森友とヒ素

  • 2018.03.23 Friday
  • 01:25

 

◎ 見てよこれ

森友学園は国交省大阪航空局の国有地なのにヒ素検出

 

https://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/kankyoseisaku/hozen_kougai/kankyouhozen/a.files/H26_kankyouhozen_5.pdf

 

土壌汚染

表5−1 平成25年度の要措置区域等の指定一覧

豊中市

 

 

旧日本軍の毒ガス化学兵器のヒ素化合物ジフェニルアルシン酸が埋まっていた可能性大

 

旧日本軍の毒ガス化学兵器のヒ素化合物ジフェニルアルシン酸が埋まっていた可能性大

 

http://www.env.go.jp/chemi/gas_inform/

 

国内における旧軍毒ガス弾等に関する取組について

 

 国内における旧軍毒ガス弾等に関する取組については、「茨城県神栖町における有機ヒ素化合物汚染等への緊急対応策について」(平成15年6月6日閣議了解) [PDF 19KB]、「国内における毒ガス弾等に関する今後の対応方針について」(平成15年12月16日閣議決定) [PDF 20KB]に基づき、内閣官房の指示の下、政府全体が一体となって、関係地方公共団体や国民の協力を得ながら、被害の未然防止のための施策を実施しているところです。

 

 環境省では、上記の閣議了解に基づき、昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」フォローアップ調査を行い、その結果を平成15年11月28日に公表しました。

また、上記の閣議決定に基づき、関係省庁との一定の役割分担の下、旧軍毒ガス弾等による被害の未然防止のための所要の環境調査等を実施するとともに、毒ガス情報センターを設置して継続的な情報の受付・分析や広報等を実施しているところです。

 

 

なのに毒ガス弾埋蔵リストに届け出無し

http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-02/4-5_kobetsu.html

 

4.5 個別事案(各地域ごとの毒ガス弾等に関する状況)

 

 

天皇命令の隠蔽工作のようね

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/976682530504978432

 

 

東京大空襲と朝鮮人連行

  • 2018.03.22 Thursday
  • 00:37

 

 

◎ 東京大空襲と朝鮮人連行

 

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/ff2095d2611d156effb9326530fbcd05

 

 

 「3・11」と「3・10」が1日違いというのは、あまりに悲しい歴史の偶然です。

 

いまでは「3・10」を知る人の方が少ないかもしれませんが、どちらも決して忘れてはならない日です。

 

 

 1945年3月10日未明、米軍B29・130機によって無数の焼夷弾が投下され、東京(特に墨田区、江東区など)は火の海となりました。死者は推定10万人以上。東京大空襲です。

 

 

 その全容・被害実態は、73年たった今日でも不明な点が多い(というより日本政府が調査してこなかった)のですが、中でも見過ごされているのが、この空襲によって多くの朝鮮人が犠牲になったことです。

 

 東京大空襲で死亡した朝鮮人は「1万人余」といわれています。「10万人余」の実に10%です。

 

 

 当時の特高警察の資料(「内地在住朝鮮人戦災者」1945・9・25)によれば、東京在住朝鮮人9万7632人中、戦災者は4万1300人(42・3%)で、「死者はこのうちの多数、少なくとも1万人を軽く超えるとみられる」(李一満・東京朝鮮人強制連行真相調査団事務局長、「季刊・戦争責任研究」2006年秋季号)。

 

 

 東京大空襲についての記録・書物は少なくありませんが、実数でも割合でもこれほど甚大な朝鮮人犠牲者について記されたもの(日本人による記録)はほとんどありません。

 

そんな中で、早乙女勝元氏の『東京大空襲』(岩波新書1971年初版)には次のような記述があります。

 

 

 「この夜、日本人のみならず、多くの朝鮮人が下町庶民とともに貴重な生命を奪われた。…

 

当時の軍需産業には、相当数の朝鮮人が動員されており、豊洲の石川島造船所には数千をこえる朝鮮人徴用工が働いていた。

 

その上さらに、祖国から無理じいに引っぱってこられた十五歳前後の青少年二百数十名が、同造船所洲崎寮へたどりついたのが、三月九日夜七時のこと。

 

 

かれらが形ばかりの夕食をすませ、はじめて他国で眠りについた夜は、死の夜だった。

 

生き残った者はわずか四名にすぎなかったという。しかも、その四名とも、二目と見られぬ大火傷を顔に残した。なんと悲惨なことだろうか。

 

二百数十名の朝鮮青少年が、地理もわからぬ場所を逃げまどい、ほとんど全員があっけなく焼死」

 

 

 なぜ朝鮮人の犠牲者が多かったか。早乙女氏も指摘しているように、多くが軍需産業に動員されていたからです。

 

 

 「米軍は軍関連企業・軍需工場を集中的に狙った。…

 

連行された朝鮮人が主に軍需工場で働かされ、渡日した朝鮮人も下町で部落を形成していたことを考慮すれば、大空襲での朝鮮人被害は日本人より高率と見るのが妥当であろう」(李一満氏、前出)

 

 

 「東京大空襲で犠牲になった朝鮮人は、日本による植民地支配と強制連行の被害者たちである」(李氏、同)

 

 

 私たちはこの言葉を肝に銘じる必要があります。

 

日本が朝鮮を侵略・植民地支配しなければ、死なずにすんだ人たちです。

 

東京大空襲に限らず、各地の空襲、あるいは戦地で犠牲になった多くの朝鮮人は、戦争自体の犠牲者であるとともに、日本の侵略・植民地支配の被害者なのです。

 

 

 「半世紀が優に超え、名前と本籍地はもとより遺骨すらほとんど残っていない現状はまことに厳しい。

 

しかし遺族たちは今尚、肉親の行方・消息を捜しており、遺骨の欠片でも還して欲しいと願っている。

 

死者(遺骨)と遺族に思いを馳せるべきである。日本政府の、関係企業の責任は実に重い」(前出)。こう強調していた李一満さんは、今年1月亡くなられました。

 

