東芝  核兵器開発  / 原爆 

  • 2016.12.30 Friday
  • 09:21

 

原子力にのめり込んでいる東芝の粉飾決算の背後には 核兵器開発の動き

 

 

東芝が2017年3月期の決算で数千億円規模の減損損失を計上する可能性があるという。

 

前期にも同社は2500億円程度の減損処理を実施しているが、そうした事態を招いた最大の原因は原子力部門である。

 

 

2006年2月に東芝はイギリスのBNFL(British Nuclear Fuels Limited/英国核燃料会社)からウェスティングハウス・エレクトロニックを54億ドルで買収したが、この取り引きが原因で2年後には粉飾決算を始めることになったようだ。

 

 

 

こうした事実が公表される直前、安倍晋三政権が高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉と新たな高速炉開発する方針を固めたと報じられた。

 

もんじゅには36年間で1兆0410億円がつぎ込まれたが、計画は全く進んでいない。もっとも、計画が進んでいたなら日本を死滅させるリスクを飛躍的に増加させていたはずで、不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

 

もんじゅの計画にはアメリカの事情が反映されている。

 

ジミー・カーター政権は核分裂性物質の管理を強化する政策を推進、1978年に成立した原子エネルギー法は、アメリカで作られた核物質を外国がどのように輸入し利用するかを厳しく制限するものだった。その結果、議会は国境を越える原子炉用核燃料の輸送に承認を与えなければならなくなる。

 

 

 しかし、次のロナルド・レーガン政権は違った。新型核弾頭の設計や、増殖炉の開発に取り組んでいる科学者たちに資金を注ぎ込んだのだ。そうした計画の中心がクリンチ・リバー渓谷にあったエネルギー省オークリッジ国立研究所の施設。1980年から87年の間に160億ドルが投入されたと言われているが、アメリカの経済状況が悪化したこともあって87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を廃止してしまう。

 

 

調査ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、そこで登場したのが日本だった。クリンチ・リバーの計画を推進していたグループはそこで開発された技術を日本の大手電力会社へ千分の一の値段で移転したのだ。

 

 

日本が核兵器の開発を進めていると確信していたCIAはこうした動きを警戒するが、内部に入り込むことはできなかった。

 

IAEAがアメリカ支配層に逆らうことも難しいだろう。それだけ増殖炉に絡んだ人脈は強力だということを意味している。日本とアメリカの科学者は共同で研究を始め、資金は日本の電力会社が出したという。

 

 

その過程で日本側が第1に求めたのは核兵器用プルトニウムを量産してきたサバンナ・リバー・サイトにあるプルトニウム分離装置。その装置が運び込まれることになるのは、東海再処理工場に付属する施設として1995年に着工されたRETF(リサイクル機器試験施設)だ。プルトニウムを分離/抽出する施設だ。

 

 

 こうした目論見をもんじゅの廃炉で諦めるつもりはないようで、文科省はもんじゅ内に新たな試験炉を設置する方針もまとめ、安倍政権はもんじゅに代わる新しい高速炉の開発に着手する方針を確認した。

 

 

もんじゅで得る予定だったデータはフランス政府が計画している高速炉ASTRIDに資金を拠出して共同研究に参画したり、もんじゅの前段階の研究に使われた実験炉の常陽を活用するつもりのようだ。

 

 

 

こうした動きの源は核兵器を持ちたいという日本支配層の欲望にあると言えるだろう。原子力ビジネスによって私腹を肥やしたいという思いも強いだろうが、カネ儲けだけなら原子力である必要はない。

 

 以前にも書いたことがあるが、日本の核兵器開発は第2次世界大戦の時代までさかのぼることができる。そうした研究開発にはふたつの流れがあり、そのひとつは理化学研究所の仁科芳雄を中心とした陸軍の二号研究、もうひとつは海軍が京都帝大と検討していたF研究だ。

 

陸軍は福島県石川郡でのウラン採掘を決め、海軍は上海の闇市場で130キログラムの2酸化ウランを手に入れて1944年には濃縮実験を始めたという。

 

 

1945年に入るとドイツは日本へ約540キログラムの2酸化ウランを潜水艦(U234)で運ぶ計画を立てるが、途中でアメリカの軍艦に拿捕されてしまう。日本側は知らなかったようだが、アドルフ・ヒトラーの側近だったマルチン・ボルマンは潜水艦の艦長に対し、アメリカの東海岸へ向かい、そこで2酸化ウランを含む積み荷をアメリカ海軍へ引き渡すように命令していたという。(Simon Dunstan & Gerrard Williams, “Grey Wolf,” Sterling, 2011)その結果、このUボートに乗り込んでいた日本人士官は自殺、積み荷はオーク・リッジへ運ばれたとされている。

 

 

 

 NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年に訪米した佐藤栄作首相はリンドン・ジョンソン米大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。1967年には「動力炉・核燃料開発事業団(動燃)」が設立され、69年に日本政府は西ドイツ政府に対して核武装を持ちかけた。

