明治以後の日本  慰安婦と売春業

  • 2017.11.29 Wednesday
  • 00:34

 


占領地で 慰安所を組織した 日本の支配層

大戦後は 日本で 日本人を慰安婦にした 女性観


大阪市がサンフランシスコ市との姉妹関係を解消するのだという。

サンフランシスコ市内に建てられた慰安婦像とその維持費の寄贈を受け入れる決議案にエドウィン・リー市長が署名、これに大阪市の吉村洋文市長が反発しているとも伝えられている。


いわゆる「慰安婦」を日本軍が使っていたことは否定できない。


日本軍の管理下、彼女たちが強制された行為を考えれば、性奴隷と呼ばれても仕方がないだろう。


兵士としてその様子も見てきた人から筆者自身、日本兵の無様な様子を聞いたことがある。

その無様な様子を現地の人々は目撃していたのだ。「なかったこと」にしようとすれば、日本人の置かれた状況が悪くなるだけである。


こうした女性の数は5万から30万人と言わている。


敗戦が決定的になった後、日本軍は自分たちに都合の悪い書類を大量に処分したこともあり、正確な数字はわかっていない。

その多くは工場労働者や看護婦の採用だと思って応募したというが、中には暴力的に連れ去られたケースもあったようだ。いずれにしろ、誘拐であることに変わりはない。
 

 

日本軍がこうした仕組みを作り上げた理由は日本兵による現地女性に対するレイプ対策だったとも言われている。

今でも沖縄ではアメリカ兵によるレイプ事件が問題になり、第2次世界大戦の終盤、中国へ侵攻してきたソ連軍も似たことを行ったようだ。つまり、程度の問題はあるが、戦争ではこうしたことが引き起こされる。
 

 


日本が特殊なのは、軍という組織がレイプを統制しようとしたことにある。

そうしたことをすると組織の責任が問われるため、通常は行われない。慰安婦を生み出したのは日本の男性支配層が抱く女性観にあるとも言える。

 



昭和天皇の「終戦の詔勅」が放送された直後、東久邇稔彦内閣は占領軍向けの性的な慰安施設設置を命令した。

「特殊慰安施設を可及的すみやかに整備せよ」という指令が内務省警保局長から全国の警察へ伝えられているのだ。


そしてRAA(特殊慰安施設協会)が8月26日に設置され、本部事務所は銀座の歌舞伎座に置かれた。施設で働く女性の数は、東京都内だけで約1600人、全国で4000人に達したという。


施設で働く女性として当初は水商売を生業とする人々が想定されたようだが、何が行われようとしているかを理解できた「遊興業者」が警察の協力要請に難色を示したこともあり、簡単には集まらない。

そこで新聞広告で一般女性を集めている。


広告には「女子事務員募集、年齢18才以上25才まで。宿舎、被服、食料全部当方支給」、「特別女子従業員募集、衣食住及高給支給」、「キャバレー・カフェー・バーダンサーヲ求ム」といったことが書かれていた。

応募した女性の少なくとも半数は身体を売る仕事だと知らずに応募したと言われている。夫が戦死するなど、家族を養うためにやむを得ずそうした仕事をした人もいたようだ。
 

 


大森海岸の料亭「小町園」が慰安所第1号に指定されたのは1945年8月27日。

厚木基地へ到着した連合国軍先遣部隊の兵士がそこへ行く。

 


その後、同じような施設が全国に設置されたが、1946年1月21日にGHQから「日本における公娼廃止に関する覚書」が出され、

内務省は同年2月2日に内務省令第3号を公布、即日これを施行し、警保局公安発第9号「公娼制度廃止に関する件」の通達が発せられ、この仕組みは廃止へ向かう。


同年3月10日にはGHQの命令によって全ての慰安所に進駐軍将兵が立ち入ることを禁じられ、RAAは1949年4月22日に閉鎖された。



日本の支配層は自国の女性に対してもこの程度のことは平気で行う。

侵略先のアジア諸国では推して知るべしだ。

 

慰安婦の問題が浮上すると、商売として行っているのだから問題がないと言う人が出てくるが、そうした状況を作り出したことが最大の問題である。


第2次世界大戦の前、JPモルガンの強い影響下にあった日本では新自由主義的な経済政策が採用されて庶民の生活は悪化、東北地方では娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になっている。

支配層は裕福になり、庶民は貧困化、つまり貧富の差が拡大したわけだ。


こうした経済政策を推進したのは浜口雄幸内閣。そうした政策に反発する人も少なくなかった。


その結果、浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡し、32年2月には大蔵大臣でJPモルガンと最も親しくしていた井上準之助が本郷追分の駒本小学校で射殺され、

その翌月には三井財閥の大番頭だった団琢磨も殺された。


5月には五・一五事件が引き起こされている。

そして1936年2月には二・二六事件だ。


血盟団にしろ、二・二六事件の将校にしろ、娘を身売りしなければならないような状況を作った支配層への怒りが行動の背景にはあると言われている。(別に、行動を肯定しているわけではない。念のため。)
 

 


ちなみに、この間、1932年にアメリカで実施された大統領選挙でウォーオル街が担いでいたハーバート・フーバー大統領は再選されず、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選した。

1933年から34年にかけてJPモルガンをはじめとする勢力がクーデターも目論むが、これは失敗している。


(その辺の事情は本ブログで何度か書いているので、今回は割愛する。)


日本の支配層が従属していたウォール街のホワイトハウスでの影響力が小さくなり、日本が迷走する一因になったと言えそうだ。

戦前レジームに戻るということはウォール街に従属することを意味する。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201711270000/



☆ 日本の今  だれも責任を取らない  あざ笑うように 他を蔑視する。

悪いのは いつも 外。


これは 天皇のすり替えで なんとしてでも 万系一世という 狂った嘘を 国民に 強制的に 植え付けるために生じたことでしょう。

そうするためには 神 であり 神軍であることが 要求される。


上記の記事で 慰安所を命令したのは 「 皇族 」ですね。

これが 非常に 大切なことでしょう。


だれも 逆らえない そして 逆らわない者だけが 要職につく という 悪魔の国が 明治から 少しづつ造られていき 今に至っている。


明治以後の

皇族  天皇  の正体を知らなければ この異常な国のことは 分からない。
 

 

地球の波動の上昇で 日本にいる 明治からののっとり権力が 瓦解することを願ってやまない。

ネトウヨ とか ネトサポ とは この狂った国の たんに 必要物でしかない。

 

 

 

 

◎ 天皇一族は売春業者だった

 

1885年、天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社、日本郵船が創立される。

 

明治維新により富国強兵の道を歩み始めた日本は、欧米からあらゆる兵器を購入し続けていたが、欧米への支払いに当てる資金が日本には無かった。

 

そこで福沢諭吉は、「賤業(いやぎょう)婦人の海外出稼ぎを公然許可すべき」という指示を天皇に与える。

 