 

 今月3日、「東京大空襲73周年朝鮮人犠牲者追悼会」が東京都墨田区の東京都慰霊堂で行われました。

 

 

 会では「強制連行被害者に対し徹底的に謝罪・賠償し、全ての遺骨を探し出し、遺族の意志にそった解決を図るための措置」を要求。

 

朝鮮総連中央会館への銃撃事件や強まるヘイトスピーチにも触れ、

 

「日本政府は差別や嫌悪を助長するような態度をやめ、植民地と戦争犠牲者に対する追悼と歴史教育に取り組んでいくべきだ」などの発言がありました(7日付朝鮮新報)。

 

 

 10歳で東京大空襲に遭った体験を語った李沂碩さん(千葉県在住)は、最後にこう述べました。

 

 

 「朝鮮人と、日本の人々と、悲しみも、怒りも、真の平和への決意も、共に分かち合いたい」

 

 私たち日本人はこの声に応えねばなりません。

 

 

☆ 東京大空襲自体が はたして 米からの攻撃でしょうか?

 

「カーチスルメイ」に 日本は 勲章を与えています。

 

 

〇 無差別大量虐殺だった東京大空襲を指揮した

カーチス・ルメイ少将に勲章を授与したのは天皇である!?

 

 

    

 

https://ameblo.jp/64152966/entry-12059401471.html

 

 

 

☆ 天皇の意思ではなく だれかがかってにやったことと されるでしょうが ・・・

 

でも これ 原爆に似ています  皇居は 無事だったこと。

 

そして 原爆は 米国の奇襲ではなかったことと なにか 連携します。

 

日本政府が この事件を 調べようとしなかった ・・・ 怪しいですね。

 

 

朝鮮人を苛め抜く日本 という構図に なじめないことがある それは 日本を不法支配しているのが 朝鮮人ということです。

 

部落にいた朝鮮人を 自称日本人の 部落の権力者が 虐待の限りをつくし それが 日本がやったこと ということになる。

 

 

ここのところが 公になり 日本人 朝鮮の人々 韓国の人々が 公然と知ることが なにより望まれます。

 

 

 

 

 

 

戦争への口実

  • 2018.03.22 Thursday
  • 00:35

 

 

化学兵器使用を口実にして熱戦に突入するのか、神経薬物による攻撃を口実にして冷戦に入るのか

 

 

生物化学兵器の使用がアメリカ軍の直接的な軍事介入のレッドラインだとバラク・オバマが大統領として発言したのは2012年8月のことだった。​

 

 

シリア政府軍と戦っている戦闘集団の中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラ)だとDIAがホワイトハウスへ報告​したのと同じ月だ。

 


2001年9月11日以来、アメリカ政府は「アル・カイダ」をテロリストの象徴として描き、そのテロリストを殲滅するという口実で他国を侵略している。

 

ところがシリアでは、そのテロリストを守るためにアメリカはシリアへ軍事介入するというわけだ。

 

 

シリアより1カ月早い2011年2月に侵略戦争が始まったリビアでは、その年の10月にNATOとアル・カイダ系武装集団のLIFGの連合軍がムアンマル・アル・カダフィの体制を破壊、カダフィ自身を惨殺している。

 

 

その直後から戦闘員と武器/兵器を侵略勢力はシリアへ集中させ、リビアと同じようにバシャール・アル・アサド政権をオバマ政権は倒そうとしたわけだ。その口実が生物化学兵器

 


2012年5月にホムスで住民が虐殺されると西側はシリア政府に責任があると宣伝するが、すぐに嘘だと発覚する。

 

 

例えば、現地を調査した東方カトリックの修道院長は反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、

 

 

「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」と語っている。

 


政府軍による住民虐殺という筋書きで軍事介入を正当化しようとしてアメリカは失敗、化学兵器の話に切り替えたわけだ。

 

イラクを先制攻撃する前の大量破壊兵器話と同じだ。

 


2012年12月になるとヒラリー・クリントン国務長官はアサド大統領が化学兵器を使う可能性があると発言、

 

13年1月29日付けのデイリー・メール紙は、

 

シリアで化学兵器を使ってアサド政権に責任をなすりつけて軍事行動へ向かうという作戦をオバマ大統領は許可したと伝えている。(すぐに記事はサイトから削除された。)

 


実際、2013年3月19日にアレッポの近くで化学兵器が使われるが、その5日後にイスラエルのハーレツ紙は化学兵器を使ったのは政府軍ではなく反政府軍だった可能性が高いと報道、

 

5月になると攻撃を調べていた国連の独立調査委員会のメンバー、カーラ・デル・ポンテも政府軍でなく反政府軍が使用した可能性が高いと発言する。

 


8月21日にはダマスカスに近いグータで再び化学兵器が使用され、アメリカをはじめとする西側の政府や有力メディアはシリア政府に責任をなすりつける宣伝を展開、

 

23日にアメリカのネットワーク局CBSのチャーリー・ケイは、アメリカ海軍の司令官はシリアを巡航ミサイルで攻撃するため、艦船に対してシリアへ近づくように命じたとツイッターに書き込んだ。

 

 


8月29日にはサウジアラビアが化学兵器を反政府軍に提供したと報道されているのだが、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射されるが、途中、海中へ墜落してしまった。

 

その直後にイスラエル国防省はアメリカと合同でミサイル発射実験を実施したと発表したが、事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告はなく、シリアに向かって発射された可能性が高い。何らかの電子戦用兵器が使われたと推測する人もいる。

 


早い段階からロシアは侵略軍が化学兵器を使ったと主張していたが、

 

​調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの記事​、あるいは​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授の分析​でもシリア政府軍が化学兵器を使ったという主張は否定されている

 

 

そのほかにも同じ趣旨の報告が相次いだ。

 

こうした展開をアメリカ側は予想、そうした反論が出てくる前に攻撃したのだろうが、失敗したということだろう。

 


