シリア侵略から離脱 西側から批判されているエルドアン

  • 2018.07.02 Monday
  • 23:39

 

 

トルコで6月24日に行われた大統領選挙でレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が再選された。

 

 

エルドアン大統領は現在、アメリカ政府と対立関係にあり、西側有力メディアの評判は悪い。

 

 

民主的と呼ぶことのできない人物で、言論を弾圧してきたのは事実だが、それが原因でのことではない。

 

ある時期まで西側の同盟者だったのだが、そのときの行為は現在より悪かった。

 

 

2011年3月にアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、カタールなどとシリアに対する侵略戦争を始めた当時はこのグループの一員で、

 

サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵への兵站線はトルコからシリア国内へ伸び、

 

そのルートはトルコの情報機関が管理していた。

 

 

またトルコにある米空軍インシルリク基地は侵略の重要な拠点で、アメリカ、イギリス、フランスなどの情報機関員や特殊部隊員が戦闘員を訓練する場でもあった。

 

 

シリアより1カ月ほど前にリビアでも侵略戦争が始まっている。

 

リビアの場合はサヌーシ教団(王党派)、元内務大臣のアブデルファター・ユニス将軍をはじめとする軍からの離反組、

 

NCLO(リビア反体制国民会議)/NFSL(リビア救済国民戦線)、

 

そしてアル・カイダ軽武装集団のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)など反政府の武装勢力が存在、侵略しやすい環境だった。

 

このうち、地上軍の主力になるのはLIFGだ。

 

 

 

LIFGはイギリスの情報機関と関係が深く、

 

1996年にはMI6(イギリスの対外情報機関)の命令でムハンマド・アル・カダフィの車列を爆破しようとして失敗している。

 

カダフィ政権はこの事件に絡んでオサマ・ビン・ラディンに逮捕令状を出している。

 

 

MI5(イギリスの治安機関)に元オフィサー、デイビッド・シャイラーによると、この時、MI6がLIFGへ工作資金を提供したという。

 

 

イギリスとフランスがカダフィの排除を狙っていたのは、カダフィがアフリカを自立させようとしていたからだ。

 

その一環としてドルやフランといった欧米の通貨に依存せず、自前の金貨ディナールをアフリカの基軸通貨にしようとしていた。

 

 

アフリカの利権を失ったなら、イギリスやフランスの経済は立ち行かなくなる可能性が高い。

 

帝国主義を捨てるわけにはいかないのだ。

 

 

アメリカの置かれた状況も基本的にイギリスやフランスと同じで、バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD11を出し、

 

ムスリム同胞団で編成された武装集団をターゲット国へ送り込んで体制転覆を目論んだ。そして始まったのが「アラブの春」である。

 

 

この時期、ペルシャ湾岸の産油国で民主化を求める運動が盛り上がったが、これを西側の有力メディアは大きく取り上げていない。

 

軍事力で弾圧しても批判らしい批判はなかった。

 

 

それに対し、金貨ディナールに賛成していたチュニジアやエジプトは体制転覆が実現している。

 

 

 

2011年10月にカダフィ政権が倒されると、戦闘員や武器/兵器がトルコ経由でシリアへ運ばれている。

 

調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、

 

​輸送の拠点はベンガジにあるCIAの拠点​で、アメリカ国務省はそうした活動を黙認していた。

 

その際、​マークを消したNATOの輸送機が武器​をリビアからトルコの基地まで運んだとも伝えられている。

 

アメリカ領事館もそうした活動の舞台だったが、2012年9月11日に襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使も殺される。

 

ムスリム同胞団のライバルが実行したとも言われている。

 

 

ハーシュによると、領事館が襲撃される前日、​大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談​、

 

襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていたという。

 

 

CIA長官だったデイビッド・ペトレイアスは勿論、スティーブンスの上司にあたるクリントン国務長官も承知していた可能性が高い。

 

 

この当時のトルコ政府は侵略、破壊、殺戮、略奪の当事者だったが、西側は「寛大」だった。

 

 

状況が変わるのは、シリアでの戦闘が長引き、トルコ経済が苦境に陥ってからだ。

 

シリアはリビアと違い、国内に有力な反政府勢力は存在せず、戦闘員の大多数は国外から送り込まれた傭兵で、

シリア国民からみると侵略戦争にほかならなかった。

 

 

業を煮やしたアメリカ政府は戦闘態勢に入る。

 

2015年2月に国防長官が戦争に消極的だったチャック・ヘイゲルから好戦的なアシュトン・カーターへ、

 

また統合参謀本部議長は9月にジハード勢力を危険だと考えていたマーチン・デンプシーから好戦的なジョセフ・ダンフォードへ交代した。

 

デンプシー退任の直後、9月30日にロシアはシリア政府の要請で軍事介入する。

 

 

ロシア軍はアメリカ軍と違い、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISISとも表記)を本当に攻撃、アメリカをはじめとする侵略の黒幕国は手先を失うことになる。

 

 

そうした中、11月24日にトルコ軍のF16戦闘機がロシア軍のSu24爆撃機を撃墜した。

 

ウィキリークスによると、​エルドアン大統領がロシア軍機の撃墜を決めたのは10月10日​だが、

トルコ政府が独断でロシア軍機の撃墜を決めたということは考えにくい。

 

 

11月24日から25日にかけてトルコのアンカラでトルコ軍幹部とポール・セルバ米統合参謀本部副議長が会談している。

 

撃墜後、ロシア軍はミサイル巡洋艦のモスクワをシリアの海岸線近くへ移動させて防空体制を強化、

 

さらに最新の防空システムS400を配備し、約30機の戦闘機を派遣してシリア北部の制空権を握ってしまい、

 

アメリカが供給している対戦車ミサイルTOWに対抗できるT90戦車も配備した。

 

 

その後、ウラジミル・プーチン露大統領は相当数のロシア軍を撤退させ、その間隙を縫ってアメリカ、イギリス、フランスはクルドを抱き込み、地上部隊をシリアへ侵入させて基地を建設している。

 

 

その一方、経済環境が厳しくなったトルコ政府はロシア政府へ接近、2016年6月下旬にロシアのウラジミル・プーチン大統領に対してロシア軍機の撃墜を謝罪し、

7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆している。

 

 

武装蜂起があったのは、その直後だ。

 

エルドアン政権は武装蜂起の黒幕をフェトフッラー・ギュレンだとしている。

 

 

このギュレンは1999年、ビル・クリントン政権の時にアメリカへ渡り、CIAの保護下にあるとされている。

 

その後、トルコとアメリカとの関係は悪化、西側有力メディアのエルドアン批判も激しくなった。

 

 

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201806270000/

 

 

 

 

 

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