天皇一族はこのプランに飛び付き実行する。(福沢諭吉全集 第15巻)

 

 

1900年初頭から天皇の命令の下、「海外に行けば良い仕事があり、豊かな生活が出来る」という宣伝が日本全国で大々的に行われた。

 

天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。

 

 

天皇は「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で、欧米の売春業者から女性1人あたり数千円、当時普通の会社員であれば10数年分の給与額を手に入れていた。

 

 

その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが、大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。

 

これが従軍慰安婦の原型である。

 

 

日本郵船の共同経営者三菱財閥もこの売春業で巨大化した。

 

この莫大な富を生む売春業に参加させてもらったお礼に、三菱財閥は昭和天皇の結婚後の新居を、全額三菱財閥の出資で建設する。

 

 

国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性の人身売買で金儲けし、また日清戦争、日露戦争で中国、ロシアから得た賠償金を自分の私財として「着服」していた。

 

 

また日本軍が朝鮮、中国に侵略し、朝鮮人、中国人を殺害し略奪した貴金属は、天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ、日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という巨大な壷に蓄財された。

 

こ の問題を調査したエドワード・ベアは、「天皇一族は金銭ギャングである」と吐き棄てるように語っている。(エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社 )

 

 

1945年、日本の敗戦が決定的になると、天皇一族は、この蓄財を米国に取られる事に恐怖を感じ、海外に蓄財を逃し始める。

 

 

天皇の個人銀行で もあった横浜正金銀行を通じて、スイスに850万ポンド、ラテンアメリカに1004万ポンド等、広島、長崎で死傷者が苦しんでいる最中、天皇は自分の蓄財を海外に次々と逃がす事に専念する。

 

 

この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃した蓄財は累計で5〜10億ドルに上るとしている。(マーク・ゲイン「ニッポン日記」 筑摩書房)

 

 

日銀の地下金庫からは、莫大な金塊と貴金属が日本郵船により運び出 され、アルゼンチンの銀行そしてスイス銀行まで遠路運搬されていた。

 

 

中国では日本に逃げ戻るための船舶が無く、逃げ遅れた日本人女性が中国各地で多数強姦 殺人され子供が殺害されている最中、天皇は貴重な船舶を独占し、自分の金塊を遠路アルゼンチン、スイス等に運び出していた。

 

 

天皇が自分の蓄財だけしか頭に 無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。

(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

 

 

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出 業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

 

 

敵国のCIA対日本作戦部長と仲良く天皇が売春婦輸出業を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?

 

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借 り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行く。

 

 

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンである。

 

そしてここでも何故かCIAと天皇は共同経営者である。

 

 

天皇は1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めるが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。

 

 

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していた。

 

 

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であった。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

 

 

 

追記 : 例え殺されても自分の命と引き換えに真実を語るのがジャーナリストの仕事である。天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。

 

 

天皇がダマし、売春婦として海外に売り飛ばした日本人女性の数は50万人を超える。多くの女性は20歳代で梅毒等の性病で死に、または刃物で自分の喉を突き差して自殺した。

天皇一族の財産は、こうして作られた。

参考 : 山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」上下 新日本出版社

 

 


英国公使 パークス 外交官アーネス

 

益田勝実[天皇様をお作り申した]のは[われわれだ]とは明治以前に生まれた長州の老人たちに?よく聞かされことだったが、

 

近代天皇制以前には京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった!

 

 

【上級用】ユダ朝鮮マイノリティ 明治維新(日本侵略)

 

奇兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応2)の暮れには、孝明天皇は謀殺されてしまった。もちろん仕組んだのは江戸幕府ではない。志士側で、天皇が倒幕の障害になりはじめたからである。

 

今日では、このことはもう公々然の秘密となっている。

(益田勝実『天皇史の一面』より)

 

 


日本人を大量虐殺した天皇家の皇太子妃・雅子の一族

 

水俣病という、「チッソ」という企業が水銀を河川・海に垂れ流し、公害を引き起こした事件では、貧しい漁民を中心に数万人が、もがき苦しみ死んで行った。

 

しかし、この数万人を殺害した企業の経営者は誰一人として警察に逮捕されなかった。逆に、この会社に抗議に向かった患者とその家族が、「建造物不法侵入」で多数、警察に逮捕された。

 

 

この企業が公害を垂れ流している事を知りながら放置した厚生労働省は、患者と遺族に訴えられたが、裁判は30年も続き、その間、患者はバタバタ死んで行った。

 

 

https://blogs.yahoo.co.jp/honjyofag/65642979.html


 

 

慰安婦業者には天皇の勲章が送られていた   日本政府への署名

  • 2017.07.02 Sunday
  • 02:04

 

 

☆ 慰安婦業者には 天皇の勲章が送られていた。

原爆に 深く関与  そして 東京大空襲の責任者とされる 「カーチスルメイ」には 天皇の勲章が送られていた。

田布施一族は だから 慰安婦問題は 韓国の嘘と言って 責任者をかばう。


なんと 魂のない国だろう。

日本人は 間違っている、支配しているものが 同じ日本人だから信用するというのは 間違っている。

それは 異邦人による 英国陸軍である 天皇と田布施一味による支配を 赦すということなのだ。



☆ 天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。

天皇は「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で、欧米の売春業者から女性1人あたり数千円、当時普通の会社員であれば10数年分の給与を手に入れていた。

その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが、大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。


天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性は、1人残らず現地に着くと即座に売春宿に「連行」され監禁された。そして売春を強制された。初めての外国であり、逃げ場も助けてくれる相手もいない。数十万人の日本人女性が、天皇によって売春を強制された。これが従軍慰安婦の原型である。


https://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n412468

これは 福沢諭吉の本に 記されている。



◎  日本政府へ:釜山「少女像」撤去要求をやめてください!署名提出と記者会見報告

Japanese Group Asks Government of Japan to Withdraw their Demand for Removal of the Comfort Women Statue in Busan


署名運動URLは:

日本政府は「慰安婦」少女像を尊重し、撤去要求をやめよ!   https://goo.gl/KtCoJv


この行動は、勝守真さんと石川求さんという日本人の大学教授2人が中心になって『「平和の碑」を守る市民の会』を始め、主に日本の人たちからの署名が集まったということに大きな意義があると思います。

 

 

 

     

 

 

 

cc元「慰安婦」のなかには、少女像を「自分の分身」のように感じる人や、少女像の撤去は「私たちを殺すことと同じだ」と語る人もいて、そのことを考えれば、日本政府の撤去要求が被害者たちの気持ちを踏みにじるいかに理不尽なものかがわかると言いました。



さらに、日本政府は「慰安婦」少女像だけではなく、強制徴用労働者の像の設置計画にも(全く破廉恥にも)反対しています。このようなことを含め、今後の運動をどうするか考えていきたいと思っています。