アメリカは別のストーリーを考える余裕がないのか、その後も同じシナリオで直接的な軍事介入を目論んできた。

 

そして今年3月1日、ウラジミル・プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言する。

 

 

地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。

 


イスラエルやサウジアラビアとの関係もあり、アメリカが侵略を中止する可能性は小さい。

 

 

ロシアとの直接的な軍事衝突を覚悟の上でシリアやイランを攻撃するのか、冷戦の再現を目指すのだろう。

 

 

ウクライナでドンバスに対する本格的な軍事攻撃を開始する可能性もあるが、そのケースでもロシアとの直接的な軍事衝突だ。

 


かつての冷戦はソ連に対する先制核攻撃が困難になったことから生じた現象だった。

 

今回もロシアに圧勝できないことを理解すれば、冷戦に持ち込もうとする勢力が出てくるかもしれない。

 


プーチン演説の3日後、イギリスで神経薬物の騒動が引き起こされた。

 

元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見され、神経薬物(サリン、またはVXだとされている)が原因だとされている。

 

 

テレサ・メイ英首相はロシア政府が実行したかのように発言しているが、証拠は示されていない。

 

 

イギリス政府がロシアとの関係を悪化させようとしていることは明白であり、EUを巻き込もうともしている。

 

イギリスの化学戦部隊はロシアがそうした薬物を使った証拠を見つけていない。​

 

 

イギリス政府は担当者に圧力​をかけて証拠を捏造させるか、何も示さずに「我々を信じろ」と言い続けるしかない。

 

 

ロシア側は証拠を示すか、謝罪しろと要求している。

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803210000/

 

 

オウム事件は明治政府による人体実験か?  口封じで死刑執行?

  • 2018.03.16 Friday
  • 04:01

 

(再掲したものの一部)

 

 

安〇〇三らオウム地下鉄サリン事件の黒幕が金正男暗殺?

 

北朝鮮悪魔化キャンペーン:CIA-KCIAエージェントの安〇〇三ら日本財団、創価学会の犯行?

 

 

 

どひゃー、またまた、元ジャパンタイムズ編集長の島津洋一氏が驚愕の記事を第4メディアに掲載していた!

 

   

 

 

 

最もありえそうな事は、VXと放射性同位体の入手元は、日本の秘密工作部隊(※日本財団、創価学会?)で、

それはオウム地下鉄サリン事件前に行われ、

日本人犠牲者3人を出したオウム真理教によるVX実験(※松本サリン事件は犠牲者は7人。よって土谷正実らによるVX殺人?ただ被害者は3人だが死亡者は1人)で使ったものであろう。

 

https://rakusen.exblog.jp/iv/detail/?s=25602575&i=201708%2F15%2F00%2Fe0069900_05460154.png

 

 

   

 

 

 

それは、日本がソビエト時代の生産プロセスを利用し、安〇〇三(※当時は父、安〇〇太郎の秘書官)の大量破壊兵器取引と関連したオウム真理教の密輸作戦で得たものです。

 

 

安〇〇三とその一味は、1980年代後半から1996年3月20日までの東京オウム地下鉄サリン事件の前日まで、ボルヴォグラード(スターリングラード)からの神経ガスの大量の秘密輸送に携わっていた。

 

 

そこにいて、やった

(※一味はその現場にいて、オウム地下鉄サリン事件をやった?)

 

 

 

私(※著者の島津洋一)は東京で起きたオウム地下鉄サリン事件の調査執行責任者として、

横浜化学品製造の倉庫から長野県の松本に向かう曲がりくねった道を、

神経ガス生産のための前駆物質を運ぶトラックを追跡した。

 

彼らは夜はそれらの樽を別のトラックに移して、スパイ衛星から検知されないようにしていた。

 

中央アルプスには日本政府が資金を提供し、大手企業が運営する秘密の化学プラントがあり、表向きは農薬工場や精製所だが、実は神経ガスを生産していたのだ。

 

 

 

 なお、その時点で、日本政府は宝島30誌(※宝島30「ぼくらのオウム戦争」)の閉鎖を命じ、編集長も首にして、

ジャパンタイムズウィークリーの編集長をオウム真理教の創業者である創価学会のスタッフに移管するよう命じた。

 

 

言うまでもなく、クアラルンプールでやっているように、

米国のニュースメディアとCIAと韓国の情報機関は、東京のオウム地下鉄サリン事件の真相の隠蔽も図った。

 

 

 

東京オウム地下鉄サリン事件発生の26周年を迎える直前に、有機リン酸神経ガスを使った事件がクアラルンプールで再び起きた。

 

偶然にも、日本大使館は、福島の放射能放出の健康影響に関連する情報の抑制を含む、マレーシアの首都の諜報活動において積極的な役割を果たしてきた。

 

クアラルンプールは、真理、司法、民主主義の擁護者である日本、米国、韓国の新ファシストスパイの三国間協力の拠点の一つです。

 

 

マレーシア航空機MH370に何が起こったかを思い出してください.MH370は、同じ魔法使いのキャストから消える行為です。

 

 

https://rakusen.exblog.jp/25602575/

 

 

ウクライナクーデターの証言◆ .好淵ぅ僉爾燭舛両攜生開

  • 2018.02.18 Sunday
  • 00:25

 

 

ウクライナクーデターは明治維新と同じだが、維新の犯人たちは 真相を究明するはずはありませんね 

ポロシェンコ軍団と同じことです。 






2.15 ウクライナが恐れるもの スプートニク、2014年にマイダンで狙撃したスナイパーたちの証言を公開

グルジアのスナイパーらは、ウクライナの裁判で証言する用意がある。

通信スプートニクは、2014年にウクライナの首都キエフのマイダン(独立広場)で起こった出来事に参加したグルジア人スナイパーだというコバ・ネルガゼ氏とアレクサンドル・レヴァジシビリ氏の正式な尋問調書を入手した。


興味深いのは、スプートニクが同件の調査を公開すると発表した直後に、

グルジアのミハイル・サーカシビリ前大統領がウクライナから国外退去させられたことだ。

 

