圧力と屈服  朝日新聞   ヒロヒト

  • 2019.01.06 Sunday
  • 22:46

 

 

■朝日新聞がついに「戦争犯罪人でありファシストであり5000万人のアジア人を殺した最大最高の元凶』

 

昭和天皇裕仁の『美化キャンペーン』を始めた!

 

 

朝日新聞の元旦(2019.01.01)記事『人柄にじむその直筆 昭和天皇、激動の半生は歌と共に』を読んで驚いた!

 

 

天皇の代替わりの今年『GHQに助命され免罪・免責された戦争犯罪人』の昭和天皇裕仁を完全に隠ぺいして

 

『平和を愛し戦争を憂え悩む人間天皇』に美化する『嘘記事キャンペーン』を開始したと思わざるを得ない。


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(記事引用)

 

▲人柄にじむその直筆 昭和天皇、激動の半生は歌と共に

2019年1月1日 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASLDZ53F7LDZUTIL00R.html

 

 

 

平和を願う心、旅の思い出、親しい人との別れ――。

 

 

昭和天皇が晩年つづった和歌の原稿に、激動の半生への述懐や、日々の思いが残されていた。

 

余白をも埋める肉筆に几帳面(きちょうめん)な人柄もにじむ。

 

歴史研究の資料として貴重だと、専門家は指摘する。

 

 

いつのまによそぢあまりもたちにけるこのしきまでに(のうちに)やすらけき世みず

 

 

1988(昭和63)年8月15日の終戦の日に寄せ、昭和天皇はこんな歌を残していた。

 

所功・京都産業大名誉教授は「戦後40年余りたっても、世界では争いが絶えない状況をはかなんだ歌ではないか。昭和天皇にとって日本と世界の平和はつながっていたように思える」とみる。

 

 

陸軍大将として日露戦争を戦い、後に学習院長を務めた乃木希典(のぎまれすけ)とのエピソードを詠んだ歌もある。

 

 

残されていた歌の数々を、直筆原稿を写した写真とともに紹介します。

■雨(の)時は馬車(うまぐるま…

(以下有料記事のため読めず!)
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▲これが日本の野党政治家、マスコミ、学者、評論家が決して言わない昭和天皇裕仁の『隠された正体』だ!

 

 

 愿傾塚疑里蓮崟鐐菷蛤畤諭廚任△蝓▲侫.轡好箸任△蝓5000万人のアジア人」を殺した最大最高の元凶である』(井上清著「天皇の戦争責任」現代評論社1975年初版)

 

 

⊂赦妥傾弔慮斥奸А悗海慮胸卩弾が投下されたことに対して遺憾には思っておりますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対 しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っております』

 

 

この発言は、昭和天皇が米国訪問から帰国直後の1975年10月31日に日本記者クラブとの会見での秋伸利彦記者(中国放送)の質問

 

『天皇陛下はホワイトハウスで「私が深く 悲しみとするあの不幸な戦争」というご発言がありましたが、

 

このことは戦争に対しての責任を感じておられるという意味に解してよろしゅうございま すか。

 

また、陛下はいわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか、おうかがいいたします』への回答。

 

 

昭和天皇の言葉:

 

『そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、

そういう問題につ いてはお答えが出来かねます』

 

 

https://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/dac7657da9afc3d42001a968ee5ad518

 

 

 

☆ 現政権に 人間らしい魂を求めるなど 愚の骨頂 ということです。

 

日本という国ではなく

 

ヤクザ組 であると 書いていた人がいます。

 

 

新天皇即位を 許さない 「人間の魂」と

 

北朝鮮で行った 原爆実験と 731の証言と

 

日本の地下で行われている核爆発実験 などは

 

同盟ではない 国から 言われています。

 

 

人間の皮を被ったものとの 歴史的な戦いです。

 

そして 朝日ですが

 

喜んで 悪権力につくのか 

 

あまりの圧力の強さに 屈服するのか という 両方が考えられますが

 

これが 悪魔がが支配する 在り方ということです。

 

 

新天皇即位 ということに向かって

 

まさに 狂気の真剣さが 国を覆っています。

 

 

ネット拡散要員の 「作業員たち」は

 

世襲のなりすまし族でしょうか?

 

かれらは

 

これだけの 力でねじ伏せて 教科書を書き換えていく 「この世」の力の 傘の元にいるから

 

笑いながら 書き込みをして

 

ニツポンと 大英帝国を賛美して

 

露中 韓国 北朝鮮を 汚く罵倒し続けるのです。

 

 

これが かれらの 生まれてきた 家系的なアジェンダです。

 

 

 

 

 

 

 

 

1月1日 天皇元首の行事  初詣  国家神道

  • 2019.01.05 Saturday
  • 22:55

 

 

 今年の「新年一般参賀」には「史上最高の15万人超」が集まったとメディアは大々的に報じています。

 

 そんな表面的なこととは別に、「1月1日」は天皇制の意味を考えるうえで重要な日です。

 

 

 天皇の1年の”仕事始め“は、1日早朝(今年は午前5時半から)の「四方拝(しほうはい)」に始まります。

 

天皇が東西南北の神々を拝む重要な宮中祭祀(神道儀式)です。

 

 

 天皇が個人的にどんな宗教儀式を行おうと勝手ですが、それが「国民」への天皇制の浸透に深くかかわっている以上、見過ごすことはできません。

 

 

 なぜ「1月1日」は「祝日」なのでしょうか。単純に「新年・正月」だからではありません。

 

 「国民の祝日」は天皇の宮中祭祀と密接な関係です。

 

 

 「その(宮中祭祀の)多くは明治維新後に創設されたもの」(島薗進氏『国家神道と日本人』岩波新書)です。

 

 

明治政府は天皇制の浸透を図るため、宮中祭祀を「祝祭日」にする施策をとりました。

 

始まりは明治天皇の誕生日を祝う天長節の布告(1868年8月26日)です。

 

それが「宮中と社会が祝祭日を同時に祝う近代のあり方の嚆矢」(『天皇・皇室辞典』岩波書店)となりました。

 

 

 

  以後、宮中祭祀が次々と「祝祭日」とされました。この中で、「四方拝(1月1日)も祝日の扱いとなる」(同)のです。これが「1月1日」が「祝日」となったルーツです。

 

 

 天皇制(国家神道)を「国民生活」に浸透させる明治政府の政策は日露戦争(1904年)以降、いっそう強化されました。

 

その中でつくり出されたのが各地の神社への「初詣」です。

 

 

 

 「1月1日における国民的神道儀礼としての社寺への初詣が創出され、官公庁や小学校の新年節と連動しつつ都市から農村へと全国的に広まってゆくのも日露戦争後である」(同『天皇・皇室辞典』)

 

 

 「祝祭日」や「初詣」は「国民生活」に密着していますが、「国民」の目の届かない宮中で「1月1日」に行われている重大な儀式が、「新年祝賀の儀」です。

 

 

 1日朝(今年は午前10時)から、関係者が次々と天皇・皇后を訪れ、新年のあいさつを行います。

 

最初は皇太子・同妃をはじめとする皇族(写真中)。次に元皇族、未成年皇族と続きます。

 

 

 

 問題はこれからです。午前11時、宮中「梅の間」で天皇・皇后を拝したのは、安倍晋三首相以下閣僚たち。

 

 

それが終わると部屋を変えて衆参両院議長(写真右)、国会議員ら国会関係者、

 

さらに部屋を変えて最高裁長官ら司法関係者、そして全国の知事・地方議会議長らと続きます。これが「祝賀の儀」です。

 

 

  年の始まり「1月1日」の朝に、首相、衆参議長、最高裁長官の「三権の長」はじめ行政、立法、司法の関係者が揃って皇居を訪れ、天皇・皇后に拝謁し、新年のあいさつを行う。 

 

ここには天皇と「三権」・地方との関係が象徴的に(それこそ”象徴“的に)表れています。

 

天皇は「三権」・地方の上に立つ国家元首の扱いだということです。

 

 これが「主権在民」の現行憲法と相いれないことは言うまでもありません。

 

 

 明治政府が創設した「祝祭日」、「初詣」などによって無意識・無自覚のうちの天皇制(国家神道)の浸透が図られていることを知る必要があります。

 

 

 そして、「主権在民」の憲法原則に反する

 

「祝賀の儀」による天皇の元首扱いはやめさせねばなりません。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/679831eb3e4989b357ca3ea158e5c282

 

 

 

 

◎ 天皇制国家は 明治維新にできた。

 

 

◎ 天皇陛下万歳と 叫んでいるのは

 

なりすましの 朝鮮系のものと思って 間違いないと思います。

 

日本人の 歴史を知らないものも 入るとおもいますが。

 