日本がかつて植民地にしていた事実があることを忘れてはなりません。


少女像は、韓国の市民団体が作ったものです。市民が作ったものを、政府間合意に従って撤去しろというのは、独裁国家のやることです。


少女像を作った作家は、ベトナム戦争での韓国の責任を問う像を作ってもいます。この像は「反日」ではなく「平和」の象徴です。




運動は今後も継続するということです。署名ページはここです。

https://www.change.org/p/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89%E9%A6%96%E7%9B%B8-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%94%BF%E5%BA%9C%E3%81%AF-%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%83%8F%E3%82%92%E5%B0%8A%E9%87%8D%E3%81%97-%E6%92%A4%E5%8E%BB%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%82%92%E3%82%84%E3%82%81%E3%82%88-ccf0a32f-e6d8-440a-99c6-fe28cfeecb60



初出:「ピースフィロソフィー」2017.06.28より許可を得て転載

http://peacephilosophy.blogspot.jp/2017/06/japanese-group-asks-government-of-japan.html 

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/

〔opinion6770:170630〕


http://chikyuza.net/archives/74185



☆ 韓国はすばらしい。 過ぎ去った 人間の痛みを 思いやるものがいて 声をあげることができる 自由がある。


日本では 人体実験された 原爆でさえ 封印された。 圧力があった。


福島の人体実験を 知っていますか ?

 

慰安婦像

  • 2017.01.13 Friday
  • 09:14

 

 

安倍政権の駐韓大使引き揚げは「表現の自由」への弾圧だ! 慰安婦少女像は"反日の象徴"ではなかった

 

 

これが民主主義国家のやることなのだろうか。韓国で慰安婦問題を象徴する少女像が新たに設置されたことをうけ、安倍政権が駐韓大使の一時引き揚げや日韓通貨スワップ協議の中断などの対抗措置を強行した。

 

 

ところが、日本のマスコミはこれに「当然でしょう」と万歳状態。「韓国はけしからん」「日韓合意を守れ」と大合唱しているのだ。

 

 そして、日本側の問題点に言及しようとする意見は封殺されるという、極めて危険な状況になっている。

 

 

たとえば昨日10日放送の『スッキリ!!』(日本テレビ)では、こんな一幕があった。

 

 

少女像をめぐるVTRのあと、スタジオでコメンテーターの湯山玲子氏が戦後のドイツと日本の加害国への対応の違いを指摘したのだが、するとMCの加藤浩次が「朝日新聞の虚偽と判明してる部分もある」などと言い出し、

 

 

対する湯山氏が「完璧に戦後にドイツのようにやっていれば、(韓国側も)ここまでのことを言わなかったかもしれない......」と反論しようとすると、食い気味に「そこはそうなのかな〜?ちょっと疑問」と割って入り、湯山の発言を切ってしまったのだ。

 

 

 

 念のため言っておくが、朝日の慰安婦記事訂正など瑣末な話で、日本軍が各地に慰安所を設置したこと自体は中曽根康弘元首相も手記で得意げに語っていたように、歴史的な事実だ(過去記事参照http://lite-ra.com/2014/08/post-413.html)。

 

 

実際、15年末の日韓合意に際した共同会見で日本側は「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と表明している。…

 

 

 

ところが、『スッキリ!!』だけでなく他のワイドショーもほぼ加藤と同じ調子で、とにかく日韓合意を反故にした"ならず者国家"と言わんばかりに韓国批判を展開、少女像を設置した韓国市民をやり玉に挙げるような報道まで行われている。

 

 

 

しかし、この少女像の設置は、本当にマスコミが一斉に「けしからん」とアジり、ましてや安倍政権が駐韓大使を帰国させたりするほどの大問題なのか。

 

そもそもの話だが、少女像を設置したのは韓国の市民団体であって韓国政府ではない。

 

 

日韓合意で韓国側は〈可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する〉(外務省ホームページより)としているだけで、強制的に少女像を撤去せねばならない拘束力を持つ取り決めは(少なくとも表向き)なされていないのだ。

 

 

 

当然だろう。だいたい、少女像の設置は韓国の市民による意思表現であり、それを国側が強権的に封じ込めること自体、近代民主主義国家の大原則である「表現の自由」の侵害だ。

 

 

その意味では、今回のケースではむしろ安倍政権よりも韓国のほうが表現の自由への理解が進んでいるとすら言える。

 

 

 

報道によれば、少女像は12月28日に市民団体が設置したあと、同日中に道路の管理権を持つ釜山市東区が一度は強制撤去した。これ自体は褒められたものではないが、それでもその後、区は市民からの抗議が殺到したことを受けて30日に設置を許可したという。つまり"国民の声"が行政を動かしたのだ。…

 

 

一方、安倍政権のこの間の振る舞いといえば、駐韓大使の引き揚げまでして露骨な恫喝に出ると同時に、

 

安倍首相が「日本は10億円を拠出した。韓国が誠意を示すべき」などと"韓国政府は国民の表現の自由を圧殺せよ"とプレッシャーをかけ、側近議員は「まるで『振り込め詐欺』だ」などと新聞記者に漏らして日本国内の嫌韓感情を煽り立てている。

 

 

繰り返すが、市民の表現の自由を侵害しないことは、近代国家として当然に求められる態度だ。

 

こんな隣国市民の当然の権利を潰せといきりたつ国などそれこそ"ならず者国家"だろう。

 

 

民主主義の普遍的価値を踏みにじる暴挙だが、実際、沖縄の高江ヘリパッド建設で反対派を弾圧し続ける安倍政権のやり方を韓国にも押し付けているとしか言いようがない。

 

 

 

さらに加えれば、市民による少女像の設置それ自体、決して日本政府や右派が批判する筋合いはない。

 

政府やマスコミは、少女像をさも"反日の象徴""日本への嫌がらせ"かのように扱っているが、少女像の持つ意味はそんなレベルの低い話ではないからだ。

 

 

そもそも、少女像の正式な名称は「平和の碑」といい、彫刻家によるれっきとした美術作品、言い換えれば表現の自由が保障される表現芸術だ。

 

 

たとえば、有名なソウル市日本大使館前の少女像は、2011年12月11日、日本軍の慰安婦被害者たちの人権と名誉を回復するために1992年から始まった「水曜デモ」が1000回に達したことを記念し、市民団体の呼びかけによる募金で建てられたもの。…

 

 

 

碑文には「その崇高な精神と歴史を引き継ぐため」と刻まれている。少女像の取材を続けるフリー編集者の岡本有佳氏によるインタビューのなかで、少女像を制作した彫刻家夫妻、キム・ソギョン氏とキム・ウンソン氏は、この作品についてこう語っている(「週刊金曜日」16年9月16日号)。

 

 

 

「(平和の)碑には水曜デモの歴史、ハルモニ(おばあさん)たちの苦難の歴史、世界の平和と女性の人権のために闘うハルモニたちの意思まで込めようと思いました。

 

