大本営の狂気 松代地下豪

  • 2019.03.15 Friday
  • 22:21

 

☆ コメントを頂いて始めて知ったことです。

 

ウィキも見てみましたが ニツポンでは 大本営に負になることは書けないだろう あるいは ウィキでさえ 天皇一族はコントロールできるだろうと 感じています。

 

下記 記事が そのまま 信頼できるかどうかわかりませんが 

 

いつも 強制労働ばかり 出てきます。

 

明治からの国家は 今も続く 「人間の皮を被ったもの」としか 写りません。

 

 

感情が激しくなりますが ・・・

 

また 三島由紀夫講演会で この地下壕を忘れないようにと言われたことは どういうことなのでしょう?

 

三島氏の本音は 例えば 「一水会」の方々が知っているのでしょうか?

 

 

一水会は プーチンよりであり クリミヤにも ロシアの領土として訪問しているはずです。

 

ということは

 

自称日本人とは 一線を離れているように感じます。

 

 

下記は そのまま 引用です。

 

私自身 全く 新しい情報でした。

 

 

 

◎ 戦後70年、大本営の狂気を物語る戦争遺跡:松代地下壕大本営跡


◯松代大本営とは?


 松代大本営地下壕跡は、70年前に敗戦となったアジア太平洋戦争を遂行する最高決定機関の大本営(大元帥である天皇を頂点とする最高統帥機関)の狂気を、

 

静かに後世に物語る戦争遺跡で、その貴重さは他に類がない。


 なぜ、「狂気」と表現するかといえば、

 

それは大本営が、日本本土をくまなく空襲する米軍相手に、

勝敗は決したにも関わらず、自分たちの延命だけを図っていたことをわかりやすく示しているからだ。
 


 戦争末期に本土決戦を想定した大本営は、国民も国土も壊滅しようとも、

 

天皇制だけは死守する「国体護持」を狙い、広島と長崎に原爆投下され、降伏するまでの時間稼ぎをした結果の巨大な地下壕群である。

 


 場所は本州の真ん中。

 

長野市松代の地質の安定した岩盤が強固な一帯。

 


 私的に解説を加えると、44年8月にマリアナ諸島(サイパン、テニアン、グアム島)が米軍に陥落した時点で、日本の絶対国防圏は失われ、対極的には勝負がついた。

 

米軍はこれら3つの島をB29出撃拠点として整備し、日本本土の大空襲は、44年11月から本格的に開始された。

 

松代大本営地下壕の建造が始まったのはこの時期だ。

 

その後の敗戦までの流れを思い出してほしい。

 

 

45年3月の東京大空襲を皮切りに、本州の主要都市は敗戦までにことごとく焦土と化す。

 

米軍による本土上陸の時間稼ぎのために沖縄戦が戦われ、6月末に終結。そして広島と長崎に原爆が投下され、その段階でやっと大本営は連合軍に降伏したという流れだ。



 マリアナ諸島の陥落から敗戦までの1年間、大本営は松代に地下壕を掘らせて大本営を移動し、地上ではどんな事態が起きようとも徹底抗戦しようとした、戦争の狂気が地下壕跡となっているということだ。

 


 労働者の中心は6500人はいたとされる朝鮮人で、朝鮮半島から強制連行された者や全国から集められた者などが大半を占める。

 

最盛期には、周辺の大人、勤労報国隊や学童などの日本人を含め、一日1万人が働いていたとされる。

 


 松代大本営地下壕は、70年前とまったく変わらずにそのまま残されている。物言わぬ侵略戦争の生き証人そのものだといえる。
 

 



象山壕の入口
削岩機の先端のロッドが岩にめり込んだままの場所で説明する小林さん。
 

 


 いったい、どうやって、たった9ヶ月で5.9キロも掘ることができたのかと思うと、とても人間業とは思えないほど説得力を感じることだろう。

 

戦争末期の食糧難のとき、国民の命も財産も、将兵の命もまったく顧みることのなかった大本営が、逃げ出すこともできない朝鮮人や、勤労動員を拒否できない日本人にどれほど苛酷な使役労働を強いていたのかは、想像にかたくないと感じるほかはなかった。
 


 松代大本営地下壕は、大本営の狂気が産み落とした負の戦争遺跡そのものだ。


◯使役労働の主体となった朝鮮人労働者

 

 


 

朝鮮人犠牲者追悼平和祈念碑は、象山壕入口の右脇に建つ。

 



石碑の裏側には建立の理由が日本語とハングルで刻まれている。

 

 

「戦後五十年を期して、松代大本営の建設のために強制連行され、苛酷な労働を強いられて亡くなられた多くの朝鮮人犠牲者を追悼し、過去の戦争・侵略・加害を深く反省し、友好親善と恒久平和を祈念してこの碑を建立する  1995年8月10日 
松代大本営朝鮮人犠牲者慰霊碑建立実行委員会」

 


ちなみに、「碑銘 半田孝淳謹書」とある半田師は、現在は天台宗の最高地位である座主となっている。

 