同氏は翌日、スナイパーの事件に関して法廷で陳述することになっていた。


ネルガゼ氏とレヴァジシビリ氏は自分自身について、またグルジアでの生活について詳細に語った。

両氏はかつてサーカシビリ氏の積極的な支持者だった。


2人はサーカシビリ氏の軍事顧問で現在はウクライナ南部・東部ドンバスでウクライナ政府側で戦う部隊「グルジア軍団」の指揮官マムキ・マムラシビリ氏の命令でウクライナに到着した。


グルジアのスナイパー・グループは、マイダンへの出張に対して1万ドルを受け取り、マイダンから戻った後にはさらに5万ドルを支払うと約束された。


スナイパーらの証言から、元米軍兵士が彼らに指示を与えたことは明らかだ。


マイダンで狙撃が行われ大勢の犠牲者が出た2014年2月20日、ウクライナ最高会議(議会)国家安全保障・国防委員会のパシンスキー委員長が自ら自動小銃で発砲した


大隊「ドネプル」の将校でウクライナ人民代議員のウラジーミル・パラシュク氏はカービン「サイガ」で撃った。

グルジアのスナイパーらによると、パシンスキー氏とパラシュク氏は武器も持ってきたという。



アレクサンドル・レヴァジシビリ氏の証言。

同氏は、上記のことを証言する用意があるが、命の危険性を感じているため、ウクライナ領内での証言は望んでいない。

スクリーンには、現在レヴァジシビリ氏が滞在しているアルメニアからビデオリンク方式で証言する用意があると書かれている。

https://jp.sputniknews.com/images/457/39/4573938.jpg




アレクサンドル・レヴァジシビリ

コバ・ネルガゼ氏の弁護士への証言。

同氏は、上記のことを裁判で宣誓して証言する用意があるが、命の危険性を感じているため、ウクライナ領内での証言は望んでいないと指摘している。またネルガゼ氏は、「ウクライナで証言するのは危険だ」と述べている。同紙は家族と一緒にグルジアからアルメニアへ移住した。

https://jp.sputniknews.com/images/457/58/4575878.jpg
 

 

 

 

コバ・ネルガゼ氏の弁護士への証言


スプートニク編集部は、マイダンで事件が起こった時にネルガゼ氏とレヴァジシビリ氏がキエフに到着したことを証明する航空券のコピーを入手している。

https://jp.sputniknews.com/images/457/38/4573854.jpg



航空券のコピー

https://jp.sputniknews.com/images/457/38/4573826.jpg


航空券のコピー







 

(明治維新と同じ)ウクライナクーデター の証言

  • 2018.02.16 Friday
  • 00:31

 

 

 

 

2.14 「マイダンですべての標的に発砲」: キエフでデモ参加者を撃ったグルジア人スナイパーたちの証言

2014年2月20日、ウクライナの首都キエフのマイダン(独立広場)で何者かが狙撃し、抗議デモの参加者49人と治安機関職員4人の計53人が死亡した。

野党指導者や米国及びEUの代表者らは瞬時に「当時のウクライナ大統領ビクトル・ヤヌコヴィチ体制」を非難した。

だが未だに犯人は見つかっていない。


通信社スプートニクの記者は、マイダン(キエフを中心に発生した反政府デモ)の指導者から発砲を命じられたと主張するグルジアのスナイパーらと会った。

彼らによると、さらに集まっている人々を激昂させ、政治的危機を引き起こすために、警官だけでなく、抗議デモの参加者たちをも射撃せよという直接の指令があったという。


マイダンでの狙撃にグルジアのスナイパーらが関与していることについて最初に発言したのは、グルジアのミハイル・サーカシビリ前大統領のきわだった敵対者で、グルジア軍エリート部隊の元指揮官トリスタン・ツィテラシビリ将軍だ。
 

 

ツィテラシビリ氏はスプートニクに次のように語ったー

「マイダンにグルジア出身者がおり、意図的に彼らに発砲を指示したことについて私は2014年の時点ですでに知っていた。

彼らの一部はグルジア軍の私の部下だ。

何人かは今もウクライナ領内におり、戦闘に参加している。グルジアに戻った者たちは、このことを話すのを恐れている!不必要な証人として簡単に抹殺されるからだ」。
 

 


〇 マイダンの参加料金

グルジア軍の元将校コバ・ネルガゼ氏は、その1人だ。同氏はスプートニクのインタビューで次のように語った−

「我々は公式的にはトビリシ(グルジアの首都)で行われたデモでサーカシビリ氏の支持者と反対者が衝突しないよう警備をしていた。

だが実際、我々には反政府デモを鎮圧するという任務が与えられた。必要な場合には、指揮官の指示に従って我が部門の職員らが野党指導者らを殴打した。通常、我々はこのような行動を覆面をかぶって行う」。


またネルガゼ氏は「料金」についても語った。例えば、野党議員の殴打に対して1000ドルが支払われたという。

マイダンのデモ参加者を支援するためにウクライナのキエフに向かったネルガゼ氏のグループには、1万ドルが拠出された。


出張から戻った後にはさらに5万ドルを支払うと約束された。なお、ネルガゼ氏らは他人のパスポートでキエフに到着したという。

またネルガゼ氏によると、「酔っぱらうことがないよう秩序を守り、規律を維持し、政府側の扇動者を特定するという課題が我々に与えられた」という。


同氏は、すでにデモ参加者の管理下に置かれていたキエフのホテル「ウクライナ」で新年を迎えた。

さらにもう1人、騒動の最中キエフに到着した元グルジア兵がいる。それはアレクサンドル・レヴァジシビリ氏だ。

同氏は、グルジア軍で勤務した後、サーカシビリ氏の支持者団体「自由ゾーン」の活動家になった。

 

