コメントを下さった方へ

  • 2017.12.09 Saturday
  • 00:26

 

この国の 今の 原発の放射能放置とか見ても

 

結局 731の犯罪が 米モルモンによって擁護され だれも 犯罪人とされず

 

出世して 今も力をもっている。

 

原因としては 維新に イルミに加入したこと そして 原爆の実験で 特許ビジネスの利権は始動。

 

生物兵器特許もある。

 

 

きりなくありますが、結局 国のトップが イルミ NWOに所属したという維新に突き当たります。

 

 

悪いことをすると儲かるのが イルミ。 そして それが トップを頂点とする財閥利権。

 

 

プーチンロシアとは真逆ですね。

 

 

でも 日本人は 生き延びましたね 笑  

 

 

事実を知らせない力が大きい国で それでも その中から 国の闇を知っていく人が増えていくことを願っています。

 

 

 

 

 

歴史  第一次世界大戦  教科書通りか?

  • 2017.12.09 Saturday
  • 00:23

 

 

世界を操るグローバリズム-12〜第一次世界大戦はオーストリア皇太子暗殺が原因なのか〜

 

 

■■ 第3章 第一次世界大戦とロシア革命の真実

■第一次世界大戦はオーストリア皇太子暗殺が原因なのか

 

 

第一次大戦がなぜ起こったのかを理解できる人は少ないと思います。

 

教科書では「オーストリアの皇太子がセルビア人の青年に暗殺されたことがきっかけで始まった戦争」ということになっていますが、それが戦死も含め2000万人も死者が出るほどの戦争に至ったのは理解しがたいことです。

 

 

確かに、当事国にとっては重大なことだったと思いますが、ヨーロッパの国々を巻き込み、アメリカ、ロシアを巻き込み、日本も巻き込まれました。それほどの世界的な大戦争をする必然はどこにもありませんでした。

 

 

しかし、大戦争をすると利益を得る集団が世の中には存在しています。

 

 

戦争で利益を得る軍産複合体のような勢力は軍拡競争を煽り、戦争を煽ります。

 

第一次世界大戦についても、既存の歴史観に縛られないで、煽られた戦争であった可能性を考えて見る必要があります。

 

 

戦争については、原因からではなく結果から考えてみると見えてくるものがたくさんあります。

 

 

第一次世界大戦の結果、何が起こったのか。

 

一番大きな動きは、国際連盟が設立されたことです。

国際連盟設立で得をしたのは誰かを考えていくと、大規模な戦争が勃発した理由が推測できます。

 

 

国際連盟というのは国際主義を推進するための機関であり、言い方を換えると各国の主権を制限するものです。これは(偽)ユダヤ思想そのものなのです。

 

 

 

世界の国の主権を廃止して、世界から国境をなくし、世界統一政府を作ろうとする。今の言葉で言えばグローバリズムです。

 

国家の主権を超えて、各国の上に国際連盟というものを置く。これは世界統一政府に向けての第一歩です。

 

 

国際連盟はアメリカのウィルソン大統領が提唱したものですが、各国で設立受け入れの気運が高まったのは、2000万人もの戦死者を出してしまったからです。

 

 

この荒廃ぶりを見て、文明国がこのような悲惨な戦争を二度としてはいけない、世界平和のために「新しい秩序」をつくろうということになり、国際連盟が設立されました。

 

 

今までになかった新しい秩序をつくるには、既存秩序の崩壊が前提になります。安定した世界の中では新秩序の機運は生まれません。

 

世界を著しく荒廃させれば、人類は必ず新秩序を求め始めます。それが目的で第一次世界大戦を引き起そうとした人がいたのでは、と考えると、歴史は一変して見えてきます。

 

 

 

第一次世界大戦のもう一つの側面は、ロシア革命との関連です。

 

日露戦争の際に革命の萌芽がつくられ、革命的な反皇帝の雰囲気がロシア国内に醸成されました。その動きさらに徹底させるには、更なる混乱が必要でした。

 

歴史の中では戦争と革命は表裏一体です。戦争で物資を破壊し、人心を荒廃させる。そうすると新しい秩序を求める気運が高まり、革命がやりやすくなります。

 

 

こういった視点で歴史を眺めて見ることも重要です。

 

 

 

■主権の制限が中途半端に終わった国際連盟

 

 

第一次世界大戦だけでは国際主義者が期待したような世界秩序は生まれません。

 

国際連盟によって各国の主権をある程度制限することには成功しましたが、世界統一政府を目指す人たちにとっては不十分でした。

 

 

また、国際連盟の提唱者であるアメリカが議会の反対で批准をしませんでした。

 

アメリカが国際連盟に入らなかったのは、アメリカ議会の三分の一以上の議員が反対したからです。議員の過半数の票は超えていましたが、批准に必要な三分の二には達しませんでした。

 

 

国際連盟は、第一次世界大戦を望んだ人たちの意に添わない結果に終わりました。もう一度大きな混乱が必要だと考えた人たちが第二次世界大戦への流れをつくっていきました。

 

 

第二次世界大戦後には、今度は国際連合というものができました。

 

国際連盟よりもさらに国家の主権を制限する体制です。

 

 

このように結果から見ていくと、起こるはずのない大規模な戦争が起こった経緯が見えてきます。

 

既存の歴史書は一連の流れを説明してくれませんが、論理的に詰めていけば、大きな流れが浮かび上がってきます。

 

 

軍拡競争を煽って戦争を仕掛ける人がいなければ、あれほどの犠牲を払った無益な戦争が起こる必然性はなかったと思います。

 

 

第一次世界大戦には停戦のチャンスはいくらでもありました。ところが、どういうわけか、その都度停戦の機会はつぶされて、4年間もの間、流血が続きました。

 

第二次世界大戦はさらに長く続きました。1939年から数えると6年間にも及ぶ戦争でした。第二次世界大戦も停戦のチャンスは何度もありましたが、停戦には至りませんでした。

 

戦争というものは、突発的に起こることはまずありません。

 

http://www.kanekashi.com/blog/2017/12/5567.html

 

 

 

 