 

第一 明治からの天皇の存在で

 

一方的に被害にあっているのは 日本人奴隷であり

 

一方的に うまい飯を食っているのは なりすましの朝鮮系でしょう。

 

 

同和企業のパチンコが 駅周辺の土地をあてがわれているなど

 

同和は この明治天皇の傭兵だからこそ 金持ちでいられる。

 

 

天皇陛下万歳が 冷静な判断や 思想からは 生まれていません。

 

血の同胞 そして 利益の共有からの 言葉でしょう。

 

 

私 つくづく 思うのですが

 

朝鮮にそのまま住んでいたなら

 

決して 日本で与えられる 特権は なかっただろうということです。

 

 

ニツポンは なりすましの 天国になった。

 

頂点には なりすましの天皇がいる。

 

 

こんな 国体ですね。

 

 

 

 

 

 

 

日米安保改定 岸信介を評価・賛美した裕仁の 「短歌」

  • 2019.01.01 Tuesday
  • 22:55

 

 

新年早々、大変な事実が明らかになりました。

 

 

 1日付の朝日新聞は1面トップで「昭和天皇 直筆原稿252首」と題する独自記事を掲載しました。

 

この「252首」の中に、

 

岸信介首相(当時)が多くの国民の反対を押し切って強行した日米安保条約改定(1960年)を裕仁が評価し岸を賛美する歌が含まれていることが分かったのです。

 

 

 

朝日の記事は1面と社会面で、1面のサブ見出し

 

<晩年の歌発見 大戦「あゝ悲し」>、社会面の見出し<昭和天皇 飾らない心>に示されているように、

 

記事の基調は裕仁賛美(擁護)です。

 

 

したがって1面、社会面の記事には問題の安保・岸賛美の歌については一言も触れられていません。

 

 

問題の歌の存在を明らかにしたのは、社会面に掲載された作家の半藤一利氏のコメントです。

 

 

朝日は半藤氏に発見された裕仁の短歌の「内容を確認、評価してもらった」としてコメントを掲載したのですが、

 

結果は皮肉にも朝日記事の基調とは真逆の裕仁の実像をあぶりだしたことになります。

 

 

半藤氏のコメントの中から、問題の部分を書きぬきます。

 

 

 <注目したのは、日米安保条約改定を実現した岸信介首相(当時)の死去に際し詠んだ歌だ。

 

 その上にきみのいひたることばこそおもひふかけれのこしてきえしは

 

天皇自身の注釈として「言葉は聲なき聲のことなり」とある。

 

安保改定が国論を二分し、国会がデモ隊に包囲される状況の中で岸首相が語った「いま屈したら日本は非常な危機に陥る。私は『声なき声』にも耳を傾けなければならぬ」を思い起させる。

 

デモ参加者の声ばかりが国民の声ではない、という意味だ。

 

昭和天皇が記した「聲なき聲」という注釈と歌を合わせると、昭和天皇は、岸首相の考えを「おもひふかけれ」と評価し、深く思いを寄せていたのかと複雑な気持ちにとらわれる。(中略)

 

 

終戦後には、米軍による沖縄の占領を長期間継続するよう、側近を通じて米側に伝えていたことも明らかになっており

 

(「沖縄メッセージ」―引用者)、側近にも日本は軍備を持っても大丈夫だとの考えを漏らしていた。

 

 

あるいは日米の集団的自衛を定めた安保改定に賛成の気持ちを持っておられたのだろうか。

 

 

それをうかがわせるような直筆の言葉が残されていることに心から驚いている。生涯、大元帥としての自分がなかなか抜けなかったのか。>(半藤一利氏、1日付朝日新聞。太字は記事の通り)

 

 

 

この歌は明らかに「安保改定」と岸を評価・賛美したものです。

 

60年に改定された「新安保条約」は日本をアメリカの目下の同盟国として、

 

米軍と自衛隊の一体化を強め、集団的軍事行動をすすめるものです。

 

安保法制(「戦争法」)の根源であり、安倍政権が推し進める大軍拡の元凶です。

 

岸は世論を無視して「安保改定」を強行し、退陣に追い込まれました。

 

 

裕仁がその「安保改定」と岸を評価・賛美する歌をつくり、自ら「注釈」までつけていたことは、

 

裕仁の根深い好戦性と対米従属、憲法蹂躙の実像を浮き彫りにしています。

 

 

明仁天皇はその裕仁に天皇としてのあり方を学び強い影響を受けたと自認しています。

 

安倍首相が祖父である岸を崇拝していることも含め、この問題はけっして過去のことではありません。「象徴天皇制」の実体を考える上でもきわめて重要です。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/86fcdecdcd5ddd70224c95a717d6f876

 

 

 

☆ アキヒトも 731の命令者は天皇であったという 詳細な記事に対して スルーします。

 

大戦の結果を認めない 歴史修正は 勿論 天皇の犯罪を認めないということで 天皇と 政治や 政権は 一体です。

 

 

どこまでも 偽天皇 なりすまし という 明治からの権力を 告白せず このまま続けようとしている。

 

 

アベと天皇は 実は対立しているなどという 説は

 

巧な 天皇からの 「記事」でしょう。

 

 

本当に天皇と対立していれば 即 殺されます、 命令一つで。

 

 

いまその 地位にしがみつく あまりにも 下層な人間が はっきり見えます。

 

 

大英帝国とともに戦争へ そして 

 

移民によって 天皇の素性を調べようとする日本人を 削減すればいいのです。

 

 

しかし アベと天皇の対立を語った ものは 

 

エイジェントです。

 

 

 

 

 

天皇が日本人を殺した証拠  過去記事重複

  • 2019.01.01 Tuesday
  • 00:14

 

 

天皇が日本国民を殺した証拠

 

昭和天皇は英国の陸軍元帥だったと官報の記事。日本国民を焼き殺したのは昭和天皇ですか?

 

http://www.asyura2.com/13/warb12/msg/506.html

 

 

↑昭和天皇は、正式なイギリス陸軍元帥、大将でした。

証拠引用は、イギリスの官報です。

 

 

米国の原発特許所有者が東京にいる

http://www.asyura2.com/15/genpatu42/msg/261.html

 

 

まずは特許が先願主義であることをご留意頂きたい。

 

 

1951年、原子力発電特許は、世界初の高速増殖炉の実験を成功させた米国が権利を有する。

 

ただし、その原子力発電の発明は、1945年の原爆実験の成果なくして導き出せるものではなかった。

 

 

そのため、1945年の核兵器特許所有者は、米国が核兵器特許を失効するまでの期間、原子力発電特許にまで権利が及ぶことになる。

 

 

 

さて、核兵器特許はどのようにして成立したのか――

 

建物も無い、農地も無い、無人の砂漠で核爆発をさせただけでは、兵器としての破壊力や殺傷能力を実証することはできないわけだ。

 

そこで、原爆を、どのようにして兵器として科学的に実証することができたのか、振返ってみたいと思う。

 

そこに関わった国や代表者が核兵器特許の所有者だからだ。

 

 

 

【1】建物や農地や人がいる生活圏への原爆実験に協力した者:日本軍の中枢

 

・動画 NHK放送『原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報』2011年8月6日

http://www.dailymotion.com/video/xkev97_%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%8A%95%E4%B8%8B-%E6%B4%BB-%E3%81%84-%E3%81%8B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%A5%B5%E7%A7%98%E6%83%85%E5%A0%B1_shortfilms

文字起こし)ナレーター「原爆投下の5時間前に、原爆機接近の情報を軍の中枢がつかんでいたという新たな事実。」

 

 

・NHK>NHKスペシャル>放送内容>歴史・紀行>原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2011/0806/

コピペ)空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。

 

 

【2】原爆投下の直後(終戦前)から治療はせず殺傷記録をとった者:日本の科学者1300名

   被曝者を使った人体実験をした者:東京大学

   それらを原爆報告書として米国に提出した代表者:昭和天皇

 

 ・動画 NHK放送『封印された原爆報告書』2010年8月6日

 

 

http://www.dailymotion.com/video/xkca1f_%E5%B0%81%E5%8D%B0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%8E%9F%E7%88%86%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8_news

 文字起こし)

 

 

米国公文書館スタッフ(字幕)「これが日本の科学者たちが作成した原爆報告書です」

 

ナレーター「17000人の〈中略〉子供たちが、原爆の殺傷能力を確かめるためのサンプルとされたのです。」

 

ナレーター「山村さんが命じられたのは、被爆者を使ったある実験でした。〈中略〉山村さんたちは、こうした治療とは関係のない検査を、毎日行っていました。調べられることは全て行うのが、調査の方針だったと言います。」

 

