犠牲者は7人。よって土谷正実らによるVX殺人?ただ被害者は3人だが死亡者は1人)で使ったものであろう。

 

https://rakusen.exblog.jp/iv/detail/?s=25602575&i=201708%2F15%2F00%2Fe0069900_05460154.png

 

 

   

 

 

 

それは、日本がソビエト時代の生産プロセスを利用し、安〇〇三(※当時は父、安〇〇太郎の秘書官)の大量破壊兵器取引と関連したオウム真理教の密輸作戦で得たものです。

 

 

安〇〇三とその一味は、1980年代後半から1996年3月20日までの東京オウム地下鉄サリン事件の前日まで、ボルヴォグラード(スターリングラード)からの神経ガスの大量の秘密輸送に携わっていた。

 

 

そこにいて、やった

(※一味はその現場にいて、オウム地下鉄サリン事件をやった?)

 

 

 

私(※著者の島津洋一)は東京で起きたオウム地下鉄サリン事件の調査執行責任者として、

横浜化学品製造の倉庫から長野県の松本に向かう曲がりくねった道を、

神経ガス生産のための前駆物質を運ぶトラックを追跡した。

 

彼らは夜はそれらの樽を別のトラックに移して、スパイ衛星から検知されないようにしていた。

 

中央アルプスには日本政府が資金を提供し、大手企業が運営する秘密の化学プラントがあり、表向きは農薬工場や精製所だが、実は神経ガスを生産していたのだ。

 

 

 

 なお、その時点で、日本政府は宝島30誌(※宝島30「ぼくらのオウム戦争」)の閉鎖を命じ、編集長も首にして、

ジャパンタイムズウィークリーの編集長をオウム真理教の創業者である創価学会のスタッフに移管するよう命じた。

 

 

言うまでもなく、クアラルンプールでやっているように、

米国のニュースメディアとCIAと韓国の情報機関は、東京のオウム地下鉄サリン事件の真相の隠蔽も図った。

 

 

 

東京オウム地下鉄サリン事件発生の26周年を迎える直前に、有機リン酸神経ガスを使った事件がクアラルンプールで再び起きた。

 

偶然にも、日本大使館は、福島の放射能放出の健康影響に関連する情報の抑制を含む、マレーシアの首都の諜報活動において積極的な役割を果たしてきた。

 

クアラルンプールは、真理、司法、民主主義の擁護者である日本、米国、韓国の新ファシストスパイの三国間協力の拠点の一つです。

 

 

マレーシア航空機MH370に何が起こったかを思い出してください.MH370は、同じ魔法使いのキャストから消える行為です。

 

 

https://rakusen.exblog.jp/25602575/

 

 

ウクライナクーデターの証言◆ .好淵ぅ僉爾燭舛両攜生開

  • 2018.02.18 Sunday
  • 00:25

 

 

ウクライナクーデターは明治維新と同じだが、維新の犯人たちは 真相を究明するはずはありませんね 

ポロシェンコ軍団と同じことです。 






2.15 ウクライナが恐れるもの スプートニク、2014年にマイダンで狙撃したスナイパーたちの証言を公開

グルジアのスナイパーらは、ウクライナの裁判で証言する用意がある。

通信スプートニクは、2014年にウクライナの首都キエフのマイダン(独立広場)で起こった出来事に参加したグルジア人スナイパーだというコバ・ネルガゼ氏とアレクサンドル・レヴァジシビリ氏の正式な尋問調書を入手した。


興味深いのは、スプートニクが同件の調査を公開すると発表した直後に、

グルジアのミハイル・サーカシビリ前大統領がウクライナから国外退去させられたことだ。

 

同氏は翌日、スナイパーの事件に関して法廷で陳述することになっていた。


ネルガゼ氏とレヴァジシビリ氏は自分自身について、またグルジアでの生活について詳細に語った。

両氏はかつてサーカシビリ氏の積極的な支持者だった。


2人はサーカシビリ氏の軍事顧問で現在はウクライナ南部・東部ドンバスでウクライナ政府側で戦う部隊「グルジア軍団」の指揮官マムキ・マムラシビリ氏の命令でウクライナに到着した。


グルジアのスナイパー・グループは、マイダンへの出張に対して1万ドルを受け取り、マイダンから戻った後にはさらに5万ドルを支払うと約束された。


スナイパーらの証言から、元米軍兵士が彼らに指示を与えたことは明らかだ。


マイダンで狙撃が行われ大勢の犠牲者が出た2014年2月20日、ウクライナ最高会議(議会)国家安全保障・国防委員会のパシンスキー委員長が自ら自動小銃で発砲した


大隊「ドネプル」の将校でウクライナ人民代議員のウラジーミル・パラシュク氏はカービン「サイガ」で撃った。

グルジアのスナイパーらによると、パシンスキー氏とパラシュク氏は武器も持ってきたという。



アレクサンドル・レヴァジシビリ氏の証言。

同氏は、上記のことを証言する用意があるが、命の危険性を感じているため、ウクライナ領内での証言は望んでいない。

スクリーンには、現在レヴァジシビリ氏が滞在しているアルメニアからビデオリンク方式で証言する用意があると書かれている。

https://jp.sputniknews.com/images/457/39/4573938.jpg




アレクサンドル・レヴァジシビリ

コバ・ネルガゼ氏の弁護士への証言。

同氏は、上記のことを裁判で宣誓して証言する用意があるが、命の危険性を感じているため、ウクライナ領内での証言は望んでいないと指摘している。またネルガゼ氏は、「ウクライナで証言するのは危険だ」と述べている。同紙は家族と一緒にグルジアからアルメニアへ移住した。

https://jp.sputniknews.com/images/457/58/4575878.jpg
 

 

 

 

コバ・ネルガゼ氏の弁護士への証言


スプートニク編集部は、マイダンで事件が起こった時にネルガゼ氏とレヴァジシビリ氏がキエフに到着したことを証明する航空券のコピーを入手している。

https://jp.sputniknews.com/images/457/38/4573854.jpg



航空券のコピー

https://jp.sputniknews.com/images/457/38/4573826.jpg


航空券のコピー







 

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