ウクライナを利用して黒海での威嚇  先制攻撃の準備

  • 2017.12.04 Monday
  • 02:04

 

 

黒海で米軍の哨戒機が露国の国境へ近ずき 露軍の戦闘機が緊急発進したが 背後に 核戦争の危機


11月25日にアメリカ軍は哨戒機P-8A ポセイドンを黒海からロシアの国境に向かって高速で飛行させ、ロシア軍のSu-30が緊急発進するという出来事があった。

公海上ではあったようだが、国境までの距離が10キロメートルを切っている。


ロシア側の防衛体制や電子戦に関する情報を得ようとしたのだろう。

万一、P-8Aが領空を侵犯した場合、その地域の重要性を考えると撃墜という事態もありえただろう。その前に対処できたのは好運だった。


言うまでもなく、黒海はロシアにとって防衛上、重要な場所。

そこでアメリカ軍は2014年、ウクライナでクーデターを成功させた後にも艦船を使い、ロシア軍を威嚇しようとしていた。


例えば、4月10日にイージス艦のドナルド・クックをロシアの国境近くまで航行させている。いつでも攻撃できるというメッセージでもあった可能性がある。

その際、ドナルド・クックの近くをロシア軍のSu-24が飛行、その直後にドナルド・クックはルーマニアへ緊急寄港、それ以降はロシアの領海にアメリカ軍は近づかなくなった。


ジャミングで米艦のイージス・システムを機能不全にしたと言われている。
 

 


船の場合、電子機器が機能しなくなっても浮かんでいるが、航空機の場合は墜落する可能性があるのでロシア軍は電子戦を仕掛けられないと考えたのかもしれない。

すでにアメリカ軍はロシアの国境線近くにミサイルを配備し、先制攻撃の準備を進めている。

ロシア側としては、それを脅しだけだと高をくくるわけにはいかないだろう。


先制核攻撃の準備を進めることになる。ウラジミル・プーチン露大統領が自国の大規模製造業者に対して​戦時体制への切り替え​ができるよう、11月22日に指示したのもそのためだろう。


アメリカ/NATO軍は1991年12月にソ連が消滅して以来、部隊を東へ移動させてきた。

当然、ロシアの国境が近づいてくるわけだが、それを西側ではロシアの好戦的な姿勢を示すと説明している。


来春からアメリカ軍は40名から50名の将校をジョージアへ派遣、3年にわたって将兵を訓練するとしている。

 



最近、イタリアのメディアが2014年の​ウクライナにおけるクーデターに関するドキュメンタリーを伝えていた。

アメリカのネオコンを後ろ盾とするシオニストの富豪が資金を出し、ネオ・ナチが最前線に立ってビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除したのだが、そのクーデターの大きな節目になった広場での狙撃に関する証言が紹介されているのだ。


このクーデターは2013年11月にはキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)へ約2000名の反ヤヌコビッチ派が集まるところから始まった。

当初は平和的だったが、2月になってから西側の軍事訓練を受けたネオ・ナチが前面に出始め、2月18日頃になるとチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始めた。

そして22日に狙撃で市民側にも警察側にも多くの死者が出ている。これを西側は政府側の仕業だと宣伝していた。


しかし、事実は違った。

2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日にキャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話、反政府側が実行したと強く示唆している:


「​全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。

同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。


スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。​」


当時から外国のスナイパーが関与しているいう話が流れていたが、イタリアのドキュメンタリーに登場したジョージア人は自分たちが狙撃したと認め、任務として行ったと弁明している。

ウクライナのクーデターは、ミヘイル・サーカシビリがジョージアで実権を握った2003年11月の「バラ革命」と同じシナリオだったとも語っている。

https://youtu.be/wR1NFI6TBH0

https://youtu.be/V0rR2Fh1zWI


サーカシビリが大統領だった2008年、ジョージアは南オセチアを奇襲攻撃している。

北京オリンピックにタイミングを合わせた作戦だった。


7月10日にアメリカのコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問、それから1カ月足らずの8月7日にサーカシビリ大統領は南オセチアの分離独立派に対して対話を訴え、その約8時間後に深夜に奇襲攻撃を開始したのだ。


この軍事作戦にはアメリカ以上にイスラエルが深く関係している。

2001年からイスラエルの会社がロシアとの戦争に備えてグルジアに武器、無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを提供、同時に軍事訓練を行っていた。


ジョージアとイスラエルとの関係を象徴する人物がジョージア政府内にいた。

イスラエルに住んでいたことのある閣僚がふたりいたのだ。

ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言える国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。ふたりは流暢なヘブライ語を話すことがでる。


その当時、南オセチアに駐留していた平和維持部隊の軍事的能力は低く、アメリカやイスラエルの軍事訓練を受けているジョージア軍の前になす術がなかった。

そこでロシア軍は戦闘車両150両を送り込むなど即座に反撃、空爆も始めてジョージア軍を粉砕してしまったのである。


ロシア軍が出てくればこうなる。


正規軍ではロシア軍に太刀打ちできないことが明確になった。軍事侵攻に失敗した後、8月15日にライス国務長官は再びジョージアを訪問、サーカシビリと会談している。
 

 

 

本ブログでは何度か指摘したが、アングロ・シオニストは遅くとも20世紀初頭からロシアを侵略する戦略を始動させている。日本もその手先として使われた可能性が高い。


第2次世界大戦後、ドイツとの死闘で疲弊したソ連を破壊するため、アメリカの好戦派は1957年にドロップショット作戦を作成、300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊しようとしていた。


テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、ルメイを含む好戦派は​1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定​にしていた。

その頃になれば、先制核攻撃に必要なICBMを準備できると見通していた。これが「核の傘」である。


この計画に強く反対し、好戦派と激しく対立したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。


ソ連消滅後、ロシアはボリス・エリツィン大統領の時代に国の資産は略奪され、軍事力も大幅に低下した。

アメリカ支配層の内部でもそうした感覚は21世紀に入っても残っていたようで、キール・リーバーとダリル・プレスはフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)の2006年3/4月号で、​ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張​している。


ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派は今でもロシアや中国を核戦争で脅している。

米ロ、米中間で相互に核兵器発射はしない体制を構築しているということはない。

正常な感覚の持ち主なら、この状況を知れば恐怖するだろう。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201712010000/



☆ 上記記事に 「カーチスルメイ」という名前があります。


日本の原爆 そして 東京大震災に 深く関与しているとされる人物であり


日本から 勲章を 送られています。


これで とても 簡単で 重大で 日本全体が隠していることが 分かりませんか ?