 ・NHKエンタープライズ>ドキュメンタリー > 歴史・戦争 > NHKスペシャル 封印された原爆報告書

 http://www.nhk-ep.com/products/detail/h16026AA

 コピペ)アメリカ国立公文書館のGHQ機密資料の中に、181冊、1万ページに及ぶ原爆被害の調査報告書が眠っている。

 

200人を超す被爆者を解剖し、放射線による影響を分析したもの…。子供たちが学校のどこで、どのように亡くなったのか詳しく調べたもの…。いずれも原爆被害の実態を生々しく伝える内容だ。

 

報告書をまとめたのは、総勢1300人に上る日本の調査団。調査は国を代表する医師や科学者らが参加し、終戦直後から2年にわたって行われた。

 

 

【3】原爆の殺傷記録の報告者となった昭和天皇は、実は敗戦国の君主ではなく、正規兵としての英国陸軍元帥(Field-Marshal)であった

 

 ・英国の官報 ロンドンガゼット1930年6月27日付け 英国陸軍省War Office 発表

 https://www.thegazette.co.uk/London/issue/33619/page/4028  ⇦右下 (画像添付)

 

  ・London Gazette

  Wikipedia

  http://en.wikipedia.org/wiki/The_London_Gazette

 

  ・Field Marshal

  http://ejje.weblio.jp/content/field+marshal

 

  ・War Office 

  http://ejje.weblio.jp/content/war+office

 

 

【4】太平洋戦争勃発の翌年1942年1月14日、

 

英国の大手新聞タイムズが、昭和天皇は英国の陸軍元帥のリストから除名の必要無しという英国陸軍省事務官のコメントを掲載していた

 ・The Times (添付)

 http://www.thetimes.co.uk/tto/archive/

 

 

◆以上により、第二次世界大戦中の日本軍の中枢が空襲警報発令を差し止めて生活圏への原爆を許し、

戦時中から原爆の殺傷記録を日本の科学者に取らせ、それを戦後も引き継いで提出したことがわかる。

 

ただし、終戦直後から軍の中枢は極東軍事裁判にかけられ、裁判に掛けられなかったのは昭和天皇であった。

 

 ・国会図書館>大日本帝国憲法>第11条

 http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html

 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

 

 

したがって、原爆の殺傷記録を米国に提出した大日本帝国の代表者は、正規兵の英国の軍人である昭和天皇だったことになる。

 

そのことは、米国が権利を有する核兵器特許を、英国と日本の君主も共有していることを意味する。

 

 

◆ところが米国の特許法によれば、米国が権利を有する特許や、米国の安全を脅かす可能性のある特許は公開せず、条約によって特許の使用許可を与え、特許の有効期限も米国が必要なだけ設定することができるという。米国の管理の下で相続もあり。

 

したがって、核兵器特許所有者は公開されないのだ。

 

http://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/consolidated_laws.pdf

 

 

 

 

◆米国の原発特許にまで権利の及ぶ者が東京にいる

 

■昭和天皇は第二次世界大戦時、敵国の正式な陸軍元帥でした。

ロンドン・ガゼット1930年6月27日掲載記事

 

http://www.london-gazette.co.uk/issues/33619/pages/4028

 

War Office,

27th June, 1930.

REGULAR ARMY.

General His Imperial Majesty Hirohito, Emperor of Japan, E.G., G.C.B., G.C.V.O., to be Field-Marshal. 26th June 1930.

 

《拙訳》

陸軍省、

1930年6月27日。

正規軍。

英国陸軍大将である裕仁天皇陛下、日本の天皇、ガーター勲章、バス勲章、ロイヤル・ヴィクトリア勲章、英国陸軍元帥に。1930年6月26日。

https://en.wikipedia.org/wiki/Field_marshal_(United_Kingdom)

 

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正確に、「REGULAR ARMY.=正規陸軍」、「Field-Marshal=陸軍元帥」と言う言葉が使ってある

 

 

■昭和天皇の国籍は日本とイギリスの二重国籍だった。

 

英国に、EVIという「True Knowledge(真実の知識)」を掲げるインターネット回答エンジンがある。ただし、ユーザーが回答する日本の知恵袋とは違って、回答者はEVIである。

2005年に設立されたEVIは、2012年に米国のAmazonに買収され、現在はAmazonの傘下にある。

 

 

そのEVIが、

● Hirohito(昭和天皇)の項に、

●英国ロイヤルファミリーの一員であり、

●国籍は、日本と英国と記載している。

 

 

以下に転載する。

http://www.evi.com/q/facts_about__hirohito

Hirohito (1901-1989), the emperor of Japan

person, author, biologist, member of royalty, Taurus person, member of the British royal family ※英国ロイヤルファミリーの一員

Nationality: japanese, british ※国籍:日本、イギリス

 

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元帥なんて生やさしいものじゃないんですよ。

 

昭和天皇は、国籍が敵国のイギリスだった。つまり、第二次世界大戦は、戦争じゃ無かった。

 

戦争にみせかけた、日本人のホロコースト(=大量虐殺)だった。

 

 

ヒトラーのホロコーストはユダヤの作り話で実際はそんな虐殺は無かった。

 

(ユダヤが言いふらす数の死者があった場合、伝染病が起きてないとおかしい。遺骨も発見されてない。)

 

 

しかし、昭和天皇のホロコーストは残虐極まりない。

 

遺書まで書かせて特攻をさせるわ、

 

ろくに食糧も与えず敵地で餓死させるわ、

 

イギリスとアメリカと組んで日本で核実験をやった。

 

現在のフクシマ以降の日本の核被害も、この延長。日本人へのホロコーストはまだ続いている。私たちは故意に核汚染されている。

 

 

何故、天皇が大量に日本人を殺したか?

と言うか、何故天皇が、ワザと、日本人を大量被曝させたのか?

 

それは、人が被曝するとどうなるかデータが欲しいからです。

 

 

現在、アメリカなどが核攻撃する場合、どのくらいの量の核爆弾を何処に何個落とすべきか?それについて、指標とするデータがあります。

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65758079.html

↑この動画見ると怒りが抑えられなくなる。

 

 

被曝データが欲しくて、天皇と敵国がタグを組んで第二次世界大戦を起こした。

 

天皇はこのデータを根拠に、原発特許(核兵器特許)が欲しかった。

 

敵国(=実質、武器商人でもあるフリーメーソンだが)は、被爆資料が欲しかった。

 

今後何個の爆弾でどのような打撃を与えられるか詳細に知るために。

 

とても人間とは思えない。

 

被曝者を治療する事もなく、被曝に蝕まれる毎日を、被曝者に闘病日記として書かせた。

そして、それも、原爆特許を得る為のネタにした。

 

 

で、被曝者に対する謝罪を「笑い」で流しやがった昭和天皇。

 

 

 

 

 

http://enoch-and-metatron.blogspot.com/2017/08/blog-post.html

 

 

〇 特許に関しては

http://www.asyura2.com/15/genpatu42/msg/261.html

 

 

 

☆ これが 明治維新の目的です。

 

天皇も 政治やも とてもよく やっている。

 

かれらの

 

「国民」 「領土」 の意味を まちがえないように。

 

 

かれらは 世界制覇の 悪魔である。

 

 

 

 

国内でも国外でも 趣味のように人体実験 非人の血

  • 2018.12.30 Sunday
  • 22:41

 

東京新聞


旧海軍、毒ガス人体実験 国内で米軍使用に備えか

 

 

日中戦争や太平洋戦争当時に旧日本海軍が、毒ガス研究のため国内で人体を使って実験していたことが分かった。

 

皮膚をただれさせる「びらん剤」を塗るといった内容を詳述した複数の資料が、防衛省防衛研究所と国会図書館に所蔵されているのを共同通信が確認した。

 

 

一部は軍関係者が対象と明記され、皮膚に水疱(すいほう)が生じる被害も出ていた。

 

日本軍の毒ガスを巡っては、陸軍が中国大陸で戦闘や人体実験に使った記録などが一部残っている。今回の資料で海軍による人体実験が裏付けられた。

 

中央大の吉見義明名誉教授(日本近現代史)ら複数の専門家は、初めて見る資料とした上で、国内で米軍との毒ガス戦を想定していたことが、実験の背景にあるのではないかと指摘する。

 

 

防衛研究所は、海軍で毒ガス兵器の研究開発を担った技術研究所化学研究部(神奈川県)と、これが改組された相模海軍工廠(こうしょう)化学実験部(同)の報告書を複数保管する。

 

びらん剤のイペリットやルイサイトを除毒する薬剤開発に関する内容。

 

 

このうち相模海軍工廠が一九四四年にまとめた「除毒剤ニ関スル研究」という報告書は、

 

開発した薬剤の効果を人体で確かめる実験を記述。

 

