優秀なニツポンの政治や    元号・神社本庁の暗躍

  • 2018.06.09 Saturday
  • 00:14

 

 

〇ベ君

 

毒ガス弾を埋めた学校の件

生物化学特許の更新をやってくれる 獣医学校の件

 

国民にバレずに かたずいたようだね ・・

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1004652377830379522  

 

 

 

 

 

 

天皇明仁の「退位」に伴う「新元号」について、メディアの報道は、それがいつ発表され、どういうものになるのかに終始しています。NHKは興味本位の特集番組を組みました

 

 

政府が「新元号」の発表は「皇位継承」(2019年5月1日)の「1カ月前」という方針を固めたことに対し、朝日新聞は「準備作業に支障が出ると心配されている。

 

くらしへの目配りを欠く日程は再考する必要がある」という社説(5月27日付)を掲げました。

 

 

「元号」が「くらし」に欠かせないものだという前提に立つものです。

 

 

こうした報道・論調は、菅官房長官が5月17日の記者会見で

 

「新たな元号が広く国民に受け入れられ、日本人の生活に深く根ざしたものになるよう慎重な検討が必要だ」と述べた政府の「元号」普及政策と歩調を合わせるものです。

 

 

 

「元号」の本来の意味、政治的意図をまったく捨象したこうした報道・論調は、「元号」「天皇制」に対する思考停止を助長しするものと言わねばなりません。

 

 

「新元号」制定を前にしていま必要なのは、

 

「元号」とはそもそも何なのかを根本から問い直し、それを無意識に使い続けることをやめ、

使わせようとしている国家権力の狙いを許さないことではないでしょうか。

 

 

「元号」はもともと、「皇帝は時間をも制する」という中国の皇帝制度にならったものです。

今でも中国古典の「四書五経」の中から漢学者らが言葉を拾っていることにその名残があります。

 

 

「一世一元制」も、絶対主義天皇制の下で「富国強兵」を図った明治政府が1889年、大日本帝国憲法とともに発布した「皇室典範」(旧)第12条で決めたものにすぎません。

 

 

 

本家本元の中国は皇帝制の廃止とともに「元号制」も廃止しました。その「元号」をいまだに使っているのは世界で日本だけです。

 

 

「中国文化圏にあった東アジアでは、皇帝も元号も、すべてが滅亡し、唯一、日本だけに残ったことになります。…

 

元号が歴史年を記録するためのものではなく、皇帝の支配力を強めるためのものだということが、ここでもはっきりしています」

 

(佐藤文明氏『「日の丸」「君が代」「元号」考』緑風出版)

 

 

  日本でも戦後、「主権在民」の新憲法のもとで、「元号」の法的根拠だった旧皇室典範(第12条)はGHQによって廃止されました。

 

 

しかし、日本政府は天皇制の存続(「象徴天皇制」)とともに、「元号制」を温存することに腐心し、新たな法律をつくって合法化する機会をうかがいました。

 

 

 

それに呼応して、「国家神道」の総元締めである「神社本庁」(1946年1月発足)が「元号法制化」を求める「国民運動」を展開。

 

 

自民党を中心とする国会議員によって「神道政治連盟」が結成(1968年10月)されました。

そうして制定を強行したのが、「元号法」(1978年6月6日成立)です。

 

 

こうした経過からも、「元号」の最大の特徴(意味)が、「天皇制」の維持・強化にあり、、日本国憲法の「主権在民」とは根本的に相いれないことは明白です。

 

 

かつて「昭和」から「平成」への「改元」のさい、「皇位継承」とともに「元号」の一大キャンペーンが展開されたのに抗し、

 

歴史家の井上清は「元号をやめて国際紀年(西暦)を使おう」と呼びかけました。井上はこう指摘しました。

 

 

「主権在民の日本国憲法の象徴天皇制から、

大日本帝国憲法時代の万世一系の現人神元首への、思想的、精神的、宗教的な完全移行がいまわれわれの目前で進行している。

 

 

この移行は、旧天皇制が日本国民を強力無比に統合したのと同じように、

 

新天皇の権威のもとに国民を強力に統合されたならば、国民はどこへつれて行かれるのか。

 

 

そこには軍国主義・帝国主義・侵略戦争以外のどんな道もない」(『元号制批判―やめよう元号を』明石書店1989年)

 

 

「元号」や天皇の超憲法行為(「公的行為」)を批判する政党、メディアが影をひそめる中、

 

軍事費(防衛予算)は膨張の一途をたどり、自衛隊という名の軍隊と米軍との合同戦闘訓練は日常化し、戦争法(安保法)によってついに「集団的自衛権行使」まで「合法化」されました。

 


一方、未曽有の歴史的大災害・事件だった「3・11」(2011年)に際し、

 

天皇明仁は超憲法的な「ビデオメッセージ」で国民の不満・怒りを抑え、再統合を図りました。

 

 

自民党は憲法改定草案(2012年4月)に「天皇元首化」を盛り込みました。

 

 

井上清の指摘は決して杞憂ではなかったことが、その後の経過によって証明されているのではないでしょうか。

 

 

安倍政権の下で憲法の平和条項が重大な危機にある今、

 

そして朝鮮半島の歴史的な変化を前に日本の侵略・植民地支配の歴史が改めて厳しく問われている今、

 

「元号」と「天皇制」

軍国主義と日米軍事同盟の関係を根本的に問い直すことこそ私たちの責務ではないでしょうか。

 

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/a621219304d3ef8f5e20082c85cee549

 

 

 

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