当時は上田市近郊にある別所温泉の天台宗寺院住職にあったと思われる。


http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/70-a190.html
 

 


「 地下壕掘削などの中心的役割を果たしたのは、当時植民地化の朝鮮(大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国)からの多くの強制連行者を含む約六千人の人々であった。

 その工事は、厳しい監督下での昼夜兼行の強制労働で食料も乏しく、発破や落盤の事故、栄養失調で死亡したり、逃亡した者も少なくない。

 

さらに自殺したり待遇改善を要求して射殺された者もおり、犠牲者は三百人とも推定されているが千人という説もある」


「住民にも強制的な立退き、土地収用、病気蔓延の被害があった事も明らかになった」とも補説されている。
 

 


◯たった一人の証言者、崔小岩(チェ・ソアム)さん

 戦後も松代に住み続けた崔小岩(チェ・ソアム)さんのお墓は、清水寺(せいすいじ)の墓地にある。奥さんの「田辺」性の墓石が建っている。松代大本営地下壕に労働者の一人として従事した崔さんは、1991年3月17日に亡くなった。71歳だった。
 

 

「松代大本営の保存をすすめる会」が編集発行した、崔さんの聞き取りを丁寧にまとめた貴重な本。発行は1991年11月。

 

 


 


・本から崔さんの体験をかいつまんで紹介する。

 崔さんは、慶尚南道の小さな集落で生まれ、家は貧しい小作農だった。創氏改名による通名は催本を名乗った。

 

崔さんの場合は、強制連行ではなかった。若干の賃金も受け取っていた。しかし、労働の実態は半ば強制労働と変わらない。

 


 崔さんは、松代の現場が気に入らなければ、逃げ出して他に移っていけば良いと、楽観的に考えていたが、松代はそれまでと異なった。逃げ出そうにも逃げることができなかったという。

 

最も切なかったこととして、食事のことをあげている。

 

食事はこうりゃんが7割米3割で大豆が少し入ったご飯。おかずは塩だけという内容で、年取った労働者が栄養失調で50〜60人くらい死んだと語っている。

 


 朝鮮語の私語も禁じられ、崔さんは口から血を出すほどにこてんぱんに棒で叩かれ、地下壕掘削を請け負った西松組みの現場監督官らによって制裁を加えられ、二度目のリンチで痛めた腰が持病となっで戦後に苦しんだと話す。

 

逃げて捕まった朝鮮人は、見せしめで拷問され、姿が見えなくなった者もいたという。

 

宿舎は雪が吹き込み、布団はボロボロのワラ布団で、寒さがこたえ、自由を奪われた状態は、「豚箱に入れられたようなもの」「カゴに入った鳥」だったと回想している。

 


 崔さんは発破の仕事もかなりやったと話している。

 

発破は岩に穴を開けてダイナマイトを仕込むため、事故がつきものだった。

 

発破で朝鮮人労働者4人が粉々に吹き飛んだ現場も見たという。一人の首が飛んで岩に刺さっていたと述懐もする。

 


 朝鮮人と日本人の労働の差別もはっきりしていたという。

 

日本人がサボってタバコを吸っていても、問題にならないが、朝鮮人の場合は、現場監督の手がすぐに飛んでくるか、後でしたたかに痛めつけられるのが普通だったという。

 


 崔さんは、西松組の監督や用心棒が利用する朝鮮人「慰安婦」を置く慰安所があったことも話している。

 


 敗戦となって、西松組の所長は責任を逃れるために逃げ出し、倉庫には米が腐るほど備蓄され、地下足袋も、手ぬぐいもタバコも積み上げられていたと話す。本来は労働者に配給されなければならないものが隠匿されていたということだ。

 


 戦後、強制連行されてきた朝鮮人の多くや、崔さんのような自主渡航者も多くが故郷へ帰還する中、崔さんは松代に留まった。

 

日本人女性と結婚し家庭を持ち、4人の子どもに恵まれた。

 

発破や掘削作業で塵が充満して5〜6m先が見えない労働環境特有の病気になっていた。戦後に信大病院で検査してもらったら、「塵肺」だと診断されている。

 

 

 地元の高校生たちの質問に答えて証言を何度もした崔さんは、こう話していた。 


「戦争なんて、勝っても負けてもいいことなんか全然ないんだ。若い人はそういうことが二度と起こらないように勉強してもらって、やってもらわなければ辛いです」

 


 崔さんが地元の中学生に向かってこう話したことも記録されている。


 「私ひとつ、みなさんに言いたいのは、朝鮮人にしろ、日本人にしろ、アメリカ人にしろ、ただ顔かたち、言葉、それだけで、みんな変わらないですよ。ただ、もう少しね、そういうのを考えてくれればよかったと。これは、ずっと考えていたね」

 

 


◯長野市による説明板の「強制的に」書き換え問題


・信濃毎日新聞社説(2014年10月22日からの引用)
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 説明板は、市が1990年に壕の一部の一般公開を始めた時に設置した。

