中国と日本の関係    淵灰瓮鵐箸魏爾気辰進に)

  • 2018.09.25 Tuesday
  • 23:20

 

 

☆ 李氏朝鮮王国の ドラマを見ると (私は 「風の絵師」を見ました) その時代の中国の間接統治を受けていたことが描かれています。

 

なりすまし 明治国家からのものではないものを また 読んでみましたら 新しいことも 分かった気がします。

 

それは 偽ではない ユダヤが 背景にあるようですが ・・・

 

今日は 間接統治だったのか どうか だけに 絞ります。

 

 

 

〇 仰天、「日本は歴史認識を改めよ」とは、こういうことだった。

 

 

江戸時代の日本列島を統治したのは中国

 

その宮内庁の有職故実家は、

 

「大嘗は中国(ワガクニ)従来の儀式ではなく、唐の制度を模したもの。ただ大嘗に則っていない山藍摺りにおいては、華人の古を見ることができる。」と書き遺してた

 

 

https://pbs.twimg.com/media/Cx2ebKEUkAExg0x.jpg

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/800970730670211072

 

 

 

 

 

〇 江戸時代の日本は自称中国。


唐の間接統治を受けた日本は冊封国。証拠


武則天は唐の三代皇帝の皇后、後に周皇帝。

 

 

能『海人』によれば、その弟は藤原不比等、父は藤原鎌足。

 

日本初の近江令(668)を編纂したのが鎌足。

 

大宝律令(701)を編纂し翌年施行したのが不比等。養老律令(718)を改修したのも不比等。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1044436563348750336

 

 

☆ 藤原 というと 日本人 となりますが ・・・

 

では 中国人か と なりますが・・・

 

その辺は △法―颪ます。

 

カクムソウが 侵略しただけではないかと なりますが ・・・

 

その辺のところも 整理して△暴颪ます。

 

あくまで これは そうかもしれないと 感じるものということですが。

 

 

 

〇 日本を守るのに右も左もないブログさんよりの引用

 

 

【1】日本の支配体制は、天皇制と輸入制度の接ぎ木構造?

 

幕末には中国に対する属国意識は捨て去られ、

代わって西洋の近代観念と天皇制観念(尊王論)が広がってゆく。

 

 

そして、西洋の侵略圧力を受けて出来上がった明治国家も、西洋の近代観念(制度)と天皇制観念をそのまま接ぎ木して成り立っている。

 

 

しかし、この接ぎ木構造も初めてではない。

 

 

遡れば、8世紀の律令国家も、中国から輸入された律令制度と天皇制の接ぎ木構造である。

 

 

7世紀の白村江の大敗北によって唐・新羅に侵略される危機意識が高まり、朝廷は唐の律令制度を導入するとともに、天皇制観念を確立する。

 

その現れが初めて「天皇」を名乗った天武天皇であり、その統治下で編纂が始まった『古事記』『日本書紀』である。

 

 

この天皇制と輸入制度との接ぎ木が、日本の支配体制の基本構造になっているようだ。

 

従って、天皇制と輸入制度(律令制度や近代制度)がどのような関係になっているのかを解明することが、次の課題になるだろう。

 

 

【2】武家政権は庶民政権だったのではないか?

 

同じ支配者でありながら古代の朝廷や戦前の近代国家が中国(唐)や米に無謀な戦争を仕掛けたのに比べて、西洋列強の力を冷静に見抜き、戦争を回避した江戸幕府の能力の高さは注目に値する。

 

 

徳川だけではなく、鎌倉幕府は元寇に対して周到に準備し、これを撃退している。

 

武家政権の方がはるかにマトモで有能な政権だったことは間違いない。

 

 

ここまで違うのは、鎌倉〜幕末までの武家政権は、朝鮮出自の支配階級ではなく、土着の庶民政権だったからではなかっただろうか。

 

 

 

『縄文と古代文明を探求しよう!』「武士とは日本の支配史にとって何か」

 

だからこそ、武家政権にとっては民の生活に配慮することが第一だったのではないか。

 

実際、鎌倉時代〜戦国時代まで武士たちは民の生活を強く意識しており、だからこそ統治者として中立公正と無私であることが求められた。

 

 

最古の武家家訓である「北条重時家訓」(十三世紀中頃の成立)には、一族郎党を率いるべき武士の理想の姿が描かれている。

 

「仏・神・主・親に恐をなし、因果の理を知り、後代の事をかんがみ、凡て人をはぐくみ〔中略〕心剛にて、かりそめにも臆病に見えず、

 

弓箭の沙汰ひまなくして、事に触れてなつかしくして、万人に陀び、能く思われ、皆人ごとに漏さず語をかけ、

 

貧げなる者に哀みをなし、妻子眷属にいたるまで、常にうちわらいて、怒れるすがた見ゆべからず」

 

 

超越者(仏・神・主・親)への畏怖、物事への洞察、武士としての強み、周囲への配慮、人間的な魅力を兼ね合わせるのが、あるべき武士の棟梁なのである。

 

『江戸の思想史』(田尻祐一郎 著 中公新書)「第2章 泰平の世の武士」

 

 

戦国大名の支配は民の生活を前提として成り立っていたし、江戸幕府も共同体に立脚して統治していた。

 

 

実際、鎌倉幕府にしても江戸幕府にしても、律令制度や近代制度のような輸入制度ではなく、独自でゼロから制度を構築しており、とりわけ裁判制度などは中立公正が求められていた。

 

 

鎌倉〜幕末までの武家政権は、朝鮮出自の支配階級ではなく、土着の庶民政権だったからではなかっただろうか。

 

 

言い換えると、鎌倉〜幕末までの700年間は、朝鮮出自の支配階級がつくった天皇制+律令制度の支配を覆して、庶民が主導権を握った時代だと捉えることもできるだろう。

 

但し、主導権を握ったと言っても、政権を担う正当性を天皇制(お墨付き)に依存している。

 

この武家政権も、基本的にお上(天皇家や公家)を捨象する、庶民のお上捨象パラダイムにあることも間違いない。

 

 

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/06/2300.html

 

 

 

 

 

〇 日章旗の意匠は、古くから道教徒のお墓に描かれている日之丸太龍です。

また旭日旗の意匠も、中国最古の暦『通勝』に描かれる吉祥の春牛圖です。

 

 

 

 

 

 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/775041791745597440

 

 

 

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