証拠があっても発狂して否定する天皇の軍隊  ベトナムの従軍慰安所

  • 2019.08.16 Friday
  • 21:56

 

 

☆ 天皇は神だ。  そのことを 否定するような 歴史は 発狂する。

 

まさに 造られた 不自然な天皇制 ならではの 軍隊が ニツポンという国です。

 

 

 

 

〇 8.13   韓国メディア、フランスで発見された資料に基づき、

 

     日本軍占領下のベトナムにおける従軍慰安所について報道



韓国の複数のメディアが報じたところによると、韓国の国史編纂委員会は、

フランス国立海外文書館(ANOM)において、

 

 

日本軍が、当時占領していたベトナムの各地に慰安所を設置し、慰安婦を置いていたとする事実を示すフランス軍の文書を発見した。



韓国の新聞「東亜日報」と、通信社「聯合ニュース」のフランス語版は、


1940年10月7日のフランス軍の報告によると、


ベトナム北部の港町ハイフォンに進駐した日本の陸軍と海軍が、それぞれ慰安所を設置するという内容が含まれていた。




両者とも、資料の写真を掲載している。


https://cdn1.img.jp.sputniknews.com/images//657/96/6579610.jpg

 

 

 

 


発見されたフランス軍の文書。日本の陸軍と海軍が、それぞれ慰安所を設置すると記されている。



韓国メディアが報じているところによると、資料には、将校用、下士官用、兵士用という三種類の慰安所があり、

それぞれのランクに応じて資金調達がされていたと書かれている。


また、1941年に、身元不明の女性25人がハイフォン港に到着したと記録したフランス軍報告書も確認された。


当時ベトナムはフランスの植民地、「フランス領インドシナ」の一部であった。


フランス領インドシナ政府は、ナチス占領下のフランスのヴィシー政権によって設立。


枢軸国の一員たる日本政府と協力関係にあった。


そのため日本軍は1940年9月、北部ベトナムに進駐し、翌年には南部も占領した。




フランス軍が残した報告によると、

 

日本軍のベトナム占領ルートに沿って、慰安所が作られ、

それはバクニン、ハノイまで続いた。



文書館では慰安所の位置が表記された地図2点も発見された。


地図にはバクニンとハノイにおける慰安所の位置が示されている。



1993年8月に出された内閣官房外政審議室の文書によれば、慰安所が存在していた地域のひとつとしてフランス領インドシナを挙げているが、それ以上の詳しい情報は示されていなかった。

 

 

 

 

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