建設の実態について「延べ三百万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され」と書かれていた。


 その「強制的に」の部分がテープで隠されているのが今夏、発覚。

 

市が、外部から「朝鮮人の労働は強制ではなかったのではないか」との指摘を受けて、テープを貼っていたことが分かった。深い議論のない安易な対応だった。
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


◯取材後記


 戦中に勤労動員され軍需工場などで働いたことのある戦中派の体験談で、誰一人として動員先での労働のを楽しいものだったとして記憶している日本人に会ったことがない。

 

ましてや、日本の植民地下に置かれ、表向きは「日本国民」として扱われたとしても、「朝鮮人」と蔑視された朝鮮半島の働き手には、北海道や全国の炭鉱労働などのさらに厳しい強制労働の現場が待ち受けていた時代だ。


 「慰安婦」問題も同じだが、「強制的に」連行されたかどうかを問う前に、

 

朝鮮半島は日本の侵略戦争の結果、植民地下に置かれていた史実を無視して戦争中の史実を語る、大いなる間違いに気づく必要があるのではないか。
 


 象山壕入口脇に建つ「朝鮮人犠牲者追悼平和祈念碑」に刻まれた、建立の目的は、その点に曇りのない素晴らしい石碑だといえる。

 

長野市による説明文の「改ざん」などがあっても、まったく動じないという意味で、ほっとする慰霊碑でもある。

 

まだ現地を見ていない方、ぜひ一度お出かけください。



 私の視点から、強く同感する方の意見の一部を紹介しておきたい。


 「国民も朝鮮の人々も、否応なしに戦争に駆立てられたものであり、動員は日本国民および朝鮮の人々にとっても強制的なものであったのは、動かしがたい歴史的事実であったと判断できる。

 

長野市が世界平和を声高に唱えるのであれば、目先のことに動ぜず、先の大戦の日本の過ちの責任を自らのものとして背負い、「松代大本営地下壕」を戦争遺産として後世に伝え平和を希求する自治体であってほしい」
 


 「強制的」の表現を削除させたい人たちの動きは、「はだしのゲン」の閲覧を禁止させる運動や、「慰安婦」問題をなかったことにしたい動きと連動していることも見逃してはいけない。

http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/70-a190.html

 

 

 

☆ 隠れていることは 現れます。

 

今では 「投下」ということは つうじないでしょう。

 

写真をみても 上から落とした画像など ありません。

 

あるとしたら エノラゲイに「積んでいる」 画像が 作られているだけです

 

 

原爆が 終戦のためなら 皇居が 標的になるはずです。

 

それでも ヒロヒトは 「逃げ場」を探していたのでしょうか?

 

 

アキヒトも その次も

 

まちがいなく 「その血」を受け継いでいるということです。

 

 

「自分たちだけの生き残り」

 

 

 

 

日本のNWO支配システム  タブーセステム

  • 2019.03.15 Friday
  • 22:18

 

 

タブーセステム(田布施):

 

 

江戸時代に穢多と称された山窩をルーツとする

 

下関戦争の債務者・箕作奎吾を明治天皇に据えたことや、

 

英国公使他英国要人との混血を明治の官僚にしたり、

 

田布施の朝鮮人の養子として育てさせたり、

 

その子孫を昭和・平成に首相に就かせた

 

秘密の出自による日本統治システムのこと

 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/956426433970126849

 

 

 

 

 

911の動画をご覧ください

  • 2019.03.15 Friday
  • 22:13

 

 

911の真相を追うと生前退位するエリザベス(ロスチャイルド金庫番)に行きつく!

アイルランドで使ったテロを利用した侵略統治ビジネスモデル!



それを北アイルランド紛争の和平合意後、世界に適用できるように、イスラエルのモサドらを使って起こしたのだ!

米上院議会のカーテンの裏にはエリザベス?





https://twitter.com/JunjiHattori/status/1061031599452508160





ディープフェイクとは人工知能を用いた合成動画で、9.11当時の報道の中に虚偽報道、でっち上げが含まれている事が目撃者情報から知られています。


WTCビルに激突した旅客機は大きく、黒く、窓が無く、ミサイル様の物が装備されていた事も解っています。


ペンタゴンに激突した旅客機には翼がありません。


https://twitter.com/beppanman/status/1106362355191959552






9.11の真相 動画解説6/6


アメリカ同時多発テロに限らず、

 

地球上の戦争は仮想敵で人々を二分して互いに武器を供給するビジネスです。


https://twitter.com/beppanman/status/1106355197347938304



 

原爆爆発はいくつもあった  兵器のデモンストレーション

  • 2019.03.14 Thursday
  • 22:29

 

 

〇 串木野町は、1945年8月9日午前11時ごろ、大規模な空襲を受けたことになっています。

 

長崎が原爆投下で大変な被害を受け焼け野原になったということと合わせて、

 

どこでも(串木野でも)同じような状況だった

 