 

M資金  金の百合 

  • 2017.11.27 Monday
  • 00:21

 

 

☆ 「M資金って たんに 戦争ビジネスとしての 強盗でしょう?」というのが 私の認識です。

 

今頃 その犯罪は無視して 追求もせず あたかも 正義の資金のように 言われている。

 

そんな にがにがしい感想ですが、 これらのことに関しても 右と左では また 記事の内容も違ってくるのかと思います

戦争ビジネスの大きな魅力は このような 「強奪品」にあると言われており、そのごとく 強奪したものが イルミでの地位を確立していく。

 

明治以降の 天皇財閥とは まさに その典型のように 私には思えます。

 

 

以下 一つの記事の引用です。

 

繰り返しますが 右と左で 微妙に ニュアンスが違うと思うので、事実を言っていても、唯一絶対とは限らないということかとも思います。

 

 

 

 

 

 

第二次大戦中、日本軍は戦争計画(戦闘序列)を整えてアジア12カ国を侵略した。

 

 

そして、戦利品・軍需物資は最初、日本へ運んできたが、バシィー海峡、南シナ海、台湾海峡、対馬海峡の海上封鎖が強まると日本本土ではなく、フィリピンにしまいこんだ。

 

 

42年3月、コレヒドールから追い出されたマッカーサーがオーストラリアからカエル飛び作戦で、レイテ島へ再上陸が迫ると、日本軍は既に各地に掘っていたトンネルの側壁にさらに穴を堀り、アジアの略奪財宝を埋めた。

 

 

財宝の在り処を秘密とするため、それを指導した日本軍幹部・兵士たちや労働を提供した米比軍捕虜たちも含めて埋めてしまったのである。

 

戦後、しばらくして第14軍南方方面軍(ヤマシタ将軍)の運転士官(コジマ・カシイ)がセビリアーノ・ガルシア・サンタ・ロマーナという長い名前の米軍情報士官から拷問を受けた。

 

米OSSからフィリピンに派遣されたエドワード・ランズデール中佐の指揮の下で運転士官に財宝の隠し場所を白状させるためでそれは成功した。マニラ北西部、りサール州テレサという小さな町から大量の金塊が発見されたからである。

 

 

アメリカ政府首脳及び陸軍幹部によれば

「サンテイのお宝回収劇はその後のアメリカの冷戦体制に著しく貢献している」とほめられた。

 

 

 

トルーマン政権はこれらの財宝を特別目的に使用するため公会計計上を留保した。

 

すなわち、「ヤマシタ財宝」とヨーロッパのナチから取り返した「ブラック・イーグル・ファンド」を一緒にウラへまわして世界で展開される共産党との戦い(冷戦)のコストに充てることにしたのである。

 

 

ごく、大まかに言えばそのファンドは「右に行くか左に行くかふらふらしている国」の政治家へのワイロとその政党を買収するために使われた。

 

 

戦争の略奪物資を源とするそのファンドはアメリカ陸軍長官ヘンリィー・ステムソン とその頭脳集団(brain-trust)によって管理された。

 

 

ナチがヨーロッパで主にユダヤ人から奪った「黒い金塊」はヒトラーのライヒバンクのエンブレム、「カギ十字と黒鷲」から採った刻印が押されていた、ので「ブラック・イーグル・トラスト」と呼ばれる。

 

一方、フィリピンから没収した「死者たちの金」は、フィリピンの民衆からは「ヤマシタ・トレジャー」とうわさされ、米軍は日本の各地から没収した金塊、ダイヤモンドを含めて、「ショーワ・トラスト」と呼んだ。(日本では、「Mファンド」、「マッカーサー・ファンド」、「マッカート・ファンド」などと呼ばれている。)

 

 

アイゼンハワー政権の副大統領だったニクソンはエルモア・ボブスト( Elmer Bobst)から資金援助を受けていたが、1960年、第二次日米安保条約の締結を期し訪米したキシ首相に対し、350億ドルのショーワ・トラストを渡した 。キシはそれをGM党資金として受領した 。

 

 

「つまり、コレは何を意味するか?アメリカと日本のあるまじき不正の印?」略奪され犠牲になった数百万の民は今だ何の補償も受けていない。

 

 

 

マッカーサーに関していえば、記念図書館のホームページにはさまざまな書類、手記、日記、注解、たとえば「東京時代のマッカーサーの部下たちとフィリピンの市民のマッカーサー・ファンとのリンク集」とか、いろいろアクセスできる。

 

 

その中である事がささやかれていた。

 

「FDRの前の大統領、ハーバート・フーバー(Herbert Hoover)とマッカーサー将軍が日本から没収したものをある銀行に預けているとうわさが(フィリピンで)立っている。

 

彼らは戦争でいくらもうけたのか誰か知らないか?」と言うものだ。

 

 

 

その答えは、「フーバーが死んだ時、息子は父の信託財産から1億ドル相当の金塊を売却する許可を財務省から受けたはずだ。(未確認)だから最低約1億ドルは在ったはずだ」。

 

 

この情報に付け加えて、シーグレーブ夫妻によれば、

 

「マッカーサーの方がもっと多かったはずだ。彼のニューヨークにある銀行の口座には一体いくらあるかわからない」と言っている 。

 

 

 

「ヤマシタ・ゴールド(若しあれば)は、マニラで大日本帝国のイヤーマークを刻印した12.5キロのインゴッドに鋳なおされていたが、これでは日本がアジア各地から収奪した「死者たちの金」であることは一目瞭然である。

 

 

戦後、フィリピンで「ヤマシタ・トレジャー」を発見したOSS/CIAサイドから言えばこれを正式の持ち主に返す気がない、のでサンタ・ロマーナに命じて金塊を香港の精錬所へ運びHSBCの刻印に変えた。