イペリットを腕に塗り薬剤で洗ったり、イペリットを染み込ませた軍服の布地を薬剤で洗った後、人の皮膚に付けたりして観察した。

 

 

大きな水疱ができた人がおり、一部の実験は軍関係者が対象と記している。

 

表紙には「秘」「処理法・用済後焼却要通報」との表示がある。

 

 

毒ガスを人に吸わせる実験の論文が国会図書館にあることも判明。

 

 

「ガス検知ならびに防御に資する」目的で四一年に実施した実験では、くしゃみ剤や嘔吐(おうと)剤と呼ばれた種類の毒ガスを吸わせ、感知までの時間を調べた。

 

 

吸入実験の対象は少なくとも十六〜三十九歳の八十人だが所属は不明。健康被害はなかったとしている。

 

 

著者は舞鶴海軍病院(京都府)などに所属した軍医で海軍省教育局の「秘密軍事教育図書」とされていた。

 

別の海軍軍医が、理論的に耐えられないとされる濃度のガスを吸わせるなど、人を使い「幾多の実験」をしたとの先行研究が引用され、実験を繰り返したことがうかがえる。

 

 

 

報告書の表紙=防衛省防衛研究所戦史

 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201808/images/PK2018081802100217_size0.jpg

 

 

 

 

◆陸軍も兵士に体験


<「日本軍の毒ガス兵器」の著書がある歴史研究者松野誠也さんの話> 海軍は戦争末期、米軍が先制的な毒ガス戦に踏み切ることを恐れ、報復用にイペリット爆弾の大量生産を進めていた。

 

切迫した状況下、米軍に使われた場合の備えとして除毒剤の開発を進め、人体実験で治療効果の確認をしたと考えられる。

 

陸軍も教育で兵士に毒ガスを体験させていた。

 

当時は兵士の人権に配慮しておらず、海軍も「この程度なら問題ない」という認識で実験したのではないか。

 

 

 

<旧日本軍の毒ガス> 敵を殺したり戦闘能力を失わせたりするのが目的で、複数の種類があった。

 

びらん剤は皮膚をただれさせ、目や呼吸器にも被害を与える。

 

このうちイペリットはマスタードガスとも呼ばれる。くしゃみ剤(嘔吐剤)は目や喉に激しい刺激を生じさせる。

 

高濃度だと嘔吐や呼吸困難に陥る。

 

肺の障害を引き起こす窒息剤や、細胞の呼吸を阻害する血液剤もあった。

 

国内の製造工程で多くの健康被害を出した。

 

中国大陸には大量に遺棄され、戦後、流出による被害が報告されている。

 

化学兵器禁止条約で日本に廃棄処理が義務付けられ、作業が続いている。

 

 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201808/CK2018081802000288.html

 

 

 

 

〇 何を言っても日本人の残虐性は覆せないな。

 

まあ、今でもその片鱗は行動を見てれば垣間見れるけど。

 

大虐殺も慰安婦も「あった」とした方が

容易に説明がつき易い。

 

自国民の人権も配慮も無く人体実験する国が

他国をケアする筈も無い。

 

今度はロシアから暴露されるぞ!?

 

https://twitter.com/LvrFox/status/1078306607459590145

 

 

 

 

アキヒトが影響を受けた4人の人物

  • 2018.12.29 Saturday
  • 22:59

 

 

来年5月1日の「退位」へ向けて、メディアは競うように明仁天皇賛美の特集を組んでいます。

 

この傾向はさらに強まるでしょう。

 

 

先日の「最後の会見」も含め

 

彼の言動の特徴は、憲法の規定を無視して「象徴天皇制」のあり方を自ら考え行動した独断専行ですが、その根底には4人の人物の強い影響があります。

 

 

 

1人目は、明仁12歳(1946年)から家庭教師となったアメリカ人のエリザベス・グレイ・バイニング夫人です。

 

 

 

 

 

夫人はたんなる家庭教師ではなく、明仁が成人し即位したのちも、美智子皇后とともに生涯親交を深めました。

 

 

少年期、何事につけ侍従たちの顔色をうかがう依頼心の強かった皇太子明仁に対し、夫人が最も重視した教育方針は「自立」でした。

 

後年、夫人は牛島秀彦氏(東海女子大教授=当時)のインタビューに答えてこう述べています。

 

 

「私は皇太子殿下にいつも『自ら考えなさい』と言い…ご自分で決定して行動なさるように言いました。殿下はそのことを実践していらっしゃいますので、大変うれしく思います」(牛島秀彦著『ノンフィクション天皇明仁』河出文庫1990年)

 

 

夫人が最後の授業で黒板に書いた言葉は、「Think for yourself」だったといいます(22日放送TBS「報道特集」)

 

 

 

2人目は、明仁15歳(1949年)に「東宮御教育常時参与」となった小泉信三です。

 

 

 

 

 

福沢諭吉を信奉し自らも慶應義塾塾長となった小泉が、福沢の『帝室論』で皇太子明仁に「帝王学」を教え込みました(17日のブログ参照)。

 

 

小泉が明仁と正田美智子の結婚にも深く関与し、その実現のために報道機関に圧力をかけたことも見過ごせません。

 

 

 

3人目は、バイニング夫人、小泉信三ほど深いかわりはありませんが、

無視できない影響を与えた、イギリス首相(当時)チャーチルです。

 

 

 

明仁皇太子は19歳の時(1953年)、父・裕仁天皇の名代として英エリザベス女王の戴冠式に参列しました。

 

 

戦犯・裕仁への英国民の怒り・反発を避けるための名代で、明仁にとって初の外国公式訪問でしたが、英国民、メディアの強い反発・批判は明仁皇太子にも向けられました。

 

 

その状況をなんとかしようと、チャーチルは明仁を私邸に招き、労働組合の代表や「反日メディア」代表も呼んで昼食会を開催しました。

 

 

そこでチャーチルは予定になかったスピーチでこう述べ、明仁に英国流の立憲君主制を教えました。

 

 

 

「英国には、君主は君臨すれども統治せずという格言があり、

もし君主が間違ったことをすれば、それは政府の責任であります」(吉田伸弥著『天皇への道』講談社文庫2016年)

 

 

帰国した明仁皇太子は会見で、「大いに知見を広め貴重な体験を得たことは、私にとって大きな収穫でした」と述べています(23日放送NHK「天皇・運命の物語」)

 

 

そして4人目は、メディアは取り上げませんが、ある意味で最も影響を与えた人物、父・裕仁天皇です。

 

  明仁天皇は65歳の誕生日会見(1998年12月18日)で、「昭和の時代と比べて天皇としての活動の在り方も変わってきたようだが」との記者の質問にこう答えています。

 

 

「天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、時代とともに変わっていく部分もあることは事実です。

 

私は、昭和天皇のお気持ちを引き継ぎ、国と社会の要請、国民の期待にこたえ、国民と心を共にするよう努めつつ、天皇の務めを果たしていきたいと考えています」

 

 

「昭和天皇のことは、いつも深く念頭に置き、私も、このような時には『昭和天皇はどう考えていらっしゃるだろうか』というようなことを考えながら、天皇の務めを果たしております」(宮内庁HPより)

 

 

 

興味深いのは、以上の4人が1つに結びつくことです。バイニング夫人を家庭教師に望んだのは裕仁であり、夫人と小泉信三は意気投合し相談しながら皇太子明仁に英国流の立憲君主制を教育しました。

 

 

 

天皇(制)の危機を察知した天皇(裕仁−引用者)自身の要請で、戦勝国アメリカからやってきた絶対平和主義を信奉するクエイカー教徒の家庭教師E・G・ヴァイニングが理想とする王室は、イギリスの場合であった。

 

 

これは、皇太子の教育参与(主任)になった小泉信三の意見でもあり(注・小泉が明仁を教えた教科書は福沢の『帝室論』とともにハロルド・ニコルソンの『ジョージ五世伝』でした−引用者)、ヴァイニング・小泉の息は合っていた」(牛島秀彦氏、前掲書)

 

 

 

明仁天皇が目指した「象徴天皇制」は、イギリス流の立憲君主制です。

 

 

明治政府がモデルにしたのもイギリスの立憲君主制でした。

 

それは福沢諭吉の「脱亜入欧」(アジア蔑視)とも不可分です。

 

さらに明仁天皇の念頭には常に、父・裕仁が実践した絶対主義的天皇制がありました。

 

 

 

重要なのは、こうして明仁天皇が「主権在民」とは相いれない立憲君主制を志向してきたことに対し、

 

「民主陣営」の側から異議を唱え、批判する声が出てこなかった(あるいは微弱だった)ことです。

 

 