 

「串木野地域の空襲を語る」支援活動 

https://www.city.ichikikushikino.lg.jp/shakyo1/kyoiku/kyoiku/documents/ga94.pdf

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1102971288425947136

 

 

 

 

〇 長崎のキノコ雲の写真の奥に、広島のキノコ雲の形成プロセスと酷似した雲が、

 

高度2劼寮儕世魎咾い匿燭辰垢阿砲修咾立つ様子が見えます

 

 

原爆投下時の映像

長崎きのこ雲の背後に黒煙 各地で空襲

 

https://mainichi.jp/articles/20180520/k00/00m/040/142000c

 

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1050299872094511105

 

 

 

 

〇 WW2を新兵器のデモンストレーションの機会にしたかったのは、英国王立協会が主催するウラン爆発軍事応用委員会。

 

 

WW2は、英国陸軍元帥天皇配下の日本で、1939年に世界で初めてウラン爆発に成功した論文が、同委員会で査読されていたことに端を発します。


そして核兵器を新世界秩序の核に据えたのです。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1104292848143228928

 

 

 

 

 

原爆実験の場所 無人地帯か? 人間が目標か?

  • 2019.03.14 Thursday
  • 22:25

 


3.13  世界初の核実験の処理された動画が公開される


世界初の核実験の処理された動画がネット上に公開された。

実験は今から74年前に米ニューメキシコ州アラモゴードで実施された。同実験のコードネームは「トリニティ」。

 

 

技術誌ポピュラーメカニクスによると、

 

公開された動画は、最初のネガを編集した際の不備を最小限にしたり、キズを除去するなどの処理が施された。

 

原子爆弾は、1945年7月16日午前5時30分に爆発した。

 

 

 

 

 

 

米エネルギー省の報告書では、

 

ニューメキシコ州の砂漠の上空で装置が爆発、爆心地近くの塔は「蒸発」し、

その土台周辺のアスファルトは緑色の砂に様変わりしたと述べられている。

 

 

また爆発から数秒後、砂漠には強い衝撃波が広がったという。」

 

 

原子爆弾開発の責任者だった米国の物理学者ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー氏は後に、

 

この出来事は古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の

 

「我は死神なり、世界の破壊者なり」という一節を思い出させたと語った。ポピュラーメカニクスが伝えた。

 

 

 

 

 

〇 正直、奥地や山岳民ではない

 

日本人を犠牲にして枚方・広島・長崎・串木野の生活圏で核実験を行った国連憲章の敵国が日本ですから、


核兵器保有国である国連安保理常任理事国の中国政府公式サイトで1939−1940年の日本の核兵器爆発がばらされても何も言えないよね。

説得力あり過ぎて。

 

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1102922989643812865

 

 

 

 

〇 思うに、日本人は天皇を戦争利用したことも政治利用したことも無く、

 

英国籍の天皇が日本人の人体と遺伝子を科学利用し、

 

そのことが明るみに出ないようにするために、米国秘密特許の更新が現在も続いているようです。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1100811906279821312

 

 

元気過ぎ? ロシアのおばあちゃん

  • 2019.03.14 Thursday
  • 22:21

 

 

3.5  あの「ブラーノヴォ村のおばあちゃんたち」が米国ラッパーを歌い負かす

 

スカーフのプレゼントもお約束【動画】

 


2012年のユーロビジョンにロシア代表として出演し、全世界を騒がせた、あのフォークロア・アンサンブル「ブラーノヴォ村のおばあちゃんたち」(日本では「ブラン村のおばちゃんたち」)」が

 

米国人ラッパー「A$AP Rocky」の歌う「バーブシカ(ロシア語で「おばあさん」)」に対抗する独自のフォークバージョンを収録した。

 

 

レチタティーヴォの後、おばあちゃんたちは 「A$AP Rocky」 に呼びかけ、次のような言葉でモスクワにいらっしゃいと招待した。

 

「あんた、歯きれいだね! お顔もそこそこ、いいじゃない! うちらの仲間さね! でもさ、

 

この布きれは何? A$AP Rocky さんよ、

 

あんた、モスクワにいらっしゃい。それよりずっといいスカーフ、プレゼントしてあげるから!

 

 

 

 

 

2018年11月、 「A$AP Rocky」 はロサンゼルス・カウンティ美術館のイベントに登場した際、

 

グッチのスカーフをロシアのおばあちゃんたちのように結んでいたことは記憶に新しい。

 

 

「A$AP Rocky」 は、こうしたスカーフスタイルを流行らせたいと、インスタグラムのプロフィールを

 

「バーブシカ・ボイ(BABUSHKA BOI)」とまで変更していた。

 


そしてこの1月、 「A$AP Rocky」 は新曲「バーブシカ(Babushka)」をリリースした。

 

 

 

 

ところでブラノヴォ村はウドムルト共和国にある。同共和国の首府はあのザギトワの出身地として知名度を高めたイジェフスク。

 

 

 

 

 


 