 

(その後、アメリカ国内やスイスに持ち込んだ。)そして世界42カ国のCIA支部のある都市の(シティ)銀行に米ドルの口座(もちろん偽名だが、)を176口座開設した」とシーグレーブ夫妻によればやけに詳しい。(だが具体的なソースと支店名、金額は説明されない。)

 

 

 

大々的に展開した割にはこの取引を知っている者は少なかった。

 

だが、OSSの局長ウイリアム・ドノバン将軍(William Donovan)は、マッカーサーやフーバーの指示でランズデール=ロマーナ一味がこの宝物を掘り当てたのをもちろん知っていたはずだ。

 

それは後CIA長官になるアレン・ダレスや「冷戦の戦士たち」(cold war warriors、元CIA幹部)にも継承されていったはずだ。

 

この二つの流れのファンドはCIAのウラ帳簿によって運用され、「金証券 」となって世界の良く知られた人々の懐をかき回したこともある 。

 

 

 

CIA長官のコーケ(Cocke)は尋ねられた、「一体誰がこの莫大なファンドの持ち主なんだい?」と。

 

 

将軍はあっけらかんに答えた。自分で調査していたからだ。「シティバンクNYですよ、この銀行のニューヨーク支店とアテネ(ギリシャ)支店ですよ」

 

 

コーケは暴露した。「シティバンクが信託受託者となって、プログラムの推進者になったんですよ」

 

 

 

「プログラム?」

 

「対ソ、対共産党対策の事ですよ、シティバンクのリードは支払代理人になって世界各地のエージェントへカネを送金した。かわいい奴ですよ」

 

 

プロジェクト・ハマー(The OSS/CIA "Project Hammer"共産党をぶちのめす意味)を推進したシティの大物はジョン・リードだった。リードは副頭取だった。彼は一人で決定できていた。

 

リードはその期間に頭取と会長まで昇り詰めたが、2000年12月には「そんな取引があったなんて知らなかったし、第一エール・コーケ(Erle Cocke )なんて名はしらないし、会ったこともない」ととぼけた。

 

 

しかし、それはちょっとおかしい。コーケは米国信託銀行協会の会長もやったし、ジョージ・マーシャル国務長官のアドバイザーも勤めたし、ケネデイの時はIMFやIBRDの理事もやったからだ。そんな立派な人物を知らないとは情けない。

 

 

「彼ら(コーケ)は2000年12月12日に、政府の代理機関がわれわれ(シテイバンクトラスト)に預けている政府保有の金の”残高証明”を、シティバンクや他の大手銀行の80年代の信用余力(ソルベンシィ・マージン)を証明するために発行したことがあると言いますが、そんなことは一度もありません」

 

 

 

この否定発言はすごい。調査によれば、CIA(OSS)はシティバンクにCIAやOSSの名で信託したのではなく、セビリアーノ・ガルシア・サンタ・ロマーナ、例の長い名前の個人名義(その名義も17の名前に変造して)信託していたからだ。

 

 

サンタロマーナが死んだ1974年、この信託財産の金塊の一部は不正にマルコスのものとなっている。

 

 

マルコスがサンタロマーナの弁護士役をしていたというのだ。無論、マルコスは弁護士資格を持っていた、あるいは、その職業を誠実に履行した、といった問題ではない。

 

何しろ、フィリピンはその時厳戒令がしかれており、マルコスの独裁が始まったばかりだったのだから。

 

 

 

皇族たちの役目がゴールデン・リィリーの回収にある事は秘密にされていた。

 

いくつかの事情がある。たとえば、竹田宮に関していえば、彼の行動がアジアに筒抜けになる事を恐れた。彼は偽名を使っていた。関係者が彼に会うとき、いくつかの偽名を持っていたのである。「コレがわかるまで20年かっかった」とシーグレーブ夫妻が言う。

 

 

マッカーサーは日本と天皇の財産をわざと過小評価しながら、さらに天皇の戦争責任について、「トージョー・ヒデキ首相やその取り巻きが勝手に偽証した結果であるから天皇には責任がない」との見解を述べるにいたっている。

 

 

HIROHITOのみならず、皇族の誰一人として罪に問われるものはなかった。

「これはペテンじゃないのか?」

 

 

 

シーグレーブ夫妻が言うには、「マッカーサーと彼の取り巻きの右翼の連中、アメリカの軍部、政界、そしてビジネス界は戦前から日本に権益を持っており、“彼”を人質として確保しながら、戦前と同じようにうまくやっていくことを考えたのだと思う、アメリカの金融界からの融資は膨大だった。それにコミニストが極東に浸透するのを防ぐ意味もあったがね」と。

 

 

 

しかし、これまで歴史に登場しない捕虜の使い方もあった。

 

 

アジアから収奪した財産は、用意周到な収奪作戦の計画のもとにフィリピンに集めたのだが、その立役者は「黄金の百合」作戦を展開した天皇家の皇子たちだったというのだ。

 

 

そのゴールデン・リリィが連合国によって回収されると、その存在を公にせず、秘密にしておくことにした。

 

どの程度まで秘密とするかは、当時、アメリカは戦略品の管理には厳しく、財宝を盗んだものは懲役10年以上の積みに処せられ、数多くの犯罪者を軍法会議で出したものだ。

 

 

したがって、ゴールデン・リリィに源がある通称「ヤマシタ・トレジャー」も、当時のフィリピン幹部、マッカーサーの取り巻きに拠っても、彼ら自身の欲・徳のため、横領するなどということは考えられない、ので、本国のトルーマン大統領には報告されたと考えられる。

 

 

そして、ここにもシーグレーブ夫妻が登場する。

 

つまり、世に日本の天皇家が外国の富を積極的に収奪して“私腹”を肥やしていたとする過程なり、事実関係はシーグレーブ夫妻が最初に持ち出しているのである。

 

シーグレーブ夫妻も元の資料なり、伝聞、聴き取りなどはあるだろうが(そしてその一部はCDに収まって売りに出されているが)、「ゴールデン・リリィ」関係だけは、何も資料はない。

 

 

http://blog.goo.ne.jp/zeekkimura3/e/573ac78cbde71f68b5fbf94c55057a2d

 

 

 

 

☆ 戦争ビジネスの 天皇家の財産は スイス銀行での ヒトラーとの共同名義での預金 そして 日銀地下での 金塊 ・・ など、闇サイドの連携での 秘密でしょうね。

 

 

 

 

自称日本人に捨てられた兵士は タシケントで慰霊されている

  • 2017.11.27 Monday
  • 00:20

 

 

☆ あまりに タブーに生きる 日本人たちは 明治が 英国と そして 朝鮮ヤクザによって 成り立っていることを 見ようとしない。

かれらは NWOであるからこそ 異様に 「愛国日本」と言うのです。


彼らにとって 日本人は ゴイムです。

彼らは ソ連 ロシア 悪魔化の アジェンダを国民に植え付け 領土 「問題」 を 創作したのです。


事実を知り 目が覚めて 人間通しの 信頼と友情が回復することを 願っています。









11.17 タシケントの日本人墓地墓守に旭日単光章 【写真】


ウズベキスタンの首都タシケントにある日本人墓地を40年間にわたって管理してきたミラキル・ファジーロフ氏に対し、日本政府は「旭日単光章」を授与することを発表した。




ウズベキスタンの首都タシケントにある日本人墓地を40年間にわたって管理してきたミラキル・ファジーロフ氏



ファジーロフ氏は、タシケントのヤッカサライ地区にある日本人墓地「ファジーロフ・オタ」で清掃・管理を行ってきた。

 


ここには主に、第二次世界大戦終戦直後にタシケントに移送されてきた日本人捕虜が埋葬されている。


在ウズベキスタン日本大使館によると、75歳のファジーロフ氏は「ウズベキスタンにおける日本人抑留者の歴史保存及び日本人墓地の保全に寄与したこと」により旭日単光章を受章した。


ファジーロフ氏の父親も同じく日本人墓地の墓守として60年間勤務し、その功績を称えカリモフ・ウズベキスタン初代大統領の許可の下、墓地は父親にちなみ「ファジーロフ・オタ」と改名された。
 

 


ロシア国立公文書館に保管されているソ連内務省の文書によれば、1945年に約64万人の旧日本軍軍人がソ連軍の捕虜となった。

捕虜のうち約54万7千人は、1945年から56年までに解放された。


この文書によれば、捕虜となっている間に6万1千人を超える日本人が死亡した。



☆ 日本は明治に 「神の国」として 出発した。

これは ロスチャイルドの計画です。


偽天皇が据えられて 始まった。

これらの 本当の歴史を知らなければ 誤解は解けません。



☆ 外人捕虜の死亡率は ソ連を超えて 日本が 一番多かったのです。

明治になにがあったのか そして 今も続いている  を 書いていきます。


その先にあるのは 国境を越えた 信頼と友情と信じています。


まさに 敵は内にあるのです。



 

気象操作   ヤクートの雪嵐

  • 2017.11.26 Sunday
  • 01:24

 

 

 

 

 

 

この異常な気象は気象操作によるものか?〜

JAXAが関与している可能性は大
 

 

この異常な気象が気象操作によるものではないかということで、興味深い動画を紹介しています。

 

動画の3分40秒辺りに出てくる、操作された風の動きの画像は印象的です。

 

記事によると、現在の日本の風の様子が動画の中に出てくるものとよく似ているのです。

 

 

雲の形がおかしいんだけど、何かやっていない?
転載元) Walk in the Spirit 17/11/18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気象操作とは天候と生物兵器による戦争である、


気象操作は、大気中への異物拡散(ケムトレイル)だけではない、電波塔による強力且つ(健康に)有害なマイクロ波照射により天候が操作されている、

 

 

明らかにおかしい、

おかしい基(?)にあるのが、なぜかJAXAの基地、

 

*増田宇宙通信所にあるレーダー施設、

 

 

 

(衛星の追跡・管制に使用しています)

 

 

 

 

 

11.23  目も開けられない ヤクートのこどもらが下校時に雪嵐に遭遇(でも、これ普通)【動画】

 

 

 

アルゼンチン潜水艦行方不明・爆発音  戦艦大和・きのこ雲

  • 2017.11.25 Saturday
  • 00:14

 

 

 

    

 

 

 

11.24  アルゼンチン海軍、潜水艦不明の海域での爆発を明らかに

 

 

11月15日、アルゼンチン海軍の潜水艦「サンフアン」との交信が途絶えた。

アルゼンチン海軍は、同国の潜水艦「サンフアン」が消息を絶ったことに関係している可能性がある爆発を明らかにした。

 

 

「非核性の異常な、一回性の短く強力な、爆発に一致する現象が起きたという情報が得られた。」

 

 

「サンフアン」は、ウシュアイアからマルデルプラタに向かっていた。艦内には44人が乗っていた。残っている酸素は6日分だった。

 

 

捜索活動には、米軍や英軍も参加している。最後の通信では、故障が報告さ れていた。

 

潜水艦はドイツで建造されたもので、アルゼンチン海軍には1985年に導入された。潜水艦の全長は66メートルで最高速度は25ノット(時速で約46キロ)。

 

 

 

 

 

◎ なんじゃこりゃ!?

 

戦艦大和の最期の写真、爆発の上昇気流が空の雲を貫いてるしかもその上にマッシュルームの傘。

 

     

 

 

http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/06/senkan-yamato-71years_n_9621978.html

 

https://pbs.twimg.com/media/DFu_Ki1VoAEvqRA.jpg

 

 

こんな爆発、火山噴火以外に原爆しかないよね。

 

小出裕章氏の言う通り、今の天皇も権力犯罪・原子力の頂点を継承したのね。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/890516261301440512

 

 

 

この規模の爆発とキノコ雲は原爆以外ありえない。

 

ヤマトが自分で積んでいたということは、原爆は日本製。

 

広島も長崎も「投下」ではなく、地上爆破。

 

裕仁が英国軍人だったのも沖縄を売り渡したのも事実。原爆もでは?

 

https://twitter.com/GeorgeBowWow/status/890529553910595584

 

日本人の御霊は ロシア人によって慰霊される

  • 2017.11.19 Sunday
  • 01:35

 

 

☆ くどいようだが 日本政府は 遺骨収集の懇願も無視した

そして スターリンに 兵士と領土を差し出したのは 日本である。 密使は瀬島隆三。

 

あえて 「神軍」と 国民に教え込んでいった これが 実態である。

 

今も 福島で実験をしている。

いったい なにものが どういう意向で 日本を支配しているかを しるべきだ。

なぜなら 「神軍」と教え込んで 他国を悪魔化することは 国策なのだから。

 

 

 

 

 

 

11.15 「最後の兵士が埋葬されるまで戦争は続く」

 

サハリンとクリルでは日本兵の遺骨捜索活動が続けられている

 

 

サハリン及びクリル諸島のシュムシュ島(占守島)でロシアの捜索隊が発見した日本兵18人の遺骨が、日本の厚生労働省の代表者らに引き渡された。

 

遺骨引渡式は11月15日にサハリン中部スミルヌィフ町で行われた。

 

社会団体「ロシア捜索運動」サハリン支部の責任者アルチョーム・バンドゥーラ氏が、通信社スプートニクのインタビューでその詳細について語った−

 

 

 

「日本兵3人の遺骨は、日本代表団が到着したサハリンのスミルヌィホフスキー地区で今年夏に見つかった。

 

私たちの捜索グループは2016年と2017年に同じく私たちがシュムシュで発見した日本兵15人の遺骨も引き渡す。

 

昨年シュムシュでの活動中に私たちは日本兵12人の遺骨を見つけた。そのほとんどは戦車兵だったと思われる。

 

彼らは破壊された日本の戦車の近くで発見され、戦車兵の軍装品も見つかった。

 

1人の遺骨の近くでは記章と、『フクダ』という名前の判子が見つかった。これは珍しいことで、これをもとに身元を特定し、親族を見つけられるかもしれないため非常に重要な品だ。

 

 

私たちは今年さらに別の判子1本と記章2個、硬貨の入った財布も見つけた。

 

重要な小さな品物や故人の私物を見逃さないために、土の塊すべてが手でふるいにかけられる。これは楽な活動ではないが、日本側への遺骨引渡はこれまでにも行われている。

 

私たちはクリルとサハリンで2014年から捜索活動を行っている。私たち全ロシア捜索運動サハリン支部のメンバーは30人で、年齢も職業も様々だ。

 

全員が同時に捜索活動に出発できるわけではないため、通常は休暇中や休日に小グループで出かける。だが出発する前にアーカイブ資料を綿密に調べ、捜索エリアを狭めるためにどこで軍事行動があったのかを明らかにする。」

 

 

ロシア捜索運動ロシア捜索運動ロシア捜索運動ロシア捜索運動

 

 

シュムシュ島には第二次世界大戦が始まるまでに日本の強力な要塞地区がつくられ、その周辺で短期間ではあったものの激しい戦闘が繰り広げられた。

 

このシュムシュ島で1945年8月、第二次世界大戦に終止符が打たれた。バンドゥーラ氏はスプートニクのインタビューで、捜索隊の主な目的について次のように語った−

 

 

 

「文書では、サハリン及びクリルで戦士したすべてのソ連兵は埋葬されたとされている。しかし実際はそうではない。

 

最後の兵士が埋葬されるまで戦争は続く。

 

我々の時代だけでもシュムシュ島でソ連兵110人と日本兵35人の遺体が見つかった。ソ連兵の遺骨はセヴェロ・クリリスクにある軍事記念墓地に埋葬され、日本兵の遺骨は日本領事館に引き渡されている。」

 

 

 

11月18日、遺骨はスミルヌィホフスキー地区のオルロフカ川の岸辺で火葬され、代表団が埋葬のため遺骨を持って21日に日本へ出発する。

 

 

兵士の遺骨を日本側へ引き渡す活動は、政府間協定に基づいて1991年から行われている。これまでに大日本帝国軍の兵士470人以上の遺骨が見つかった。

 

 

魂を捨てずに国を捨てて捕虜となった生き方  

  • 2017.11.04 Saturday
  • 01:28

 

 

◎ 祖父たちは、日本から食料も医薬品も届かない戦地、ミンダナオ島で、食人を始めた日本軍から逃げ、日本人であることを捨ててフィリピン人として生きることを選んだ。

 

私は、悪しき国を捨てた祖父たちの選択を誇りに思っています。

戦後の遺骨収集団が元戦地の家族に会いに行っていたことを知ってほしい     

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/883145125307666432

 

 

 

 

 

◎ 祖父の家に集う戦友たち即ち戦時中にミンダナオ島で農民になった元日本兵たちは、

 

食人を拒否し、「二度と祖国の土を踏むことはない」と覚悟して、村長に「何でもするから」と身振り手振りで交渉して下男になった。

 

井戸を掘り橋を作って貢献し村娘を娶った。

 

戦後、米軍に捕らえられ強制送還。     

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/883139200358404096

 

 

 

 

 

◎ 祖父曰く、

 

「天皇陛下万歳と言いって死んでく兵隊はおらんぞ。みんな、おかあさん、と言って死ぬ」。

 

あなたと同様の思いを秘めて死んで行った日本兵は少なくなかったということでしょうね。

 

だから、天皇には日本軍ではなく、米軍の護衛が必要なのです。   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/882998212965027841

 

 

 

 

 

◎ フィリピンでの日本兵による人肉食事件についてのデータや証言等が記載されてます(記事中段よりやや下から)

 

http://www.oshietegensan.com/war-history/war-history_e/3951/

 

https://twitter.com/garam_surya/status/883540317055483904

 

 

 

 

 

◎ 住民を家畜同然に殺害し常食としていた部隊がある。

 

北部のキタンラド山に立てこもった15揚陸隊(47年投降時34人)による周辺住民89人殺害/人肉食事件で、92年フィリピン全国紙がとりあげ明るみに出、日本でも共同通信他が報道。

 

辺見庸『もの食う人びと』所収「ミンダナオ島の食の悲劇」参照

 

https://twitter.com/marineplex14/status/883402730823311368

 

 

 

 

 

◎ 今の日本にとって、第二次世界大戦中の戦地で日本を捨てて外国人になろうとした日本兵が多くいた事実は、不都合なんでしょうね。

 

日本が嫌なら外国人になるという選択肢を知られたくないのでしょう。


この史実は、出版社に箝口令が敷かれているかもね

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/883164621833609216

 

 

 

狂獣達の競演 戦争 (日露戦争) 

  • 2017.11.04 Saturday
  • 01:25

 

☆ 共演者の 天皇は 省かれていますが ・・・

 

戦争詐欺は よくわかると思います。

 

 

 

 

◎ 英のロスチャイルド家と仏のロスチャイルド家が二手に別れ、薩長倒幕勢力と江戸幕府の両方を資金と武器で支援します。

その後、両者を戦わせて、どちらが勝っても支配権と利益を手に入れます。

さらにこの後、明治政府を作らせた後に今度は、外国と戦わせます。



日露戦争

小国の日本が大国ロシアを相手に戦いました。

この戦争は、有色人種が白人相手に勝利した初めての戦争ということもあり、 当時の日本国民はおろか、白人の支配下にあった東南アジアをはじめとする植民地の国々は狂喜乱舞しました。

 

 

 

 

当時の日本は、この戦争の戦費を調達するために、増税に次ぐ増税を国民に 課しました 。

それでも足りず、ひいては国債まで強制的に国民に買わせる始末で、市町村は係員に一戸一戸、訪問させていたほどです。


買わない者は、国家への忠誠心を問われる雰囲気だったそうです。

この頃の日本は軍事国家街道をまっしぐらで国家予算のうちの軍事費の占める割合が51%を超え、世界一になっていました。


さらなる戦費の調達に困っていた当時の日本銀行副総裁、高橋是清は日本の国債を外国に買ってもらうために、イギリス・アメリカへと渡ります。
 

アメリカでは、ロスチャイルド家と血縁関係のある大銀行家ジェイコブ・シフから500万ポンドの国債を買ってもらいました。


国債を買ってもらうということは、後で利子をつけて返す、つまりお金を借りることと同じです。


同様にイギリスではロスチャイルド支配下の銀行団から500万ポンド、後にロスチャイルド本家からもさらなる融資を受けます。


このように戦費を調達した日本は、ロスチャイルド系列の軍需企業から主力戦艦・三笠(英・ヴィッカーズ社製:当時のお金で88万ポンド)などを購入し、ロシアと戦争をします。
 

        

 

 

 

日露戦争もロスチャイルド家の視点からみると、イギリスやアメリカのように、まだ支配下にない大国ロシアを、育て上げた日本と戦わせ、封じ込めるための戦争だったのです。

そのために日本に戦費を貸し付け、自分たちの会社の武器を買わせ、ロシアと戦わせ、ロシアを叩いた上で日本からも巨額の利子を取り上げるという構図です。


形として、戦争には勝ったものの戦勝国の利権である賠償金はロシアから一切もらえませんでした。

その結果、政府はロスチャイルド家とシフ家に高い利子と元金を払い続ける羽目になりました。

おかげで、国家財政は火の車、不満を持った国民が東京で暴動を起こし、>戒厳令が敷かれたほどです。


ロシアは戦争に負け、日本は経済的な大打撃を受けるだけに終わり、結局この戦争で勝ったのは、ロスチャイルド家だけだったのです。


http://thinker-japan.com/thinkwar.html

 

 

 

 

 

☆ つながっているということではなく ロスチャイルドがいなければ 明治以降の 新たな天皇家は なかったということです。

 


 

麻薬帝国とされたアフガニスタン

  • 2017.10.31 Tuesday
  • 00:57

 

 

アメリカはなぜアフガニスタンを麻薬帝国に変えるのだろう?

2017年10月22日
Valery Kulikov


アメリカは、9/11攻撃直後にアフガニスタンを侵略し、総計16年間、占領している。


この期間中、ワシントンは、いわゆるアフガニスタン国家再建のために、8000億ドル費やしたことになっている。

結果、タリバンが国の支配を取り戻し、この集団がアフガニスタン領土の40%以上を支配する結果になっている。


アル・ジャジーラによれば、アフガニスタンで生産されるアヘンと、その副産物の推計価格が、2015年の15.6億ドルから、2016年には、30.2億ドルに伸びたのは奇妙なことだ。


国連推計によれば、麻薬取り引きは、アフガニスタン経済の15%を占め、国民の十人に一人が麻薬中毒だ! 


こうした条件下で、“アフガニスタンを国際的テロ勢力から守る?”ためにいるとされるアメリカ合州国軍隊について一体何が言えるだろう?


1996年にタリバンが権力の座についた際、彼らはアヘン・ケシ・プランテーションを非情に破壊し、麻薬密売業者をその場で銃殺した。

 


しかし、2001年、NATOが連中を、アフガニスタン南部諸州においやると、連中は、麻薬取り引きのような儲かる事業から、聖戦のための資金を得るという考えにもはや抵抗できなくなった。

 

 


麻薬で得られた資源のどれほどが、タリバンの武器購入や他の軍事的な需要のために使われているのか、あるいは、そうした現金が、狂信的過激派から普通の麻薬密売人へと変身した地方軍閥指導者に悪用されているだけなのかを判断するのは困難だ。
 

 


アフガニスタンで麻薬を生産する村の数は、既に昨年の数値を超え、国民の約三分の一が、アヘン・ケシ栽培に関与している。


同時に、麻薬物質製造のための何トンもの先駆物質が、アフガニスタンに毎年違法に輸入されている。


アフガニスタン再建に割り当てられた資金を管理すべく創設された組織SIGARの報告書によれば、アフガニスタン政府を支援するため、アメリカは何億ドルも費やした。


同時に、アメリカ史上最長の戦争は、麻薬取り引きと戦う包括的な計画無しには勝利することができないことはほとんど誰にとっても明らかだ。


ナンガルハール州は、事実上、あらゆる種類のテロリストと麻薬密売業者闇市場のハブとなっている。
 



なぜ、ワシントンは、アフガニスタンを、麻薬帝国に変えたがるのだろう?