明仁天皇の独断専行、国家権力によるその政治利用を許してきた責任は、メディアはもちろん、「民主的学者・知識人」そして

 

「主権者・国民」の側にもあることを銘記する必要があります。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/96a50b45f03bdec285754d963e999f5d

 

 

 

東条英機とヒロヒト  「あぁ そう」効果  過去記事重複

  • 2018.12.28 Friday
  • 23:08

 

 

☆ さすが 天皇国家 

 

東条の言葉と天皇とのことでも ちゃんと 天皇に好都合な 記事もあるところは みごとです。

 

単純に 本当に権力をあるものを 認めないということですが

 

それには 口癖にした 「あぁ そう」という言葉が 効果的ですね。

 

天皇は 意思はもたず すべて 配下のなすがまま という印象になります。

 

 

ですので 引用記事が 正解とは言えないところですが 普通に考えると こうなると 私は思います。

 

 

 

 

〇 かの太平洋戦争は、天皇が東条英機たちに説得されて戦争をやむなく許可したと学校では教えられますが、

 

それは真実ではありません。

 

天皇自身、戦争経済でボロ儲けするために、東條たちに命じて太平洋戦争を勃発させたのです。東条英機はただ天皇の命令に従ったに過ぎないのです。

 

 

実際、東条英機は東京裁判で収監された際、「我々(日本人)は、陛下のご意志に逆らうことはありえない」と尋問された際に答えたそうです。

 

 

東条たちが天皇を騙して戦争を指揮したというのは、あくまで天皇家が自分たちの立場を守るためにねつ造した歴史だったわけです。

 

 

〇 戦後、天皇が海洋生物の研究家になったのは、ただひとえに自分が専制君主ではなかったというポーズであり、

 

戦争中の責任を隠す念のいった方便だった。国民もそれに騙された。

 

 

そして戦争指導の責任を全部、東条ら軍人(それも陸軍ばかり)に押し付けた。 

 

 

大東亜戦争で米英と戦った主力は帝国海軍である。

 

陸軍の主任務地は支那およびビルマやインドであって、太平洋を主任務地としたのは海軍であったから、あの太平洋での拙劣きわまる作戦で惨敗につぐ惨敗を喫し、国家を惨めな敗北に導いた直接の責任は、海軍にあった。

 

 

ところが、戦後は「海軍善玉論」がマスコミや出版界を席巻し、あの戦争は全部陸軍が悪かったという風潮が醸成された。

 

 

多くの作家(阿川弘之ら)がそのお先棒を担いだ。 

 

だから後年、阿川弘之が(あの程度の作家なのに)文化勲章を授賞したのは、

 

海軍と天皇の戦争責任を隠してくれた論功行賞であったとしても不思議はない。

 

 

 

海軍の作戦を宮中の大本営で指導したのが、昭和天皇だったから、天皇としてはどうしても敗戦の責任を海軍に負わせるわけにはいかなかった。

 

そこから「海軍善玉論」を意図的に展開させたのではないか。 

 

佐藤氏は太平洋の作戦全般を大本営の服部卓四郎や瀬島龍三ら下僚参謀が勝手に指揮したと書いているが、知ってか知らずか、さすがに本当は昭和天皇が指導したとは書いていない。

 

 

東京裁判で収監された東条英機は尋問に答えて、

 

「我々(日本人)は、陛下のご意志に逆らうことはありえない」と言った。

 

これは当時としては真実である。 

 

 

しかし東条のこの発言が宮中に伝えられると天皇は焦ったと言われる。

責任が全部自分に来てしまい、自分が絞首刑にされる。

 

それで天皇は部下を遣わして、東条と軍部に戦争責任を負わせるべく工作をした。

 

 

それから天皇は、なんと東京裁判のキーナン検事に宮廷筋から上流階級の女性たちを提供し、自分が戦犯に指名されないよう工作した。キーナンはいい気になって、しきりに良い女を所望したと鬼塚氏は書いている。

 

 

キーナンに戦争の責任は全部東条ら陸軍軍人におっかぶせるからよろしく、との意向を女を抱かせることで狙った。

 

女優・原節子がマッカーサーに提供されたという噂は、噂ではあるが、当時から根強くあったのは有名である。おそらくそういう悲劇が多数あったのだろう。

 

 

みんな天皇一人が責任を回避するためであり、

東条らが天皇を騙して戦争を指揮したというウソの歴史をつくるためであった。

 

http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bd61d9d5c3085df3fddc6adf68c4c7d2

 

 

 

昭和天皇が戦争狂になった背景

 

「戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産は少なく見積もっても約16億円であるという。

 

だが、宮内庁のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外へ隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であるともいわれている。

 

皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。

 

 

すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾りとるほどに皇室は豊かになるということになる。」

 

 

戦前の天皇家と国家、あるいは天皇家と資本家の関係がこれで言い尽くされているであろう。

 

 

天皇は昭和の大戦争に深く関与した。

 

いかにユダヤ金融資本から仕掛けられた戦争であろうとも、大企業、大銀行はみんな戦争経済へと誘導したのであって、その大株主であった天皇が戦争を指導したのだから、責任なしとは言えない。

 

 

私は先の戦争に関して連合国に謝る理由はないと思うが、天皇に戦争の責任は重大だったと思う。

 

 

天皇家と日本郵船は明治期から深い仲にあった。

 

 

日本郵船の大株主は天皇と三菱財閥であった。

 

当時は海外渡航といえば船舶しかなく、日本郵船は日本貿易の命綱である。

 

この日本郵船が大量の移民をアメリカに送り込んだ(数十万人といわれる)し、また大量の若い女性を海外に運んだのである(娼婦にするためである!)。

 

 

日本郵船だけでなく、天皇は大阪郵船の大株主でもあり、これを使って、日本は手に入れた外地へ、人間や物資を運ばせ、莫大な利益をあげさせた。

 

 

 

鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』(成甲書房)によれば、福沢諭吉は「賎業婦人(娼婦)の海外出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」と主張している。

 

 

外貨稼ぎに日本の女性を使えと言ったのであるから、どこが「天は人の下に人をつくらず」だ! つまり諭吉は、娼婦の海外輸出は天皇と三菱に利益もたらすから「得策だ」と平然と言ったのである。

 

 

慶應義塾とは日本資本主義と天皇を支える私立の重要な学校であった。財界人を多く輩出したのは慶應義塾や官製の東京帝国大学であった。

 

 

そこを出た財界のトップたちは、 2・26事件を影で操り、そこから一気に戦争経済へ主導し、政府要職にも就くなどして日本を大戦争とその果ての破局へと導くのである。

 

鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』には、戦前の皇室が銀行支配も徹底していたことを書いている。

皇室は日本銀行の47% の株を所持していた。

 

 

だから紙片を発行し、公定歩合を調整するたびに、莫大な利益が皇室に流れた、とある。

 

日銀は発足当初からユダヤ国際金融資本の日本支店であるから、これでいかに天皇家とユダヤ資本が深い関係かがわかるだろう。

 

 

 

さらに鬼塚氏は天皇とアヘンの関係も暴露している。

 

 

「同じ手口(米国に移民を送って儲けた話)を皇室と三菱は考えた。

 

ペルシャ(イラン)からのアヘンの輸入であった。

 

 

天皇一族はこの利益を守るために秘密組織をつくった。

厚生省という組織に、天皇は木戸幸一(後に内大臣)を入れ、アヘン政策を推進させた。

 

1938(昭和13)年12月に興亜院がつくられ、アヘン政策を統括した。

 

日本でもケシ栽培をし、朝鮮にほうり込んだ。中国でも熱河省でケシ栽培をした。この利益も皇室の財産の形成に大きく貢献した。 

 

 

多くの(ほとんどと言うべきか)軍人たちが、三菱と三井のアヘンの利益の一部をもらって遊興にあけくれた。」

 

 

天皇も、財閥も、軍人も、アヘンという恥ずべき巨悪に手を染め、巨利を得ては遊興に使うために、戦争を次々に仕掛けたのだった。

 

 

このゆえをもって、天皇はついに終生、中国と朝鮮には足を踏み入れることができなかった。

 

ちなみに沖縄も、天皇は自らの助命と引き換えに、米軍の永久使用を提供したので、これまたついに沖縄を行幸することはできなかった。

 

 

昭和天皇は大東亜戦争中、宮中に大本営を置いて陸海軍の下僚参謀を指揮して作戦を実行した。

 

それの実態が連合軍にバレれば自分も戦犯として処刑されるという恐怖と、せっかく築いた莫大な資産が取り上げられることを心配したのだ(むろん実態は連合国は承知していた)。

 

 

だから彼は、資産をスイスや南米の銀行に預けた。海軍の潜水艦を私的に使ってアルゼンチンに金塊を避難することまでやった。

 