最初は碑石に文字を刻むイメージでしたが、人々と意思疎通することができ、ハルモニたちを癒すことができるような像を提案。二度とこのようなことが起こらないよう誓う少女と私たちが一緒に表現できればと思い、制作しました。

 

(中略)人生の険しさを示す裸足の足は傷つき、踵が少し浮いています。これは置き去りにされた人、故郷に戻っても韓国社会の偏見や差別によって定着できなかった人たちの不安、生きづらい状況をも表現しました」(ソギョン氏)

 

 

 

ソギョン氏が語るように、少女像には「平和の碑」の名のとおり、世界平和を願い、戦争被害と女性の人権侵害という悲劇を再び起こさないようにという願いが込められている。

 

そして、日本の右派は慰安婦問題で韓国を攻撃するときに「韓国もベトナムで市民の虐殺や略奪を行い、慰安所もつくったじゃないか」という"どっちもどっち論"を常套句とするが、一方、キム夫妻はベトナム戦争時の韓国軍による民間人虐殺の加害意識を正面から受け止め、現在、謝罪と反省の意味を込めた「ベトナムのピエタ像」の制作に取り組んでいる。…

 

 

 

少女像が決して"反日の象徴"ではなく、戦争を憎み、犠牲者を悼み、そして同じ惨禍が起こらないよう、普遍の平和を希求する思いのもとつくられたことのひとつの証左だろう。だからこそ、市民はその撤去に抗しているのだ。

 

 

 

 想像してみてほしい。たとえば、禎子像の通称で知られる広島の「原爆の子の像」もまた市民の募金によりつくられた像で、原爆犠牲者を慰霊し、世界平和を祈る作品だが、仮に原爆を投下したアメリカが「10億円を出すから像を撤去しろ」などと言い出し、日本政府が了承したら、わたしたちはどういう気持ちになるだろうか。

 

つまり、日韓合意で少女像を撤去せよと迫った安倍政権は、戦争犯罪の被害者の気持ちを無視し、また平和を願う人類普遍の想いを冒涜したも同然なのである。

 

 

 

 そしていうまでもなく、その行為は歴史修正主義と表裏一体だ。

 

今、安倍政権が少女像設置をめぐって強硬的な態度を見せ、国民の熱狂を煽っているのはなぜか。憲法9条を解釈改憲で骨抜きにし、軍備増強に邁進している安倍首相だが、この宰相がなくしたいのは少女像に限らない。

 

戦争の悲劇の記憶と、その反省からくる不戦の願い、それ自体を葬り去りたいのが本音だろう。

 

 

 

 事実、第一次政権のころは河野談話の見直しに鼻息を荒くしていた安倍首相は、現在でこそ表立った歴史修正発言を控えてはいるが、約20年前には、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」で事務局長をつとめ、1997年4月の第7回勉強会で"韓国は売春国家だから慰安婦になるのに抵抗はなかった"という意味の差別発言まで得意げと放っていた。…

 

 

「実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんです」(『歴史教科書への疑問 若手国会議員による歴史教科書問題の総括』展転社より、勉強会での安倍の発言)

 

 

 

 また、安倍首相は8日の『日曜討論』(NHK)で、「最終的かつ不可逆的な合意であるということをお互いに確認しています。日本は誠実に私たちの義務を実行していく。その意味において10億円の拠出をすでに行っています。

次はですね、韓国がしっかりと誠意を示してもらわなければならない」とのたまったが、これほどおかしな発言はないだろう。

 

 

政府が日韓合意で拠出した10億円はあくまで財団への支援金であり、加害国から被害者への賠償ではないし、そもそも「誠意」というのはカネで解決することではなく、心から被害者へ謝罪することであり、同時に元慰安婦の目の前で、今後絶対に戦争犯罪を再現しないと誓うことだろう。

 

 

 

本来、被害者を置き去りにしたまま国と国とが交わした"合意"など、なんの価値もないのだ。

 

実際、釜山の新たな少女像の設置は、こうした日本政府への抗議の意味合いも強い。

 

海外紙では今回の少女像設置が安倍政権の歴史修正主義の発露に対する対抗だとの分析もある。

 

フランスのル・モンド紙は6日付ウェブ版で、釜山の少女像が12月28日に設置しいったん撤去され、30日に自治体が決定を翻して再設置される間の29日、日本で稲田朋美防衛相の靖国参拝が行われた事実を指摘したうえで〈韓国と中国から挑発とみなされた〉と続けている。…

 

 

 

いずれにしても、今回の少女像設置に対する安倍政権の反応は、隣国の表現の自由を弾圧し、そして平和を願い戦争に反対する人々を無残に踏み潰す異常なやり方と言わざるをえない。

 

 

そして、その安倍政権に煽られて「韓国はけしからん」「少女像をたてるな」とファナティックに喚き散らしているマスコミも同罪だ。

 

 

わたしたちは決してその下劣な扇動にのり、本質を見誤ってはならない。それは自ら民主主義と平和の価値を否定することに他ならないのだから。

(小杉みすず)

 

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20170111/Litera_2843.html

 

 

 

☆ 朝鮮で戦争を起こそうとしている 日本にいる戦争や、そう見えます。

 

日本を支配しているものは、人間ではありません。

 

その自覚が必要だと 本当に思います。

 

 

 

悪魔の霊波動が満ちた国  イルカ・ アシカ・ 麻生太郎・  からゆきさん

  • 2016.08.18 Thursday
  • 09:06

 

悪魔の霊波動が満ちた国

 

◎ 死の湾、観光客と遊ぶイルカも殺戮へ秒読み(動画)

 

 

紀伊半島の太地長町は日本でも唯一、9月から4月にかけて大規模なイルカの追い込み漁が行われる場所。

動画では観光客らがイルカと楽しく泳ぐ様子が写されているが、同じ場所で2週間後にはイルカたちは無残に殺され、水は血で真っ赤に染められることになる。

 

太地町は異なる文化の軋轢の場所となった。一方の側には漁師たちがたつ。漁師らの言い分はイルカは魚を食べ、漁獲量が減るため害をもたらすというもの。またイルカ漁は古来から一種の儀式

 

 

 

 

◎ 韓国=『独島を日本が侵奪したというのは日本の学者によって究明された事実だ』。

 

まず17世紀末の安竜福(アン・ヨンボク)の活動を契機に韓日両国の間に鬱陵島領有権をめぐり争いが起きた時に日本の江戸幕府が鬱陵島と独島について詳細に調査した後、1696年1月28日に2島とも日本の島ではないと決めたことがある。

 

 

日本は「独島まで日本の島ではないとしたものではない」と主張するが、1625年12月25日付で幕府に提出された鳥取藩の「2島とも日本のどの藩にも属しない」という回答書などを見れば話にならない。

 

 