レヴァジシビリ氏は自ら「野党の中に入り込んで喧嘩や挑発を仕組んだ」と述べている。



〇 「ウクライナの政治家が武器を持ってきた

ネルガゼ氏はインタビューで

「2月14日あるいは15日に上級グループがホテル『ウクライナ』の3階の個別の部屋に集まった」、「兄弟民族を助けよとの命令が与えられた。だがその後、詳細は一切伝えられなかった。

その時までに私はすでにデモ参加者たちが猟銃や拳銃を持っているのを目にした」と述べ、さらに次のように語った−


「2月19日夜、ホテルにセルゲイ・パシンスキー氏(ウクライナのスキャンダラスな政治家)と、大きなバッグを持った数人の若者がやって来た。

彼らは、複数のSKSカービンや7.62mm口径カラシニコフ自動小銃、またドラグノフ狙撃銃1丁と外国製のカービンを取り出した。

パシンスキー氏は我々に、武器は『保護のため』に必要となると説明した。だが『誰から守るのか』という私の質問には答えずに部屋から出て行った」。


その時、ネルガゼ氏は、部隊「グルジア軍団」の指揮官マムラシビリ氏と話をした。


マムラシビリ氏は「特別任務」について、そして「すべての標的に対して武器を使用し、マイダンにカオス(混乱)をつくりだす必要がある」ということについて語り、


すべての標的とされる「デモ参加者と警察に違いはない」と述べ、出張に対するお金は「任務」遂行後に支払うと約束したという。

レヴァジシビリ氏によると、武器は同日、キエフ音楽院に運び込まれた。

また同氏は「パシンスキー氏から射撃位置を選ぶのを手伝ってくれと頼まれた。


私は、深夜に『ベルクト』(ウクライナ特殊部隊)が音楽院を襲撃し、デモ参加者を解散させる可能性があると述べた」と語った。



〇 「発砲が終わった後、我々は去るよう命じられた」

レヴァジシビリ氏はインタビューで次のように語ったー


「午前4時あるいは5時ごろ、私は銃声を耳にした。

パシンスキー氏は飛び起き、無線機をつかんで発砲を止めろ、まだその時ではないと叫び始めた。

発砲はすぐに止まった。午前7時30分ごろ、パシンスキー氏は全員に発砲の準備をするよう命じた。


2−3発撃って、すぐに位置を変えろということだった。発砲は約10−15分続いた。その後、武器を捨てて建物から出ろと命じられた」。

その後、レヴァジシビリ氏はマイダンに戻った。


同氏は人々が激怒し、発砲したのは「ベルクト」だと考えている人たちもいることを耳にした。また発砲したのは自分たちの仲間であるデモの参加者だと考えている人々もいた。


レヴァジシビリ氏は次のように語ったー


「私は理解した。これは悪い結果に終わる可能性がある、私は嫌な話に巻き込まれた、皆が知ったら私は今ここで八つ裂きにされる可能性があるということを。もう(祖国へ)飛び立つ時期だと考え、タクシーをひろって空港へ行った」。



ネルガゼ氏は次のように語っているー

「2月20日午前8時ごろ、音楽院の方向から銃声が聞こえた。

それから3−4分後にマムラシビリ氏のグループがホテル『ウクライナ』の3階の窓から発砲した。

発砲は2人組で行われた。発砲した後、別の部屋に移動してまた発砲した。すべてが終わった時、我々は去るよう命じられた。その日に私たちはトビリシに戻った」と語った。
 

 

ネルガゼ氏は、約束のお金を受け取らなかった。同氏は今、元「同僚」たちからの復讐を恐れている。



コバ・ネルガゼ氏とアレクサンドル・レヴァジシビリ氏は、ウクライナの裁判所で自分の証言の正しさを確認する用意がある。




コバ・ネルガゼ氏





アレクサンドル・レヴァジシビリ氏



https://jp.sputniknews.com/opinion/201802144573995/

 

明治維新以後の 侵略 日清・日露戦争の正体

  • 2018.02.07 Wednesday
  • 00:32

 

 

破綻した経済をコロガシで胡麻化してきた米国だが、それも限界で、戦争への道を進む


韓国の平昌で2月9日から25日にかけて冬期オリンピックが開催される予定だ。

韓国とアメリカの合同軍事演習をオリンピックの後まで延期、朝鮮は選手を派遣するという。

アメリカや日本で大きな力を持っている好戦的な勢力にとっては気にくわない展開だろう。

 



日本には朝鮮半島を侵略した過去がある。

例えば豊臣秀吉。

 

明治維新から第2次世界大戦で敗北するまでの日本は東アジアを侵略、略奪を目論んだが、こうしたことは経済活動を破壊する行為。


徳川時代は周辺と友好的な関係を結んで経済的には栄えている。周辺国との関係を悪化させるのは愚策だ。


しかし、日本が中国やソ連/ロシアと友好的な関係を結ぶことはアメリカの支配層にとって好ましくない。

日本を拠点に侵略できなくなるだけでなく、日本と中国、さらにロシアが結びつけばアメリカにとって強力なライバルになってしまう。


東アジアでは領土問題が地域を不安定化する大きな要因になっているが、日本の領土は敗戦で明確に決められていた。日本はポツダム宣言を受け入れて降伏したのだが、その宣言には次のように書かれている:

「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ


また、カイロ宣言には中国と日本との関係についての記述がある:

右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト竝ニ満洲,台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ日本国ハ又暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ


降伏した時点で日本の領土として確定していたのは本州、北海道、九州、四国だけだ。

日本が中国から奪った一切の地域は返還しなければならず、日本領となる小島は連合軍が定めることになっている。

日本がソ連/ロシア、中国、朝鮮/韓国と領土で揉めているのはアメリカの策略にほかならない。


本来存在しない領土問題で日本は周辺国と揉めているのだが、その原因を明治維新から敗戦までの期間に作り上げたことも事実。
 

 