 

 

三井.三菱以外の中小財閥も、積極的に戦争経済を推進しようと図ったのである。それを最も喜んだのはこれらの会社の大株主だった天皇であった。

 

 

 

終戦後、彼は「人間宣言」のあと、全国を巡幸して歩いた。その映像は今も残る。敗戦で打ちひしがれた国民を激励すると称して(膨大な予算を使って)行幸したときの姿は、

 

 

わざと古着にすり減ったクツを履いて、軍部に騙された気の毒な天皇という哀愁を演出してみせたのだった。

 

 

何を説明しても「あ、そう」と答えたことは有名になったが、これも自分は戦争を指揮したりしない、言われるがままの人間だったという印象を与えるためだろう。

 

 

戦後もついにマッカーサーをも騙しきって、資産を守った天皇が、なんで古着にボロ靴なのか。その心根の深奥をわれわれ国民は知るべきであろう。

 

 

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html

 

 

 

 

 

 

天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀
クリエーター情報なし
成甲書房

 

 

 

 

 

天皇   ヒトラー  ムッソリーニ

  • 2018.12.26 Wednesday
  • 22:42

 

 

戦中、世界は三大独裁者を裕仁天皇、ヒトラー、ムッソリーニと位置付けています。

 

戦後裕仁をスターリンに変えたのが日本のメディアです。

 

 

 

〇 始めは アメリカよりの宣伝かとおもいましたが

 

日 独 伊に関しては 見て 価値があると思います。

 

特に日本は この通りですね 今も。

 

ということは 天皇を中心とした世界政府という 狂った野望を 持ち続けているのだと思います。

 

結局 その方向への 狂った今なのだと思います。

 

 

https://youtu.be/hw8cLmVRbBQ

 

 

 

 

 

https://twitter.com/SR4ETQ39Fx8RXP8/status/1077683990910234625

 

 

 

☆ メディアというより

 

裕仁が 悪魔であっては 困るのです。

 

英米のNWO支配の 支店長は 「神」でなければ 日本を支配できない。

 

 

スターリンに置き換えたというのは 本当と思います。

 

作業員が さかんに スターリンだけを バッシングしていましたが

 

決して

 

裕仁が ヒトラーの盟友であり

 

秘密の共同口座をもっている などとは いいません。

 

 

これらを見ると

 

ヒトラーも スターリンも 美化されるという 罪からは 離れていますので

 

ニツポンの天皇家が もっとも 悪魔度が高いと感じます。

 

 

もちろん 上には

 

英王室 その上などいるでしょうが。

 

 

 

 

 

 

アキヒトの魂  レベル

  • 2018.12.25 Tuesday
  • 23:02

 

 

アキヒトの最後の会見  10の問題点

 

 

23日報道された明仁天皇の最後の記者会見(誕生日会見。実施は20日)を

メディアはこぞって最大限に賛美し、

「感動した」などの「国民」の声(だけ)を報じました。

 

 

 

しかし、会見内容を分析すると、そうした「賛美」とはまったく逆に、多くの問題を含む

きわめて政治的な重大発言であることが分かります。

 

 

こうした政治的発言を行うこと自体、憲法第4条に抵触しますが、ここでは発言内容の問題に絞ります。引用した発言はすべて宮内庁のHPからです)。

 

 

 

     日本が戦場にならなければ「平和」なのか

 

 「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」

 

 

メディアが大きく取り上げた言葉ですが、

 

「平成」すなわち1989年〜2018年に、世界で紛争・戦争が絶えなかったことは周知の事実です。

 

にもかかわらず「平成」を「戦争のない時代」と言うのは、日本が戦場にならなかったという意味でしょう。

 

自分の国が戦場にならなければ「戦争のない時代」なのでしょうか。あまりにも自国中心の閉鎖的利己的考えではないでしょうか。

 

 

 

     日本の戦争加担(参戦)は棚上げするのか

 

 「本土」が戦場にならなくても、日本はアメリカの戦争に加担してきました。

 

米軍の後方基地になった朝鮮戦争やベトナム戦争は「昭和」のことですが、日本も資金提供し自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣した湾岸戦争は1991年(平成3年)のことです。その後、自衛隊の海外派兵は常態化しています。

 

 

 また、沖縄などで多発している軍事基地被害は、間接的な戦争被害ではないでしょうか。

 

 こうした事実を棚上げして「平成」を「戦争のない時代」というのは、戦争加担の加害責任にほうかむりするものです。

 

 

 

     「戦後」は「平和と繁栄」か

 

 

 「我が国は国際社会の中で…平和と繁栄を築いてきました」「我が国の戦後の平和と繁栄が…築かれた」

 

 「平成」だけでなく「昭和」も含めて「戦後」は「平和と繁栄」の時代だというわけです。

 

ここでは朝鮮戦争やベトナム戦争への加担は完全に捨象されています。

 

また、「繁栄」という言葉によって、深刻な貧困や格差拡大も隠ぺいされています。

 

「戦後」を「平和と繁栄」と賛美するのは戦後政権の座に座り続けてきた自民党政治を美化するものです。

 

 

 

     「沖縄」に「心を寄せていく」は本当か

 

 「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました」「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていく」

 

 

 「先の大戦」で沖縄を「本土防衛」のための捨て石にしたのは他ならぬ明仁の父・裕仁です。

 

 

敗戦後、「国体(天皇制)護持」のため沖縄をアメリカに売り渡したのも裕仁です(「沖縄メッセージ」)。

 

 

 にもかかわらず、明仁天皇は「11回の沖縄訪問」でただの一度も県民に謝罪したことはありません。

 

沖縄に「心を寄せる」というなら、今日に続く沖縄の「苦難」の元凶である裕仁天皇の所業について、子として、皇位を引き継いだ者として、

 

まず謝罪することが出発点ではないでしょうか。

 

 

 

    サ体制(サンフランシスコ「講和」条約・日米安保条約)が肯定できるのか

 

 

 「その年(1952年・明仁18歳−引用者)にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に各国大公使を迎えたことを覚えています」

 

 

 こう述べてサ条約と日米安保条約によるサンフランシスコ体制を肯定しました。

 

しかし、サ条約によって在日朝鮮人や台湾人は「外国人」として切り捨てられました。

 

日米安保条約が米軍基地・沖縄の「苦難」の根源であることは言うまでもありません。サ体制を肯定してどうして「沖縄に心を寄せる」でしょうか。

 

 

 

   アジア激戦地巡りは 「慰霊の旅」か

 

 

  「戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません」

 

 

 メディアが天皇の「平和」への意思を示すものとして美化するいわゆる「慰霊の旅」です。

 

 

、天皇・皇后が東南アジアの激戦地を訪れて「慰霊」したのは、戦死した「日本兵」です。

 

 それぞれの激戦地では多くの住民が犠牲になりました。

 

「慰霊」というなら、戦争加害国としてまず日本が被害を与えた現地の人々の墓碑を訪れ、謝罪するのが先ではないでしょうか。

 

しかし天皇・皇后が加害国として現地で謝罪したことはありません。

 

 

 たとえば、フィリピンには「死の行進」で悪名高いバターン捕虜収容所がありましたが、天皇・皇后がそこを訪れることはありませんでした。

 

 

 

     日本に住む外国籍の人々は視界にあるのか

 

 「国民皆の努力によって…平和と繁栄を築いてきました」「我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず…」

 

 

 明仁天皇は「国民」という言葉を多用します。

 

しかし、敗戦後、日本の復興に貢献したのは、「国民」すなわち日本国籍のある人間だけではありません。

 

在日朝鮮人をはじめ、外国籍の人々も、日本で働き、税金を納めてきました。そうした在日外国人は天皇の視界に入っているのでしょうか?

 

 天皇が「国民」という場合、「日本人」を念頭に置いていると思われますが、そうした「国民」の強調は、「単一民族国家」思想を流布するものと言わねばなりません(これは第1条をはじめ現憲法の欠陥でもあります)。

 

 

☆ これに関しては 偽天皇は 日本を潰す役目であり 英国のものであり

 

日本人とか 日本の象徴ということ自体 詐欺です。

 

また 在日朝鮮の人人は あえて しいたげられた人々

 

そして 自称日本人の つまり 明治権力と一体の 密航者の朝鮮のものたち と

 

2種類あると 考えます。

 

 

アキヒトが 我が国 国民というとき ぞーっ

としますよ、

NWOの 日本支店長です。

 

 

 

 

     天皇の交代で「時代」を区分するのは正当か

 

 

「来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります」「新しい時代において、天皇となる皇太子と…」

 

 

 天皇の交代がなぜ「新しい時代」の始まりなのでしょうか。

 

なぜ天皇の交代で「時代」を区分するのでしょうか。

 

天皇にはなんの政治的権限もありません。天皇によって「時代」が区分されるというのは戦前の絶対主義的天皇制・皇国史観の名残ではないでしょうか。

 

 

 

     なぜ「退位」と言わず「譲位」と言うのか

 

 「来年春の私の譲位の日も近づいてきています」「来年春に私は譲位し…」

 

 天皇は「退位」と言わず「譲位」と言います。

 

「退位」と「譲位」では意味が大きく違います。

 

「譲位」とは天皇が自らの意思で天皇の位を皇太子に譲ることです。それは「主権在民」の憲法原則とは相いれません。

 

だから法律名は「退位」であり、政府も「退位」と言わざるをえません。

 

全国紙で「譲位」と言っているのは産経新聞だけです。

 

 この違いにいち早く気付き、「退位」はおかしい、「譲位」と言うべきだと強硬に主張したのは美智子皇后です。

 

明仁天皇はここでも美智子皇后にならって「譲位」という言葉を使っています。

 

それが「主権在民」の憲法に反する発想であることは明白です。

 

 

 

     天皇が「象徴」の在り方を自分で考え、実行していいのか

 

 

 「私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日まで過ごしてきました」「天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は…日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います」

 

 

 ここに「平成流」ともてはやされる明仁天皇の言動の根本的問題があります。

 

 

すなわち彼は、憲法の「象徴天皇制」とはどうあるべきかを自分で考え行動してきたし、それを誇示さえしているのです。

 

 しかし、それは憲法の規定を逸脱するものです。

 

何の政治的権限もない天皇が憲法(「象徴天皇制」)の解釈を自分流に行い、それに基づいて行動することは、憲法前文、第1条、3条、4条、第7条(主権在民、政治的権能、内閣の助言と承認、国事行為)に明白に反します。 

 

 

 にもかかわらず、明仁天皇はそれをやってきた。結果、「公的行為」とか「象徴としての行為」などという脱法的言葉を生み、

 

天皇の独断専行を許してきました。その行きついた果てが「生前退位」の「ビデオメッセージ」です。

 

 しかも明仁天皇は、そうした憲法無視の「平成流」を皇太子や秋篠宮に引き継がせようとしているのです

 

 

 以上10の問題点を見てきましたが、まとめて言えば、

 

明仁天皇が行ってきたことは、戦争・植民地支配の加害責任の棚上げ・隠ぺいであり、自民党政治の美化であり、対米従属のサ体制・日米安保条約の肯定であり、「天皇君主化」に通じる天皇の独断専行です。今回の会見はその集大成といえるでしょう。

 

 

 重要なのは、こうした明仁天皇・美智子皇后の言動が、「天皇崇拝」とともに「正しいこと」とされ、日本人の考え方・思想に大きな影響をあたえていることです。

 

 

 ここに国家権力にとっての「象徴天皇制」の存在価値があり、だからこそ廃止しなければならない理由があります。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/55854518fbd5834680985e656ca70ebc

 

 

 

☆ 慰霊の旅とは 笑うしかない 名演技です。

 

偽もの 皇室を存続させるには つくづく 演技  そして 取り巻きの 「サクラ」 そして

 

偽メディア によるということです。

 

 

これは 存続させることは 日本だけではなく 地球の 害ですね。

 

課題です。

 

 

けれど 演技であれ つくづく よくやりました という言葉です。

 

なにより

 

その地位と 財を守るための 人生 ・・・

 

 

 

 

 

天皇の先生の思想

  • 2018.12.23 Sunday
  • 22:45

 

 

NHKは12日の「歴史ヒストリア」で「”天皇の先生“になった男 小泉信三「象徴」とは何か」(以下「番組」)を放送しました。

 

 

「番組」は、小泉が信奉する福沢諭吉の「帝室論」に基づいて皇太子時代の明仁天皇を教育したことが、

 

明仁の慈愛に満ちた「平成流」の「象徴天皇」をつくり上げた、と

 

小泉と明仁天皇、そして今日の「象徴天皇制」を賛美しました。

 

 

これは小泉や福沢の重要な主義主張(実像)に触れない(意図的に隠した)、

きわめて偏向した天皇賛美番組と言わねばなりません。

 

 

 

福沢諭吉の富国強兵・アジア蔑視・侵略主義者としての実像、

 

安倍首相、明仁天皇と福沢思想、そして小泉と明仁天皇の関係についてはこれまで何度か取り上げてきました(2月3日、3月1日、3月24日のブログ参照

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180203

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180301

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180324)。

 

 

 

ここではそこで触れなかった小泉の実像について書きます。

 

 

 

★国家権力の補完と超越=「帝室論」の本質…「番組」は「帝室は万年の春にして」という「帝室論」の中の言葉をことさら強調し、

 

天皇(皇室)は「国民」に常に明るい希望を与えるものだと「帝室論」(福沢)が主張しているように描きました。

 

たいへんな曲解です。

 

 

「帝室論」の最後(まとめ)で福沢はこう述べています。

 

「帝室は人心収攬の中心と為りて国民政治論の軋轢を緩和し、海陸軍人の精神を制して其向かう所を知らしめ、孝子節婦有功の者を賞して全国の徳風を篤くし…其功徳の至大至重なること挙げて云ふ可らず」(『福沢諭吉全集第5巻』岩波書店所収「帝室論」)

 

 

天皇の役割は、人心をまとめ、国家権力と「国民」の軋轢を緩和し(「国民」の抵抗を抑え)

 

軍人に方向性を示し、功があった者には賞を与える、その大きな意義については言うまでもない−

 

これが福沢の「帝室論」の本質です。「教育勅語」「軍人勅諭」の思想的基盤になっています。

 

 

 

★「帝室論」を日本国憲法下でも絶賛…この「帝室論」を、小泉は現憲法下でも有効なものと絶賛しています。

 

 

「福澤諭吉『帝室論』の骨子を約説すれば、かくの如きものであり、七十年後の今日において、誰れかまたその先見に服さざるものがあろう」(『小泉信三全集第15巻』文芸春秋社所収「福澤諭吉の帝室論」1952年執筆)

 

 

 

「先日は御一緒に(明仁と−引用者)福澤諭吉の帝室論及び尊王論を七八回かかって読み了えました。

 

帝室論は帝国憲法もまだできなかった、明治十五年のものですが、天皇の職分については、大体現行憲法と同じ精神のことを説いています」(同『全集第16巻』所収「読者への手紙」1956年執筆)

 

 

福沢の「帝室論」を現行憲法と「同じ精神」ととらえる小泉。

 

その小泉によって、「帝室論」を教科書に天皇制を教育された明仁。

 

ここに明仁が実践してきた「平成流象徴天皇制」の根本的問題があります。

 

 

 

★民族差別主義者…小泉自身、強烈な民族差別主義者です。

 

 

「一昨年、私は百数十日かかってヨオロッパ、アメリカを一廻りして来ました。

 

旅行中も帰ってからも強く感じたのは、この日本の国土に、日本人だけで住むことの出来る、吾々の仕合せ、ということであります。

 

 

一の国土に、諸民族が相並びまた入り交じって住む不快と不幸とを、吾々は知りません。…

 

アメリカ合衆国の人口…の約一割…は、皮膚の色とともに、思想も、生活様式も違う黒人であります。

 

同じ国土の真中に、この異分子を持つことが、いかに多くの問題をひき起こすか…。吾々の場合…共に日本人であり、日本人のみであることは、何という大きな仕合せでしょう」(同『全集第16巻』所収「われらの国土」1954年執筆)

 

 

これほどあからさまな排外主義・民族差別・「単一民族国家」思想があるでしょうか。

 

 

これが、明仁天皇が大きな影響を受けたと公言してはばからない小泉信三の実像です(ほかにも問題は多々あります)。

 

 

こうした小泉の思想・天皇論こそ、明仁天皇、美智子皇后の「象徴天皇制」の基盤にほかなりません(小泉は美智子の教育係も務めました)。

 

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/6d19b4c5ffd8ba79d2b892f20c481c4f

 

 

 

英国と天皇   日銀

  • 2018.12.20 Thursday
  • 22:46

 

 

「ガーター騎士団旗」の画像検索結果

 

 

 

終戦直後は米軍の占領下ではなく、GHQの占領下でしたので、

 

東半分は米軍が占領を担当し、西半分は英国王を国家元首とするオーストラリアの軍が占領を担当しました。

 

1946年10月、マッカーサーは昭和天皇との対談で、日本がイギリス連邦の一員になることを楽しみにしていると語っています。

 

https://pbs.twimg.com/media/DuxHvq5UwAE0n0M.jpg

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1075313710187479041

 