韓国=『独島は日本帝国主義が行った韓半島侵奪の最初のスケープゴートだった』。1903年から違法に独島でアシカ猟をしていた日本人中井養三郎がアシカ猟を独占するため1904年9月29日に日本政府に「りゃんこ島(独島)領土編入並に貸下願」を提出した。

 

この請願を受け入れた日本政府は1905年1月28日の閣議で独島編入を決議し島根県に編入を指示した。日本政府の指示を受けた島根県は2月22日に「島根県告示第40号」を発令し『島根県隠岐郡竹島』という名前で独島を編入した。

 

http://japanese.joins.com/article/007/201007.html

 

 

 

 

 

「からゆきさん」を外貨獲得の尖兵としてきた過去

 

http://alternativereport1.seesaa.net/article/111887599.html

 

 

 1885年.天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社.日本郵船が創立される。明治維新により富国強兵の道を歩み始めた日本は欧米からあらゆる兵器を購入し続けていたが.欧米への支払いに当てる資金が日本には無かった。

 

 

そこで福沢諭吉は.「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という指示を天皇に与える。賤業婦人つまり売春婦として日本人女性を海外に「輸出.売却」し.兵器購入資金を作る.というプランであり 天皇一族はこのプランに飛び付き実行する(福沢諭吉全集.第15巻)。

 

 

 

1900年初頭から天皇の命令の下「海外に行けば良い仕事があり豊かな生活が出来る」という宣伝が.日本全国で大々的に行われた。 日本の健全な家庭に育った.当時の若い女性達は.天皇の言葉を信じた。

 

 

 

天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。大部分は健全な家庭に育った若い女性達であり天皇は.「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で.欧米の売春業者から女性1人あたり数千円当時普通の会社員であれば10数年分の給与を手に入れていた。

 

 

 

その金額が数十万人分=莫大な資金が.この天皇一族のサギ行為.女性の人体販売により.天皇一族に転がり込んだ。その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが.大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。

 

 

 

天皇一族は自分の金儲けのために.健全な若い日本人女性を.だまし 売春婦として 欧米に「売却」して来た。天皇一族は欧米の売春業者とタイアップした日本の売春業者であった。

 

 

 天皇により経営される日本郵船により.欧米に「売却」された日本人女性は.1人残らず.現地に着くと即座に.売春宿に「連行」され.監禁された。そして売春を強制された。初めての外国であり 逃げ場も 助けてくれる相手も居ない。数十万人の日本人女性が天皇によって売春を強制された。 これが従軍慰安婦の原型である。

 

 

 

 日本郵船の共同経営者.三菱財閥もこの売春業で巨大化した。この莫大な富を生む売春業に参加させてもらったお礼に.三菱財閥は昭和天皇の結婚後の新居を全額三菱財閥の出資で建設する。

 

渋谷区下渋谷の第一御領地の「花御殿」が.昭和天皇の新婚の住居であり それは数十万人の日本人女性を「売春婦として販売した」利益で 三菱の天皇に対する「売春業参加の.お礼」として建設された(山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」 新日本出版社)。

 

 

 

また天皇が大株主であった船舶会社商船三井も天皇と協力し同一の「売春婦・輸出事業」に従事する。

 

 

 

こうして日本人女性の「販売業者」として天皇一族が蓄積した財産は.第2次大戦後 日本に進駐してきた米軍GHQの財務調査官により調査され 当時の金額で1億ドルを超えると記録されている。

 

 

国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は 女性の人体販売で金儲けし また日清戦争.日露戦争で中国.ロシアから得た賠償金を 自分の私財として「着服」していた。

 

 

 

戦争中 全ての日本人は餓死寸前の中 軍需工場で「無給」で重労働を行っていた。 そうした重労働と 日本人男性=軍人の死によって 戦争によって得られた賠償金を 国民のためでなく 自分の私的財産として 天皇は着服し 密かに蓄財していた。

 

 

 

また日本軍が朝鮮 中国に侵略し 朝鮮人 中国人を殺害し 略奪した貴金属は 天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ 日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という 巨大な壷に蓄財された。中国 朝鮮から略奪された貴金属 そして賠償金=侵略戦争は 天皇の個人的蓄財のために 行われていた。

 

 

この問題を調査したエドワード・ベアは 「天皇一族は金銭ギャングである」と吐き棄てるように語っている(エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社)。

 

 

1945年 日本の敗戦が決定的になると 天皇一族は この蓄財を米国に「取られる」事に恐怖を感じ 海外に蓄財を「逃し」始める。

 

 

 

天皇の個人銀行でもあった横浜正金銀行を通じて スイスに850万ポンド ラテンアメリカに1004万ポンド等  広島.長崎に原爆が落とされ死傷者が苦しんでいる最中 天皇は自分の蓄財を海外に次々と逃がす事に専念する。

 

 

 

この問題を調査したマーク・ゲインは.海外に天皇が逃した蓄財は 累計で5〜10億ドルに上る.としている(マーク・ゲイン「ニッポン日記」 筑摩書房)。

 

 

 

広島.長崎に原爆が落とされ 膨大な死傷者が出 戦後 日本を どのように再出発させるかを考えなくてはならない時期に 天皇はひたすら自分の蓄財を守るため  数百回に及ぶ海外送金を繰り返していた。

 

 

 

日銀の地下金庫からは 莫大な金塊と貴金属が日本郵船により運び出され アルゼンチンの銀行.そしてスイス銀行まで遠路.運搬されていた。

 

中国では  日本に逃げ戻るための船舶が無く 逃げ遅れた日本人女性が中国各地で多数 強姦殺人され  子供が殺害されている最中  天皇は貴重な船舶を独占し  自分の金塊を遠路 アルゼンチン.スイス等に運び出していた。

 

 

 

天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く 日本人の事など何も考えていない事は明白である(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」 マルジュ社)。

 

 

 

なお 天皇が第2次大戦中 「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の天皇の共同経営者が CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは.何故なのか?

 

 

 

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?

 

 

 

天皇は戦後 このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に 港区の不動産を次々に買収し またハイテク産業に投資し 莫大な蓄財を さらに莫大に膨れ上げさせて行く。

 

 

 

天皇は神でも「象徴」でもなく 単なる金儲け主義の 金融ビジネスマンである。

 

そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」である。

 

 

 

天皇は 1940年代初頭から スイス銀行に少しづつ蓄財を「移し」始めるが ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。

 

 

 

天皇はヒトラーに請願し ナチス・ヒトラーの口座の中に.「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい.そこに天皇一族の蓄財を隠していた。 天皇と.ヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり ナチスと天皇は一体であった(アダム・レボー「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ・・また.濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)。

 

 

 

1924年.米国は「排日移民法」という法律を成立させる。 日米関係はまだ険悪ではなく 日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化しそれを禁止した法律であった。

 

 

 

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の.「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に 1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉がある。

 

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については日本を憤慨させるに十分なものであった。」

 

 この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言である。

 

日本人女性を だまし 売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止した  それに憤慨.激怒し 米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのである。

 

天皇一族は神でも.「象徴」でも無く人間のクズの集団である。 

 

 

 

麻生太郎の出自

 

 

麻生太郎。九州の麻生炭鉱の経営一族の代表。 この炭鉱では第二次世界大戦中、朝鮮半島から銃で脅され無理矢理、日本に連れて来られた朝鮮人が、半ば奴隷として強制労働を強いられた。

 

麻生一族が殺害した朝鮮人の数は数千人に上る。

 

 

 

この炭鉱の石炭は不純物が少なく良質であったため、船で台湾、東南アジアに運ばれ、英国海軍の軍艦の燃料となった。

 

英国軍がアジアを、侵略する「原動力」を供給していたのが、麻生一族であった。

 

麻生一族は「アジア全体にとっての売国奴」であった。

 

 

 

この石炭の運搬船には、天皇一族と三菱財閥一族によって、誘拐された日本人女性が乗せられ、売春婦としてヨーロッパに「売り飛ばされた」。

 

 

 

日本の農村で農作業をしていた女性を、暴力を使い誘拐し、学校帰りの女子学生を殴り倒し、誘拐し、天皇一族と三菱財閥は売春婦として、ヨーロッパに売り飛ばした。その運搬役が麻生である。

 

 

 

天皇一族と、麻生一族が結託の上、誘拐し、売春婦としてヨーロッパに売り飛ばした、日本人女性の数は50万人。50万人が、全員、20歳代で梅毒等で死亡した。

 

 

 

この誘拐された女性を売り飛ばした金は、圧倒的大部分が天皇家の「私財」となったものの、その一部は「分け前」に預かった麻生家の銀行預金となり、現在、利息が付いて巨額化し、麻生太郎の政治活動資金となっている。

 

 

 

麻生の企業は、現在、ロスチャイルド系企業ラファルジュ社の、事実上の子会社となっている。

 

「環境保護でノーベル賞」を受けた、アル・ゴアの石油会社オクシデンタル社は、かつてソ連(ロシア)の石油を、欧米に密売していた。このオクシデンタルの密輸石油を運搬していたタンカー企業が、麻生の親会社ラファルジュである。そして、このラファルジュの顧問弁護士がヒラリー・クリントンである。

 

麻生政権が出来れば、本格的な、日本ロスチャイルド政権が出来上がる。

 

 

 

一休みに額の汗を拭き拭きテーブルに座ります。目の前に分厚い本がありまして、何気なくページを開きました。

 

その中央に福沢諭吉の一文「海外労働の進め」が掲載されておりました。この本は時事新報(新聞)の復刻版でだったと思います。

新聞が発刊された当時は明治維新後で、日本が極度に疲弊していた時代です。

 

滅多に本を読むこともなかったお父さんでも、諭吉の「学問ノススメ」ぐらいは知っていましたので、海外労働の進めに「あれっ?」と疑問がわきました。

 

 

 

図書館では周囲の目を気にして、勉強をしている振りをして、目の前の本を偶然開いただけでしたが、

その後、お父さんは福沢諭吉の「脱亜論」を読むことになりました。

感受性の多感なころでしたので、アジアを蔑視したような「脱亜論」にわけもわからず憤慨しておりました。

 

その反動で、学業を忘れ、当時の時代調べに没頭していました。当然「からゆきさん」に行き当たります。

からゆきさんとは唐(中国)に行く女性を意味します。中国に行き働けば3度3度の食事が出来て、両親に送金が出来ると口説かれて、おびただしい日本人女性が渡航、密航しています。中国行きが看板でしたが、実は世界の津々浦々まで日本人女性が売られてゆきました。そうです。貧困による人身売買です。明治の疲労困憊していた経済はこのような犠牲、女性の送金で立ち直ったともいえます。

 

 

 

島原の子守り歌は、「おどみゃ島原の おどみゃ島原の なしの木育ちよ…」という歌詞。

 

これ以下の歌詞は、「からゆきさんの小部屋」というサイトかをご覧ください。

http://www.karayukisan.jp/no7/index.html

 

 

ここで芹洋子さんの歌声で聴くことができる。悲しい歌を心のこもった優しさで歌い、心にしみる。歌詞は方言なので、意味がとりにくいが、同サイトや、「島原の子守り歌」のサイト

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/8142/lullaby.htmで解説されている。

 

 

「からゆきさんの小部屋」からの引用と書いたとおり、『島原の子守り歌』は、からゆきさんを歌ったものである。この「からゆき」についても、私の弟子に尋ねたが、誰も知らず、驚いた。

 

 

からゆきとは、江戸時代末期から昭和20年までのあいだに外国に娼婦として売られていった女性たちである。端的に言えば国に捨てられたのだ。 からゆきは天草や島原が最も多かったそうだ。

 

アフリカ西岸に「黄金海岸」という奴隷を運び出した土地に付けられた名前があるが、島原から口ノ津あたりの海岸を「白銀海岸(シルバーサイド)」と呼んだのは、こうした誘拐されたりだまされたりした女たちが密航していった場所だからである。

 

 

歌詞のなかの文言に「鬼(おん)の池の久助どんの連れんこらるばい」とは、鬼池の久助という女衒が人さらいにきて、連れていくぞ、という意味である。また3番の歌詞にある「青煙突のバッタンフール」とは、英国貨物船のことで、青煙突がトレードマークだった。

 

この船は北九州で産出する石炭を東南アジアに輸出するために往来していたが、からゆきの密航を乗せた。乗せられた女たちは、真っ暗な船底に押し込められ、飯もろくに与えられず、石炭の中に糞尿垂れながしにさせられ、道中屈強な船員たちに強姦され続けて行ったのだった。

 

からゆきが、教科書には載っていなくても、われら同胞がかくも悲惨な目にあっていたことは、常識になっていなければなるまい。

 

 

 

例えば、からゆきさんについては、森崎和江、山崎朋子、山田盟子、工藤美代子、谷川健一といった人たちの研究書があるし、文学作品としては、円地文子『南の肌』、秋元松代『村岡伊平治伝』、宮本研『からゆきさん』など多数ある。これらの一つ二つくらいは読んでいなければ、われわれが生きているこの日本社会というものがわかるわけがなかろう。

 

 

言っておくけれど、からゆきは決して昔の話ではない。今は逆にフィリピン、韓国、ロシア、支那などなど世界中から「ジャパゆきさん」として身を売る女性が日本へやってきている。チリから来たアニータなる悪辣なジャパゆきさんに、青森住宅供給公社のバカ男が14億も貢いでしまった事件があったが…。

 

 

それに、現代日本の女性にしても、OLだとか派遣社員とかも、基本構造は同じであって、昔のからゆきよりも相対的にカネは入るようになっただけのことである。

 

劇作家・秋元松代氏が書いた『村岡伊平治伝』の村岡伊平治は、からゆき女性の生き血を吸って巨利を得た女衒の親玉であるが、奥谷禮子(ザ・アール社長)などはさしずめ派遣社員の生き血を吸うおんな女衒(ぜげん)だろう。

 

 

 

昨日も書いたが、われわれの先祖は天皇族とその配下の権力者によって、部落民とされて、千数百年に渡って虐げられてきたのだ。男は戦争に狩り出されて殺された。女は十代半ばから娼婦とされて世界中にバラまかれ、国にも家族にも捨てられて死んでいった。民衆は税金でしぼりとられるだけ収奪されてきた。だから「産めよ増やせよ」だったのだ。それが日本の本当の歴史である。

 

 

慶応義塾をつくった福沢諭吉が、女性を海外に売り飛ばすことを推奨したことは以前に書いた(2月16日)。同じく明治の元勲・伊藤博文も女衒・村岡伊平治がゴロツキを集めて女性を誘拐したりだましたりして、海外に連れていき売春させる仕掛け(犯罪)を賞賛し、女郎屋をもっと増やせと言っているのである。こういう福沢や伊藤をわれわれは紙幣(1万円札)の顔にしていた(いる)

 

http://www.geocities.jp/jhonlenjp/page068.html

 

 

 

 

明治以降のおはなし・・・

 

 

明治以降、太平洋戦争の勃発までにフィリピンに渡航した日本人は53,115人にものぼるようです。この数は、同時期に世界各国に渡航した人の6.8%、東南アジアの中だけでは69.7%にあたります。

 

 

1896年に施行された移民保護法では、労働を目的として海外に渡航する者と定義されていました。フィリピン行きは、地理的な近さから(南米などに比べると)出稼ぎ傾向がより強く、大半の人がそうであったようです。

 

 

 

フィリピン在住日本人職業別人口調査は、1896年にマニラの日本領事館が再開されてから、ほぼ毎年定期的に行われていました。それを見ると、主な職業は「娼婦(からゆきさん)」「道路工夫」「農夫」「大工」「木挽き」「漁民」「商人」であった事がわかります。

 

 

 

これらの職業から、日本人渡航者の大半は、この頃から起きた植民地での奴隷制度廃止に伴う労働者不足のために大量に増えたアジア系の移民と同じ性格であったものと考えられます。

 

19世紀後半の世界情勢の中で、アジア各地は欧米諸国の従属下に置かれ、その結果国を離れざるえなくなった人をたくさん発生させました・・・この時期、日本もその例外ではなく(植民地化がされませんでしたが、経済状態は他のアジアの国と同じで、故郷での生活基盤を失ってしまった人々や、その時代のうねりの中で一攫千金を狙った者が、新天地を求めて北海道に移住したり(実は私の先祖の中にも、この時期、一攫千金狙いで北海道に渡った人がいます・・・残念ながら、夢破れてしまったようですが)

あるいは海外に渡ったりしたのです。

 

その行き先のひとつが、フィリピンであったという事なんですね。

 

 

 

「からゆきさん」・・・

 

フィリピンで最初に見られるようになった日本人グループの中に「からゆきさん」がありました。「からゆきさん」は19世紀後半から急増したアジアの欧米諸国の植民地開発のため、半ば強制的に未開地や港湾に連行された中国人やインド人などの下層労働者の慰安用、そして足止め用として利用するため発生した中国人娼婦グループを補うかたちで増加し、とくに公娼制度のあったイギリス領植民地などを中心にその数を増やしていました。

 

 

 

この時期、いまや工業国・先進国・・・ようするに「一等国」となった日本は「からゆきさん」の評価をかつての外貨獲得の尖兵、アジア進出の先鋒としての評価から、一転、「国辱」の烙印を押してしまいます。「一等国」としての対外的な面子を重んじて「からゆきさん」を抹殺してしまった日本は、その後の「からゆきさん」の面倒を何一つみませんでした。

 

当時の知識人たちからも、軽蔑の対象となってしまった彼女達の多くは、慣れない異国で風土病・過労・栄養失調、そして梅毒などによって若くして死んでいってしまいました。

 

 

まだ近代化がなされる前の貧乏だった日本を、自分の身を切り売りしての送金で支え、国が発展し面子を重んじるようになると「国辱」として切り捨てられてしまった「からゆきさん」。

彼女達の無念は幾許のものがあったのかと思うと、とても平常心ではいられません。

 

 

 

 

日本人移民の定着・・・

 

これらのフィリピン在住日本人の人口の男女比は「からゆきさん」の増加する1900年以降、女性の割合が比較的高く、特にマニラ及びその周辺は、廃娼運動の高まる1918年頃まで25%前後以上を保っていました。

 

これらの日本人移民は、種々雑多な職業に就き、フィリピン全土いたるところで見られるようになっていたようです。彼らは満州移民のような国策移民ではなく、大半は家族・同郷の者を頼って好況時のフィリピンに渡航してきた人たちでした。

 

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-686.html

 

 

☆ 部落というのは 部落朝鮮 ということではなく 日本の人々も とじこめられた ということなのでしょうか?

 

少し わからなくなってきました。

 

 

からゆきさんがいたのですから 韓国で 慰安婦がいなかったなどということは ありません。

 

 

私たちは からゆきさんを 知り 慰める者でありたい ・・・ 教科書など 信じてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慰安婦/売春婦は/慰安婦業者に天皇の勲章

  • 2015.12.29 Tuesday
  • 16:03

慰安婦

○ 日本政府のレプ 慰安婦問題の責任を認める

☆ まぁ、アメリカの言いなりとも言われていますが、正式な会見も、文書も残さずというような形らしい。

韓国は、ずばり、天皇(の軍隊)を国際司法に訴えるという動きが伝えられていた。 まずいんではないのかな。 それで、手をうった? そんなふうにも感じました。

韓国も、これからアメリカの言うようにではなく、初志を貫徹して、証拠を伴って、天皇の罪を訴えてほしい。 世界に、公然と知られるだけで意味がある。

 ◎ これを機会に、韓国政府は日本大使館前に置かれた「慰安婦像」を取り除く変わりに、「レプティリアン像」を日本大使館前に置くという噂もある。(宇宙への旅立ち)


売春婦は、韓国にだけあったと、あなたは言うのですか? 慰安婦は、すべて、金儲けのための売春婦だと、あなたはいうのですか?

日本の軍の罪ではなく、犯された女性を、ただ、あなたは、バカにするのですか?