本ブログでは何度も指摘しているように、明治政府は1871年7月に廃藩置県を実施、琉球国は独立国として扱われている。

その独立国を1872年に廃して琉球藩を設置した。つまり琉球併合だ。形式上、琉球は日本領になった。

廃藩置県の3カ月後、1871年10月に琉球の一部、宮古島の漁民が難破して台湾へ漂着し、その際に何人かが殺されたと言われている。

その出来事を口実にして日本政府は清(中国)へ賠償や謝罪を要求、1874年には台湾へ派兵している。


1872年に来日した厦門のアメリカ領事、チャールズ・リ・ジェンダーは外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を勧め、それ以降、75年まで外務省の顧問を務めた。

その1875年に日本政府は軍艦を江華島へ派遣する。そこは李氏朝鮮の首都を守る要衝で、明らかに挑発だった

その結果、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席したという。


そのリ・ジェンダーは1890年に離日、その年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めている。

当時の朝鮮は興宣大院君(高宗の父)と閔妃が対立、1894年には甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らいでいる。こうした状況にリ・ジェンダーが深く関与していたことは間違いないだろう。


その内乱を見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、朝鮮政府の依頼で清も出兵したことから日清戦争につながる。

この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。


閔氏の支配体制が揺らぐ中、1895年10月に日本の三浦梧楼公使たちが閔妃を暗殺した

日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を殺害したのだが、暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっている。


そして1904年2月、日本海軍の主力艦隊が旅順高のロシア艦隊を奇襲攻撃、日露戦争が始まる


明治維新以降、日本の支配層はイギリスの支援を受けていたが、ロシアはそのイギリスが制圧しようとしていた国だ。


この当時、イギリスはライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと考えていたのだが、実際の兵力は7万人。

そこで清との戦争に勝利した日本に目をつけ、1902年に日英同盟協定を結んだ。


ロシアとの戦費としてクーン・ローブのジェイコブ・シフは日本に対して約2億ドルを融資するが、その際にシフは日銀副総裁だった高橋是清は親しくなっている。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201802040001/

 


 

化学兵器  特許  加計は毒ガス工場

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 01:10

 

 

◎ 在日フランス大使館: 化学兵器 使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足 2018年1月25日

 

なぜ1月23日の「化学兵器 使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足」が日本で報道されないの?

 

なぜ 加計学園 の創立者 加計勉 氏は小倉に実在しない戦闘機工場に勤務したと報道するの?

 

 

そこは毒ガス充填工場でしょ

消えた約1000発の毒ガス弾はどこ

獣医学部 で実験するの     安倍 命令

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/959372074295877632

 

 

 

https://pbs.twimg.com/card_img/958582576695869440/AeUCkLhc?format=jpg&name=600x314

 

化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足 [fr]

https://jp.ambafrance.org/article12643

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958602207170936832

 

 

 

 

 

 

◎ 化学兵器特許が更新すると

天皇 ロス茶 米 英王室が儲かるのですか?

 

 

それをさせないようにフランスは動き出しているし、米国もフランスに賛同したふりをしているから、微妙な状況にあるように思います。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/959050254069899265

 

 

 

 

 

戦争と平和

  • 2018.02.04 Sunday
  • 00:30

 

 

2.3   eスポーツの統一団体が設立される

 

対戦型コンピューターゲームを「スポーツ」と見なす「eスポーツ」の統一団体「日本eスポーツ連合」が1日に設立された。マイナビニュースが報じた。

 

 

昨年9月、eスポーツ関係団体の「日本eスポーツ協会」と「日本eスポーツ連盟」「e‐sports促進機構」が統一団体を設立する方針だと発表していた。

 

 

新団体の主な活動内容はeスポーツの調査や啓蒙、プロライセンス発行と大会の認定に加え、大会の普及、選手の育成支援となる。

 

海外ではeスポーツが盛り上がりを見せており、優勝賞金として1000万ドル(約11億円)を出す大会もある。

 

また、2022年に中国・杭州で開かれるアジア競技大会で正式競技になることが決定している。

 

 

☆ 戦争はゲームだ !

 

 

 

 

 

2.2  米英国防相が会談 北朝鮮への圧力で緊密連携確保

マティス米国防長官は1日、ワシントン近郊の国防総省で英国のウィリアムソン国防相と会談し、両国の「特別な関係」を確認し、朝鮮民主主義人民共和国への圧力強化に向け緊密な連携を確保した。共同通信が報じた。

会談では、国際テロ組織「ダーイシュ(イスラム国、IS)」掃討や、イランの核開発問題などについて話し合った。


マティス氏は「ならず者国家」である北朝鮮や、中国、ロシアを挙げ、米英両国がさまざまな脅威に直面していると訴えた。

 


北朝鮮については軍事挑発に終止符を打つため国際社会の結束が必要だと強調した。

 

 

 

 

 

 

1.31  ロシア 南北朝鮮に交渉の場を提供の用意

朝鮮民主主義人民共和国に駐在のロシアのアレクサンドル・マツェゴラ大使は、

ロシアは南北朝鮮に対し、ロシア国内のどこかの都市で両国の交渉の場を提供する用意があることを明らかにした。大使のこの声明はロシアのマスコミからの取材のなかで表されたもの。

マツェゴラ大使は、ロシアは依然として援助の手を差し伸べており、「韓国側にも北朝鮮側にも会合を組織するためにロシアの諸都市を提案した」と語っている。


大使は、問題は南北朝鮮代表者の集まるの場所にあるのではないと指摘する一方で、

 

「だが双方が突然、例えばウラジオストクなどに行くことを望んだ場合、我々は喜び勇んでこうした可能性を提供しよう」と語った。



大使はまた、北朝鮮は自国のミサイルはロシアを標的にしていないという声明を幾度も繰り返していると指摘しながらも、

「それでも北朝鮮に核ミサイルがあるという事実、厳しい緊張が永遠に続いている状態、米朝および南北朝鮮間が対立しているということ自体が、なんとしてもロシアに安心感をもたらさない」と説明している。
 

 

 

 

 

    

 