 

 

 

英国籍の天皇に国会を召集してもらったり、条約に批准してもらったり、

 

〇〇を首相に任命してもらったりする日本の統治機構


英国がこの真相を隠してきたこと自体、国連総会に突き出せば、犯罪だ

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1075298549225578497

 

 

 

 

 

天皇は、外国籍の在日外交官やその家族と同等の特権を持っていることが、

 

我国の裁判権が及ばないという最高裁判決からわかる。

 

https://pbs.twimg.com/media/Duw1-7tUwAA9_mW.jpg

 

 

➁英王室から后を娶ったわけでもないのに

 

英国陸軍省の正規軍の元帥に昇格したことから、英国籍を有していたことがわかる。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/1075294506797301767

 

 



〇 日銀



日本銀行は、各金融機関・政府から国債を引き受け、その代わりに日本銀行券を渡す。(日本銀行券とは、我々が日常使っている紙幣である。)


日本銀行券は無利子だが、国債は有利子。

その利子負担を、国民が負っている。


国民が貧しくなればなるほど、国債を発行することになるから、その利子負担が国民をさらに圧迫する。

日本銀行株の55%を政府が所有し、残り45%を天皇家・英国金融マフィアが所有する。

国民が貧しくなればなるほど、肥え太るのが「天皇」である


国債発行総額が約1000兆円。その1年分の利払いだけで、政府税収の43%を占める。


国民から搾取しているのは、他ならない「天皇」であることが分かるだろう。



http://ri4jp.web.fc2.com/page1/nichigin.gif

 

 

本来、「通貨の発行権」は、政府が持つべきであり、それを歪めている元凶が天皇だ。

http://ri4jp.web.fc2.com/page1.html



☆ 日銀も 東電も

株主には 外国籍の NWOの天皇の名があることは タブー。


けれど ようやく

日銀は ロスチャイルド銀行とされ

天皇は 株をなくした などとの説が 現れる。




 
 



 

タブー  デモ  弾圧  天皇

  • 2018.12.19 Wednesday
  • 22:53

 

 

報ステで昭和天皇が沖縄に行けなかった一番大きな理由の沖縄メッセージを報道!

 

2010年頃は天皇財閥の警察は市民が公衆で言うと弾圧した!

 

https://twitter.com/JunjiHattori/status/679680624660107264

 

 

 

 

日本のデモ弾圧〜摘まれた日本のジャスミン革命〜(タブーにふれたデモ)

 

 

沖縄の高江でのオスプレイなどの基地建設工事反対のデモや集会では、2つの大きな日本のタブーに触れている、ということです。

 

 


 

 

 

反天皇制連絡会の人が演説を始めて、しばらくすると、退去するように勧告しはじめ、

 

私たちは警察官に取り囲まれ、結局、アピールをやっていた場所から排除されてしまったのです。

 

 

それほど、この政府が恐れるタブーは何なのか、

まず、この集会で起こったことから考えると、「天皇制」を考え直すことなんだな、とわかってきました。

 

 

具体的にそれは反天皇制連絡会の人が言っていた

http://www.ten-no.net/dance/modules/news/

「昭和天皇 沖縄メッセージ」でGoogleと次のURLが出てきたからです。

http://hakusanjin.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/201011-60c4.html

 

 

 

さらに考えていくと、

 

警察官などの公務員や官僚の心の最高責任者は天皇だということがわかってきました。

 

 

憲法としての建前からもそうなっているのでした。

 

よって天皇の戦争責任などを追及・批判することは政府ひいては公務員、日本人全体を批判することにつながる、と言う

変な刷り込みがあるのではないでしょうか?

 

 

(※なお、このデモもかなり公安の人がいっぱいでルンペン姿の公安の人も!

  でも、真新しいヒザの「つぎあて」でバレバレなんだけど…(^^;))

 

 

 

結局、この2つのタブーに同時に触れている、という意味では、

 

天皇メッセージが一番、明治以来続いている官僚体制やアメリカ産軍複合体にとっても地盤を大きく揺るがす問題であり、

 

今の日本とアメリカの関係を如実に表に出さざるを得ない問題なのでした。

 

 

なお、今回のデモに参加して、以上の問題を認識したことと、

 

今のデモ主催者や参加していた若者がしっかりした意見を持っていて、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなー、と感じました。(^_^;)

 

 

(ここからの動画は 消されまくっています)

 

 

 

緊迫するデモ隊と警察官と元教員のおばあさんが天皇について(インタビュー中に逮捕者が出た)

 

 

 

 

全編とおして見る場合は 私のUstreamの阿修羅ちゃんねるへ

 

http://www.ustream.tv/channel/asyura1

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昭和天皇の「沖縄メッセージ」

 

http://hakusanjin.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/201011-60c4.html

 

 

 

普天間問題を含めた戦後沖縄問題の原点がこの昭和天皇のマッカーサーへの「沖縄をいつまでも占領していてほしい」という言葉だったという。

 

 

<昭和天皇の「沖縄メッセージ」

 

(a)総司令部政治顧問シーボルトから国務長官宛の書簡

 主題:琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解

 国務長官殿 在ワシントン

 

 拝啓

 

 天皇のアドバイザーの寺崎英成氏が同氏自身の要請で当事務所を訪れたさいの同氏との会話の要旨を内容とする一九四七年九月二十日付けのマッカーサー元帥あての自明の覚え書きのコピーを同封する光栄を有します。

 

 

 米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。

 

また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。

 

その見解によれば、

 

日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、

 

軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。

                              敬具

                合衆国対日政治顧問 代表部顧問

                    W.J.シーボルト

                  東京 一九四七年九月二十二日

 

------------------

 

 

 「琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解」を主題とする在東京・合衆国対日政治顧問から一九四七年九月二十二日付通信第一二九三号への同封文書

 

 コピー

 

  連合国最高司令官総司令部外交部

 一九四七年九月二十日

 マッカーサー元帥のための覚え書

 

 天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する天皇の考えを私に伝える目的で、時日を約束して訪問した。

 

 

 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。

 

天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。

 

天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような“事件”をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。

 

 

 さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の島じま)にたいする米国の軍事占領は、

 

日本の主権を残したままでの長期租借――二十五年ないし五十年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。

 

 

天皇によると、このような占領方法は、米国が琉球諸島に対して永続的野心を持たないことを日本国民に納得させ、

 

また、これによる他の諸国、とくにソ連と中国が同様の権利を要求するのを阻止するだろう。

 

 

 手続きについては、寺崎氏は、(沖縄および他の琉球諸島の)「軍事基地権」の取得は、

 

連合国の対日平和条約の一部をなすよりも、

 

むしろ、米国と日本の二国間条約によるべきだと、考えていた。

 

寺崎氏によれば、前者の方法は、押しつけられた講和という感じがあまり強すぎて、将来、日本国民の同情的な理解を危うくする可能性がある。

                       W.J.シーボルト

 

 

https://rakusen.exblog.jp/14295227/

 

 

 

☆ ばかばかしい歴史です。

 

頭が良いようでいて 所詮 私利私欲の 悪魔の知恵です。

 

それを 正当化するための なりすましの 火病でしたね。

 

 

なりすましが先導しているのですが

 

普通の日本も それを 信じていった あるいは

 

ニツポン国と私は同一と ミスリードされた。

 

 

知って 目覚めて 悪魔のタブーなき 新世界に生きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

偽天皇が中露脅威と言うので そのごとく政策  

  • 2018.12.19 Wednesday
  • 22:51

 

 

12.19 ロイター: 日本は中露に対抗するため米戦闘機をさらに購入へ
 


日本は今後5年間でステルス戦闘機、長距離ミサイル、その他の西太平洋で米軍を支援するため装備の支出を加速させる。

ロイター通信が、防衛に関する日本政府の新たな文書をもとに報じた。


18日に日本政府が閣議決定した今後10年程度の防衛力整備の指針となる防衛大綱では

「米国は、依然として世界最大の総合的な国力を有しているが、


あらゆる分野における国家間の競争が顕在化する中で、

 

世界的・地域的な秩序の修正を試みる中国やロシアとの戦略的競争が特に重要な課題であるとの認識を示している」と述べられている。


ロイター通信によると、また最近の日本の防衛ビジョンに米国、中国、北朝鮮、ロシアなどの国々が大きな影響を及ぼしたと指摘されている。

また日本は、すでに購入を決めている42機に加えて、米国のF35戦闘機45機を約40億ドルで購入する計画だという。



☆ 分かってくると ただ 吹き出しますね。

 

イエズス会のエリザベス

 

偽天皇

 

ニツポンの 政策

 

ということです。

 

 

本当の政治やは

 

ロイヤルですよ。

 

 

 

 

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