あなたの脳は、田布施朝鮮族、すなわち、爬虫類にちがいない ・・・

 

自国の女性を平気で「慰安婦」にしてきた日本エリートが、侵略した先で女性を性奴隷にする必然  (桜井ジャーナル)

 

日本と韓国、両国の政府は「従軍慰安婦問題」で合意したと12月28日に発表した。岸田文雄外相によると、安倍晋三首相は「元慰安婦」に対し心からのおわびと反省を表明、「元従軍慰安婦」を支援するための財団を韓国政府が設立し、日本政府が自国予算で資金を一括拠出することを明らかにしたという。しかも、両国政府は国連など国際社会で慰安婦問題に関して互いに批判/非難しないことにしたともいう。誰が見ても、この合意はアメリカ政府の指示に基づくものだろう。

 徳川から薩摩/長州藩を中心とする勢力へ支配体制が変わった直後、日本は琉球、台湾に続いて朝鮮半島を侵略、支配した。「従軍慰安婦」はそうした流れの先で引き起こされたのだが、日本と韓国/朝鮮との問題の一部にすぎず、今回の合意で日韓問題が全て解決されたと考えるべきではない。

   アメリカや東アジアの支配層にとって「朝鮮空爆」はリアルな話で、済州島における基地建設が発表された後、1998年にアメリカでは金正日体制を倒して朝鮮を消滅させ、韓国が主導する新たな国を建設することを目的としたOPLAN 5027-98が作られた。。

  

2003年3月、アメリカ軍がイギリス軍などを引き連れてイラクを先制攻撃した頃に空母カール・ビンソンを含む艦隊が朝鮮半島の近くに派遣され、また6機のF117が韓国に移動し、グアムには24機のB1爆撃機とB52爆撃機が待機するという緊迫した状況になった。

  こうした動きを韓国の盧武鉉やアメリカ支配層の一部がブレーキをかけるのだが、その盧大統領は2004年3月から5月にかけて盧大統領の権限が停止になる。済州島の海軍基地建設の候補地が江汀に絞られた翌年、2008年の2月には収賄容疑で辞任に追い込まれてしまう。次の政権はアメリカの戦争ビジネスと関係の深い李明博。

 

 ソ連が消滅した直後、1992年の初めにアメリカ国防総省の内部では主導権を握っていたネオコン/シオニストがDPGの草案を作成したが、これは世界制覇プランと呼べる代物だった。彼らは自国が「唯一の超大国」になったと認識、潜在的なライバルを潰し、ライバルを生む出すのに十分な資源を抱える西南アジアも支配することを決めている。

  この段階でロシアは西側に操られていたボリス・エリツィンが大統領になり、その娘であるタチアナ・ドゥヤチェンコを中心とした腐敗勢力が外部の人間と手を組んで国の資産を略奪していく。そして誕生したのが「オリガルヒ」だ。

 中国の場合、アメリカ支配層はエリートの抱き込みを進め、その子どもを留学させて新自由主義的な価値観を叩き込んでいたが、属国化に成功したとは言えない状況だった。

  

日本と対立していた韓国はその間に中国へ接近、アメリカ支配層にとって良くない状況になった。その原因を作った安倍晋三を含む好戦派だが、彼らに限らず日本のエリートには女性を蔑視する人が少なくない。それが「従軍慰安婦」の問題をこじらせることになった。

中国の利権を狙い、ロシアをつぶそうとしていたイギリスを後ろ盾として日本は近代化を始め、導入された新自由主義的な政策によって日本の不況は深刻化、東北地方では娘の身売りが増えたわけだ。貧困化が売春婦を増やすことは古今東西、共通している。

  

 第2次世界大戦後、日本の支配層は自国の女性を「慰安婦」にしようと目論む。

国境を越えた軍隊が占領地で女性をレイプするのは日本に限った話ではないが、日本政府はそれを「慰安婦」でコントロールしようとしたのだ。

1945年8月18日、日本政府の指令に基づき、内務省警保局長は「外国駐屯慰安施設等整備要項」を全国の警察に出し、26日には「特殊慰安施設協会(RAA)」が設置された。アメリカ兵向けの「慰安婦」を組織しようというわけだ。28日には「小町園」が東京の大森でオープンしたという。

  そのとき、何が行われようとしているかを理解できた「遊興業者」は警察の協力要請に難色を示していたが、少なからぬ年少の未婚女性が「外人に対する好奇心」、「良好なる待遇宣伝」に惹かれて「女給」の募集に応じている。

応募した女性の少なくとも半数は仕事が売春行為だということを理解していなかったようだ。アジアの占領地で行ったことを日本でも繰り返そうとしたと言えるだろう。これが日本人エリートの女性観だった。いや、今でも大差はないだろう。

☆ なぜ、同じ女性でありながら、慰安婦をバカにするのですか? 本当に、ただ、だまされ、犯された人もいる。 生活のための行為だった人もいる。

なぜ、韓国という国をバカにして、自国の残虐な爬虫類、天皇の軍隊の罪を直視しないのですか。

そういった感度が、北方領土が盗まれたといい続け、虐殺はなかったという、どれほどの証拠が示されようともです。

あなたたちは、人間として、ここにいては困る、なぜなら、それが、そのまま、日本人全体を見つめる目になるからだ。 エルドアンは、トルコにいてもらっては困るのだ。


◎  http://lite-ra.com/2015/07/post-1323.html 中曽根元首相が慰安所開設していたと証言してます。

◎ 皇室は今だって年間予算200億円近くを税金から搾取しています。スペイン王室の費用年間2千万円と比較しても、異常も異常、超異常です。(コメント)

☆ なぜ、レプ皇室の罪を、日本人奴隷の血税から払うのですか? 遺憾であるなどと、すまして原稿を読む、金で償うべきです、自分のふところから。

せめて、レプが地球に存在が許される今は。

学校では教えない 慰安婦

<慰安婦業者に天皇の勲章>
  

従軍慰安婦についても聞いてみた。「日本人女性は少なかった。朝鮮人と中国人の女性が大半だった」という。
  少ない日本人はプロの売春婦なのだろうか。彼によると、だいたい300人の日本兵に50人ほどの慰安婦が用意されていた。そうだとすると、南京大虐殺から始まった慰安所開設だったと言えるのかどうか。
  日本兵の行く所、慰安所開設は軍務そのものだったのだろう。海軍主計中尉の中曽根康弘は、自分で率先して開設、一時はそれを自慢話のようにしていたらしい。安倍は、中曽根に聞けば持論を変えるしかないだろう。
  歴史歪曲派は中曽根に教えを請えばいいだろう。


 

兵士に給与が支払われていたらしい。「1回50円。若い兵士はすぐ終わるが、長い者は催促されていた。くじ引きで順番を決めることもあった。慰安婦の業者には、天皇から勲章が与えられていた」
  これは驚きである。勲章が授与される慰安婦業者というと、正に天皇制国家主義の、慰安所開設は主要な任務だったことになる。戦争の慰安所は、天皇の軍隊の重要な一翼を担っていたことになろう。
  「日本政府は関与していない」「軍隊は関与していない。証拠を見せろ」と開き直ってきた安倍らに、吉林省公文書館資料は明白にNOを突きつけている。
  日本国民は天皇の軍隊について、今も全く知らされてはいない。  (本澤二郎ブログ)



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