アフガニスタンの麻薬密売組織のボスとNATO同盟軍との間には明白な財政的なつながりが存在する。

輸送、保護と、麻薬生産の安全確保は、往々にして、アメリカ兵器の力とアメリカの輸送手段によって行われている。


一部の人々にとって、アフガニスタンはテロと死の源だが、別の人々にとっては利益の多い麻薬取り引きに関わって更に一儲けする好都合な機会だ。


地域で、NATO諸国、特にアメリカ合州国が財政的、政治的権益を持つ一方、アフガニスタンの麻薬生産問題は、国際場面で、最も重要な問題の一つであり続けよう。



http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-bbf8.html



 

一度は滅びた国  そして戊辰戦争

  • 2017.10.27 Friday
  • 04:18

 

 

お隣が満州族の清国だった時、道教の神話の聖地だった日本は、

 

徳川幕府が下関戦争(1863年・1864年)の賠償金を英・仏・蘭・米に払えなくて1867年に滅びた国。

 

そろそろ英・仏・蘭・米追従で利権を手にした者ではない民の手で憲法を書き、その憲法に従って運営される国を建てたいものです。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/922523585888923648

 

 

 

 

所詮イギリスの後押しでできた傀儡政権ですから、その明治新政府に不満を持つ者も多く出てきます。

 

そこで、内戦が起きます。

 

戊辰戦争です。

 

薩摩と長州を中心に作られた明治新政府を相手に、不満を持つ旧幕府軍が戦いました。

多くの悲劇を生んだ明治初期の内戦です。

 

 

   

 

 

 

戊辰戦争は、まず新政府軍 V.S 幕府軍の主導権争いの京都「鳥羽・伏見の戦い」 に始まり、次は「東北戦争」、さらに北上して、旧幕府軍の最後の抵抗となる「箱館戦争」で幕を下ろしました。

 

 

当初、京都の戦いでは両軍の兵力は、新政府軍の約5000人に対し、 旧幕府軍が15000人。旧幕府軍側が3倍ほど数で上回っていました。

 

しかし、朝廷が薩長軍を官軍と認定し、錦の御旗(みはた)の使用許可を与えると形勢が逆転します。

 

 

 

この錦の御旗は、下級公家であった岩倉具視が密造したものでしたが、朝廷の許可を得て戦地で掲げると、「天皇には逆らえない」と旧幕府軍の戦意は低下します。

 

慶喜が軍を捨てて京都から江戸に逃走したことも重なり、新政府軍の圧勝に終わります。

 

これにより、地方の下級武士と下級公家によるクーデターは完遂したのです。

 

 

    

 

 

また江戸では、新政府軍の司令官である西郷隆盛と幕府側代表の勝海舟の話し合いにより、幕府側から新政府側に江戸城が明け渡されました。

 

争うことなく、無血開城した江戸城でしたが、その裏には、後の貿易への支障を恐れたイギリス側から、新政府軍に「江戸城は攻撃するな」という指示がありました。

 

 

この幕末から明治維新にかけて、日本の背後では、イギリスが薩長倒幕勢力を通じて南方からの日本支配をもくろんでおり、フランスは幕府を通じて日本の支配をもくろんでいたのです。

 

 

またさらにその上には、それぞれ英・ロスチャイルド家と仏・ロスチャイルド家の存在がありました。

 

 

     

 

 

 

戊辰戦争を振り返って見ると、以上のようになります。

 

英のロスチャイルド家と仏のロスチャイルド家が二手に別れ、薩長倒幕勢力と江戸幕府の両方を資金と武器で支援します。

 

その後、両者を戦わせて、どちらが勝っても支配権と利益を手に入れます。

 

さらにこの後、明治政府を作らせた後に今度は、外国と戦わせます。

 

 

http://thinker-japan.com/thinkwar.html

 

生粋の戦争や

  • 2017.10.13 Friday
  • 03:33

 

 

日米の戦争屋が「もう戦争してもいいだろ?」と煽っているようね

 

実は北朝鮮のミサイルの高度は人工衛星の高度   最高高度3700‼

仏国の旅客機エールフランス9〜12

 

 

北朝鮮ミサイル落下の直前、仏旅客機が付近を通過 航空機への危険浮き彫りに

 

https://www.cnn.co.jp/world/35105234.html

 

 

米国のミサイルや人工衛星の落下物は安全だというの?

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/893140367075287040

 

 

 

 

 

10.12  米国、ロシア国境近くに装甲師団を展開

ロシアとベラルーシの軍事演習「ザーパド2017」をめぐるヒステリーは、米軍がロシアとの国境近くに移動するためのカモフラージュだった。ロシア国防省は、戦略的演習をこのように総括した。


ハイブリッド作戦や侵略計画などに関する大げさな声明を背景に、文字通りロシアのすぐ近くのポーランドに米国の第2装甲旅団が静かに到着し、それと一緒に米国の戦車、自走榴弾砲、歩兵戦闘車、その他の装甲車が登場した。

 

 

これらは居住区のボレスワヴィエツ、ドロースコ・ポモロスキー、トルン、スクフィエジナ、ジャガンに展開した。12日、ロシア国防省のコナシェンコフ報道官が発表した。


なおコナシェンコフ氏によると、ポーランドおよびバルト諸国には米国の第3装甲旅団の軍事装備が残されたままだった。
 

 


コナシェンコフ氏は、NATOおよび米国はロシア国境に向けて軍隊が集結していることについて取るに足らないことだとの声明を表しているが、実際のところ展開しているのは旅団ではなく米軍の機械化された師団であり、

欧州にある最寄りの米軍基地(ドイツのラムシュタイン)からそこへ準備された人員を2時間で移動させることができると指摘した。

報道によると、ロシア軍とベラルーシ軍の合同演習「ザーパド」は計画された演習で、8年前から年に2回実施されている。今年は9月14日から20日まで行われた。


 

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