国際ホロコースト記念日、そしてファシストによる封鎖からのレニングラード完全解放記念日にユダヤ博物館・寛容センターで行われたイベントを訪れたプーチン大統領

 

 

 

 

 

 

 

サイゴンでの処刑

  • 2018.02.03 Saturday
  • 00:58

 

 

2.2  『サイゴンでの処刑』 1枚の写真がいかに英雄を死刑執行人に変えたか

 

 

   

 

 

ちょうど50年前の1968年2月1日に撮られた1枚の写真『サイゴンでの処刑』は世界報道写真財団の大賞、ピューリッツァー賞などに選ばれたにも関わらず悪名高い、最も有名な写真の1つだ。

 

 

撮影者はAP通信やタイム誌、ニューズウィーク誌の写真家で、紛争地帯からの写真で知られるエディ・アダムスだ。

 

問題の写真は南北で激しく争い、20世紀後半最大級の軍事紛争が起きていたベトナムで撮られた。

 

 

『サイゴンでの処刑』には人間を射殺する警察官が写っている。警官の名はグエン・ゴク・ロアン。

 

南ベトナムの准将で警視総監だった。

 

射殺された人物については諸説あり、グエン・ヴァン・レムあるいはグエン・タン・ダトと言われている。

 

その男が捕まったのは、南ベトナムの警察とその家族の遺体が見つかった穴の近くだった。この殺害に関与していたかは不明なままだ。だが、その男が前に引き出されるとロアンは思案せず射殺した。

 

 

国際社会の目にとってこの写真は非人道的な戦争のシンボルとなり、欧米で激しい反戦運動が起きた。

 

アダムスは批判の波に呆然とし、ピューリッツァー賞を辞退。後に彼は、この写真を撮ったことを後悔した。

 

 

1968年、ロアンは重症を負い、米国で片脚を切断したが、サイゴンに戻った。

 

だが、後に米国に移住した。

 

同地で彼はピザ屋を開き、彼のことは忘れられたと考えていた。

 

 

しかし1990年代初め、店の壁に「お前が誰か知ってるぞ」と落書きが現れた。37歳のときに運命を変える銃声で有名になったロアンは1998年、がんで亡くなった。

 

 

ロアンが存命中、アダムスは写真によって将軍の名誉をけがしたことを謝罪。

 

 

後にアダムスはタイムズ誌で「将軍はベトコンを殺した。私はカメラで将軍を殺した。写真は強力な武器だ。人々は写真を信じるが、写真は真実の半面にすぎない」と書いた。

 

 

ロアン将軍の死後アダムスは、彼を英雄と呼んだ。

 

どうやら、内戦に英雄は存在しないことを理解せずに。内戦の参加者は全て、犠牲者だ。

 

 

化学兵器使用不処罰に反対

  • 2018.02.02 Friday
  • 00:58

 

 

知ってる?

1月24日【化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ】が発足した

 

https://jp.ambafrance.org

https://jp.ambafrance.org/article12643

 

 

外務省はわざと分かりにくい翻訳

化学兵器使用への不処罰に対する闘いのための国際パートナーシップ

 

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_005550.html

 

 

 

加計学園 で動物実験して化学兵器特許を更新するつもり

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958609132734459904

 

 

 

化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ

 

◆「名前を公然と明かし、告発する」という明確に示された意思に基づき、制裁対象となった個人や関与団体の名前をホームページで公表すること

 


◆責任者を訴追する能力を強化する必要がある国を支援すること

 

https://jp.ambafrance.org/article12643#t-f16c

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958618983447502849

 

 

 

731  

  • 2018.01.23 Tuesday
  • 00:58

 

 

◎ 秘密部隊として致死的人体実験をしていた東郷部隊が1936年に関東軍防疫給水部という正式名を与えられた。

 

三笠宮の満州朝鮮視察も1936年

 

※小学館大辞泉_視察_現地・現場に行き、その実際のようすを見極めること

 

三笠宮が映画を見たのは南京の総司令部。彼が南京総司令部に勤務したのは1943-1944年

 

 

    

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/955181827316113408

 

 

 

 

 

◎ NHKは報道機関だから731部隊の詳細を報道すればいい。

 

第27回日本医学会総会出展「戦争と医学」展実行委員会も731部隊の実態を2008年に公表。

 

共産党は政治政党なんだから、

731部隊の最高司令官だった天皇の地位継承者に、米国で取得した生物・化学兵器特許の使用料収入の行方を問い詰めなさい

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/955187271367405569

 

 

 

 

 

◎ NHK BS1でやっていた731部隊の番組。

 

上層部はさっさと日本へ逃げて、人体実験で得たデータをアメリカに提供することで罪を免れた。

 

課長、部長級などの一部はハバロフスクで裁判にかけられ服役したのに。上層部は戦後、国立大学教授や製薬会社幹部になった。#731部隊

 

https://twitter.com/kuronekonippou/status/955094417542602752

 

 

 

 

 

◎ 731部隊 人体実験を行った幹部医学者は多額の報酬を日本政府から支給されていた。

 

実験データを米国に差し出すことでその行為を不問にするという取引によって、戦後日本医学会の重鎮として生き延びたことが、

 

京大図書館文書、米公文書館資料等ではっきりと裏付けられ衝撃的な内容。日本医学界の闇。

 

 

https://twitter.com/sho_jitsu/status/955077650132779008

 

 

 

☆ NHK BS1で 報道されていたということでしょうか。

 

それでも なにも動きがない日本というのは いかに 弾圧されているかということですね。

 

731の 音声の証拠があっても 全く動じない国が日本であり それさえも 「なかった」として 平気な国です。

 

 

すべては 明治からの「天皇」に結びつくので 一切 だんまりを決め込む 偽ものたち。

 

国民も それに対しての抗議を する気力もない。

 

韓国には その気力があるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の人体実験  日米の警報  朝鮮戦争

  • 2018.01.20 Saturday
  • 01:56

 

 

日本の人体実験は731部隊が最初じゃない

 