プラトーク 「Heart-to-Heart Conversation」 RED 125cm×125cm [ロシア製]
クリエーター情報なし
Pavlovo Posad Shawl Manufactory

 

 

 

 

盗んだものは返しましょう ナチスの金塊 天皇の金塊 ヒトラーの艦隊

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 22:06

 

 






3.9 ナチス親衛隊員の日記を公開 財宝の在り処示す地図も


ドイツでナチスのエゴン・アレンハウアー親衛隊員(SS)の軍事日記が公開された。


日記にはナチス・ドイツ軍がポーランドからの撤退時、

金(ゴールド)などの財宝隠した場所の情報が含まれている。


日記は数十年間にわたり、独クヴェードリンブルクにあるフリーメイソンのロッジに保管されていた。

英紙デイリー・メールが報じた。


日記によると、財宝を積んだ260台のトラックがアドルフ・ヒトラーの命令により、ポーランド11箇所に隠された。

ある隠し場所には28トンの金があり、その他の場所では装飾品や金貨、メダルが保管されているという。


また、フランスから盗まれたと見られる芸術作品50点近くも隠した


そのなかにはピーテル・パウル・ルーベンス、クロード・モネ、レンブラント・ファン・レイン、ラファエロ・サンティ、サンドロ・ボッティチェッリ、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオの作品がある。


日記の内容が正しいことは、ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンの芸術史学部などドイツの機関5つによって検証済みだ。


財宝が日記に示された防空壕や城の隠し部屋、井戸といった場所で発見された場合、

可能な限り元の持ち主に返すよう手配される。




〇 フィリピンに隠された 天皇の金塊
トンネルサイトの所在を示すと言われる地図 


http://www.kanekashi.com/blog/2010/12/1465.html

 

 

 

 

 

 



2.2   黒海底で「ヒトラーの失われた艦隊」見つかる

 

トルコの海洋エンジニアでダイバーのセルチュク・コライさんが黒海底で第2次世界大戦時代のナチス・ドイツの潜水艦3隻を見つけた。

 

トルコのTRT Haberテレビが報じた。

 

 

そのうちU-23潜水艦はトルコのアグヴァ市の近くで見つかり、U-19、U-20潜水艦はイスタンブール沖の水深25〜300メートルの海底で見つかった。

 

U-23潜水艦はいわゆる「ヒトラーの失われた艦隊」に属する。

 

この艦隊には他に、トルコ沿岸で沈没したU-19、U-20潜水艦も含まれている。

 



 

ET?  vs プーチンロシア

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 22:04

 

 





3.11  国際陸連ロシア選手の出場停止を継続へ

国際陸上競技連盟(IAAF)は「未解決の2点」があるとして、国際大会出場資格停止中の全ロシア陸上競技連盟の処分継続を決定した。

ロシア選手は中立旗の下で協議に挑める。ロイターが報じた。

IAAFが説明するところ、第一に、モスクワにある反ドーピング研究所からデータを依然として受け取っていない。

続けて、ロシアがスキャンダルに起因する損害に関する賠償金をまだ支払い終えていないと指摘した。

IAAF作業班トップのルネ・アンデルセン氏は「この2点が解決されれば、ロシア陸連復帰に関してIAAF理事会に提言できる」と述べた。








3.11  米哨戒機 露海軍船の上で低空飛行、旋回

米海軍の対潜哨戒機「P8Aポセイドン」は11日、大西洋上で、ロシアの最新鋭ミサイルフリゲート「アドミラル・ゴルシコフ」率いる北方艦隊の上空で低空飛行を行い、旋回した。


報道によると、ジブラルタルの海域を進む「アドミラル・ゴルシコフ」の上で旋回中、
ポセイドンは最低高度160mにまで下がった

 

 





3.10  米大使館職員、モスクワ空港で砲弾持ち込みを試みる

 


ロシア外務省は、モスクワにあるシェレメチェボ国際空港で、

米大使館職員が手荷物に入れて砲弾を運ぼうとしたと発表した。

外務省の発表によると、9日午前、米国人男性の手荷物をスキャンした際に迫撃砲弾に似た物体が確認された。


「呼び出された爆発物処理班は、確かに信管付きの迫撃砲弾だが、内部に痕跡はあるものの爆薬がない状態であることを確かめた」

この職員は出張終了に伴いロシアを離れるところで、

空っぽの迫撃砲弾は「個人的なコレクションのため」だったと述べている。


この男性は予定していた便に遅れたため、新たに航空券作成を助けられた。


男性は14時35分発のニューヨーク行きの便に無事搭乗したが、迫撃砲弾の持ち込みは拒否された。

 

 


 

3.13  欧州議会 ノルド・ストリーム2の停止を呼びかけ

欧州議会はストラスブールでの本会議で欧州連合(EU)とロシアの政治的関係についての決議を採択した。


決議には独とロシアをつなぐパイプライン・プロジェクト「ノルド・ストリーム2」の停止、

個人に対する制裁の拡大の可能性を検討、


金融およびテクノロジーへのロシアのアクセスの制限の他、


ロシアを今後、戦略的パートナーと認めないという提案が含まれており、

賛成402票、反対163票、棄権89票で、議長によって正式に採択されたことが宣言された。


決議には「ノルド・ストリーム2」はロシア産ガス供給に対するEUの依存性を強め、


EU内の市場に脅威を与え、EUのエネルギー政策またはその戦略的関心に適合していないことから、

同プロジェクトは停止する必要があると指摘されている。

 

ネコのディモクちゃん酸素吸入    性格悪そうな?犬

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 22:02

 

 

 


3.13  ロシア 火災から救助の意識不明ネコ、酸素吸入でお目めパチッ

 


スモレンスクの住宅で火災が発生し、4階の部屋から女性と雄ネコが救助隊によって助け出された。


女性は焦げた食物による中毒症状が認められたため、病院に入院させられている。


一方で雄ネコ、ディモク(「煙ちゃん」の意味)への救急処置は現場で行われた。

 

意識を失ったディモクは玄関脇のベンチに寝かされ、酸素マスクが装着された。

 

 

酸素吸入のおかげでディモクはしばらくして意識を回復している。

 

 

 

 

 

 

 

3.12  小さなフレンチ・ブルドッグが、自分より大きな弟分をからかう

 

ブルドックは、自分より小さな兄貴分のフレンチ・ブルドッグにいつもからかわれている。

 

フレンチ・ブルドッグは、自分より数倍大きな弟分のブルドックをからかうのが大好き。

 

 

弟をできる限り「怒らせる」にはどうしたらいいのか?それは彼の好物を奪い取ることだ!

 

 

 

 

 

2歳のフレンチ・ブルドッグは、羊の耳を乾燥させた犬用のおやつを口にくわえて自分より大きな弟分のブルドックのところへやってきた。

 

 

おやつを分けてあげるのかと思いきや、ブルドックが一度口に入れたおやつを奪い取ってしまった。

 

そして小さなフレンチ・ドッグは何度もブルドックのもとにやってきてはおやつを見せびらかしてからかっている。

 

フレンチ・ドッグの目から判断すると、自分がしていることをちゃんと理解しているようだ。

 



 

福島のことで ロシアの人は涙を流してくれた

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 22:18

 

 

☆ 人工だと 示唆してくれたのは ロシアでした


美しい 魂の詩を 朗読して
輪になって 祈ってくれたのも ロシアでした。


ニツポンでは 放送しませんでした。

 

けれど
普通の日本の人は
マスコミでは報道しないことを
ブログで 知らせました。

 

 

その詩は 胸に迫ります。


ブログには 100万のアクセスがありました。

日本には イエズス会の傀儡ではない (明治組の偽日本人ではない)

人間もいることを知ってください。

 

 

 

3.11  南相馬で被災した子どもたち、ロシア訪問の印象を語る

「福島について話したとき、ロシア人は涙を流してくれた」

 

 


2018年6月、東日本大震災で最も被害を受けた場所のひとつである福島県南相馬市から、三人の中学生がロシアを訪問した。

 

彼らはサッカーW杯ロシア大会で日本代表を応援するとともに、

福島で今何が起きているのか、本当のことを世界に向けて語るためにロシアを訪れたのだ。

 

 

東日本大震災から丸8年が過ぎようとする直前、スプートニクは彼らと会い、ロシアを冒険した印象と、福島の過去と現在について話を聞いた。

 

 

ロシアを訪問した三人は今月8日、日本サッカー協会で「福島のいま」と題した発表会を行なった。

 

メンバーのひとり青田琉園(るのん)さんは言う。

 

「3月11日に発生した東日本大震災で福島県は大きな被害を受けました。

 

そして震災の影響で発生した福島第一原子力発電所の事故により、私たちの故郷の多くは避難を余儀なくされました。

 

世界中の方々からいただいたご支援とその地域に住む人たちとの絆は大きな力となりました。

 

震災から8年となり、私たちの故郷は少しずつですが確実に復興への歩みを進めています。」

 

 

 

 

青田さんは昨年6月、本間一乃巴(いちのは)さん、杉本佑斗さんと一緒にロシアを訪れた。

 

この訪問は東日本大震災および福島第一原発事故からの復興支援に対する感謝と、福島の現状をロシアに伝えるプロジェクト

「トモにロシアへ」の枠内で行われたものだ。

 

 

震災当時、青田さんは7歳だったが、当日の記憶はとてもはっきりとしている。

 

青田さんはその日の様子を、昨年5月のスプートニクの取材に対して次のように話してくれた。


「児童館で祖母の迎えを待っている間に地震にあいました。

 

海の方の学校に通っていたんですけれど、1回目の地震が終わって、2回目の地震が始まる間に少し時間があり、車が迎えに来ました。

 

家に帰らずに、だいたい1週間くらいは祖母の家で寝泊まりしていました。

 

そのとき、父は出張でいなくて、帰ってくるまではとりあえずそこにいました。

 

父は女川の方に行っていて、震災の影響の津波は間近に見たと言っていました。

 

そして私のクラスの男の子の1人は津波で流されてしまいました」

 


青田さんが震災後に初めて同級生に会ったのは、クラスメイトのお葬式だった。

 

 

青田さん、本間さん、杉本さんは、震災直後に、ロシアが南相馬におもちゃや本、楽器などを届けたことを知っている。

 

 

それから7年が経ったとき、ロシアを訪問した彼らは、支援に対して、直接感謝の気持ちを述べることができた

 

彼らは「私達も地元の伝統的な踊りを見せて、震災支援に対する感謝の気持ちを話させてもらいました」と振り返る。

 


モスクワ、サンクトペテルブルク、サランスクの三都市で、青田さん、本間さん、杉本さんは、ロシア人に、今何が福島で起こっているのかを話し、自主制作映画「MARCH」を上映した。

 

この映画は南相馬のマーチングバンドについてのドキュメンタリーだ。

 

 

青田さんは言う。

 

大人の人が涙を流しながら話を聞いてくれました。映画も泣きながら見てくれた人とかもいて、終わった時にありがとうございましたと挨拶しながら握手していました。その時にも『がんばってね』とロシア人の皆さんが声をかけてくれたりとか、あと、たぶん日本語がしゃべれない人だったんですけど、『アリガトウ』って日本語で話しかけてくれました。」

 

 

「ロシアのイメージが変わった」

 


ロシア訪問はサッカーW杯とタイミングをあわせて行なわれた。本間さんと杉本さんにとってはこれが初めての海外旅行だった。

 

昨年5月のスプートニクとのインタビューでは、ロシアに対して知っていることはある?との問いかけに、二人ともきまり悪そうに下を向き、明確な答えは返ってこなかった。

 

本間さんは自信なさそうに「きれいな印象がある」と話した。しかし今は違う。

 

サランスク郊外の小さな駅で買ったイチゴがとても美味しかったこと、

モスクワのタクシーが猛スピードで移動していたこと、

ロシアがびっくりするほど暑かったことなどを口々に話してくれた。

 


杉本さんは、ロシアに行ってからロシアの印象が変わったと話す。

 

「一番思い出に残ったのは、ロシアは良い国だったということです。

 

行く前は少し不安というか、怖いのかなという感じがあったんですけど、行ってみたら会った人はみんな優しかったので、またもう一回行きたいなと思いました。思い出もできたし、とても良い国だと思いました。」

 

 

青田さんは、本人が希望していたように、日本に戻っても連絡を取り合うことのできるロシア人の友人を見つけることができた。

 

 

 

青田さん「一番心に残っているのは、ロシア人の皆さんが本当に親切にしてくれて、ボランティアで通訳してくれた人がとてもたくさんいて、日本人の大人がいないときでも「体が疲れていない?」などと気遣ってもらいました。

 

ロシアはものすごく町並みがきれいでした。ロシアのことは行くまであまり知らなかったんですけど、帰ってきてから一番大好きな国になりました」。

 

 

 


いっぽう本間さんは、ロシア人のおもてなしに感激したという。

 

「子ども芸術劇場を訪れたときに、食べ物やダンスでおもてなししてくれたんですけど、僕らも東京オリンピックがあるので、ロシア人みたいなちゃんとしたおもてなしの心を磨きたいなと思いました。」

 

 

 

プロジェクト「トモにロシアへ」は、サッカー日本代表を応援する団体「Smile for Nipponちょんまげ支援隊」代表のちょんまげ隊長ツンさんこと、角田寛和さんによって発案され、

 

在新潟ロシア総領事館のアントン・チギリョフ二等書記官らの協力を得て実現した。

 

 

 

☆ 久しぶりに 「お前はロシアのことをよく書いているから 朝鮮人だあ」という コメントがきました。

 

正直 かわいそうになるくらいの 汚い言葉の羅列でした。

 

本当に かわいそう という 思いが きました。

 

普通に生まれ 育ったなら

 

こうはなれないからです。

 

 

普通の人間に戻って 人間通し (天使もいても 嬉しい) で 会えることをイメージします。

 

ロシアだけではない

 

世界の 人間と 天使たちとです。

 

 

また 311は 津波だけを言うことも

 

ディープステートの罠になる マスコミの報道かもしれないです。

 

 

本当は 偽日本人の

 

核製造こそが 核心なのですよね。

 

そのために イスラエルからの攻撃があったとか。

 

このような知識で よいでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現地取材」という呪文  ベネズエラ

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 22:04

 

 

お仕着せの取材で書いた記事は 権力者のプロパガンダにすぎない

 

 

フアン・グアイドなる人物をベネズエラの暫定大統領に任命したのは事実上、アメリカ政府。

 

ウゴ・チャベスが大統領選挙に勝利した1998年からアメリカ支配層は政権転覆を目論んできたが、グアイドの件もその延長線上にある。

 


そのアメリカに従属している国、例えばオーストラリアやカナダのアングロ・サクソン国

日本、EU、ラテン・アメリカの属国、つまりアルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、コスタ・リカ、グアテマラ、ホンジュラス、パナマ、パラグアイ、ペルーなどの政府もグアイドを支持している。

 


それに対し、ロシア、ベラルーシ、中国、トルコ、イラン、シリア、ラテン・アメリカではボリビア、キューバ、ニカラグア、エル・サルバドルなどは法律に則って大統領に就任したニコラス・マドゥロを支持している。

 

選挙はアメリカなどよりはるかに公正なものだった。

 


選挙で選ばれたわけでないグアイドを暫定大統領と表現すること自体、アメリカのクーデターに組していると言われても仕方がない。

 


アメリカの支配層は目障りな政権や体制を転覆させる際、似た手口を使う。

 

まずエリート層の買収、

 

それがだめなら恫喝。

 

さらに進んで暗殺やクーデター、状況によっては軍事侵攻だ。

 

 

クーデターの前にはメディアや広告会社を使ってプロパガンダを展開、

配下のゴロツキや労働組合、最近ではNGOを使って抗議活動を展開、

それと並行して経済戦争を仕掛ける。

 


鉱物資源を輸出している国を潰すために相場を暴落させることは昔から行われてきた。

 

 

さらに生活必需品が手に入らないようにしたり、逆に主要輸出品を売れないよう各国に圧力を加える

 

 

銀行や金融関係の国際機関は融資を止めたり、厳しい取り立てを始める。

 

やることは犯罪組織と同じ。

 


ベネズエラの主要輸出品は石油だが、2014年半ばから原油相場が暴落して経済状況は悪化する。

 

9月11日にアメリカの国務長官だったジョン・ケリーとサウジアラビアのアブドラ国王と紅海の近くで会談しているが、

その会談でも相場引き下げについて話し合われたと言われている。

 


相場を暴落させる最大の目的はロシア経済を破綻させることにあったと推測されている。

 

 

これは失敗に終わったものの、ベネズエラは大きなダメージを受けている。

さらに経済戦争、要するに兵糧攻めにあって苦しくなったのは事実。

 


アメリカ側でベネズエアラ攻撃を指揮しているのは殺戮と破壊を繰り返してきたエリオット・エイブラムズだが、

 




 

そのグループのシナリオでは物資不足で社会が不安定化、ニコラス・マドゥロ政権に対する不満が爆発することになっていたのだろう。

 

ところがロシア、中国、イラン、キューバなどからの人道的支援でそうした展開にはならず、

店には商品が並んでいる。

 


有力メディアの記者は予定稿通りに書いたのだが、それが事実と違うということかもしれない。

 

予定稿があるとすると、それはアメリカ支配層のプランに基づいている。

 

事前の調査が不十分で現地に情報網を持っていない場合、御仕着せの取材でそのプランを書くように仕向けられるだろう。

 

現地へ行けば事実が見えるというものではない。

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201903120000/

 

 

 

 

孝明天皇 親王  明治天皇

  • 2019.03.11 Monday
  • 22:19

 

 

☆ 孝明天皇は生きていたかどうか は それほど 重要だとは思えません。

 

明治から NWOになった

 

それだけで 偽物です。

 

大室寅之助 というのは

 

「南朝」になった ということにする 都合のよい 説だったのかもしれません。

 

天皇より と思われる方が

 

大室も 箕作も いた つまり 何人かが用意されていた という説も出てきています。

 

箕作という名を

 

ありえない とすることはできなくなったということでしょうか?

 

 

箕作 → サンカ と 判明すると

 

「素性」になります。

 

 

ある意味 

 

大室でも なんでもよいのかもしれませが

 

孝明天皇 → 大室 → 明治天皇 と 比較すると

 

全く 似ていない

 

根本的な違いを 感じませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇 大室寅之祐の写真は、祐宮睦仁です。

 

比べて下さい、明治11年に描かれた父・孝明天皇の肖像画と。

 

お母さん似かもしれないけど、親子ってかんじでしょ?二人ともちょっと下唇の方が突出してる。

 

この親子は天皇を辞めて生きていたと思います。


https://twitter.com/honest_kuroki/status/1103697936112705536


 

 

〇 だって五箇条御誓文と同日の宸翰に書いてあるもん

 

法令全書
慶応4年3月14日
五箇条御誓文「〜朕躬ヲ以テ衆ニ先ンシ〜」
宸翰「〜朕カ志ヲ體認シ相率テ〜」
 

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787948/81

 

 

 

 

☆ 生きていたか そうでないのかということは

 

天皇陵でさえ 隠ぺいする国において 明らかになることはないと思います。

 

それよりも

 

英国陸軍  ガーター騎士団のほうを 口をわるかどうか のほうが重要ですが

 

決して 事実は語らないでしょう。

 

 

 

 

 


 

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