天皇の軍隊  日米安保  慰安婦  歴史修正は朝鮮ヤクザ   (再掲)

  • 2017.09.14 Thursday
  • 00:51

 

○ 天皇の軍隊 

 

皇室出身の軍人は中国での戦争にも参加、

 

例えば、南京攻略当時、昭和天皇の叔父にあたる朝香宮鳩彦は上海派遣軍司令官だった。

 

形式上、この作戦は松井石根大将が指揮したことになっているが、松井が朝香宮に逆らうことは不可能だったはず。

 

関東軍が「暴走」できたのは、そうした仕組みがあったからだとしか考えられない。

 

この攻撃の直後、イギリスの支配層でソ連を第一の敵と考える勢力が「日本・アングロ・ファシスト同盟」を結成しようと考えていた。

 

(櫻井ジャーナル)

 

 

 

 

〇 日米安保/日米同盟は昭和天皇を抜きに語ることはできない。

 

アメリカにとって日米安保は中国を見据えたものであり、天皇は自分自身の「防衛」を考えていたと考えなければならない。

 

昭和天皇の役割を見て見ぬ振りをするから複雑に見えるだけだ。(櫻井ジャーナル)

 

 

 

 

〇 しかし、中国共産党軍は米軍が育てた軍隊であり、ドレイパーの目的は、

 

米軍直結の中国軍と米軍直結の日本の自衛隊を戦わせ、アジア人同士を殺し合わせる事にあった。


「 劣ったアジア人=有色人種を減らす 」ためである。

 

 

 

 

〇 「南京大虐殺は幻」とわめき散らしてきた極右の石原慎太郎の主張は、吉林省公文書館資料の公開によって、あっけなく葬り去られてしまった。

 

現地派遣軍の憲兵隊司令官の記録に「100万人の南京市が事変後に30万人になった」と何度もある。

 

 

 

 

<慰安婦業者に天皇の勲章> 
 

従軍慰安婦についても聞いてみた。

 

「日本人女性は少なかった。朝鮮人と中国人の女性が大半だった」という。

 


 少ない日本人はプロの売春婦なのだろうか。

 

彼によると、だいたい300人の日本兵に50人ほどの慰安婦が用意されていた。そうだとすると、南京大虐殺から始まった慰安所開設だったと言えるのかどうか。

 


日本兵の行く所、慰安所開設は軍務そのものだったのだろう。

 

海軍主計中尉の中曽根康弘は、自分で率先して開設、一時はそれを自慢話のようにしていたらしい。安倍は、中曽根に聞けば持論を変えるしかないだろう。

 

 歴史歪曲派は中曽根に教えを請えばいいだろう。

 

 

兵士に給与が支払われていたらしい。「1回50円。若い兵士はすぐ終わるが、長い者は催促されていた。くじ引きで順番を決めることもあった。慰安婦の業者には、天皇から勲章が与えられていた」

 

これは驚きである。勲章が授与される慰安婦業者というと、正に天皇制国家主義の、慰安所開設は主要な任務だったことになる。

 

戦争の慰安所は、天皇の軍隊の重要な一翼を担っていたことになろう。

 

 

 「日本政府は関与していない」「軍隊は関与していない。証拠を見せろ」と開き直ってきた安倍らに、吉林省公文書館資料は明白にNOを突きつけている。

 

  日本国民は天皇の軍隊について、今も全く知らされてはいない。

 

(本澤二郎ブログ)

 

 

 

 

 

 

 

 

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