1902年八甲田雪中行軍生還実験:青森第5連隊210名と弘前第31連隊37名を競わせ第5連隊199名凍死

1945年広島ウラン爆発・長崎プルトニウム爆発軍事応用殺傷実験

1954年ビキニ環礁日米合同水爆殺傷実験

2011年、、、

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953849031616208896

 

 

 

 

香港から見ていると、先の日米の核ミサイル警報は、日米が、南北統一旗を掲げて喜ぶ韓国に反発して、

 

「北と仲良くしたら、北朝鮮が核攻撃したことにして核爆発するぞ!そしたら開戦だ!」と、脅迫しているように見えます。

 

100MeV以上もの環境中性子を完全に遮蔽できない現在、核兵器は空を渡れないので

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953949610078191616

 

 

 

 

 

◎ 米日は朝鮮戦争の愚を繰り返すのか

 

 

韓国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の会談で、平昌五輪への合同参加が合意されたその時に、

 

アメリカは朝鮮への「圧力強化」を確認するための「20カ国外相会合」をバンクーバーで開催しました。

 


さらに、アメリカ、日本、韓国は別に3カ国の会合をもち、「結束」を確認したといいます。

 


ティラーソン米国務長官は、「軍事オプションの引き金を引く」ことも辞さないと、あらためて朝鮮を威嚇しました。

 

 

 朝鮮半島とバンクーバーで同時進行したこの事態は、いったい何を意味しているでしょうか。

 

 

 同じ民族同士の韓国と朝鮮が対話を重ね、五輪を通して交流・関係改善を強めようといているのに対し、

 

部外者であるアメリカとその呼びかけに応えて集まった国々が、「北朝鮮への圧力継続」(「議長総括」)を再確認し、韓国をアメリカ中心の「結束」に繋ぎ止めようとする。

 

 

これは南北会談の進展、緊張緩和に水を差すことであり、朝鮮に対する「挑発」にほかなりません。同じ民族同士が話し合いで問題を解決する「民族自決」に対するあからさまな干渉ではありませんか。

 

 

朝鮮半島情勢をめぐって「挑発」を繰り返しているのはいったいどちらなのか、緊張を高めているのはどの国(国々)なのか、今回の「外相会合」はそれをはっきり示したのではないでしょうか。

 

 

 

 今回アメリカが外相会合を呼びかけたのが、朝鮮戦争(1950年〜現在休戦中)に参加・支援した国々だったことは極めて象徴的です。

 


なぜなら、73年前、帝国日本の敗戦後、朝鮮半島で始まろうとしていた朝鮮民族の自主的独立を妨害し、南北に分断し、朝鮮戦争へのレールを敷いたのが、まさにアメリカだったからです。

 

 

 

 「一九四五年八月十五日、日本が敗北するとすぐさま朝鮮建国準備委員会(委員長・呂運亨)が結成され、八月末まで朝鮮全国各地に一四五もの人民委員会がつくられる勢いでした。

 

 

九月六日には、朝鮮人民共和国の樹立が宣言されました。首席にアメリカで活動していた李承晩、副首相に呂運亨という布陣で、幅ひろい組織をめざしました。

 


しかし、アメリカは南朝鮮に軍政を施行し、朝鮮人民共和国を認めず、きびしく弾圧しました。…朝鮮人自身による独立政府樹立の運動がつづく中…アメリカは、一九四七年、創設まもない国連に朝鮮問題を持ち込み、国連監視下の南北朝鮮の総選挙を可決、翌年には南朝鮮だけの単独選挙実施方針を示しました」(中塚明奈良女子大名誉教授『日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研)

 

 

 

「そもそも朝鮮の分断は、アメリカの一方的決定によるものであった。…

 

終戦直後の一九四五年九月、朝鮮に上陸し、朝鮮南部に軍事的支配を樹立したアメリカは、すでにその行政区域内に育っていた朝鮮人自身の萌芽的共和国(呂運亨主導下の朝鮮人民共和国)とその草の根の組織である人民委員会の承認を拒否した。…

 

日本の植民地体制と植民地統治が崩壊し、代わりにアメリカ支配が始まってから、莫大な富と権力がアメリカ人の手に渡った」(ガバン・マコーマック・オーストラリア国立大教授『侵略の舞台裏 朝鮮戦争の真実』影書房)

 

 

 

アメリカの対朝鮮半島政策はこの時から本質的には何も変わっていないのです。

 

 

一方、朝鮮戦争当時から大きく変わった国があります。日本です。

 

 

朝鮮戦争で日本はアメリカ軍の出撃基地・物資補給基地という間接的な形で米軍を支援しました。

 

しかし今はそれだけではありません。

 

安倍政権が強行した戦争法(安保法制)による集団的自衛権行使で、米軍と自衛隊の共同行動が公然と繰り返され、事実上米日韓の3国軍事同盟の一翼を担うようになっています。

 

万一、アメリカが武力行使すれば、日本は直接それに加担することになるのです。

 

 

「外相会合」はアメリカの意に反し、「議長総括」に「南北対話と北朝鮮の平昌五輪参加を歓迎」との文言が含まれるなど、

アメリカが「軍事的圧力を高めることを狙った」会合の「成果はかすんだ」(18日付共同配信)といわれます。

 

 

 

あくまでも「軍事オプション」に固執し、米日韓の軍事同盟を強化しようとするアメリカとそれに追随する日本の戦略が、思い通りにはいかないことを示したと言えるでしょう。

 

 

しかし私たちは一連の事態を他人事として傍観することは許されません。


日本政府(安倍政権)が日米軍事同盟(日米安保条約=朝鮮戦争勃発の翌年アメリカが制定)でアメリカに従属し、朝鮮民族の自主的平和的統一を妨害していることをやめさせるのは、主権者である私たち「日本人」の責任です。

 

 

 

http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/551d4d1d340bbd64a4f80bc1e7a95ac6

 

 

 

 

 

PR

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

日本古代史

日本古代史入門
クリエーター情報なし
作品社(インプレス)

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM