(明治維新と同じ)ウクライナクーデター の証言

  • 2018.02.16 Friday
  • 00:31

 

 

 

 

2.14 「マイダンですべての標的に発砲」: キエフでデモ参加者を撃ったグルジア人スナイパーたちの証言

2014年2月20日、ウクライナの首都キエフのマイダン(独立広場)で何者かが狙撃し、抗議デモの参加者49人と治安機関職員4人の計53人が死亡した。

野党指導者や米国及びEUの代表者らは瞬時に「当時のウクライナ大統領ビクトル・ヤヌコヴィチ体制」を非難した。

だが未だに犯人は見つかっていない。


通信社スプートニクの記者は、マイダン(キエフを中心に発生した反政府デモ)の指導者から発砲を命じられたと主張するグルジアのスナイパーらと会った。

彼らによると、さらに集まっている人々を激昂させ、政治的危機を引き起こすために、警官だけでなく、抗議デモの参加者たちをも射撃せよという直接の指令があったという。


マイダンでの狙撃にグルジアのスナイパーらが関与していることについて最初に発言したのは、グルジアのミハイル・サーカシビリ前大統領のきわだった敵対者で、グルジア軍エリート部隊の元指揮官トリスタン・ツィテラシビリ将軍だ。
 

 

ツィテラシビリ氏はスプートニクに次のように語ったー

「マイダンにグルジア出身者がおり、意図的に彼らに発砲を指示したことについて私は2014年の時点ですでに知っていた。

彼らの一部はグルジア軍の私の部下だ。

何人かは今もウクライナ領内におり、戦闘に参加している。グルジアに戻った者たちは、このことを話すのを恐れている!不必要な証人として簡単に抹殺されるからだ」。
 

 


〇 マイダンの参加料金

グルジア軍の元将校コバ・ネルガゼ氏は、その1人だ。同氏はスプートニクのインタビューで次のように語った−

「我々は公式的にはトビリシ(グルジアの首都)で行われたデモでサーカシビリ氏の支持者と反対者が衝突しないよう警備をしていた。

だが実際、我々には反政府デモを鎮圧するという任務が与えられた。必要な場合には、指揮官の指示に従って我が部門の職員らが野党指導者らを殴打した。通常、我々はこのような行動を覆面をかぶって行う」。


またネルガゼ氏は「料金」についても語った。例えば、野党議員の殴打に対して1000ドルが支払われたという。

マイダンのデモ参加者を支援するためにウクライナのキエフに向かったネルガゼ氏のグループには、1万ドルが拠出された。


出張から戻った後にはさらに5万ドルを支払うと約束された。なお、ネルガゼ氏らは他人のパスポートでキエフに到着したという。

またネルガゼ氏によると、「酔っぱらうことがないよう秩序を守り、規律を維持し、政府側の扇動者を特定するという課題が我々に与えられた」という。


同氏は、すでにデモ参加者の管理下に置かれていたキエフのホテル「ウクライナ」で新年を迎えた。

さらにもう1人、騒動の最中キエフに到着した元グルジア兵がいる。それはアレクサンドル・レヴァジシビリ氏だ。

同氏は、グルジア軍で勤務した後、サーカシビリ氏の支持者団体「自由ゾーン」の活動家になった。

 

レヴァジシビリ氏は自ら「野党の中に入り込んで喧嘩や挑発を仕組んだ」と述べている。



〇 「ウクライナの政治家が武器を持ってきた

ネルガゼ氏はインタビューで

「2月14日あるいは15日に上級グループがホテル『ウクライナ』の3階の個別の部屋に集まった」、「兄弟民族を助けよとの命令が与えられた。だがその後、詳細は一切伝えられなかった。

その時までに私はすでにデモ参加者たちが猟銃や拳銃を持っているのを目にした」と述べ、さらに次のように語った−


「2月19日夜、ホテルにセルゲイ・パシンスキー氏(ウクライナのスキャンダラスな政治家)と、大きなバッグを持った数人の若者がやって来た。

彼らは、複数のSKSカービンや7.62mm口径カラシニコフ自動小銃、またドラグノフ狙撃銃1丁と外国製のカービンを取り出した。

パシンスキー氏は我々に、武器は『保護のため』に必要となると説明した。だが『誰から守るのか』という私の質問には答えずに部屋から出て行った」。


その時、ネルガゼ氏は、部隊「グルジア軍団」の指揮官マムラシビリ氏と話をした。


マムラシビリ氏は「特別任務」について、そして「すべての標的に対して武器を使用し、マイダンにカオス(混乱)をつくりだす必要がある」ということについて語り、


すべての標的とされる「デモ参加者と警察に違いはない」と述べ、出張に対するお金は「任務」遂行後に支払うと約束したという。

レヴァジシビリ氏によると、武器は同日、キエフ音楽院に運び込まれた。

また同氏は「パシンスキー氏から射撃位置を選ぶのを手伝ってくれと頼まれた。


私は、深夜に『ベルクト』(ウクライナ特殊部隊)が音楽院を襲撃し、デモ参加者を解散させる可能性があると述べた」と語った。



〇 「発砲が終わった後、我々は去るよう命じられた」

レヴァジシビリ氏はインタビューで次のように語ったー


「午前4時あるいは5時ごろ、私は銃声を耳にした。

パシンスキー氏は飛び起き、無線機をつかんで発砲を止めろ、まだその時ではないと叫び始めた。

発砲はすぐに止まった。午前7時30分ごろ、パシンスキー氏は全員に発砲の準備をするよう命じた。


2−3発撃って、すぐに位置を変えろということだった。発砲は約10−15分続いた。その後、武器を捨てて建物から出ろと命じられた」。

その後、レヴァジシビリ氏はマイダンに戻った。


同氏は人々が激怒し、発砲したのは「ベルクト」だと考えている人たちもいることを耳にした。また発砲したのは自分たちの仲間であるデモの参加者だと考えている人々もいた。


レヴァジシビリ氏は次のように語ったー


「私は理解した。これは悪い結果に終わる可能性がある、私は嫌な話に巻き込まれた、皆が知ったら私は今ここで八つ裂きにされる可能性があるということを。もう(祖国へ)飛び立つ時期だと考え、タクシーをひろって空港へ行った」。



ネルガゼ氏は次のように語っているー

「2月20日午前8時ごろ、音楽院の方向から銃声が聞こえた。

それから3−4分後にマムラシビリ氏のグループがホテル『ウクライナ』の3階の窓から発砲した。

発砲は2人組で行われた。発砲した後、別の部屋に移動してまた発砲した。すべてが終わった時、我々は去るよう命じられた。その日に私たちはトビリシに戻った」と語った。
 

 

ネルガゼ氏は、約束のお金を受け取らなかった。同氏は今、元「同僚」たちからの復讐を恐れている。



コバ・ネルガゼ氏とアレクサンドル・レヴァジシビリ氏は、ウクライナの裁判所で自分の証言の正しさを確認する用意がある。




コバ・ネルガゼ氏





アレクサンドル・レヴァジシビリ氏



https://jp.sputniknews.com/opinion/201802144573995/

 

明治維新以後の 侵略 日清・日露戦争の正体

  • 2018.02.07 Wednesday
  • 00:32

 

 

破綻した経済をコロガシで胡麻化してきた米国だが、それも限界で、戦争への道を進む


韓国の平昌で2月9日から25日にかけて冬期オリンピックが開催される予定だ。

韓国とアメリカの合同軍事演習をオリンピックの後まで延期、朝鮮は選手を派遣するという。

アメリカや日本で大きな力を持っている好戦的な勢力にとっては気にくわない展開だろう。

 



日本には朝鮮半島を侵略した過去がある。

例えば豊臣秀吉。

 

明治維新から第2次世界大戦で敗北するまでの日本は東アジアを侵略、略奪を目論んだが、こうしたことは経済活動を破壊する行為。


徳川時代は周辺と友好的な関係を結んで経済的には栄えている。周辺国との関係を悪化させるのは愚策だ。


しかし、日本が中国やソ連/ロシアと友好的な関係を結ぶことはアメリカの支配層にとって好ましくない。

日本を拠点に侵略できなくなるだけでなく、日本と中国、さらにロシアが結びつけばアメリカにとって強力なライバルになってしまう。


東アジアでは領土問題が地域を不安定化する大きな要因になっているが、日本の領土は敗戦で明確に決められていた。日本はポツダム宣言を受け入れて降伏したのだが、その宣言には次のように書かれている:

「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ


また、カイロ宣言には中国と日本との関係についての記述がある:

右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト竝ニ満洲,台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ日本国ハ又暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ


降伏した時点で日本の領土として確定していたのは本州、北海道、九州、四国だけだ。

日本が中国から奪った一切の地域は返還しなければならず、日本領となる小島は連合軍が定めることになっている。

日本がソ連/ロシア、中国、朝鮮/韓国と領土で揉めているのはアメリカの策略にほかならない。


本来存在しない領土問題で日本は周辺国と揉めているのだが、その原因を明治維新から敗戦までの期間に作り上げたことも事実。
 

 


本ブログでは何度も指摘しているように、明治政府は1871年7月に廃藩置県を実施、琉球国は独立国として扱われている。

その独立国を1872年に廃して琉球藩を設置した。つまり琉球併合だ。形式上、琉球は日本領になった。

廃藩置県の3カ月後、1871年10月に琉球の一部、宮古島の漁民が難破して台湾へ漂着し、その際に何人かが殺されたと言われている。

その出来事を口実にして日本政府は清(中国)へ賠償や謝罪を要求、1874年には台湾へ派兵している。


1872年に来日した厦門のアメリカ領事、チャールズ・リ・ジェンダーは外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を勧め、それ以降、75年まで外務省の顧問を務めた。

その1875年に日本政府は軍艦を江華島へ派遣する。そこは李氏朝鮮の首都を守る要衝で、明らかに挑発だった

その結果、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席したという。


そのリ・ジェンダーは1890年に離日、その年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めている。

当時の朝鮮は興宣大院君(高宗の父)と閔妃が対立、1894年には甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らいでいる。こうした状況にリ・ジェンダーが深く関与していたことは間違いないだろう。


その内乱を見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、朝鮮政府の依頼で清も出兵したことから日清戦争につながる。

この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。


閔氏の支配体制が揺らぐ中、1895年10月に日本の三浦梧楼公使たちが閔妃を暗殺した

日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を殺害したのだが、暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっている。


そして1904年2月、日本海軍の主力艦隊が旅順高のロシア艦隊を奇襲攻撃、日露戦争が始まる


明治維新以降、日本の支配層はイギリスの支援を受けていたが、ロシアはそのイギリスが制圧しようとしていた国だ。


この当時、イギリスはライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと考えていたのだが、実際の兵力は7万人。

そこで清との戦争に勝利した日本に目をつけ、1902年に日英同盟協定を結んだ。


ロシアとの戦費としてクーン・ローブのジェイコブ・シフは日本に対して約2億ドルを融資するが、その際にシフは日銀副総裁だった高橋是清は親しくなっている。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201802040001/

 


 

化学兵器  特許  加計は毒ガス工場

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 01:10

 

 

◎ 在日フランス大使館: 化学兵器 使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足 2018年1月25日

 

なぜ1月23日の「化学兵器 使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足」が日本で報道されないの?

 

なぜ 加計学園 の創立者 加計勉 氏は小倉に実在しない戦闘機工場に勤務したと報道するの?

 

 

そこは毒ガス充填工場でしょ

消えた約1000発の毒ガス弾はどこ

獣医学部 で実験するの     安倍 命令

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/959372074295877632

 

 

 

https://pbs.twimg.com/card_img/958582576695869440/AeUCkLhc?format=jpg&name=600x314

 

化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ発足 [fr]

https://jp.ambafrance.org/article12643

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958602207170936832

 

 

 

 

 

 

◎ 化学兵器特許が更新すると

天皇 ロス茶 米 英王室が儲かるのですか?

 

 

それをさせないようにフランスは動き出しているし、米国もフランスに賛同したふりをしているから、微妙な状況にあるように思います。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/959050254069899265

 

 

 

 

 

戦争と平和

  • 2018.02.04 Sunday
  • 00:30

 

 

2.3   eスポーツの統一団体が設立される

 

対戦型コンピューターゲームを「スポーツ」と見なす「eスポーツ」の統一団体「日本eスポーツ連合」が1日に設立された。マイナビニュースが報じた。

 

 

昨年9月、eスポーツ関係団体の「日本eスポーツ協会」と「日本eスポーツ連盟」「e‐sports促進機構」が統一団体を設立する方針だと発表していた。

 

 

新団体の主な活動内容はeスポーツの調査や啓蒙、プロライセンス発行と大会の認定に加え、大会の普及、選手の育成支援となる。

 

海外ではeスポーツが盛り上がりを見せており、優勝賞金として1000万ドル(約11億円)を出す大会もある。

 

また、2022年に中国・杭州で開かれるアジア競技大会で正式競技になることが決定している。

 

 

☆ 戦争はゲームだ !

 

 

 

 

 

2.2  米英国防相が会談 北朝鮮への圧力で緊密連携確保

マティス米国防長官は1日、ワシントン近郊の国防総省で英国のウィリアムソン国防相と会談し、両国の「特別な関係」を確認し、朝鮮民主主義人民共和国への圧力強化に向け緊密な連携を確保した。共同通信が報じた。

会談では、国際テロ組織「ダーイシュ(イスラム国、IS)」掃討や、イランの核開発問題などについて話し合った。


マティス氏は「ならず者国家」である北朝鮮や、中国、ロシアを挙げ、米英両国がさまざまな脅威に直面していると訴えた。

 


北朝鮮については軍事挑発に終止符を打つため国際社会の結束が必要だと強調した。

 

 

 

 

 

 

1.31  ロシア 南北朝鮮に交渉の場を提供の用意

朝鮮民主主義人民共和国に駐在のロシアのアレクサンドル・マツェゴラ大使は、

ロシアは南北朝鮮に対し、ロシア国内のどこかの都市で両国の交渉の場を提供する用意があることを明らかにした。大使のこの声明はロシアのマスコミからの取材のなかで表されたもの。

マツェゴラ大使は、ロシアは依然として援助の手を差し伸べており、「韓国側にも北朝鮮側にも会合を組織するためにロシアの諸都市を提案した」と語っている。


大使は、問題は南北朝鮮代表者の集まるの場所にあるのではないと指摘する一方で、

 

「だが双方が突然、例えばウラジオストクなどに行くことを望んだ場合、我々は喜び勇んでこうした可能性を提供しよう」と語った。



大使はまた、北朝鮮は自国のミサイルはロシアを標的にしていないという声明を幾度も繰り返していると指摘しながらも、

「それでも北朝鮮に核ミサイルがあるという事実、厳しい緊張が永遠に続いている状態、米朝および南北朝鮮間が対立しているということ自体が、なんとしてもロシアに安心感をもたらさない」と説明している。
 

 

 

 

 

    

 

国際ホロコースト記念日、そしてファシストによる封鎖からのレニングラード完全解放記念日にユダヤ博物館・寛容センターで行われたイベントを訪れたプーチン大統領

 

 

 

 

 

 

 

サイゴンでの処刑

  • 2018.02.03 Saturday
  • 00:58

 

 

2.2  『サイゴンでの処刑』 1枚の写真がいかに英雄を死刑執行人に変えたか

 

 

   

 

 

ちょうど50年前の1968年2月1日に撮られた1枚の写真『サイゴンでの処刑』は世界報道写真財団の大賞、ピューリッツァー賞などに選ばれたにも関わらず悪名高い、最も有名な写真の1つだ。

 

 

撮影者はAP通信やタイム誌、ニューズウィーク誌の写真家で、紛争地帯からの写真で知られるエディ・アダムスだ。

 

問題の写真は南北で激しく争い、20世紀後半最大級の軍事紛争が起きていたベトナムで撮られた。

 

 

『サイゴンでの処刑』には人間を射殺する警察官が写っている。警官の名はグエン・ゴク・ロアン。

 

南ベトナムの准将で警視総監だった。

 

射殺された人物については諸説あり、グエン・ヴァン・レムあるいはグエン・タン・ダトと言われている。

 

その男が捕まったのは、南ベトナムの警察とその家族の遺体が見つかった穴の近くだった。この殺害に関与していたかは不明なままだ。だが、その男が前に引き出されるとロアンは思案せず射殺した。

 

 

国際社会の目にとってこの写真は非人道的な戦争のシンボルとなり、欧米で激しい反戦運動が起きた。

 

アダムスは批判の波に呆然とし、ピューリッツァー賞を辞退。後に彼は、この写真を撮ったことを後悔した。

 

 

1968年、ロアンは重症を負い、米国で片脚を切断したが、サイゴンに戻った。

 

だが、後に米国に移住した。

 

同地で彼はピザ屋を開き、彼のことは忘れられたと考えていた。

 

 

しかし1990年代初め、店の壁に「お前が誰か知ってるぞ」と落書きが現れた。37歳のときに運命を変える銃声で有名になったロアンは1998年、がんで亡くなった。

 

 

ロアンが存命中、アダムスは写真によって将軍の名誉をけがしたことを謝罪。

 

 

後にアダムスはタイムズ誌で「将軍はベトコンを殺した。私はカメラで将軍を殺した。写真は強力な武器だ。人々は写真を信じるが、写真は真実の半面にすぎない」と書いた。

 

 

ロアン将軍の死後アダムスは、彼を英雄と呼んだ。

 

どうやら、内戦に英雄は存在しないことを理解せずに。内戦の参加者は全て、犠牲者だ。

 

 

化学兵器使用不処罰に反対

  • 2018.02.02 Friday
  • 00:58

 

 

知ってる?

1月24日【化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ】が発足した

 

https://jp.ambafrance.org

https://jp.ambafrance.org/article12643

 

 

外務省はわざと分かりにくい翻訳

化学兵器使用への不処罰に対する闘いのための国際パートナーシップ

 

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_005550.html

 

 

 

加計学園 で動物実験して化学兵器特許を更新するつもり

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958609132734459904

 

 

 

化学兵器使用不処罰に反対する国際パートナーシップ

 

◆「名前を公然と明かし、告発する」という明確に示された意思に基づき、制裁対象となった個人や関与団体の名前をホームページで公表すること

 


◆責任者を訴追する能力を強化する必要がある国を支援すること

 

https://jp.ambafrance.org/article12643#t-f16c

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/958618983447502849

 

 

 

731  

  • 2018.01.23 Tuesday
  • 00:58

 

 

◎ 秘密部隊として致死的人体実験をしていた東郷部隊が1936年に関東軍防疫給水部という正式名を与えられた。

 

三笠宮の満州朝鮮視察も1936年

 

※小学館大辞泉_視察_現地・現場に行き、その実際のようすを見極めること

 

三笠宮が映画を見たのは南京の総司令部。彼が南京総司令部に勤務したのは1943-1944年

 

 

    

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/955181827316113408

 

 

 

 

 

◎ NHKは報道機関だから731部隊の詳細を報道すればいい。

 

第27回日本医学会総会出展「戦争と医学」展実行委員会も731部隊の実態を2008年に公表。

 

共産党は政治政党なんだから、

731部隊の最高司令官だった天皇の地位継承者に、米国で取得した生物・化学兵器特許の使用料収入の行方を問い詰めなさい

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/955187271367405569

 

 

 

 

 

◎ NHK BS1でやっていた731部隊の番組。

 

上層部はさっさと日本へ逃げて、人体実験で得たデータをアメリカに提供することで罪を免れた。

 

課長、部長級などの一部はハバロフスクで裁判にかけられ服役したのに。上層部は戦後、国立大学教授や製薬会社幹部になった。#731部隊

 

https://twitter.com/kuronekonippou/status/955094417542602752

 

 

 

 

 

◎ 731部隊 人体実験を行った幹部医学者は多額の報酬を日本政府から支給されていた。

 

実験データを米国に差し出すことでその行為を不問にするという取引によって、戦後日本医学会の重鎮として生き延びたことが、

 

京大図書館文書、米公文書館資料等ではっきりと裏付けられ衝撃的な内容。日本医学界の闇。

 

 

https://twitter.com/sho_jitsu/status/955077650132779008

 

 

 

☆ NHK BS1で 報道されていたということでしょうか。

 

それでも なにも動きがない日本というのは いかに 弾圧されているかということですね。

 

731の 音声の証拠があっても 全く動じない国が日本であり それさえも 「なかった」として 平気な国です。

 

 

すべては 明治からの「天皇」に結びつくので 一切 だんまりを決め込む 偽ものたち。

 

国民も それに対しての抗議を する気力もない。

 

韓国には その気力があるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の人体実験  日米の警報  朝鮮戦争

  • 2018.01.20 Saturday
  • 01:56

 

 

日本の人体実験は731部隊が最初じゃない

 

1902年八甲田雪中行軍生還実験:青森第5連隊210名と弘前第31連隊37名を競わせ第5連隊199名凍死

1945年広島ウラン爆発・長崎プルトニウム爆発軍事応用殺傷実験

1954年ビキニ環礁日米合同水爆殺傷実験

2011年、、、

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953849031616208896

 

 

 

 

香港から見ていると、先の日米の核ミサイル警報は、日米が、南北統一旗を掲げて喜ぶ韓国に反発して、

 

「北と仲良くしたら、北朝鮮が核攻撃したことにして核爆発するぞ!そしたら開戦だ!」と、脅迫しているように見えます。

 

100MeV以上もの環境中性子を完全に遮蔽できない現在、核兵器は空を渡れないので

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953949610078191616

 

 

 

 

 

◎ 米日は朝鮮戦争の愚を繰り返すのか

 

 

韓国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の会談で、平昌五輪への合同参加が合意されたその時に、

 

アメリカは朝鮮への「圧力強化」を確認するための「20カ国外相会合」をバンクーバーで開催しました。

 


さらに、アメリカ、日本、韓国は別に3カ国の会合をもち、「結束」を確認したといいます。

 


ティラーソン米国務長官は、「軍事オプションの引き金を引く」ことも辞さないと、あらためて朝鮮を威嚇しました。

 

 

 朝鮮半島とバンクーバーで同時進行したこの事態は、いったい何を意味しているでしょうか。

 

 

 同じ民族同士の韓国と朝鮮が対話を重ね、五輪を通して交流・関係改善を強めようといているのに対し、

 

部外者であるアメリカとその呼びかけに応えて集まった国々が、「北朝鮮への圧力継続」(「議長総括」)を再確認し、韓国をアメリカ中心の「結束」に繋ぎ止めようとする。

 

 

これは南北会談の進展、緊張緩和に水を差すことであり、朝鮮に対する「挑発」にほかなりません。同じ民族同士が話し合いで問題を解決する「民族自決」に対するあからさまな干渉ではありませんか。

 

 

朝鮮半島情勢をめぐって「挑発」を繰り返しているのはいったいどちらなのか、緊張を高めているのはどの国(国々)なのか、今回の「外相会合」はそれをはっきり示したのではないでしょうか。

 

 

 

 今回アメリカが外相会合を呼びかけたのが、朝鮮戦争(1950年〜現在休戦中)に参加・支援した国々だったことは極めて象徴的です。

 


なぜなら、73年前、帝国日本の敗戦後、朝鮮半島で始まろうとしていた朝鮮民族の自主的独立を妨害し、南北に分断し、朝鮮戦争へのレールを敷いたのが、まさにアメリカだったからです。

 

 

 

 「一九四五年八月十五日、日本が敗北するとすぐさま朝鮮建国準備委員会(委員長・呂運亨)が結成され、八月末まで朝鮮全国各地に一四五もの人民委員会がつくられる勢いでした。

 

 

九月六日には、朝鮮人民共和国の樹立が宣言されました。首席にアメリカで活動していた李承晩、副首相に呂運亨という布陣で、幅ひろい組織をめざしました。

 


しかし、アメリカは南朝鮮に軍政を施行し、朝鮮人民共和国を認めず、きびしく弾圧しました。…朝鮮人自身による独立政府樹立の運動がつづく中…アメリカは、一九四七年、創設まもない国連に朝鮮問題を持ち込み、国連監視下の南北朝鮮の総選挙を可決、翌年には南朝鮮だけの単独選挙実施方針を示しました」(中塚明奈良女子大名誉教授『日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研)

 

 

 

「そもそも朝鮮の分断は、アメリカの一方的決定によるものであった。…

 

終戦直後の一九四五年九月、朝鮮に上陸し、朝鮮南部に軍事的支配を樹立したアメリカは、すでにその行政区域内に育っていた朝鮮人自身の萌芽的共和国(呂運亨主導下の朝鮮人民共和国)とその草の根の組織である人民委員会の承認を拒否した。…

 

日本の植民地体制と植民地統治が崩壊し、代わりにアメリカ支配が始まってから、莫大な富と権力がアメリカ人の手に渡った」(ガバン・マコーマック・オーストラリア国立大教授『侵略の舞台裏 朝鮮戦争の真実』影書房)

 

 

 

アメリカの対朝鮮半島政策はこの時から本質的には何も変わっていないのです。

 

 

一方、朝鮮戦争当時から大きく変わった国があります。日本です。

 

 

朝鮮戦争で日本はアメリカ軍の出撃基地・物資補給基地という間接的な形で米軍を支援しました。

 

しかし今はそれだけではありません。

 

安倍政権が強行した戦争法(安保法制)による集団的自衛権行使で、米軍と自衛隊の共同行動が公然と繰り返され、事実上米日韓の3国軍事同盟の一翼を担うようになっています。

 

万一、アメリカが武力行使すれば、日本は直接それに加担することになるのです。

 

 

「外相会合」はアメリカの意に反し、「議長総括」に「南北対話と北朝鮮の平昌五輪参加を歓迎」との文言が含まれるなど、

アメリカが「軍事的圧力を高めることを狙った」会合の「成果はかすんだ」(18日付共同配信)といわれます。

 

 

 

あくまでも「軍事オプション」に固執し、米日韓の軍事同盟を強化しようとするアメリカとそれに追随する日本の戦略が、思い通りにはいかないことを示したと言えるでしょう。

 

 

しかし私たちは一連の事態を他人事として傍観することは許されません。


日本政府(安倍政権)が日米軍事同盟(日米安保条約=朝鮮戦争勃発の翌年アメリカが制定)でアメリカに従属し、朝鮮民族の自主的平和的統一を妨害していることをやめさせるのは、主権者である私たち「日本人」の責任です。

 

 

 

http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/551d4d1d340bbd64a4f80bc1e7a95ac6

 

 

 

 

 

特許

  • 2018.01.18 Thursday
  • 00:03

 

 

◎ 日本の手口を振り返ると、日本は核爆発現象を新兵器として米国に特許化してもらうために、

 

殺傷能力を実証する人体実験を広島長崎で実施したが、核兵器の発明から殺傷実験に至る資料を未だに隠している。

 

真実は特許出願に添付する実験データにあるのですが。

2011年再び、大発明の特許出願があった

 

https://pbs.twimg.com/media/DTozmgGVwAAM-Ng.jpg

 

(日本実験場)

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953131725307002881

 

 

 

 

◎ 癌完治新薬の特許は特許化されても、その新薬を癌細胞に到達させる別の技術とのジョイントが可能かどうか、

 

また全ての癌に効くかどうか、臨床試験が必要。

 

日本の場合は臨床試験から国の承認を経て発売に至るまで約10年、米国は2年以上を要する。

 

即ちこの新薬の臨床試験には3.11後の日本列島が最適

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953127601836404737

 

 

 

 

◎ 癌人口が増えると儲かる日本の癌完治新薬特許に2017年10月17日、米国の許可が出た発明した三浦氏は、皆に読まれる科学誌掲載の論文を画像の改竄や捏造したのがバレて2017年9月30日に退職

 

https://patents.justia.com/inventor/norimasa-miura

 

 

   

 

 

   

 

 

 

2011年に彼が米国に特許出願した実験データは審査を経て特許化

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953124981004632064

 

 

 

 

 

◎ 日本は昔も大発明の論文は重要な点を隠す。

 

1940年にネプツニウム237を生成した実験にもかかわらず、米国フィジカルレビュー掲載の論文には、核分裂連鎖反応も核爆発も書いてない。

 

今や237Npは核実験の降下物として有名で、原子力資料情報室にも237Npは核兵器の爆発によって生成すると掲載されている。

 

   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/953122414119944193

 

 

 

 

 

◎ ネイチャーにも新発明を隠したのか


癌完治新薬の発明者・鳥取大三浦典正准教授は、

 

ネイチャーのサイエンスレポート掲載他3論文に画像改竄が見つかり、2017年9月30日付けで退職。

 

https://pbs.twimg.com/media/DTkgAisVoAAVpVV.jpg

 

 

   

 

 

なのに米国はその発明を2017年10月17日付けで特許化した


2011年3月福一原発事故で全島民癌化開始
2011年6月特許出願

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/952833442873360387

 

 

 

日米英 戦争志向   現韓国・平和志向 

  • 2018.01.17 Wednesday
  • 04:41

 

 

1.15  米、対北朝鮮の軍事行動に備えた演習を開始


米軍は、北朝鮮に対する軍事行動に備えた演習をはじめた。米紙ニューヨーク・タイムズ画報じた。

ノース・カロライナ州にある基地「フォート・ブラッグ」で12月、軍用輸送ヘリ50機ほどが参加した演習が行われた。

演習では砲撃のなかで兵士や兵器を投入する訓練が行われた。


ネバダ州では後に、外国の侵入をシミュレーションした演習で、空挺兵120人ほどが軍用大型長距離輸送機「C-17」から深夜に降下した。

演習はさらに2月にも予定されている。

1000人強の予備役部隊が国外に部隊を迅速に投入するためのいわゆる動員センターの展開を訓練する。

 


また、2月初めには朝鮮半島に特殊部隊が派遣される方針だ。人数は挙げられていない。




1.15  自国に配備される米MDシステムを日本が独力で操作するか、ロシアは疑問=ラブロフ外相
 

 

ロシアのラブロフ外相はモスクワで記者会見を開き、昨年1年間を概括した。

共同通信の記者が、日本における米国のミサイル防衛(MD)システムの配備について質問。

ラブロフ外相によると、ミサイル防衛の問題は露日関係に影を落としている。

日本は北朝鮮の弾道ミサイルから自国領土と国民を防衛するため地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を導入する方針だ。
候補地として秋田県と山口県が挙げられている。


ラブロフ外相は「日本自身がこのシステムを操り、米国はこれに関係しないという話を聞いた。

そうなるかについて、私たちは深刻な疑念を抱いている
」と強調した。

ラブロフ外相は、「ロシア安全保障会議と日本の安全保障局の局長・書記間の安全保障に関する対話の枠組みで、私たちは何らかのより説得力ある情報を受け取りたい」と指摘する。




1.15  英外相、すべての国に北朝鮮の核開発に対する団結を呼びかける

ジョンソン外相は、カナダで開かれる北朝鮮をめぐる情勢について協議されるサミットを前に声明を表し

「核兵器製造に関する北朝鮮の違法なプログラムは、地域及び国際的安定の脅威である。

国際社会はそのアプローチにおいて一致していなければならない」と述べた。


同氏はまた対北朝鮮制裁について「すでに刺激を与えているが、外交圧力を維持する必要がある」と付け加えた。



 

 

1.16   韓国、カナダ外相と会談 南北関係改善へ理解を 北朝鮮会合

 

韓国の康京和外相は15日、カナダ西部バンクーバーで16日に開かれる朝鮮民主主義人民共和国問題に関する外相会合に合わせて同国のフリーランド外相と会談した。

 

北朝鮮との関係改善と核問題の平和的解決を進めようとする韓国の立場について理解を求めたとみられる。共同通信が伝えた。

 

 

フリーランド氏は康氏との会談内容を踏まえた上で、北朝鮮に対する制裁履行の徹底や外交的な解決に向けた議論を主導する。

 

カナダは米国と共に外相会合を共催する。米国からはティラーソン国務長官に加えマティス国防長官も出席。

 

 

731

  • 2018.01.01 Monday
  • 00:18

 

 

◎ 中国で生体解剖を何度もやったことを懺悔し、

 

「私のような愚かな人間を作らないように」と言い残した元陸軍軍医の湯浅謙氏(山本撮影)。

 

「僕を軍国主義教育したのは教育勅語と母親」と断言。

 

幼児から天皇崇拝と忠君愛国を叩き込まれた湯浅氏の大正世代。

 

教育勅語復活は侵略戦争無反省の洗脳教育。

 

 

 

https://twitter.com/asama888/status/834296812030734337

 

 

 

 

 

◎ 731部隊を支えたのは四国4県出身の兵士だった。

 

731部隊で様々な生体実験に関わった(故)尾原竹善の証言。

 

 

林口に「162部隊」(香川県出身)、孫呉に「673部隊」(徳島県出身)、海林に「643部隊」(愛媛県出身)などの各支部があった。

 

https://twitter.com/hyodo_masatoshi/status/897358024624357377

 

 

 

 

◎ 《佐々木は住民を殺害したり、女性を強姦したり、食料を強奪し、近くで水が飲めた唯一の井戸を独占しているという話も住民から聞いた。

 

飯田さん自身も佐々木の蛮行を目撃する。もう限界だと思った。井戸で住民に嫌がらせをしていた佐々木に近づき、後頭部に銃を突きつけ、引き金を引いたのだ》  

 

https://twitter.com/gaitifuji/status/897320321052581888

 

 

 

 

 

◎ 731部隊集合写真(1936年)の中央の人物が、昭和天皇の弟の三笠宮崇仁親王だということをご存知でしたか?  

 

2017年8月13日NHKスペシャル 『731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜』 

https://www.youtube.com/watch?v=Qfy5TMbueSM …

 

 

   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898269405569626112

 

 

 

 

 

◎ この集合写真は関東軍防疫給水部731部隊の写真ですが、防疫と安全な浄水を給水することが表向きの任務です

 

影の部隊ではないのです。   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898459202653257728

 

 

 

 

 

◎ そもそも昭和天皇は、25歳で自分の研究施設を持ってヒドロ虫を研究し、猛毒が生体にどのように働いて死に至らしめるのかを熟知していた生物学者。

 

天皇即位後は、学術研究会議を管理した文部大臣の上の地位。

 

英国訪問以降武器開発に魅せられた昭和天皇ですから、人体実験を主導したのも天皇ですよ。

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/898471814745038849

 

 

 

 

 

◎ もっと簡単に言うとね、731部隊や広島長崎の原爆の統帥者は天皇裕仁だったわけで、

 

彼が生物・化学・核兵器特許の代表者。

 

 

その親族は、その特許を相続してるわけで、米国との関係が破綻したら、天皇家も存続できない。

 

日本滅亡です。

 

まあ、新しい日本を興せばいいだけの話しですがね。   

 

https://twitter.com/honest_kuroki/status/910176034112233472

 

真珠湾攻撃の原因が米の制裁で 朝鮮への制裁には賛成という 日本

  • 2017.12.11 Monday
  • 02:51

 

76年前の日本軍による真珠湾攻撃の原因をアメリカの制裁に求めるなら 朝鮮に対する制裁にも反対すべき

 

 

今から76年前、1941年12月7日の午前7時48分(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃した。

 

ここは海岸が遠浅で攻撃が技術的に難しく、守りの堅い軍港。

 

非常識とまでは言えないだろうが、攻撃のリスクは高い。それを厳しい訓練でクリアしたということだ。

 

 

アメリカ政府の対日制裁でやむなく攻撃した、あるいはアメリカ側は事前に攻撃を知っていたと主張する人がいるが、日本軍は実際に攻撃している。

 

つまりアメリカによる偽旗作戦ではない。

 

 

日本に対する制裁には歴史的な背景がある。

 

 

1872年の琉球併合から74年の台湾派兵、75年にはソウルへ至る水路の要衝である江華(カンファ)島へ軍艦(雲揚)を送り込んで挑発、日清戦争、日露戦争を経て東アジア侵略を本格化、米英の利権と衝突して対日制裁になるわけだ。

 

 

こうした制裁が軍事行動を誘発すると考えている人は、例えば朝鮮に対する制裁にも反対しているのだろう。

 

そうでなければ矛盾だ。あるいは朝鮮に圧力を加え、戦争を誘発したいと考えているのだろうか?

 

 

 

明治維新から1932年までの日本はイギリスとアメリカというアングロ・サクソン系の国に従属、その手先として動いた側面がある。

 

明治維新はイギリスの思惑と違って内戦が早い段階で終結、徳川時代の人脈が生きていたので完全な属国にはならなかったが、大きな影響下に置かれたことは間違いない。

 

 

ここでいうアメリカとはウォール街を意味する。

 

1923年9月1日に相模湾を震源とする巨大地震、つまり関東大震災が発生、復興に必要な資金を調達するために日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガンだ。

 

 

この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモント。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

 

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。

 

1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。

 

ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

 

 

この政権が進めた政策はレッセ-フェール、つまり新自由主義的なもので、その責任者で「適者生存」を信じるある井上は失業対策に消極的。

 

 

その結果、貧富の差を拡大させて街には失業者が溢れて労働争議を激化させ、農村では娘が売られると行った事態になった。

 

一般民衆に耐え難い痛みをもたらすことになったわけだ。

 

 

 

当然のことながら、アメリカでもJPモルガンを中心とするウォール街の住人は強い影響力を持ち、1929年に大統領となったハーバート・フーバーもそのひとり。

 

フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物で、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 

 

 

ところが、1932年の大統領選挙でフーバーは負けてしまう。

 

当選したのは巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトだ。

 

 

大きな力を持っていたとはいえ、今に比べるとアメリカ支配層の力はまだ小さく、選挙で主導権を奪われることもありえた。

 

 

このフーバーはホワイトハウスを去る少し前、1932年にJPモルガンと関係の深いジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んだ。なお、この年に井上準之助は血盟団のメンバーに暗殺されている。

 

グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻で、グルーが結婚していたアリス・ペリーは少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通っている。

 

そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后だという。

 

 

グルーの皇室人脈はそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。

 

(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

 

 

こうした人脈を持つグルーが日本軍の動向に関する機密情報を入手していても不思議ではないが、このグルーとルーズベルト大統領との関係が良好だったとは言えない。

 

情報がきちんと伝えられていたかどうか疑問があるが、JPモルガンへは詳しく伝達されていただろう。

 

 

グルーが大使として日本へ来る前年、1931年に日本軍の奉天独立守備隊に所属する河本末守中尉らが南満州鉄道の線路を爆破、いわゆる「満州事変」を引き起こした。

 

この偽旗作戦を指揮していたのは石原莞爾や板垣征四郎だ。

 

1932年には「満州国」の樹立を宣言するのだが、この年にアメリカでは風向きが変わっていた。

 

 

本来なら日本はその変化に対応する必要があったのだが、そのまま進む。

 

 

そして1937年7月の盧溝橋事件を利用して日本は中国に対する本格的な戦争を開始、同年12月に南京で虐殺事件を引き起こしたのだ。

 

そして1939年5月にはソ連へ侵略しようと試みてノモンハン事件を起こし、惨敗した。

 

 

本ブログで何度か指摘したように、このソ連侵攻作戦はアングロ・サクソンの長期戦略に合致している。

 

その作戦が失敗したことから南へ向かい、米英の利権と衝突するわけだ。

 

 

ドイツ軍がソ連に対する大規模な軍事侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦を開始したのはその2年後、1941年6月のことだ。

 

 

この作戦でドイツは軍の主力を投入したが、ドイツ軍の首脳は西部戦線防衛のために大軍を配備するべきだと主張、反対している。

 

 

日本が真珠湾を攻撃する前で、アメリカは参戦していないが、それでもイギリスがその気になれば、西側からドイツを容易に攻略することができるからだ。

 

この反対意見を退けたのはアドルフ・ヒトラー。この非常識な「判断」との関連で注目されているのがヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスの動きだということも本ブログでも指摘した。

 

1941年5月10日にヘスは単身飛行機でスコットランドへ飛んでいるのだ。

 

 

ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫り、42年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まった。

 

ここまではドイツ軍が圧倒的に優勢だったが、1942年11月にソ連軍が猛反撃を開始、ドイツ軍25万人を完全に包囲して43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。

 

主力を失ったドイツ軍の敗北はこの時点で決定的だ。

 

 

その4カ月後、1943年5月に米英両国はワシントンDCで会談して善後策を協議、7月にアメリカ軍はイギリス軍と共にシチリア島に上陸した。ハスキー計画だ。

 

このとき、アメリカ軍はマフィアと手を組んでいる。

 

9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏した。

 

ハリウッド映画で有名になったオーバーロード(ノルマンディー上陸)作戦は1944年6月になってからのことである。

 

ノルマンディー上陸作戦の結果、ドイツ軍が負けたと思い込んでいる人も少なくないようだが、これはハリウッドによる洗脳の効果を証明している。

 

 

その一方、スターリングラードでドイツ軍が壊滅した後にアレン・ダレスなどアメリカ支配層はフランクリン・ルーズベルト大統領には無断でナチスの幹部たちと接触を始めている。

 

例えば、1942年の冬にナチ親衛隊はアメリカとの単独講和への道を探るために密使をOSSのダレスの下へ派遣、ドイツ降伏が目前に迫った45年初頭にダレスたちはハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊の高官、カール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。

 

(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

 

 

イタリアとスイスとの国境近くでウルフがパルチザンに拘束された際にはダレスが部下を派遣して救出している。(Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

 

 

ドイツは1945年5月に降伏しているが、その前の月にルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権をウォール街が奪還した。

 

 

副大統領から昇格したハリー・トルーマンはルーズベルトとの関係が希薄。

 

トルーマンのスポンサーだったアブラハム・フェインバーグはシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供し、後にイスラエルの核兵器開発を資金面から支えた富豪のひとりとして知られている。

 

 

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201712090000/

 

 

 

☆ 山本五十六がCIAのスパイとか あるいは ヒロヒトが 真珠湾攻撃を知って喜んだともいわれています。

 

つまり 「戦争をすることができる」。

 

コメントを下さった方へ

  • 2017.12.09 Saturday
  • 00:26

 

この国の 今の 原発の放射能放置とか見ても

 

結局 731の犯罪が 米モルモンによって擁護され だれも 犯罪人とされず

 

出世して 今も力をもっている。

 

原因としては 維新に イルミに加入したこと そして 原爆の実験で 特許ビジネスの利権は始動。

 

生物兵器特許もある。

 

 

きりなくありますが、結局 国のトップが イルミ NWOに所属したという維新に突き当たります。

 

 

悪いことをすると儲かるのが イルミ。 そして それが トップを頂点とする財閥利権。

 

 

プーチンロシアとは真逆ですね。

 

 

でも 日本人は 生き延びましたね 笑  

 

 

事実を知らせない力が大きい国で それでも その中から 国の闇を知っていく人が増えていくことを願っています。

 

 

 

 

 

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