 

 

この提案を西ドイツは拒否するものの、日本側は核武装をあきらめない。10年から15年の期間での核武装を想定、核爆弾製造、核分裂性物質製造、ロケット技術開発、誘導装置開発などについて調査、技術的には容易に実現できるという結論に達している。

 

 

 原爆の原料として考えられていた高純度のプルトニウムは、日本原子力発電所の東海発電所で年間100キログラム余り、つまり長崎に落とされた原爆を10個は作れると見積もっていた。

 

 

1977年になると東海村の核燃料再処理工場(設計処理能力は年間210トン)が試運転に入るのだが、山川暁夫は78年6月に開かれた「科学技術振興対策特別委員会」で再処理工場の建設について発言、「核兵器への転化の可能性の問題が当然出てまいるわけであります」と主張している。実際、ジミー・カーター政権は日本が核武装を目指していると疑い、日米間で緊迫した場面があったという。

 

 ウェスティングハウス・エレクトロニックなどアメリカやイギリスの核関連会社の買収が経済的に危険だということは東芝の経営者も承知していただろう。

 

だからこそ、日本企業が買収できるのだ。そうしたリスクがあっても買収したい理由があったはずだ。東芝の救済がどのような形で行われるか、興味深い。

 

http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201612290000/

 

 

 

 

英国生まれの原爆原理

 

広島で爆発したウラン原爆の原理はイギリスで生まれた。ウランの核分裂を最初に指摘したオットー・フリッシュがイギリスのバーミンガム大学にナチスから逃れてやってくると、そこにはドイツから帰化していた理論物理学者のルドルフ・パイエルスがいた。フリッシュとパイエルスは、ウランが核分裂の連鎖反応を起こす臨界量を求める計算をした。

 

 

 

日本は第2次世界大戦中に原爆の実物試験に成功

アトランタコンスティチューション紙

日本は原爆を開発した。第二次世界大戦中、実物試験に成功。ロシアが科学者達をつかんだ。

 

    

 

 

 

爆撃機に積載できない原爆

 

第2次大戦当時、B29などの爆撃機に搭載できるような大きさの原爆を製造できなかった。巷に喧伝される原子爆弾はフィクションである。

 

 

アインシュタインのルーズベルト大統領への手紙

 

「新しいタイプの非常に強力な爆弾が作られるということは --- 確実というほどでないにしても --- 十分に考えられることでもあります。このタイプの単体爆弾がボートで運ばれ、港で爆発すれば、それは港全体を破壊してしまうばかりでなく、その周辺地域をも破壊してしまうでしょう。しかし、この爆弾は、飛行機での輸送には、重すぎることも明らかになるでしょう。」

 

 

 

広島・長崎の原爆は地上起爆

 

前述のとおり、「爆撃機から投下された原爆」はフィクション(作り話)である。 実際は、地上に設置された原爆が爆発した。

戦時中に米国が設置できるわけもない。では、誰が設置したのか?

 

広島原爆

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分

広島原爆は、ウラン原爆である。下の写真から地上で爆発していることがわかる。

 

     

 

 

 

 

「私、空中から爆弾を落としたとは思ってないんですよ。下から爆発」

元第343海軍航空隊 少尉 本田稔氏の証言

 

 

 

 

 

長崎原爆

 

1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分

長崎原爆は、プルトニウム原爆である。

 

                 

 

 

            

 

 

          

 

 

 

自国民をモルモットにする理由

 

特許になるためには原爆の効果(遺伝子破壊兵器)を立証する必要がある。

自国民ならば、子々孫々にわたる遺伝子破壊を追跡調査できる。

 

 

第2次大戦中も、昭和天皇は英国陸軍元帥

 

天皇裕仁は英国ウラン爆発軍事応用委員会MAUDの会期中、英国アーミーリストに正規の英国陸軍元帥として掲載されている。

また、第2次大戦中の1942年1月14日英国の新聞タイムズが、「昭和天皇は英国陸軍元帥のリストから除名する必要無し」という英国陸軍省事務官のコメントを掲載している。

 

 

 

英国王室の忠実な隷(しもべ)

 

国民を疑い、英国王室を賞賛した裕仁天皇は、日本を第2次大戦に導いた。

「大英帝国と日本の悪の枢軸」で記述の通り、明治以降の天皇は全て大英帝国の忠実な隷である。

 

http://blog.goo.ne.jp/netken2013/e/be35e2ebfdfa1e6131a35af921f8700e

 

 

 

☆ 英国陸軍元帥、連合国サイドだからこそ、「原爆特許」は取得できる。

 

これは、悪魔、田布施、タルムードの 習慣。 福島でも同じことが繰り返される。 治療ではなく、ただの実験。

 

原爆特許は、次の天皇に引き渡されるとも言われていますが、 英 米 日 ・・・ 

 

 

 

 

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